第5話 「獲物」
ユーリー・ヴラド・ヘルトシュバイツというホルトシュバイツァー(天使の呼び名で言えば北の国)を半ば支配する貴族(大公爵)は、
うんざりしたような顔を少し上向きにして、目は眼前の使者に向けているので、軽蔑の眼差しを向けられていると視線の先に居る者は思ったことだろう。
執権(執政官)である従弟のヨハンソン・ドロワ・ヘルトシュバイツから『自分では手に余る』という件の処理をするように言われたからこそ、使者と対面している。しかし、内心では執権のヨハンソンが(使者を始末することによって)手を汚してくれて、隣国と戦争でも起こしてくれればいい暇つぶしになるとでも考えているのだ。
そんなユーリーの思惑を知ってか知らずか執権のヨハンソン、そしてユーリーの副官、複数の
大公爵まあ貴族が玉座というのもたいそうおかしいのだが、この大公爵が腰かけているのは、かつて自らの主が腰かけていた椅子であった。『かつて』というと『亡くなったのか』と思われるかもしれないが、座っている本人にとってすでに『過去の人』となっているという意味である。
ユーリーは、自らの主人を新都(新王都)へ遷都させて、旧王都ホルテンシュタインに玉座と玉印とともに居座っているのだ。新都(新王都)というと新しい印象を醸し出すかもしれないが、実質幽閉先にすぎない。その新都の名は海に突き出したという意味を持つエウリディーネと言う。麗しい響きだが、北の国であるホルトシュバイツァーの北に位置しており、極寒の地とも言える。冬には城の周りの海は凍り付き、波が打ち寄せたままの姿で凍り付いてしまうほどの寒さである。
周りの国には、『王に乞い願い、王都であったこの都を譲り受け、新都エウリディーネへお移りいただいた』と
隣国のウントシュバイツァー(天使の呼び名だと西の国)からの使者であるレンブラント・ツールは、ただ抗議に訪れただけだった。
そう隣の家に住む人が、うちに迷い込んだウサギを狩るという境界線侵略をしているので、詫びさせようと思ってきたのだった。
いや特にお金とかいう賠償金などを求めようとは思っていなかったのだ。ただただごめんなさいと言ってもらえればこちらの顔も立つというものなのだ。うちの主人には、良いように言っておくのでここはひとつお手紙でも書いてもらえればありがたい。口頭ではちょっと私が聞き間違えていたら大変なので。
というような感じで、1人だけで隣の国の領主へ訪問しただけだったのだ。まあ、おいしい晩餐を期待しなったかといえばうそになる。他国からの使者なのだからうまいワインの一樽も開けてもらえれば話もはずむというものではないか。
そんな軽い気持ちでその領主の領国を訪れたのかどうかはさせおいて、結局送り返される予定になってしまったのだ。小さな箱に入れられて。
ユーリー・ヴラド・ヘルトシュバイツは、そのよくしゃべる使者を、その日のうちに小さな箱に詰められるようにしたのだ。
胴体は、檻に入れて飼っている
その黒狼は、彼が保有している
最近、彼が保有している猟犬が勝つことが多くて、この間も貴族の1人に「黒狼に与える餌が良くないのではないか」と嫌味を言われたのだ。
ユーリーにとってはちょうどいい餌が自ら寄って来てくれたので、手間が省けた程度の気分だった。
今夜は、嫌味を言われずに済むのではないかとほくそえむユーリーではあったが、もし同じような結果(彼が保有している猟犬が勝つこと)になってしまって、「餌が悪い」と言われたときに備えて、あの小さな箱の中身が腐ってしまわぬように塩漬けにしておくように部下に伝えておかなくてはと余念がない。どのような餌をやったのかよくわかるようにしておくのも余興のうちであろう。
『狩りがしたくてたまらぬ。』とユーリーは右腕に付いている腕輪の意匠である石を触りながらそう思った。この石を触っていると、昔自分を友と呼び、その後自分と対峙して落馬させるに至った天使のことを思い出すのだった。
ユーリーが2度も狩り宣言をしてその度に逃げられている赤毛の天使。
この間、そういった逃した天使への焦燥感、ほかの何者かに狩られてしまっていないかという焦燥感が抑えられなくなった。代わりの獲物でも探すべく、西に隣接しているウントシュバイツァーにあるゴートの森に
従者らに情報を集めさせたところどうやらその地の
とりあえず今夜はまた黒狼と猟犬でのちょっと変わった闘犬を催してみて、いい餌を与えた黒狼の様子を見よう。
ウントシュバイツァーにあるゴートの森には獲物が寄ってくる奇石とやらが落ちている。もしそれを手に入れられるのであれば、狩りの趣向もかわろうというもの。罠に陥ってくる獲物を狩るのも面白い。
追いかけまわすと、地べたを這いずりまわって命乞いをしてくるあの白い羽根の翼をもつ獲物を。
一昔前は、
執権(執政官)である従弟のヨハンソン・ドロワ・ヘルトシュバイツは、小さくされた使者が最初に抗議に訪れたのだが、領土侵犯という面倒くさい案件を自分で処理するのが嫌で、従兄のユーリーに言上したに過ぎない。『手に余る』と言ったが、他人がした侵犯の尻ぬぐいは御免だった。
あの天使狩りに狂った
『こいつはいつ死ぬんだ。』と半ば恐れている。
王や貴族はかつて天使と婚姻をしてその身に天使の血を入れている。自身にも流れているはずだが、自分とユーリーを比べると、とても20歳差があるとは、思えなかった。
世間では『ユーリー・ヴラドは天使の血を飲んで若返っている』など怪奇譚にまでなっていると聞く。
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