第3話 「ギルド」

 ナナ・ニーナ・ヘストンに験担ぎのために悪態を吐いてもらってから別れたルルドは、旅の前に神前街にある市場いちばを覗きに行った。前回の旅から日が経っているので、長持ちしない物を買い直して置きたいのもあった。旅用の食料は、何日かはつにしても半年も一年もつわけではない。旅で費やさなかった食料なぞは酒のつまみにとうに化けている。

レイピアの研ぎはだいぶ前に済ませているので、今回は主に新鮮さが必要になる物を購入する必要があるのだ。

 市場いちばの入口には、その市場で新しく店が開いたのか、宣伝用の版画を手渡しで配っている。ルルドもお愛想で何枚かもらいながら、市場の中へ入って行く。

頭上には幌が被せてあり、雨露の侵入を防いでいる。皆店先に並んだものを見つつ歩くので肩をぶつからずに歩くのが難しい。天使といえども野蛮な者はいるために、刃傷にんじょう沙汰も結構ある。そんな時のために、代執行官(警察官)たちが見回りをしている。

ルルドは堕天使になっているので、市場の幌通りも素早くするすると人の歩みを追い越していける。ちんたらしていると一日が経ってしまいそうなので、こういった場合は堕天使でいることは便利だと思っている。

 目的の簡易軽食(旅用の食料)を購入しつつ、骨董屋や奇石屋を覗く。

骨董屋は、たまに珍しい奇石が取り付けられた天使像(人間の世界で奇石と知られずに取り付けられているものが、この飛天域に流れ着いている場合もある)が破格値で売られていることもあるので、結構穴場である。

奇石屋は、アドストナーズ・ギルドで鑑定後、質が非常に悪いか、傷がついているなど神聖片などに取り付ける品質基準を満たしていないとして卸されている物を販売している。

ここでは、ある意味価値がないと思われるゴロいしなども販売されている。

ゴロ石とは、鑑定しても奇石と判断されなかった石であり、言ってみれば廃材とも言える石である。もし将来何らかの効果が発見されるとしても、そんなものを置いて置ける余裕はギルド内には無い。そのため、そうそうに奇石屋に卸されて処分されているのだ。

ただし、ルルドは、かつてゴロ石と言われていた石が、奇石(価値ある石)に格上げされた経緯に興味があり、そういった格上げ石の発見者になりたいとも思っていた。

 格上げ石の中から、火炎石、氷結石など今の日常生活に欠かせない石も発見されており、そういった発見者は、歴史書に名前が載るので大変名誉なことと言われている。

但し、ゴロ石を収集の旅で持って帰ってきてしまうと、『ゴロ石熱狂者マニア』とあだ名を付けられてしまうので、要注意だ。ゴロ石と奇石の区別もつかない間抜け扱いをされてしまう。

『収集中に奇石と一緒に掘り起こしてしまい時間もないので袋詰めにして持って帰ってしまうだけであり、特にゴロ石目当てに掘り出しているわけではない』とルルドは教官補として収集組の授業で述べるのだが、どこまで信じてもらえているか、授業中のナナ・ニーナ・ヘストンのにやにや笑いがその信頼度を測る目安になっている。

 そんなことに時間を費やしてしまい、昼になってしまいかねないとはたと気付いてルルドは市場の幌通りを抜けて、ギルドの自室に向かった。旅の支度もしなければいけない。

堕天使契約に荷物を持っていってもいいのだが、重い荷物を抱えながらの契約手続は手続窓口の天使たちからも顰蹙を買う。

 市場の幌通りから神前街の大通りを抜け、アドストナーズ・ギルドの建物に着いた。

壮麗な石造りの建物で、そういったギルドの例に漏れず一定の権威を醸し出す装いだ。

入口の上にある彫刻には、神聖片とそれと交差する防護剣マン・ゴーシュ浮き彫り細工レリーフとして飾られている。人間の石工ギルドの名工にお願いして作った建物なので評判となっている。その名工の作である建物を見学に、人間の世界から石工の見習いたちが来るほどである。

 入口をくぐろうとして、何人かの見習いたちとすれ違った。みな口々に『教官補きょうかんほ』などとルルドと挨拶を交わしてくれるのだが、まあルルドと名で呼ばれる方が気が楽なのは確かだ。立ち話、大抵は次の奇石効果試験のここがわかりませんだの試験範囲(範囲外も含めて)に関しての質問を交わして、それはああだ、これはこうだなどの指摘をする。皆補習授業を受けたくないのは目に見えている。ちゃんと授業を聞いていれば良い点を取れるというわけでもないのが、我々の職種の特徴なのだから質問も教本の範囲外に及んでしまうのは致し方ない。『教官もいるだろう。教官に聞け』という回答もできるんだが、年齢が近い人の方が何かと聞きやすいらしい。そんな質問をそうそうに引き上げて入口に入る。

 ギルドの玄関ホールには、ギルド・メンバーの在籍札が掛かっている。もちろん見習い以上の者に限られるが、誰が現在この建物の中に居るかわかるようになっている。ルルドは自分の在籍札を確認して『在』にしようか少し迷い『不在』のままにしておくことにした。どうせすぐに出立しなければいけない。自室には背嚢コートなどが置いてあり、それに買って来た品を詰まればすぐにでも建物を出るつもりである。先ほどの見習いたちの例もあり、『在』にしておくと、自室にまで詰めかけてきかねない。出立が遅れるというものである。在籍札掛けの全体をちらと見渡してみた。『不在』が多い。ルルドのように旅の出立の準備のためにこの建物を離れていると『不在』なのだが、大抵は収集組が多い。ギルド選出の神前中央評議会議員などは評議会出席のために不在である場合もある。しかし、ルルドは自分が顔を知っているギルド・メンバーの札に『不在』が長く掛かっていることに思いを馳せていた。『奇石収集の旅に出たきり帰還していない先輩たち』である。もう長いこと帰って来ないのだが、消息情報も少なく、死亡とも判断できないので、

Missing in gatheringミッシング・イン・ギャザリング

(収集中行方不明者)

と呼ばれている。

残された遺族のために札はそのままにされている。ギルドから遺族に彼らの給与が支払われるからだ。自分もその仲間入りするんじゃないかという思いは、旅に出るたびにちらと頭によぎるので考えないようにしてる。

 そんな『不在札』をしばらく眺めて、ギルドの玄関ホールから中央ホールに入った。何人かアドストナーズ・ギルドのメンバーがホールで談笑している。中には白熱した議論をしている者たちもいるが、挨拶もそこそこに(もうこれ以上つかまりたくないので)半円形になっている建物から放射状に伸びている各組の通路の1つである収集組の通路の一番奥の部屋に滑り込んだ。

向かいの部屋はオーラスの部屋だが、扉が開けっ放しになっており、すぐに目に付く椅子にはだれも座っていないことがすぐにわかった。

 部屋に入り人心地着いて、置いてあるワインをカップに注ぐ。堕天使になってしまうとワインはブドウジュース(ワイン味の飲み物)となってしまい、飲んでも酔えない。

堕天使の欠点の一つだ。何らかの効果全般が薄れてしまう。奇石の効果しかり、酒の効果しかりだ。人それぞれの度合いはあるのだが。

のどが渇くとワインか水を飲むが、どちらかと言うとワインを飲みたくなる。酔えはしないにしても味覚としては、悪くない味だからだ。

 旅の支度のために、先ほど契約に使用した神聖片を宝物ほうもつ箱に入れた。神聖片を旅に持参するのは、紛失の原因になりかねないので、しまっておくのが一番いい。

しかし人間不思議なもので、そういった貴重な品を後生大事に旅にまでもっていく者もいる。

旅先でも眺めていたくなる意匠や細工なのかもしれないが、紛失したら元も子もないだろうと思う。

まあ、神聖片の奪い合いのために天使同士で戦争した歴史があるほどなので、無理からぬことだとは思う。

 宝物箱からは、別のものを取り出す。旅の旅費になる宝玉ほうぎょくであるダイヤだのサファイア、ルビーなどをズボンの後ろにある小ポケットに入れ込んだ。

金貨などはじゃらじゃら持ち歩くには重いので持っていかない。人間の街で宝玉を換金すればよい。堕天使になって俊敏性がよくなったのに、わざわざ重い荷になる金貨の袋を持つ意味はない。持つとしても2~3枚が限度である。

天使、いやこの場合『職種としてのアドストナーズ・ギルドの堕天使』が所持している宝玉の質を疑う人間は少ない。

 奇石取扱屋アドストナーは、ギルドで、奇石の鑑定、細工(加工)をする。そして外では収集をする。ゆえに奇石鑑定収集細工屋と長ったらしい名称になってしまうが、通常は、奇石取扱屋アドストナーと呼ばれることが多い。

人間の世界でも有名であり、『価値ある石を見分みわけできる者』として有名である。

 旅に出ると身元をできる限り隠す必要も当然ある。『自分は奇石取扱屋だ』などと大手を拭て歩くと、盗賊に襲われてしまうだろう。『金目の物を持ってますよ』と言って歩く奴はまずいない。『知っている人間だけが知っていればいい。』そんな感じだ。

旅の荷物に欠けがないことを確認して、部屋中を見回す。かつては、師匠であるオーラスの部屋であったが、譲り受けてここに入っている。自席の背面には、旅のための背嚢はいのうコートが広げて掛けられている。擦り切れているのをわざと見えるようにしているのは、訳あってのことである。

 その背嚢コートを着込んで、ふたたび部屋を見渡す。帰って来れないとは思えないが、一応名残惜しんでおこう。これも験担ぎの一種だ。

 部屋の扉を開けて、扉を閉める。誰の部屋かわかるようにしている名札ネームプレート(『ルルド・クーリッジ』と浮彫されている)を少し撫でる。振り返り師匠であるオーラス・ボスポラスの扉が開け放しにされている部屋には、誰もいないことを確認する。何か人の気配があったような気もするが、気のせいだろう。堕天使契約の時のあのじろじろ見られているような感覚とはちょっと違った感じがしたのだが。小首をかしげて『(師匠は)まだ会議中なのだろう』とひとりごちて身体の向きを玄関ホールに向けた。まあ、旅に出る前に会わないことのほうが多いので、いつも通りと言える。一定間隔で部屋の扉が続く通路を歩き玄関に向かう。

 ホールに差し掛かった時に2階から大理石の階段を駆け下りながらルルドに声を掛けてきた人物がいた。整えられた顎鬚で、髪は灰色グーハ。特に白髪ではなく、生まれた時から灰色である。そして羽根は珍しいことに灰色っぽい色をしている。白い羽根の翼をもつ天使からすれば羨望のまなざしで見られるのだが、本人はどうでもいいと思っている。

名前はオーラス・ボスポラスといい、ルルドの師匠に当たる。

レイピアの師匠、アドストナーとしての師匠だ。

ルルドの父ボールド・クーリッジの親友でもある。

 今回、奇石収集担当のも含めた奇石収集会議で決定されたので、旅に出ることになった。オーラス個人の意見のみで決まったわけではない。ベテランと言っても収集のプロかと言うとそうでもなく、長い間ギルドにいたので、会議に出席しているせきをあたためている者もいる。オーラスは主任であり、収集のプロの方に属する。

 階段を下りてくるオーラスも黒衣くろいいしょうである短コートを着込んでいる。

堕天使の状態であることは、服の色のみで見分けられるわけではないが、奇石取扱屋アドストナーは見習いの場合はともかくとして、いつも堕天使の状態を維持している。

触った奇石が蒸発してはたまらない。

階段を下ってきてルルドに合流してホールの隅へ腕を掴んで連れていく。ホールの隅の柱の陰でオーラスは、周りを見回して声を潜めて指を立てながらこう言った。

「お前に今回奇石収集依頼したのには訳がある。実は、ベテランが帰還してこない。その消息に関する情報も収集してほしい。」

ルルドは「ベテランというと、どっちの?」そうにやと笑いながら聞いた。緊張した面持ちであったオーラスも、「会議に出席しているせきをあたためている者のほうだ。プロではない。」にやと笑い、そう囁いた。

「お年寄りたちは、大抵人間の世界そとに行きたがらないのにどうゆう風の吹き回しだ?若い頃に会った人間の墓参りか何かかい?」とルルド。

天使と人間の寿命には違いがある。人間が100年生きた時には、天使はやっと成人である。かくいうルルドも100をちょっとだけ超えている。

「それならまだいいんだが、そのお年寄りは、子供が帰って来ないんで自ら探しに出かけたんだ。子供が迷子でな。」とオーラスは困り顔だ。

子供の頃、鬼ごっこで別のエリアまで逃げて迷子扱いをされたルルドに暗に記憶を思い出させようとしているかのようだった。『迷子』という言葉を聞くと、ルルドは目をそらすように子供の頃からなってしまっている。

「子供が迷子というと、人間の世界での奇石収集かい?収集組に出かけている奴は居なかったはずだろう。最近の天使狩りの噂のせいで。」とルルドは、人間の世界で最近また『天使狩り』が頻繁になってきているという噂を上げた。このせいで収集組の者たちも腰が引けたり、地に足が付かないくらい怖がって、収集をなおざりにして帰還してくる者が多くなった。

皆おびえているのだ。多人数ヘキサグラムでの遠征計画が期待されるが、費用も掛かる。

会議で提案もしたが、賛同者も少なかった。

「ああ、娘は細工組の奴でギルドの更新テストで遠征してたんだがそいつのお付の先輩もろとも帰って来ないんで、業を煮やしてお年寄り自ら探しに出かけた。ミイラ取りがミイラにならなければいいんだがな。やはり帰って来ない。奇石収集担当のベテランも含めた奇石収集会議じゃ2次災害もどうかというんで、再捜索には消極的だ。そこでお前に白羽の矢が当たった。まあ逃げ足も速いし、収集率もいいと言うんでな。消息情報収集と奇石収集の両方に期待が掛けられている。」とオーラスは期待を口にして、彼が降りてきた階段から会議の出席者たちがぞろぞろと降りてきたのをちら見して続けて「消息情報収集は、ニの次でいい。ニィー ナウ チュギィヂーハウ シェヨ ヴェソキュ ジェヨ ホシエ ヨヨシェヨウ ヨウ

まあ噂程度の情報でもイリュ アウリィ ガゥ タヴィ マウア ユヴァサウティ エ ドゥナウ ジョウホゥ ディーマウ

収集してもらえればありがたいシェ ヨヨシェヨウ ヨウ シエティ モウラ ヴィリーボ

自分の身の安全イリュ ユユセン ソウシィーロウ最優先させろサヴィージイビュナウ ミーノウ アウンゼン 

娘やお年寄りをイーコウヴゥ サゥガシエネィ探しに行くミュジュミィー オゥトゥシゥリーとかそういった必要はない。イリュ ヒチュヴハゥ ナヴィー トゥコゥ ザゥシュ

やりすぎるなよ。ヤゥリエシュ ギィリュ ナヴィオゥ

と周りに聞かれたくない時に会話で使う飛天古語(天使古語)に切り替えてルルドの目を見ながら釘を差した。こいつはすぐに調子に乗るからなという感じである。

ルルドは肩を竦めながらわかったと同意して、オーラスから消息不明のお年寄りとその前に迷子になった娘の特徴を聞き頭に入れた。

3人ともにあまり接点がないのは、収集組の者ではないからだ。

「ボールドには会ったのか?」とオーラスは父との挨拶を暗に聞いてきたが、ルルドはかぶりを振って、「いつものことさ、験担ぎのために言わずに行くよ。お互い前からそう言ってあるから。同じ職場にいるもの同士、お互い験担ぎは大事だと思っている。」

ルルドはちょっと考え込む風を見せてこう付け加えた。「天使狩りのことは父さんには言わないでほしい。あんまり心配されると験担ぎの効能が低くなる。このままいくよ。まあ、行くと聞いたとしても、『そうか』くらいの返事が返ってくるくらいだろう。」

オーラスはルルドの父ボールド・クーリッジがギルド代表として神前中央評議会に出席していたので、ルルドを選抜した奇石収集会議にはかかわっていないことを思い出した。

組織ギルドのことなので個人としての、父としての意見を優先させる人間ではないことを親友であるオーラスは理解していた。

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