第2話 「奇妙な見送り」
朝の陽ざしが大理石の石柱に当たり、光りと陰のコントラストを作っていた。そこに立つ1人の少女の白い服(ワンピースで中央にレースが入り
朝なのでおなかがすいている訳でもなく、獲ろうとも思っていないが、動きを見るのが楽しいので、ついつい眺めてしまう。
自身の黒い髪を指でくりんくりんと巻いていじってするのが子供の頃からの癖で、女友達からは、「
ナナ・ニーナ・ヘストンは、大理石の石柱にもたれながら、そうやって時間をつぶして、ルルドが
ルルドはアドストナーズ・ギルド(奇石組合)の先輩に当たる。
宝石の収集、鑑定、細工(加工)を取り仕切る組合みたいなものだ。
そして奇石は、天使にとって『美しいな、綺麗だな』とか『効果、効能が素晴らしい』と看做されている石と言える。
例えば、黒妖石の効果は、俊敏性、スタミナが少し上がるという素早さを求める堕天使にとっては涙が出るくらいほしい奇石である。
白光石の効果は、神の威光の増幅効果があるために運が高くなる。運の高い低いの違いは、同じ条件下で、弓で矢を飛ばして的の真ん中を射抜けるか、射抜けないかの違いくらいである。
神の威光が関わってくるので堕天使がこの奇石を所持しても意味はない。
そもそも堕天使は神の威光がない状態なので、効果発揮以前の問題である。
このような効果もあり、天使にとっても綺麗だからという理由もあり大変貴重な石とされている。
そのアドストナーズ・ギルド(奇石組合)の先輩は、自分と同い年にも関わらず、職場では一人前として扱われている。まあ正社員みたいなものだ。
ルルドが奇石を収集する旅のための堕天使契約をするたびに、ナナは悔しい気分になる。
『私だって
・・・・奇石効果試験の時は、結構いい点だったのよ。
奇石効果試験は、アドストナーの見習いになるための試験である。奇石効果に関する知識、耐性等、知識と実技、実地収集などが試験の内容である。但し、実地収集は、ほとんど肝試し程度のツアーである。
事前に安全なエリアであることを教官たちが見分して、試験のためにギルドの備品である奇石を埋めておいて見習い候補たちに探させるという出来レース的な試験範囲と言える。宝探しゲームとも言える。
未開の地に踏み込んで行ける勇気があるかどうかも確認される試験に成っている。ゆえに教官やアドストナーズ・ギルドのベテランたちは、
アドストナーの見習いになれた者にはその旨教えられて
まあ、不名誉な二つ名を宣伝する奴はいないはずだ。
そんな試験でいい点だったと言っている時点で残念なのだが、ナナは結構自慢に思っている。そう一応は
確かに初めて堕天使になって自分の嗅覚を使って、埋められている奇石を探すという経験は得難いものではある。
ここ
奇石収集に出かける時には、堕天使になる必要がある。
天使の状態で奇石収集にいけないこともないのだが、触れると蒸発してしまう奇石を持ち帰りたい場合は、『堕天使になる』しかない。
過去、神域に入って行った者がいないわけではない。しかし入った者がのちに語ることには、『夢を見ていた』という言葉だけであり、『どんな夢か』と聞いても『分からない』という回答しかかえって来ない。ちょうど朝起きて夢から覚めてどんな夢か分からないという感じである。
ルルドは、いつもこの扉から出てくるので、違う扉から帰られると会わずじまいになってしまう。別に恋人が危険地帯に行くので最後の別れをしておきたいとかそういうことではない。恋人同士のつもりもないのだが、同い年の者がもう帰ってこないかもしれないというのは、結構名残惜しい。
堕天使契約手続は、そんなに時間が掛かるものではない。
しばらくするとその筒状になった建物の中から、黒い短コートを着た茶髪の男が出てきた。
眼は金色で、一見暗い雰囲気だ。
ナナから見ると結構暗いイメージになる。性格が暗いかと言うとそういう意味ではない。
堕天使契約手続する時の衣装は、
そして堕天使契約したものは、『光ってない』のである。感覚的なもの、直感的なものなのでぴかと光っていないとかそういう意味ではない。堕天使契約した者は、『神の威光を受けられない』ので、運が悪くなる。そしてその運が悪いというイメージが『光ってない』『暗い』というイメージで感じられるのだ。
ゆえに『ああこの天使は光っていないから堕天使だ』『ああこの天使は光ってるから天使だ(堕天使契約していない)』と言われることになる。
堕天使になったルルドを見るのはこれで何回目かである。
ルルドは結構頻繁に奇石収集のための遠征に出かけていく。まるでベテランたちに追いつこうとしているようだ。
腰には、左に
『生きて帰ってくる』ために、複数の黒妖石を取り付けているのだが、この黒妖石は堕天使になっても効果が無くならないし薄くもならない。ゆえに取り付ければ取り付けるほど効果が発揮される。
素早さを求めて所持してもいいのだけれど、大昔に堕天使が全身に取り付けて戦争に行ったことがあるが、重くて動けないとかいう状況になり、その戦いで亡くなるということもあった。結局、ほどほどにしておいたら?というくらいである。
右手には神聖片を入れるための
各家系、各家門、各家、各個人が所有してるが、全員が持っている訳でもない。作成に手間がかかるうえ、高価なので持っていると一種のステータスとみなされている。
主神エヴァーヤから授けられた神聖片、『主神より与えられし神聖片』は、天使たちの心の醜さを咎められて破壊されてしまった。そのため、本物を見たものはもはや居らず、ただ歴史書の記載通りに模倣して作成したとはいえ、どこまで似ているか眉唾ものではある。
実際それをステータスとみなしていること自体が、天使たちの心の醜さを表しているとも言えよう。
神の怒りを買った理由を理解する者、理解しえない者、曲解する者は後を絶たない。
正・
ナナの家系であるヘストン家は、代々軍人の家柄である。まあ、軍人とはいえ、女系の家系であるため婿養子が多く、ナナの父親も婿養子としてナナの母親と一緒になった。軍人たちから見たら、あの家系に婿として迎えられるのは、『
ナナの本名は実はものすごく長い。
ナナ・ニーナ・エレイン・メルド・セーラ・セルフ・シアトー・ヘストン
である。お母さん、おばあちゃん、
ルルドの神聖片を(昼飯のおごり10回分と引き換えに)見せてもらったことがあるが、センスがいいの一言である。規則正しい奇石の配置、質のいい奇石選択、奇石の色合い。
ルルドの母親は奇石細工師として一流であるので、その血が、技が受け継がれているのかと思ったほどである。
『母の助言も有ってこんな造りにした。俺だけじゃこんなにきれいにできないよ。』と言っていたが、うらやましいの一言では終われないほどの一品である。何度か眺めさせてもらうための10回分の昼飯おごりだったが、目の保養にはなった。というより早く正・
そんなナナの羨望の対象(神聖片が対象なのか、本人が対象なのかは置いておいて)は、大理石の柱に背中を預けて視線を送ってくるナナに気付いて近づいてくる。
「行ってくる。」とルルドと言う。
「行ってらっしゃい。」とナナはルルドに言った。
傍からみたら『ああ、夫婦が別れの挨拶をしているのだな』と思われそうなくらい自然にナナはルルドに言った。だが、次の台詞はどう考えても余計だった。
「あんた運がいいのか悪いのかさっぱりわからないんだから、ほんと気を付けないと野垂れ死ぬわよ。私まだ見習いだから骨拾いに行ってやれないんだから、しっかりしなさいよね。」と顎をくいっとあげてナナは、『死』だの『骨』だの不吉極まりない言葉ばっかりを並べ立てていく。
『これが夫婦の別れの挨拶にでもみえますかね?』と言いたくなるほど、どぎつい単語を並べているのだが、実は毎回言われているので、
この言葉を聞いて毎回帰還できているのだから、もし殊勝な言葉などが、この口から出ようものなら、ルルドは遠征を延期するかもしれない。
見習いが言うに事を欠いて正・奇石取扱者に『しっかりしなさい』の言葉かよと思わないでもないが、「そうだな、野垂れ死んだときのために墓碑を立ててもらっておくから、一人前になれたら墓参りよろしく。」とこちらも『死』だの『墓』だの不吉極まりない言葉ばっかりを並べ立てていく。
ナナは、眉を上げて前のめりに「なるわよ!」と断言してきた。
ルルドは「いつだよ?」とにっと笑いながら首をかしげつつ聞いた。
「う、鑑定試験で減点されてるから。その。でももうちょっとで合格できるはずよ!」とナナは根拠があるのかないのか分からない『もうちょっと』という尺度を用いた。
『鑑定試験で』ということは、ルルドの父ボールド・クーリッジが教官ということになる。鑑定担当主任兼会計担当主任である父は、沈着冷静なアドストナーだ。
鑑定試験は、アドストナーズ・ギルド内で一番厳しいと言われている。
黒妖石と
外見上、見分けがつかなくて、堕天使の鼻でも嗅ぎ分けにくい。その石が並べてあり、石の間の距離も近いので見分けがつかない。
ちなみに
堕天使なら効果は
手に取って見分ける試験ではなく、堕天使の鼻で嗅ぎ分ける試験であるので、見習い泣かせなのだ。
「まあ、あの鑑定試験には俺も15回ほど落ちて、補習授業を3回受けてる。」
鑑定試験に5回落ちると補習授業が待っている計算になる。
補習授業では天使の状態で、つまり奇石効果の耐性がない状態で、
触った時のあのぞわぞわする感覚(トロンとする感覚とも言う)は、一生忘れられないと言われている。
堕天使には、奇石の効果に対する
つまり、催淫効果がある石を堕天使が手にしてもあまりそのような気分にはならないが、
催淫効果がある石を天使が手にすると、そのような気分になってしまうというのが一番わかりやすいだろうか?奇石にはそれぞれの効果があり、堕天使、天使で効果のほどもまちまちである。一歩間違うと一生廃人という危険なこともあるために、奇石効果試験の中には、奇石を鑑定する試験が用意されているのだ。
「補習授業を何回か受ければ、あの石がどんなもんかだいたい見当もつくし、受けてみるのも1つの策だぜ。」とルルドが指摘するので、先輩風を吹かせられた、偉そうにとナナには思えた。
ナナはふくれっ面をして「あんなの補習授業を受けずに合格してやるわよ。」とうそぶいた。本当はあと1回落ちると、即、補習授業が待っている状態ではあるのだ。
何かといろいろ噂されている砂丘石のぞわぞわ感を回避したいとは思っていた。
「ま、焦らないことだな。」とルルドは、にまと笑って「鑑定試験に受からなくて、アドストナーをあきらめた奴もいるけどな。」と余計な一言を付け加えた。
「絶対受かってやるわよ!ばか、死ね、あんたの骨なんかぜーたい拾ってやらないから!」とナナは握りこぶしを作って殴り掛からんばかりだった。
「はいはい」と言いルルドは退散することにした。こりゃ幸先がいい。験担ぎができた。
今回も無事な旅ができそうだ。
そんな手をぷらぷらと振って去っていくルルドを見送るナナは、前回もそうだったように、無事に帰ってくることを祈るのだった。『あんたが帰って来ないと、こっちの験担ぎも成り立たないんだからね。』とは口に出しても言えないことだった。
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