第35話
「どうしてエクルンドの街でこんな事をしたんだ!!」
「何の事かさっぱり分からないんだけど・・・」
「貴様等! まだ白を切ると言うのか!!」
「本当よ 何故こんな処罰を受けなきゃならないのか・・・分からないわ」
(・・・何でこんな事になったんだろう?確かジョンさんの護衛としてフォルシアンを経由してフェルスホール国を目指して出発したはずなのに・・・)
アイリーンお姉ちゃんとジョンさんと一緒に牢屋に入れられて外から尋問官と思しき人に何やら厳しく追及されている…。ここは町長が管理する町の砦的な屋敷の独房だろうか?裁判所も刑務所も無いので町長自らが罪状を裁量するし、刑務所として独房を用意している様だ。町の衛兵に捕まってここに入れられている現状だ。
混乱する頭でジョンさんの提案で護衛として旅が再開した日からここまでの事を思い出す。
ジョンさんの護衛としてフォルシアンを経由してフェルスホール国を目指す事になった翌日から1週間。エクルンドの町の真北にあるヴァルストレーム国の首都レコから大量のリヴィングツリーの素材が送られてきて、また素材を加工して魔晶石を埋め込んで魔力を注ぐ作業をする事になった。
完成した冷蔵庫の数も増えて行き、エクルンドの町は新たな魔道具として冷蔵庫の話で持ちきりとなった。問い合わせが殺到したり、既に販売してる所から色々改善点やクレームなんかも来ている様だが全てグレゴリー商会に一任してしまってるのでこちらでは把握していない。
「ハッハッハ 嬉しい悲鳴って奴だね」
ジョンさんがヘルムホルツさんの伝手で新しく別の工房の人達も雇って冷蔵庫製作に力を入れている様だ。リヴィングツリーの素材は十分に確保したが家具となる本体はそうもいかない。工房の人達が手作業で1から作り出さなければいけない。量産体制は整っているが生産スピードは高が知れている。
「準備出来ましたよ 出発しましょうか」
「了解! リヴィングツリーの素材しか積んでないけど ニコール君特製の素材だ フェルスホール国に着くまで無事を祈ろう」
あれから1週間経ってようやく旅の再開だ。エクルンドの町での冷蔵庫販売はミッチェルさんに任せて、ジョンさんとフェルスホール国を目指して出発する事になった。前日に準備を終えて朝早くから出発になりグレゴリー家の皆さんに見送られる。
「寂しくなるけど気を付けてな ジョンを頼んだよ」
「アイリーンさん ニコール君 気を付けて行ってらっしゃいね」
「ありがとうございます! いってきます!」
「それじゃ出発するよ!」
ミッチェルさんとリアさんに別れの挨拶をしてもらいエクルンドでの楽しかった思い出を振り返りながら旅を再開する。
ジョンさんは新調した馬車にリヴィングツリーの素材を大量に乗せ、こちらはグァーガ鳥のホリィが引く荷車に乗りアイリーンお姉ちゃんと一緒に付いて行く。フォルシアンまで5日から1週間は掛かるからまた野宿しなきゃならないけど、ホリィが引く荷車に取り付けた新しい冷蔵庫に食材が入ってるから少しは快適な旅になるだろう。本格的な寒空を行くのは厳しいが魔法もあるし何も心配はしていない。
朝からエクルンドの町に入ろうとする一団が居るが、入る時より出る時の方がスムーズだ。ゾロゾロと列を作っているのを脇目に検問所の衛兵に挨拶しながら通ろうとする。
「ご苦労様です」
ジョンさんが身分証を提示しながら挨拶をして衛兵が簡単にチェックする。すると何やら衛兵の顔が険しくなり更にチェックしてくる。
「グレゴリー商会・・・荷物を確認してもよろしいですか?」
「えぇ 構いませんよ?」
ジョンさんが訝しげな表情をしつつも検査に応じる。
「こちらの中身は・・・?」
「魔物の素材ですが何か問題でも?」
「すいません 検査の為にこちらの詰め所まで来ていただけませんか?」
別に危険な物も積んでいないので素直に検問所に併設してある衛兵の詰め所まで馬車を移動させる。折角早朝から出発しようとしてたのに出鼻を挫かれてしまったと思いながらもそこまで時間は取られはしないだろうと高を括っていた。衛兵が馬車の中身を確認すると詰め所に戻り何やら書類を持ってくる。
「町長よりグレゴリー商会の者が魔物の素材や不審な物を町の外に持ち出そうとした場合! 拘束する様にと逮捕状が出されている!!」
「「え!?」」
「何かの間違いでは!?」
「抵抗しても無駄だ! 既に応援の部隊も呼んである! 大人しく町長の砦までご同行願おうか!」
「ちょ! 待ってくれ! 何かの間違いだ!」
「大人しくしろ!」
抗議しようと詰め寄ったジョンさんが3人の衛兵に捕まり、ポカンとしていたこちらも呆気なく衛兵に連れて行かれる事となった…。
「まだ 白を切ると言うのか!!」
そして尋問官に何の事か分からない罪について自白させられている状況になっているのだが…。3人は状況を理解できず、詰問されている意味も解らずただ困惑していた。
「そんなに言いたくないのなら証拠の現物を持って来てやろう! こちらに持って来い!」
尋問官が合図をすると町長の使用人だろうか?耳の長いメイド姿の女性1人と男性2人がヘルムホルツ工房で作っていた冷蔵庫を担いで部屋に入って来る。そして何故かコック姿の男性も忍びない感じで最後に部屋に入って来る。
「こいつが何か分かるか?」
「え、ええ ウチがヘルムホルツ工房に依頼して作った商品ですが・・・」
「ほう! つまりグレゴリー商会が依頼してヘルムホルツ工房で作った商品で間違いないと!」
「は、はい・・・」
「つまり貴様達がこれを作り! 町にばら撒こうとしたと! 罪を認める訳だな!!」
「えぇ!?」
「やっぱり冷蔵庫の価格設定がぼったくりだったんじゃ・・・」
「ジョンさん・・・」
冷蔵庫の値段が50万チップから100万チップと言う暴利を掛けたのが今の現状を作った原因なのかとジョンさんを見つめる。
「い、いや! 冷蔵庫の価格設定は決して問題ある物じゃないよ! ヘルムホルツ工房は一級品を作る職人集団の工房だし 素材だって高級品を選んだつもりだよ!」
「本当ですか・・・?」
「ほ、本当だよ! 確かに安い買い物じゃ無いのは分かるけど それだけの価値があるんだ!」
ジョンさんが一息に捲し立てる。確かに嘘は言って無いようだし、ヘルムホルツ工房の職人を間近で見ていたのだ。疑う余地は無い。では何でこんな状況に…。
「お前達はまだ白を切ると言うのか・・・」
「・・・へ?」
尋問官が呆れた様に溜息を吐く。そしてメイド服の女性に合図を送ると最後の忠告だと言わんばかりの雰囲気で言ってくる…。
「お前達が一体何をしでかしたのかこちらでも把握しかねている・・・これでも白を切ると言うならいくつか手段を講じねばなるまい・・・良く見てこれからの発言を考えるのだな」
そう言うと冷蔵庫を運んできた2人の男性にも合図を出して牢屋の前まで冷蔵庫を運ばせる。メイド服の女性が何処から取り出したのかいつの間にか指揮者が持つ様な短い棒をその手に持っていた。
メイド服の女性は棒を両の手で撓らせると軽く一振りする。どうやら短い鞭の様でそれを持って冷蔵庫に近づくとペシリと小さく叩いた。
ガタガタガタッ!!
「ギギギギギッ!」
衣装箪笥の様な木製の冷蔵庫は装飾された4脚の足をギシギシと軋ませ、不器用に本体を蹌踉めく様に揺らしながらコック姿の男性の元へと身を隠す様に移動する。ギギギと木製の本体を軋ませているのか音を出しながらガタガタと小刻みに震えていた。
「「はぁ!?」」
「・・・どうだね? 喋る気になったかね?」
3人で驚いて言葉を失くしている所に尋問官の声が掛かる。アイリーンお姉ちゃんとジョンさんの2人がこちらをチラリと無言で見て来る。
「・・・ニコール君?」
耐えかねたのかジョンさんが探る様に名前を呼んでくるがこちらも何故こんな事になってるか訳が分からない。
「ニコール? 貴方が何かしたの?」
「え!? 僕も何が何やら・・・あっ・・・」
こんな事になるとは微塵も思って無かったが、初めてリヴィングツリーの素材で作った保冷庫の事を思い出した。確かあの時の翌日に台所から保冷庫が移動して何故か玄関の前にあった様な…。
「私も今回の事を調査して詳細を町長に報告する義務があるんだがね・・・話易い様にこちらで把握している事件を話しておきましょうか」
尋問官の話はこうだ。数日前から冷蔵庫を購入した店や家からもしかしたら泥棒が入ったかもしれないと通報があり話を聞いた所、購入した冷蔵庫が翌日になると移動していると言う内容だった。
特に物を取られたという話では無いが、高価な冷蔵庫が設置した場所から移動していたと言う話で誰かが忍び込んだのではないかと住民は不安に感じたとの事。
更に町長の屋敷でお孫さんが冷蔵庫を弄って遊んでいた所、指を挟まれたと大騒ぎした模様。コックの男性に話を聞くと冷蔵庫は以前から自動的に開いたり閉じたりしていたと証言。魔道具を見た事も触った事も無かったコックの男性は高価な冷蔵庫と言う魔道具はこんなに凄いのかと感心するだけで変には思わなかったと言う事らしい。
不審に思い冷蔵庫を調べるとギシギシ言わせながら動き出した。これはどう見ても今までの事件と関係があると言う事で販売元のグレゴリー商会を探っていた。捜査をしている間に逃げ出せない様に検問所に伝令をしていた所、魔物の素材を持って町から出て行こうとした為に検問所で衛兵に捕まった次第だ。捜査も始まったばかりで禄に内情を把握してないのに捕まえた為、自白を迫っていると言う現状の様だ。
「だからあれ程慎重になれと言ったんじゃ!」
尋問官に説明されていると新たに部屋に入って来る者が居た。2人の衛兵に連れられてヘルムホルツさんまでも重要参考人として出頭させられたらしい。別室で現状を説明されたのか呆れた顔をしている。
「小僧も悪いが早計に事を進めたお前も悪いぞ ミッチェルの倅よ!」
「ジョンですってば・・・」
「口答えするでない!!」
「す、すいません!」
「ご、ごめんなさい・・・」
尋問官の話とヘルムホルツさんが来た事でようやく話が見えて来た。魔道具を作ったのかと思っていたがどうやらとんでもない物を作っていた様だ。
「よくよく考えてみれば不可解な事ばかりじゃ 魔道具は持ち主が魔力を注いでその効果を発揮する類の道具じゃがこの冷蔵庫は小僧が一度魔力を流しただけで冷やすと言う効果を発揮し続けておる」
「そうですねぇ・・・魔道具に詳しくないからてっきりこう言う物だと思ってしまいましたよ」
ヘルムホルツさんとジョンさんを交えながら冷蔵庫製作に至る経緯を尋問官に話す。
「言うなれば魔道生物と言った所かのぅ」
「魔道生物ですか?」
「そうとしか説明できんのぅ」
「そうですか・・・それでは報告書を書きますかね」
「悪意があった訳じゃ無いんだ 事情も大体分かっただろ? 俺達を牢屋から出してくれよ」
「無罪か有罪かは町長が決める事ですので今しばらくはそこに居て下さい」
「「そんな・・・」」
それから3日程町長が所有する砦の牢屋に拘束される羽目になってしまった。細かい事情聴取を個別で取られ、ジョンさんと交わした契約から旅をする経緯に至るまでみっちり尋問されてしまった。こんなに細かく取り調べられて刑罰が一体どんな物になるのか不安な夜を過ごす事になった。
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