第34話


 一夜明けて翌日の朝になり、洗面所で顔を洗っていると今帰って来たのかジョンさんが疲れた様子で廊下を歩いていた。


「ジョンさん おはようございます」

「や、やぁ ニコール君」


 昨日アイリーンお姉ちゃんと決めていた今後の予定をジョンさんと話さなきゃならない事を伝えると…。


「取り敢えず今日はヘルムホルツさんの所へ行ってよ お昼にはそっちに向かうからそこで話をしよう・・・」

「分かりました」

「それじゃ・・・俺は寝るから・・・おやすみね」

「お、おやすみなさい・・・」


 ヘルムホルツさんの所で何をすれば良いのか言って無かったけど…取り敢えず向かえば分かるだろう。朝食の席でアイリーンお姉ちゃんにジョンさんから聞いた事を伝える。


「それじゃ 私は今日も冒険者ギルドで依頼の確認をしに行くわ それからヘルムホルツさんの工房へ行くけど・・・ニコールは1人で大丈夫よね?」

「うん 場所は分かってるよ アイリーンお姉ちゃんは場所分かる?」

「大丈夫よ トラブルに巻き込まれない様に気を付けてね」

「うん!」


 グレゴリー商会でアイリーンお姉ちゃんと別れてヘルムホルツさんの工房へ向かう。今日も朝からエクルンドの町は活気づいている。暇になったら本屋を見に行きたいけど…そもそも本屋とかあるのかな?魔道具屋に行けば魔法関連の本位ありそうだけど…。そんな事を考えながら各種武具店を横目にヘルムホルツさんの工房を目指す。


「おはようございます ジョンさんに言われて来たんですけど・・・」


 朝からヘルムホルツさんの工房へ木材やら色々荷物が運び込まれている最中の様だが…取り敢えず工房の前で挨拶してみる。


「おぉ来たか 坊主には早速例の保冷庫の核を作って貰おうかのぅ」

「はい?」


 工房に到着早々ヘルムホルツさんに指示を出され困惑していると有無を言わさぬ迫力で作業に取り掛かる事になってしまった…。3日くれと言って飛び出して行ったジョンさんが町にあるリヴィングツリーの素材と木材を買い付けヘルムホルツさんの工房へ運び込ませているらしい。量産するための準備としてリヴィングツリーの素材を加工して魔晶石を埋め込んで魔力を流し込んでおく作業を先行してやるようにと依頼があったと言う。


 3日くれという言葉は3日待ってくれと言う意味では無く、3日で出来る限り冷蔵庫を作って試作した物を売り込む準備をすると言う事だった様だ。まだ仮登録しか済んでいないが見切り発車で量産の計画を遂行してるみたいだ…。


 ここから3日間は家具本体の設計に合わせてリヴィングツリーの素材を加工して魔晶石を埋め込みひたすら魔力を注ぎ込む作業に追われた。ヘルムホルツ工房お抱えの職人達が設計した家具部分となる冷蔵庫を組み試作して運び込まれる木材とリヴィングツリーの素材を加工し続けていた。


 ジョンさんと今度の予定を話し合ったがどの位冷蔵庫の製造に掛かるか分からないけど、もう暫く付き合ってくれとの事。タダでグレゴリー商会に泊めて貰ってるし、お給金も頂いているから文句は無いんだけどいつダンヴァーズ領へ向けて旅を再開出来るやら…。


 この3日の間にリヴィングツリー討伐依頼が出されていてアイリーンお姉ちゃんはそれに従事していた。チェストプレートの男改めジェレマイア一向のパーティーや若い冒険者はリヴィングツリー討伐依頼で小遣い稼ぎしていた模様。


 割の良い討伐依頼だったのかはたまたエクルンドの町に大量のリヴィングツリーの素材があったからなのか分からないが1日目から100個近いリヴィングツリーの素材に魔力を込める結果となった…。


 魔力切れが起こるとどうなるのかこの時体験する羽目になり、魔力込め中に失神して倒れる事になった。ヘルムホルツさんが現場監督していて工房が戦場と化していて戦々恐々となっていたから必死で作業してたら意識を失う結果となり、自分の体調位自分で管理せんかと怒られる羽目になってしまった。


 3日経ちリヴィングツリーの素材で出来た核となる部分は300個近くにまで揃えられたが肝心の家具となる部分はまだ10台程だ。しかし、豪華な装飾までされていて本職は武器防具だと言っていたヘルムホルツ工房の職人も伊達では無い事が伺える。


 冷蔵庫の家具としての出来栄えは、まるで高級衣装箪笥の様だ。細かい装飾が施された金具を取り付けられ上段は両開きの棚になっており、下段は引き戸が2つ取り付けてある。中は保冷の為か板金で覆われていて、お洒落に飾り立てた4脚で本体を支えている。


 ジョンさんの狙いでまずは町長や町の富豪達に売り込むみたいだ。順次高級店に卸していき、最後は一般家庭向けに展開する予定の様だ。


「たった3日でここまでやるとは思って無かったですよ 流石ヘルムホルツ工房ですね!」

「世辞はいらん ここまでやっといて今更じゃが本当に色々テストせずに売り込むつもりか?」

「勿論ですよ! この出来栄えに加えてニコール君の真似の出来ない保冷機能! それにニコール君の旅の資金も早めに欲しいですからね ついでに市長や富豪 高級店や有名店にモニターになって貰いましょう」

「そんな事で大丈夫かねぇ・・・」

「大丈夫ですよ! ニコール君達がエクルンドに来るまでの旅で実際使ってますし ウチのグレゴリー家でも使わせて貰ってますからね」


 ジョンさんが一区切りついたと喜び、ここからの製造はシンプルに実用的なデザインに変更だと張り切っている。そしてエクルンドの町に着いて1週間が経つとようやく運ばれてくるリヴィングツリーの素材も少なくなってきた。エクルンド周辺のリヴィングツリーも少なくなり、若い冒険者が森の奥へと入り他の魔物に遭遇する頻度が増して少なからず被害があったと聞いてアイリーンお姉ちゃんが心配になっていた。


「ニコール君! 君の考え出した冷蔵庫は大繁盛だよ! 既に売り込んだ町長や高級店の反応も良いし! 口コミで噂が広がってるよ!」


 運び込まれるリヴィングツリーの素材が少なくなってきて暇をしていた所、ヘルムホルツさんに言われて工房の雑用も兼任して作業していた所へジョンさんがテンション高めに話しかけて来た。


「そんなに凄いんですか?」


 木材の仕入れや職人の契約、リヴィングツリーの討伐をギルドに依頼する等は全てジョンさんに任せっきりになっている。そう言えば冷蔵庫の本登録も済ませて無いしグレゴリー商会とどういった契約になるかも聞いていない。ここ1週間はひたすらリヴィングツリーの素材に魔力を込めたり雑用しかしていない…。


「凄いなんて物じゃないよ! この事業はグレゴリー商会始まって以来の偉業になるよ! いや・・・これは革命になる!」

「そこまで大袈裟な・・・そう言えばどの位の値段で売り込むんですか?」

「試作の段階で豪華な装飾がされている方は100万チップって所だね シンプルな方は素材によりけりで50万チップ位を予定してるけど」

「え!?」


 前世での和箪笥の価格なんて知らないけど、冷蔵庫がいくら高級品と言っても5万から10万円台だったような…。知らないけど業務用冷蔵庫だってそんな値段しないだろと思っていたが、ジョンさんの話では既に噂を聞きつけた人々が注文開始を今か今かと待ち構えている状況なんだとか。こんな寒い時期なのに何でこんな高い冷蔵庫が売れるんだろうと口にすると、ジョンさんが甘い甘いと指摘して来た。熱い季節になる前に事前に仕入れるのが商人としての先見なのだとジョンさんが言う。既に商業ギルドのお偉いさんにも売り込んでいるらしく冷蔵庫の本登録も問題なく通過する予定なのだとか。


「ここまで来れば大体の流れも出来上がったね 資金も手に入るしニコール君達の旅を再開できるけど・・・契約はどうしようか・・・ニコール君にリヴィングツリーの素材に魔力を流して貰わないといけないし・・・」


 ジョンさんが悩んだ末に提案してきたのは、フェルスホール国にもグレゴリー商会があるからそこを通してルドヴィーク王国のダンヴァーズ領へリヴィングツリーの素材を定期的に送るから魔力を流す作業をして送り返してくれと言う提案だった。


「僕はそれで構いませんよ」

「それでいいね コーネリアスさんが保証人で商業ギルドに登録してたけど ニコール君かコーネリアスさんのどっちに振り込んでおけばいいかな?」

「んー 僕の保護者だからアイリーンお姉ちゃんに振り込んで貰って構わないですよ」

「了解 コーネリアスさん名義で処理しとくけど ニコール君には難しい話だから後でコーネリアスさんに説明しとくよ 問題があったらこっちで決めておくし 分からない事があればいつでも俺か俺の家族に相談して」


 商業ギルドが各町にあるから金融機関も兼ねているとの事。各ギルド証があれば口座登録出来る様でそこに振り込む形で契約する事になった。


 ヘルムホルツ工房からグレゴリー商会に戻り夕食を皆で楽しく囲んでいるとジョンさんが提案してくる。


「もう1週間程待って貰えればフォルシアンを経由してフェルスホール国のデュクロに行って冷蔵庫を売り込む予定になってるんだけど 良かったら護衛も兼ねて一緒に行かないかい?」

「それは良い提案ね フォルシアン方面に行く依頼が中々捕まえられなかったのよ」


 アイリーンお姉ちゃんがようやく旅を再開出来ると喜んでいる。


「ニコール君達なら旅も安全で良いな!」


 ガハハとミッチェルさんもご機嫌な様子だ。エクルンドでの冷蔵庫販売はミッチェルさん達に任せて、ジョンさんは貿易都市のフェルスホール国へ売り込みに親戚がやっているフェルスホール国のデュクロにあるグレゴリー商会を目指すと言っている。


 ジョンさんの護衛として同行すればダンヴァーズ領へ戻る事に繋がるし、フェルスホール国で冷蔵庫が売れればそれだけ資金になる。まさに一石二鳥の行商と言う訳だ。


 ここ1週間は慌ただしい毎日で資金もそんなに集まらないし旅の予定も立たなかったからどうなることかと思ったが、無事にダンヴァーズ領へ向けて旅を再開出来そうだ。ジュレマイア一向のパーティーは既にフォルシアンへ向けて行商の護衛として出発した模様。1週間後にはジョンさんの護衛としてこちらも旅を再開出来る。エクルンドの町ともこれでお別れかと思うと嬉しい様な寂しい様なそんな複雑な感情を抱いたまま今日は眠るのであった。

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