第33話


 ヘルムホルツさんの工房でジョンさんと別れてしまい、冷蔵庫の試作品を作るにしてもどうすればいいのか分からないのでヘルムホルツさんと話すと。


「ミッチェルの倅が戻って来ん事には話の進めようもない・・・お前さんは一旦戻ってなさい」


 とバッサリ返されてしまった。確かにその通りだと思ったので一旦グレゴリー商会まで帰る事になった。


 グレゴリー商会に戻って少ししたらアイリーンお姉ちゃんがすぐに帰って来た。


「おかえり お姉ちゃん!」

「ただいま ニコール」


 帰って来たアイリーンお姉ちゃんに魔道具屋の工房での出来事を説明する。


「ジョンさんは大丈夫かしら・・・?」

「アイリーンお姉ちゃんの方はどうだったの?」

「こっちはそうね・・・思い出すだけで腹が立ってくるわ」

「え?」


 何かあったのかアイリーンお姉ちゃんはムスッとしているが、お昼になるし外で食事するついでに話すわと言い連れ立ってグレゴリー商会を後にする。


 食事時でエクルンドの町は活気づいている。露店なんかも立ち並び美味しそうな匂いを出してお客の足を引いていた。アイリーンお姉ちゃんは初めから決めていたのか迷いなく目的のお店に足を運んでいく。


「ここのお店の料理が凄く美味しいって有名なの」


 アイリーンお姉ちゃんは2人分の料理を席に着くとすぐに注文してしまう。狩人の煮込み料理と言う物を頼んだ様だ。


 暫くすると目の前のテーブルへ1皿の大きなパンの塊が置かれる。


「? パンが有名なの?」

「うふふ パンの蓋を取ってみて」


 運ばれてきた料理はパンの塊かと思ったが、パンの上面に切れ込みが入れてあり蓋の様に取り外せる仕組みになっていた。蓋を取り外すと中を繰り抜いた鍋型のパンの器に煮込み料理が入っていたのだ。


「美味しそう!」

「ふふん 美味しそうでしょう!」


 何故かアイリーンお姉ちゃんが得意げだが、蓋を取ると美味しそうな匂いが漂って来て食欲が掻き立てられる。


 酢漬けのキャベツと肉、キノコに数種類のスパイスと赤ワインを入れ煮込んだ物をパンの器に入れた料理の様だ。パンをご飯に変えても美味しく頂けそうな感じでとても美味しかった。


 会話を楽しみながら食事をして2人とも満足感に浸っていた。そう言えば冒険者ギルドで何かあったと言っていたが…。


「そう言えば冒険者ギルドで何があったの?」

「あー そんな事もあったわね・・・」


 アイリーンお姉ちゃんは商業ギルドで別れてからの事を話し始めた。


「昨日のチェストプレートとローブの2人組の男達居たじゃない? あいつ等とまた冒険者ギルドで会ったんだけど・・・大口の依頼が入ったって自慢して来たのよ!」


 どうや昨日の一件の後、酒場で夕食を酒と一緒に楽しんでいたらしいのだがその場所にチェストプレートの男と戦っていたのを野次馬として見ていた行商が居たらしい。酒の肴としてその時の事で盛り上がって意気投合したらしく、行商の護衛として雇われたと言うのだ。


「しかも! 私が狙っていたフォルシアンを経由してフェルスホール国のデュクロに向かう金持ちの行商だって言うじゃない!」


 アイリーンお姉ちゃんがチェストプレートの男を利用してエクルンドで冒険者としての名を売ってフォルシアンへ向かう行商を捕まえ易くする予定だったのだが、逆にチェストプレートの男達に護衛の依頼が来てしまったと言う事らしい。


「ニコールがどれだけ優れているのか見抜けない行商なんて きっと高が知れているに違いないわ」


 アイリーンお姉ちゃんがまだぼやいている…。飲食店を出て武器屋と防具屋を覗きに行く。


「ニコールは剣も槍も弓も訓練していたのよね?」

「うん あんまり上手くないけど一応扱えはするよ」

「うーん 長い旅になるから武器とか防具を整えておきたいんだけど・・・」


 武器屋と防具屋をいくつか冷やかしながら見て回る。すると前方に昨日のチェストプレートの男の姿が見える。ローブの男は見えないが、代わりに戦士風の女性と魔法使い風の女性の2人を連れている。こちらに気付いたのかニヤニヤと笑いながら近づいて来る。


「昨日の坊主じゃねぇか! 姉ちゃんも一緒で何やってんだ?」

「僕の装備を見て回ってたんですけど・・・」


 チェストプレートの男はアイリーンお姉ちゃんを見てニヤニヤしてるし、お姉ちゃんはブスッとした表情になってしまった。


「この子ね ジェレマイアが褒めてた男の子は」

「こんな餓鬼に負けるなんて あんたダサいわね」


 魔法使いと戦士の女性がそれぞれ挨拶してくる。ローブの男と合わせて4人パーティーの様だ。


「負けてねぇって言ってんだろ! そこの姉ちゃんも負けを認めたしよぉ」

「あら 貴方が可哀想だから手心を加えただけなのに分からなかったの?」

「何だと!」


チェストプレートの男、名前はジュレマイアと言うらしい。アイリーンお姉ちゃんが挑発してジュレマイアが食って掛かろうとした所で不意にニヤリと笑う。


「まぁ良いさ 坊主のお陰で俺達は金持ち行商の護衛に就ける事になったんだ」

「そうね わたしはこの子をパーティーに誘いたいかなぁ」

「あんた何言ってんの・・・」


 魔法使い風の女性はかなりのマイペースらしい…。


「ま、まぁ俺達は1週間後には護衛でガッツリ稼いでフェルスホールに着くからよ そこで春が来るまでのんびりしてるさ! 坊主と姉ちゃんも頑張れよ!」


 ジュレマイアは2人を連れて行ってしまう。魔法使い風の女性はヒラヒラと手を振っていて何処までもマイペースを貫いていた。アイリーンお姉ちゃんは一つ溜息を吐いて間を置くと。


「帰ったらジョンさんに話を聞いてみましょう 目ぼしい依頼も無かったしジョンさんの考えとこちらの予定を合わせて それからどう行動するか決めましょう」

「うん!」


 今日は武器屋と防具屋でショートソードと弓一式、上半身だけの防刃用の革鎧を買い込み帰る事とした。上着の上に簡単に着込むタイプの鎧と腰にホルダー用のベルトを巻いて剣を腰に差す。ワクワクが止まらないとはこの事だ。何だか強くなったような気がしてテンションが上がる。


 グレゴリー商会に戻って一息つく。遠慮無く使ってくれとミッチェルさんに言われているが、タダで泊めて頂いてる身だ。奥さんのリアさんのお手伝いをしながら夕食の準備をする。


 夕食時になってようやくジョンさんが帰って来る。ミッチェルさんとクライヴさんは今日はもう戻って来ないのかもしれない。ジョンさんと今後の事で話したかったけど、夕食を食べるとまた急いで出かけてしまった…。仕方ないので今日はこのまま寝る事となり、結局アイリーンお姉ちゃんの抱き枕になったのだった。…毅然とした態度とは何だったのか。

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