第32話
グレゴリーさんの家に戻って夕食の手伝いをする。
ミッチェルさんの奥さん、リアさんの指示でジャガイモとニンジンと玉ねぎの皮を剥いて一口大に切っていく。
フライパンに油を引いて豚肉を入れて炒めていく。豚肉の色が変わってきたら一口大に切った野菜とスライスしたマッシュルームを入れる。そうしたら自家製のカレー粉を投入。グレゴリー家の特性カレー粉でまさに家の味ってやつだ。カレー粉が馴染んだら水では無くてブイヨンかな?野菜スープを入れて一煮立ち。更に何かの香辛料で味を調え、水で溶いた片栗粉を入れてトロミを付けたらグレゴリー家特性カレーの完成だ。
家族全員で食卓を囲む。
「え? まだ商業ギルドに登録出来て無いのかい?」
「うん 少しトラブルがあって・・・」
ジョンさんが商業ギルドに登録していない事に驚く。アイリーンお姉ちゃんをチラリと見るが、アイリーンお姉ちゃんは目を合わせようとはしない。
「大丈夫だったのかい? まぁ明日の朝一で一緒に登録しに行きますか」
「分かりました」
「登録のついでに保冷庫も登録したいしね・・・そう言えば登録する商品の名前も考えておかないと!」
ジョンさんが商業ギルドに登録する保冷庫の名前が欲しいと言い出した。
「名前ですか? リヴィングツリー保冷庫で良いんじゃないですか?」
「ニコール君 それじゃ駄目だよ」
ミッチェルさんが駄目出ししてくる。何か問題でもあるのだろうか?何が駄目なのか聞こうとしたらジョンさんが補足してくれた。
「便利な商品は他も真似したくなるものさ いくら商業ギルドに登録したからって模造品はいくらでも出て来るんだよ ましてリヴィングツリーの素材なんて簡単に手に入るからね」
「商業ギルドに登録しておけば模造品を見つけてこちらが訴えれば相手に利用権を支払わせる事が出来る」
「まぁイタチごっこになる事が多いけどね 商品の情報を漏れない様にするのも登録する側 される側の義務なんだ」
「そ、そうなんだ」
ジョンさん・クライヴさん・デリックさんがそれぞれ会話を引き継ぎながら教えてくれる。
「名前の変更は後からでも出来るから明日までに適当に考えておいてよ」
食事を終えて来客用の部屋へ戻る。久しぶりのちゃんとした料理で大満足だ。部屋のベッドでゴロンと横になっているとアイリーンお姉ちゃんが話しかけて来る。
「ニコール 冒険者ギルドでの事怒ってる?」
「怒ってないよ」
寝転がってるベッドにアイリーンお姉ちゃんが腰かけてきてまだ困り顔をしている。
「本当?」
「アイリーンお姉ちゃんがやりたかった事も分かるし・・・でもあんな強そうな人を僕に嗾けるなんて酷いよ」
「ごめんね 魔法をレジストする訓練まで受けてると思わなくて・・・」
アイリーンお姉ちゃんが抱える様にして頭を撫でて来る。エアストプッシュを掻き消してくるし、地面から突き出す石柱も躱されてしまった。あのチェストプレートの男は見た目通り相当の手練れだった。
「仲直り出来たら久しぶりに一緒に寝ましょうか」
「ええ ベッドはちゃんと2つあるよ・・・?」
「良いじゃない 夜は寒いし山小屋では一緒に寝てたじゃない」
「あ、あれはベッドが1つしかなかったからで・・・」
「それとも私の事嫌いになっちゃった?」
「き、嫌いじゃ・・・無いけど・・・」
返事の歯切れが悪くなる。結局お風呂に入って就寝時間になったら一緒に寝る事になってしまった。別に嫌いじゃないし…寧ろ嬉しい様な恥ずかしい様な感じだが…。
翌日目を覚ますと案の定アイリーンお姉ちゃんに羽交い絞めにされていた。
(く、苦しい・・・)
寝返りを打てないのとアイリーンお姉ちゃんに締め上げられてるせいで体が痛い…。ベッドに入ってすぐは優しく抱きしめられる位で柔らかくて気持ち良いんだけど…目覚めは余り宜しく無い。小さいから子供扱いされるが、旅をする身だ…もう10歳になるし…。これからは毅然とした態度で臨まなくては。そう思いながらベッドから抜け出す。
旅のせいで早起きが癖になっているので朝早くに顔を洗いに洗面所に顔を出す。すると既に誰か使っているみたいだ。
「おはよう ニコール君」
「おはようございます ジョン・・・さん?」
「ハハハ 俺は次男のクライヴだよ」
何かジョンさんとは違う違和感を感じて探る様に言ってみたらジョンさんじゃ無かった…。
「ご、ごめんなさい クライヴさん おはようございます」
「気にしないで その内慣れるから それより新しい保冷庫の名前は考えたかい?」
「あ・・・まだ考えて無いです・・・」
アイリーンお姉ちゃんとのやり取りですっかり忘れていた。
「商業ギルドに着くまでに考えておいてくれよ? 珍しく兄貴がやる気満々だからさ」
「分かりました」
適当じゃないけど冷蔵庫で良いだろう。もし同じ名前で既に登録されている商品があれば、またそれっぽい名前を考えれば良しとする。
朝食の時間となり食卓に座る。ミッチェルさんと次男のクライヴさんは朝早くに行商の仕入れに行っている様だ。パンとベーコンとサラダで朝食を済ませると朝早くからアイリーンお姉ちゃんとジョンさんに連れられて商業ギルドの建物を目指す。
朝からエクルンドの町は賑わっている。色んな種族が居て、冒険者やら商人やら町の住民が行き来している。
「保冷庫の名前はちゃんと考えたかい?」
クライヴさんにせっつかれて決めておいた名前をジョンさんに伝える。
「はい! 冷蔵庫って名前にしようと思うんですけど・・・どうですか?」
「冷蔵庫か・・・保冷庫・・・冷蔵庫・・・良いんじゃないか? 商業ギルドで同名の登録商品が無いかチェックして 無いならその名前で行こう」
ジョンさんが商業ギルドの登録が終わってからの予定を話してくれる。
「商業ギルドでニコール君の登録と商品の登録が終わったら グレゴリー商会が贔屓にしている魔道具職人の所に行って試作品を作ってみよう 昨日のうちにニコール君達が持っていた保冷庫を1つサンプルとして運んでおいたからすぐに案は出来るんじゃないかな」
エクルンドに来る道中での戦闘ではあんなにへたれてたのに今はキリッとしている。保冷庫に関してはこちらの出る幕は無いかもしれない。
商業ギルドに着いたら早速登録を済ませる。ジョンさんがエクルンドに入る時に説明していた難民扱いって話が気になっていたけど、アイリーンお姉ちゃんが冒険者ギルドの身分証で保証人になってくれると思ったより手続きは簡単に終わった。
商品の登録は同じ様な商品が無いか、同じ名前の商品は無いかのチェックを依頼して仮登録を済ませて終わり。本登録に至るには実際の商品をギルド側に持っていき審査を受けて登録となる。登録しないでも商品は販売出来るが保証は発生しない。
特にどちらの登録も問題無く終わる事が出来た。商業ギルドの身分証が出来たので仮国民証を返却しに役所まで行き、ギルド証を提示して仮国民証を返却する事で無事に1万チップが帰って来た。身分証の紛失・再発行は罰金なんかも発生するから気を付ける様にと注意されて役所を後にする。
「さぁ ようやく保冷庫の開発に着手出来るね!」
「私は冒険者ギルドに寄って良い条件の依頼が無いか調べて来るわ」
「アイリーンお姉ちゃん行っちゃうの?」
「私が居なくても大丈夫でしょ? 終わったらグレゴリー商会で落ち合いましょ」
「それじゃニコール君は一緒に行こうか!」
ジョンさんのテンションが高い。こちらの目的のダンヴァーズ領へ帰る事も忘れていそうだ。今から向かう所はヘルムート・ヘルムホルツと言うファラムンド族がやっている魔道具の鍛冶屋だと言う。贔屓にしていると言うか単純にエクルンドで有名な魔道具の鍛冶師だと言う話だ。
雑貨や食糧品が並ぶ店の区画を奥に行くと武器や防具や魔道具が並ぶ場所になる、その中でも大きな工房を構える一角にジョンさんが入って行く。
「ヘルムホルツのおやっさん! グレゴリー商会ですけど居ますか!」
工房の奥に聞こえる様にジョンさんが大声で呼びかけると、奥からあまり背の高くないずんぐりむっくりな体型の髭親父が姿を現せる。
「ミッチェルの所の若造か ジョンか?クライヴか?デリックか? 一体誰じゃ!」
「長男のジョンですよ! いい加減覚えて下さい・・・」
「わしゃ人族の髭も生えて無い若造の顔の区別など出来んぞ! 何しに来た? ミッチェルのツケでも払いに来たか?」
「そんなの知りませんよ! 昨日の保冷庫の試作で来たんですよ・・・どうなってるんですか?」
「あれか・・・あれはよう分からんから放置してあるぞ」
「ええ!?」
入口で問答していたが中に入れて貰い話を伺ってみる。前日にジョンさんが専門家のヘルムホルツさんに渡して商品化を依頼していたが全然調べていないらしい。
「するとこの保冷庫を作ったのはこの小僧じゃと言う事なのか・・・? 名前は何と言う?」
「ニ、ニコール ニコール・アーヴィングと言います」
正面に居られると髭面も相まって迫力がある。
「そもそも魔道具ってのは魔力を注いだからと言って簡単に出来る物じゃないぞ」
「そうなんですか?」
「んむ 取り敢えずどの様に作るのか見せてくれんか? ここに2つの素材がある 2つの保冷庫を作ってくれんかのぅ」
工房には2セットのリヴィングツリーの素材が用意してあった。ヘルムホルツさんに言われた通りに2個の保冷庫を作っていく。作っていくと言ってもリヴィングツリーの素材に魔晶石を埋め込んで木箱に収める。魔力を注いでちゃんと冷えてるか確認する。
「あ、あれ? こっちの保冷庫は冷たくならない 上手く出来なかったのかな?」
「こんな簡単に作れてしまうのか・・・ニコール君は凄いね」
「・・・まるで意味が分からんかったぞ」
ヘルムホルツさんが首を傾げながら唸る。
「そうなんですか? 俺もさっぱり分からなかったですけど ヘルムホルツさんは魔道具の鍛冶師ですよね?」
「わしは全ての行程を1人で行えはするが素材の特性を抽出して転写させるのは苦手じゃ わしが得意なのは物を作り上げてマテリアル化した素材を入れる”穴”を作るまでじゃ 小僧がやったのはリヴィングツリーの素材にリヴィングツリーの魔晶石を入れて木箱に収めて魔力を注いだようにしか見えんかった・・・」
実際ヘルムホルツさんの言う通りの事しかやってないんだけど…。ヘルムホルツさんが2つの保冷庫を説明してくれる。
「こっちはこの地域に存在するリヴィングツリーの素材じゃ でこっちがここの地域より南で狩ったリヴィングツリーの素材じゃ」
「ちゃんと冷えた方の保冷庫は冷気の属性を持ったリヴィングツリーだったんですかね?」
「恐らく・・・しかし小僧が作った保冷庫とやらは行程を無視して作り上げとったな・・・もしかしたら小僧は”ライトスタッフ”を持っておるのかもしれん」
「ライトスタッフですか?」
「そうじゃ 特殊な力を持った者や秀でた才能を持った者をそう呼ぶ事もある」
ヘルムホルツさんがライトスタッフを持つ者は厄介な者か英雄に多く居たと説明されるが、保冷庫を作った力がどの様な能力なのか良く分からない。そもそも魔道具の作り方が分からないのだからどう違うのか比べる事も出来ない。
「凄いじゃないですか!! ニコール君は魔道具作りの天才だ!! リヴィングツリーの素材ならこの地域で腐るほど手に入るし安いと来てる! 誰にも真似出来ない商品となれば安全に商品展開が出来ますよ!!」
「うーむ・・・わしはもう少し慎重になった方がええと思うがのぅ」
ジョンさんのテンションが怖いほど上がっている。
「何言ってるんですかヘルムホルツさん! 貴方ほどの人に掛かれば高級家具にだって出来ますよ! ニコール君達が荷車に積んでいたリヴィングツリーの素材は10体分位でしたよね・・・更に掻き集めてニコール君に魔力を注いで貰って・・・量産しといてヘルムホルツさんに家具を拵えて貰えば・・・!! 5日俺に下さい! いや3日下さい!! それまでに素材を集めて量産体制に入れる様にしますよ!!」
ジョンさんが一方的に話すと何処かへすっ飛んで行ってしまった。鬼気迫るものを感じてヘルムホルツさん共々見送る事しか出来なかった。
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