第31話
当初の予定より2日遅れでエクルンドに到着した。
「コーネリアスさんは冒険者ギルドに入っているって聞いたけど ニコール君はどこのギルドにも所属していないんだったよね」
ジョンさんがエクルンドに入る前に聞いて来る。
「何かあるんですか?」
「ヴァルストレーム国のエクルンドはそれなりに大きい町だから入る前に検問じゃ無いけど簡単な検査があるんだよ ニコール君のご両親がルドヴィーク王国の国民証を持ってると思うけど 今はヴァルストレーム国に居るから難民みたいな扱いになってるんだ」
ジョンさんが言うにはどこかのギルドに所属していればそれが身分証の代わりになるらしい。身分証を持っていない事がこの世界ではよくある事でお金を払って仮入国したら数日中にどこかのギルドかその町の国民証を発行して貰わないと問題を起こした時に困った事になるらしい。
定住者は国民証でそれ以外はどこかのギルドに所属してそれを身分証にしているし、国民証とギルドの身分証の両方を持っている人も居る。国民証とギルドの身分証の違いは受けれるサービスが違う事。国民証は税金を払う事で町にある施設の利用が割引される。ギルドの身分証は所属しているギルドに貢献する事で施設を利用出来る事。
「心配要らないわ 町に入る時に仮の国民証を発行して貰ってすぐに商業ギルドにでも登録すればいいんだから」
「そうだね リヴィングツリー保冷庫の登録もあるし丁度良いよね」
「お金いっぱい使う?」
「ニコールが気にする程じゃ無いわ 安心して」
アイリーンお姉ちゃんが笑って答えてくれる。
「エクルンドは中々しっかりした所だからな 仮国民証で1万チップ取られちまうが後で正式な国民証かギルド証を提示すれば1万チップはちゃんと帰って来るから まぁ期限が切れちまうと1万チップは帰ってこないし また仮国民証で1万チップかかるんだけどな」
ガハハとミッチェルさんが補足してくれる。アイリーンお姉ちゃんが御者台に乗って後の3人は歩いて検問所の列に加わる。丁度お昼時に到着したせいか町の出入り口は少し混雑していた。
「身分証を拝見いたします」
町の衛兵が事務的に検問していく。ジョンさんとミッチェルさんが言う通り何の問題も無く仮国民証を発行してもらえた。既に検問所から町の様子は見えていたが、入ってみると町の規模に驚かされる。森しかなかった街道をここまで来たが町の周りは開拓村と同じ様な感じだと思っていたが検問所を超えれば石畳の町が広がっていた。雑然と並んだ家や店がお昼時と相まって活気づいている。
「まずはうちに行って荷物を降ろしちゃいましょうか」
「そうだな 泊まる所を決めてないんだったら是非うちに泊まってくれ」
「いいんですか?」
「ハッハッハ 命の恩人なんだ 遠慮する事は無い」
ミッチェルさんの後に続いて事務所兼自宅にしているグレゴリー商会へと向かう事になった。荷物を降ろして遅めの昼食をグレゴリーさんの自宅で頂く。
「家内のリアだ グレゴリー商会の経理をやってる 家の事で分からない事が有ったら家内に聞いてくれ」
「初めまして アイリーンさん ニコール君 主人と息子を助けて頂いたそうで ありがとうございます」
ミッチェルさんの奥さんでリア・グレゴリーさんが丁寧に挨拶してくれる。奥さんの隣にジョンさんと同じ顔の男性が2人テーブルに座っていた。
「長男のジョンはもう知ってるから・・・家内の隣が次男のクライヴでその隣が三男のデリックだ 家族で商いをやっているグレゴリー商会だ よろしくな」
「「よろしく」」
クライヴさんもデリックさんもジョンさんと同じ様な人懐っこい笑顔で挨拶してくれる。グレゴリー一家と食事を楽しんで一息ついたらアイリーンお姉ちゃんが引き受けていた冒険者ギルドの依頼達成報告と魔物の素材の買取等をしてもらいにギルドへ赴く。
町には様々な人が行き来していて、長い耳が特徴のアルトゥル族や小柄で山男の様なファラムンド族、黒い肌に長い耳が特徴のジュディット族や獣の特徴を有したカウエル族まで居て街中を賑わしている。
「へー」
「あんまりキョロキョロしないの!」
余りに珍しいから町や人を見ていたらアイリーンお姉ちゃんに窘められてしまった。
「しっかり付いて来なさいニコール 迷子になるわよ?」
「はーい」
アイリーンお姉ちゃんとお喋りしながら町を進み冒険者ギルドを目指す。
ヴァルストレーム国は人材の育成に熱心で多人種を受け入れているせいか優秀な人材が集まっている。多人種を受け入れる事で問題も起こっているが国の治安はかなかな良いと聞く。どこの地域でも魔物や野生動物は出没するから危険は変わりないが、民族や人種間での同族争いが少ない良いモデルケースとしてヴァルストレーム国のエクルンドは発展してきている。ヴァルストレーム国の首都レコではアルトゥル族が実行支配していて中々頭の固い連中も多いと聞くが、英雄ユージーン・カーヴェルの働きもあってヴァルストレーム国は成功を収めている。
「着いたわ ここよ」
中々大きな建物で2階建てとなっている。両開きのドアを片方開けてアイリーンお姉ちゃんに続き中へ入る。中も広々としていて、入って左に受付があり2人のアルトゥル族と思しき耳の長い綺麗な女性が柔らかい笑顔で座っている。アイリーンお姉ちゃんはすぐに受付に行き依頼達成の報告と討伐した魔物の素材を下取りして貰っている。冒険者ギルドに入っていれば自分で売るなどしなくてもギルド側が最低限売買を保証してくれる。もちろんギルドに卸さなくてもよい。自分で伝手があるのならそちらを利用しても良い決まりになっている。
右に入って行くと掲示板が3つあり、それぞれ違った依頼が掲載されている様だ。勿論受付で目的に合った依頼を探して貰う事も出来る。右奥に行くとBARとなっていて飲み物と簡単な食事が出来るスペースがある。中央はいくつかテーブルと椅子があり食事をしたり冒険者同士で雑談出来る場所がある。左奥は2階に上がる為の階段が見える。上の階は職員のバックヤードになっているのだろう。
「坊主は何か依頼で来てんのか?」
「僕?」
「おめぇ以外に坊主は居ねぇよ」
周りでギャハハと笑い声が上がる。物珍しさに建物の中をぐるりと見ていたら中央のテーブルから2人の冒険者に声を掛けられる。見事なチェストプレートでアメフト選手みたいにガッチリとした体格の男と、ローブを纏ってこれといった防具は付けていないように見えるが覗かせている腕がとんでもなく太い男。2人とも顔の堀が深く眼光鋭い。今がまさに冒険者盛りと言った屈強な男達だ。
「僕はあの人に付いて来ただけです」
この手の相手は軽くからかって来ているだけだと思うから曖昧にアハハと笑って子供の振りをするに限る。実際子供だけど…。
「へぇー そうかい おい姉ちゃん こんな坊主の相手してないで俺達とパーティー組まねぇか?」
「俺達ならたっぷり稼がせてやるぜ? あんた強そうだしな」
ハッハッハと周りに居る奴と男2人が笑う。
「そうね・・・」
受付でやり取りしていたアイリーンお姉ちゃんがいつの間にか背後に立っていてびっくりする。
「貴方達 この子より弱そうだから駄目ね」
値踏みする様に2人を見て不敵に笑いながらとんでもない事を言う。周りに居た奴等が爆笑して更にとんでもない野次を言う。
「ハッハッハ お前等2人が姉ちゃんのパーティーに入れて貰って稼がせてもらえよ」
周囲に笑いが広がると筋肉もりもりマッチョマンの2人組が不機嫌そうに笑うのを止めている。こちらを睨むその眼光だけでただ者では無い雰囲気を感じさせていて正直怖い。
「言ってくれるじゃねぇか その餓鬼より俺が弱いってか?」
チェストプレートの男が立ち上がるとその威圧感は更に増す。後ろに立っている自信満々のアイリーンお姉ちゃんと190㎝を超えてそうな巨体に立ち塞がれると板挟みになって押し潰されてしまいそうだ。
「そうよ 何なら戦わせてあげましょうか?」
「え!?」
「ほぅ 良い度胸じゃねぇか 俺は別に構わねぇぜ」
「ちょ、ちょっと何言ってるのアイリーンお姉ちゃん!」
アイリーンお姉ちゃんが訳の分からない事を言ってしまう。見るからに手練れのこの男にどう逆立ちしたって勝てる訳が無い。
「やるからには授業料と迷惑料で5万チップ 負けたら払ってもらうぜ? 丁度依頼達成して金持ってんだろ姉ちゃん」
「いいわよ ただしあんたが負けたら5万チップ払いなさいよ」
「!? だ、駄目だよ お姉ちゃん!」
周りの冒険者が面白がって囃し立てる。後ろを振り返ってアイリーンお姉ちゃんを見ながら抗議するがアイリーンお姉ちゃんは見当違いの事を言ってくる。
「ニコールいい? 絶対に殺しちゃ駄目だからね」
(こ、こっちが殺されちゃうよ・・・何考えてるんだアイリーンお姉ちゃんは・・・)
ゾロゾロと冒険者ギルドを出て建物の表で対峙する。冒険者共が取り囲むお陰で更に目立って通りを歩いてる人も野次に参加してしまっている。やっぱり止めましょうと言う雰囲気じゃない…。
「こっちは得物を置いて来ちまって素手だ 丁度良いハンデだよな そっちも何も持たなくて良いのか?」
「準備完了よ」
「それじゃ始めるぜ」
(全然準備完了じゃないよ! 勝手に進めないでよ・・・)
15m程の距離を空けて屈強なチェストプレートの男と対峙する。オロオロしていると勝手に準備完了とアイリーンお姉ちゃんが言って始まってしまった。
「いくぜ小僧!!」
(あ、ああ どうしよう! どうしよう!! 取り敢えず泥で牽制だよな??)
男の足目掛けて水と土を混ぜて泥の球を急いで打ち込む。
「む、無詠唱! だがお前が魔法使いなのは見え見えだぜ!」
(避けられちゃった!!)
来るのを予見していたのか男がサイドステップで鮮やかに躱す。巨体からは想像出来ない身のこなしで躱されてしまった事に焦ってしまう。
(つ、次はエアストプッシュで距離を稼がないと!?)
腕を突き出し迫りくる巨体目掛けエアストプッシュで男の体を吹き飛ばそうとするが…。
「しゃらくせぇ!!」
ブンッ!!
男が裂帛の気合いと共に拳を突き出すと、まるで切り裂かれたようにエアストプッシュは霧散してしまった。周囲に風が巻き起こり観客がどよめく。アイリーンお姉ちゃんも驚いて声を出していた。
(魔法に対してこんな対抗手段があったのか!?)
驚愕しているとみるみる男がこちらに迫って来る。
(カウンター!? や、槍は不味いよな?? 何を出せば? あああ! えい!)
避けられない様に幅の広い石柱を男の胴体目掛けて地面から突き出す。低い姿勢で腕を胸に畳んで拳を溜めながら突っ込んで来る男に見事なカウンターのタイミングで石柱が迫る。
(!?)
完璧なタイミング。男が拳を突き出すタイミングで石柱は男に到達したが、男は右の拳で石柱を受け止めたかと思うとそのまま上空に伸身のまま宙返りをして後ろに降り立った。
(上!? 後ろに居る!)
「小僧!!」
男が後ろから叫びながら拳を振り下ろしてくる。
(拳!? 防がなきゃ! 死・・・!)
ドガンッ!!
「キャアア!」
「うわぁぁ!」
一瞬の出来事で後ろを取られ、振り返って男の拳と叫びの恐怖を感じた時。チェストプレートの男と自分の間に強烈な火の粉を撒き散らす爆発が起きていた。
「ニコール!」
アイリーンお姉ちゃんにすぐさま助け起こされるが、こっちより向こうが心配だ。こちらは殴られる恐怖から防御姿勢を取りつつあったが、男は拳を振った状態で無防備だったのだ。慌てて男に駆け寄り声を掛ける。
「ご、ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」
「こ、小僧・・・おめぇ・・・中々やるじゃねぇか」
真面に受けたように見えたがこの男がとんでもなくタフネスだったのだろうか?吹き飛ばされた衝撃でヨロヨロと立ち上がると。
「まだ負けてねぇよな」
まだやると言うのかこの男は…。
「こちらの負けよ 貴方達の強さを見くびっていたわ 治療費位は払うわ」
「ごめんなさい 僕に治させて下さい」
「坊主が・・・?」
冒険者ギルドの建物へ入ってチェストプレートの男を座らせる。良く見ると男の右手首は赤く腫れていて、右腕に少し火傷を負っていた。男の腕にそっと手を乗せ、自己回復力を上げる魔法を男の体に流し始める。
「な!? こ、これは・・・!」
腕の赤みが無くなり火傷も少し痕が残る程度になっていた。男が腕を回して確認しているが問題は無さそうだ。
「なるほどな・・・姉ちゃんが強気になる訳だ」
「ごめんなさい エクルンドでの冒険者としての名前を売る為に貴方達を利用しようとしたわ ニコールもごめんね」
どうやらアイリーンお姉ちゃんはこの屈強な男2人に絡まれたのを良い事に、エクルンドでの冒険者としての名を広めて次の目的地フォルシアンへ行き易い様に画策したのだと言う。強そうな男を負かしたとなれば冒険者ギルドでの仕事の斡旋に有利になるし、フォルシアン方面に行く行商の護衛として雇って貰えるかもしれないと言う事らしい。
(何でそれで子供の俺を当て馬にしたんですかね・・・?)
「なんだ? それじゃ俺達は姉ちゃんの出しにされてヒデェ目に遭わされたってのか・・・」
「酷いよ お姉ちゃん・・・」
受付でアイリーンお姉ちゃんが達成した依頼の報酬と魔物の素材を換金した物を受け取り冒険者ギルドを後にする。変に騒ぎが大きくなって人の目についてしまったがアイリーンお姉ちゃんの目論見は達成できたのだろうか?何も無ければくたびれもうけもいい所だ。
時間を掛けすぎて商業ギルドでの登録は出来そうもない。今日は暗くなる前にグレゴリー商会に戻って食事をして就寝する事となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます