第29話
出発した日から3日目の夜を迎える。
「旅の途中で体を清められるなんて贅沢ね」
2日目の夜までは布をお湯で濡らして体を拭く程度だったが、3日目の夜はこうして適当に作った風呂にお湯を張ってじっくりと湯船に浸かっている。
「エクルンドまで半分位来たかな?」
「そうね このまま順調に行けば3日か4日で着けるわ」
アイリーンお姉ちゃんがお風呂からザバッと音を上げながら出て来る。
「ニコール 髪乾かすの手伝って」
「う、うん」
タオルを体に巻いただけの姿でアイリーンお姉ちゃんがこちらに出てきてしまう。こっちだって子供とは言え男なんだ。多少気を使って欲しい…目のやり場に困ってしまう。
(鍛えられ引き締まった肢体が実に健康的で美しい…)
…ってじろじろ見るのも不味い。顔を赤らめつつアイリーンお姉ちゃんの髪に熱風を当て乾かしていく。
「そ、それにしても思ったより大分楽?じゃないけど 危険な旅じゃないね」
「なるべく安全な街道を通っているから そう多くの魔物に出会う事も無いわ」
勿論全く出てこない訳では無い。街道とは言え等間隔に灯りがある訳でもないし、こんな森に囲まれた所を巡回している衛兵も居ない。野生動物や魔物に出くわす事もあるが殆どの野生動物はこちらを認識すると逃げていくし、魔物も群れていない物はこちらから刺激しなければ襲ってこない。
出会った事は無いが気性の荒い猿や犬が群れていると厄介なのだそうだ。どういった仕組みで魔物化するのか良く分かって無いが、魔力の濃い所に居たり魔物を捕食する事で野生動物が魔物化するのではないかと考えられている。そもそも野生動物ですら脅威なのにこの世界では前世で見た事無い様な魔物すら存在する。
少しでも安全策を取るに越したことは無い。山越えだ海を越えるだ言ってられない世界だったのだ。
「私から火の番をするから ニコールは先に寝て頂戴」
「うん おやすみなさい」
「はい おやすみね」
かまくらじゃないけど魔力で石を生成して囲いを作って一夜を凌ぐ。布でテントを作って1日目は寝たけど、夜も深まれば寒さが厳しい。細かい事は出来ないが大雑把に石か木で囲う位は出来る様になった。もっと練習すれば細かい事が出来る様になって小屋位なら出来そうな気がする。一夜を明かす程度ならこれで十分なんだけど。
3時間後には火の番の交代をしなければならない…寒い季節に旅は辛いよと思いながらも毛布を被ればすぐに寝息を立てて眠ってしまう。
…どの位の時間が経ったのだろう…揺すり起こされて飛び起きる。
「ニコール! 起きなさい!」
「な、何? 何かあったの?」
突然起こされてジャイアントフィーバーラットに襲われた時の夜を思い出し身構える。
「分からないわ・・・誰かがこちらに来ている」
「え!?」
こんな森に囲まれた街道で無防備に松明の灯りを片手にこちらに来る人物が居るらしい。もしかしたら山賊なんかの手合いかもしれない。アイリーンお姉ちゃんは油断無く周囲を警戒しながら、こちらの野営地から動かず近づいて来る人物に備えている。
「止まれ!! それ以上近づけば唯では済まさん!!」
アイリーンお姉ちゃんが勇ましくこちらに近づいて来る人物に忠告する。ある程度開けた場所で野営してるとは言え、すぐ隣は暗い森に覆われた場所なのだ。何が潜んでいるか分かったものでは無い。
「た、助けてくれ!! 父が野犬の群れに襲われているんだ!」
「何だと?」
「お、お姉ちゃん・・・どうするの?」
この男が嘘を言っているとは思えない慌てようだが、もしかしたら迫真の演技なのかもしれない。優男に見えるが実は山賊の一味なのかもしれないし…と考えていたらアイリーンお姉ちゃんが男に一言告げた。
「貴様が持っている剣をこちらに投げろ」
「?」
「渡したら助けてくれるのか!?」
「いいからこちらに渡せ! 話はそれからだ」
男がこちらに剣を鞘ごと放り投げる。アイリーンお姉ちゃんが拾い上げ剣を鞘から抜き取る。何事か分かるのだろうか?
「良いだろう お前の話を信用して付いて行こう」
「ありがとう! 助かるよ!」
「ただし! お前が前を行き案内しろ 少しでも妙な真似をすれば叩き切る」
男は大分疲弊してる様だが、こちらの準備が出来ていると分かるとすぐさま来た道を引き返して案内しだす。
「ニコール 付いて来れる?」
「大丈夫だよ! お姉ちゃんとの鍛錬でスタミナだけは自信があるんだ」
普段料理に使うナイフしか持っていないが魔法があるんだ。不意打ちじゃなければ多分大丈夫だろう。…多分。
早足で駆けながら男の後に続く。5分程行くと無残に引き倒された馬車が見えて来た。
「親父!」
倒されて噛み殺されたのだろうか、野犬が馬に群がって内臓を貪っていた。
「ガルルウゥゥ!!」
男の声に気が付いた野犬は馬の血で赤黒く染め上げた顔でこちらを睨んで威嚇し始めた。野犬と言うには生易しい体格の良さで、狼と言って差し支えないように見える。ぞろぞろとこちらを囲むように5匹の野犬がにじり寄り、案内をした男に突然2匹の野犬が躍り掛かる。
「ひぃいい!!」
「ハッ!!」
「やぁ!」
案内をした男は剣を構えて対峙していたが野犬の勢いに驚いてよろけて尻餅をついてしまう。飛び掛かる1匹をアイリーンお姉ちゃんが切り落とし、もう1匹は飛び掛かった所に魔法の槍でカウンターの一撃をお見舞いしてやる。
「キャィン!?」
アイリーンお姉ちゃんの一撃で深手を負った野犬が悲鳴を上げ、もう1匹が串刺しになった様子に警戒したのか残りの野犬は素早く逃げ出してしまった。
「あ、危なかった ・・・ありがとうございます! 旅の人!」
「礼には及びませんが貴方のお父上は何処に・・・」
「あ・・・もしかして野犬に・・・」
「お、親父・・・」
辺りを見回してみると馬の死骸と散乱した馬車、荒らされた荷物だけだった…。この人の父親の姿は見えないがこの惨状を見るに余り期待できない。言い知れぬ気持が3人を包んだ。
すると、3人が落胆している頭上からガハハと声が掛かる。
「いやー お2人ともお強いですな ハッハッハ 助かりましたよ」
「お、親父! 生きていたのか!」
すぐ横の木の上に男の父親と思わしき人がへばり付いていた。よっこらしょと木を伝って下りて来るとこちらに挨拶してきた。
「先ずはお礼を言わせてくれ ありがとう感謝するよ グレゴリー商会のミッチェル・グレゴリーだ」
「いえ 無事で何よりです 私は冒険者のアイリーン・コーネリアスよ こっちはニコール」
「不肖の息子でジョンだ すまなかったね 野犬に襲われているのに若い女性と子供を連れて来るバカ息子で」
「お、親父・・・」
ミッチェルさんが息子のジョンさんの頭を無理やり下げさせ謝って来る。
「気が動転してたんだ許してくれ・・・でも本当にありがとう 親父が助かってよかったよ」
お互いに挨拶をして一旦ここから離れてこちらの野営地まで行く事になった。荷物があったがすぐには動かせないし、馬の死骸で血の匂いが辺りに充満していて他の野生動物や魔物が寄ってくるかもしれない。
夜の珍客で騒がしい夜になってしまったが、不幸中の幸いで死人が出なかったのが救いだ。
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