第23話


 翌朝目を覚ますと早朝から野営地を解体して出発する。山越えを考慮してもダンヴァーズ領まで3日、遠回りをするともっと掛かると考えると町と村の間隔が相当離れている。緊急の際を考えるとダンヴァーズ領の開拓は難航しそうだ。


 山の斜面に沿う形で蛇行しながら比較的緩やかな道になっている山道を進む。山越えと言っても山を突っ切れる訳では無い。馬車用の大き目で緩やかな道を選び山の外をぐるりと周る形で超えていく。少し奥に崖や滝があり、水飛沫を上げ虹を作っている。そこまで大きくないが流れが速く、山の反対の谷へと続いている。


 御者の男は厚手のコートを着込み馬車を走らせている。


「もしかしたら雨が降るかもな・・・昨日はもう少し進んでおくべきだったな 場所を考えて早めに野営地を決めなきゃならんかも・・・」


 雨の中で野宿は避けたいが俺にはどうする事も出来ない。山の天気は変わりやすいと言うし、雨が降らないよう神様にお祈りするしかない。


 秋口に差し掛かり、山の景色に紅葉が混じりだして赤・黄色・緑と色鮮やかだ。山と森に囲まれた村だったからよく父と山菜取りに出かけていた。新芽や蓮根、茄子みたいな野菜を一度油で素揚げしてみたが酷い出来でキャロお姉ちゃんに怒られた事もあった。父が自慢げに毒キノコと食べられるキノコを選別して教えてくれて、一緒に食べてみたら何故か父だけが腹痛・下痢の症状に襲われた事もあった。


「あ・・・」

「降ってきやがったか・・・」


 馬に水と餌をやり、俺達も昼飯を食べて休憩していた。火を起こさず硬いパンと干し肉だけをモソモソと食べていたら、ポツリポツリと軽く雨が降ってきてしまった。御者の男が素早く荷物を纏めるとコートを着込みフードを被って首元までしっかり閉める。


「雨脚が強くならない事を願おう もう少し進むぞ」

「分かりました」


 御者の男は舌打ちすると馬車に乗り込んで馬を進める。


 山に掛かる雲はどんどん濃くなっていき、雨脚もそれに比例する様に強まっていく。距離を稼ぐために半ば強行軍の様を呈してきたが秋口に差し掛かった山は寒く、雨と風で視界と体温がどんどん奪われていく。雷が鳴りだした所でようやく馬を進めるのを止めたが、どうにも場所が悪い。木が辛うじて雨除けになっているがしっかりと野営地も設置できないし火も起こせない。馬車に車輪止めをして木枠と布でテントを作り、馬をそこで休ませる。詳しく知らなかったが馬は立ったまま眠る事が出来る様だ。体を拭いてやり寒さ対策の布を被せてやる。


 俺達もビショビショになってしまったが馬車の中で過ごすしかない。雨雲と日没であたりはすっかり暗くなってしまった。時折雷が遠くで鳴っているのが聞こえる。


「あー ついて無いぜ・・・」

「暫く降りそうですね・・・」


 御者の男がコートを脱ぎながら馬車の中で体を拭く。俺も気兼ねせず、上着を脱いで体を拭いておく。夜は寒いのに山と雨のせいで余計に体温を奪われる。


「はぁー・・・ これじゃ火も起こせねぇ」

「あの・・・少しだけなら温かく出来ますよ」


 俺は馬車の中、座り込んだ姿勢で意識を集中する。


「ん? どう言うこった?」


 ジャスミンちゃんに教えて貰った自身の体温を上げる魔法を使う。この馬車内の広さなら自身だけじゃなく、馬車内も多少温かくする事が出来るだろう。


「お? おぉ!? なんか馬車内が温かくなった・・・? 坊主がやってるのか?」

「はい 体を温めるだけの魔法なんですけど」

「大したもんじゃねぇか」


 御者の男に褒めて貰うが、俺は自身の体温が上がるとドウェインとジミーを火傷させてしまった時の事を思い出して複雑な気分になる。


 馬車内にランタンを置いて昼と同じ硬いパンと干し肉で簡単に食事をすませる。御者の男は体温を上げるためか酒を少し飲んでいた。ただ馬車に揺られているだけでもかなり体力を消耗する。馬車を操っている御者の男の方が疲れているだろうが子供の体で初めての馬車の長距離移動はしんどい物がある。毛布に包まって早々に眠ってしまった。


(・・・ゴソゴソ・・・)


 どれ位経ったのだろうか?馬車の外はまだ雨の降る音がザァザァと鳴っている。毛布に包まっていた俺はゴソゴソと音が聞こえて目を覚ました。


 御者の男が何かやっているのだろうか?と浅い眠りから覚めた寝ぼけた頭で考えていた。丸まった姿勢から肩肘を付いて起き上がろうとした時、何者かに仰向けに押し倒され口を押えられてしまった。


「ンーーーー!?」

「俺だ 騒ぐな」

(な、なんで御者の男が・・・何かあったのかな?)


 こんな雨が降り雷が鳴る様な山で、山賊にでも襲われたかと思って焦ってしまった。獣か魔物でも外に居るのだろうか?隣には馬が居るし、早く対処しないとこんな山の中で足が無くなるのは避けたい。


 暫く大人しくしていたが御者の男は一向に動く気配が無い。一体何があったというのだろうか。そう思っていたら突然御者の男が俺の服を脱がしに掛かって来る。


「ついて無いなぁ こんな山の中雨で立ち往生じゃ寒くて眠れやしねぇ」


 男が何を言ってるか分からないが突然脱がしに掛かって来るし、意識がはっきりしだしてよく見てみると男は下半身を露出させていた。


「ンーー!?」


 御者の男が俺に何をしようとしているか理解して戦慄が走る。俺は手足をバタつかせ激しく抵抗した。


「大人しくしてろ!!」


 俺は体を抑えられた状態だったが、更に暴れて男の鼻目掛けて拳を振るった。


「ウグッ! 小僧!!」


バシンッ!


「ウグッ!」


 御者の男に頬を思い切り打たれ、服の胸元を引き裂かれてしまった。父から渡された母の形見の指輪が通してあるネックレスも引き千切られ、コトンと馬車の床に転がる。男は更に俺の首を片手で締め上げ頬を殴りつけて来る。


「大人しくしてりゃ手荒な真似はしないつもりだったが! お前が悪いんだぞ!」


 片手で顔を必死に守りながら、首を抑えている男の手を掴んで止めさせようとするが大人と子供だ。力の差が歴然としていた。


 御者の男の豹変振りに恐怖と怒りが綯交ぜになって俺を支配する。何故ドウェインもこいつも俺に暴力を行使してくるのか分からない。村を出た時は良い人に思えたのに今の男の顔には歪んだ欲望が浮かんでいる。ドウェインの時もそうだ。まるで俺が親の仇の様な豹変振りだった。


「うわぁぁあああ!!」


ドガンッ!!!


 あの時の再現の様な既視感に、眩暈を起こしてどこか他人を見る様な感覚で自分を見ていた。


ドガッ!

バシャンッ!


 突然俺と御者の男の間に炎が炸裂したような熱と衝撃が襲い掛かった。俺と男は声も無く弾き飛ばされ男は馬車の荷物に激突して、俺は馬車から弾き飛ばされて雨が降る地面へと投げ出された。


「ウガッ・・・小僧・・・やりやがったな!!」

「ウグッ・・・」


 馬車内は所々炎が飛び散り荷物に燃え移っている。突然の爆発音で馬が驚き嘶いて暴れている。


「もう許さんぞ小僧!!」


 雨で濡れた足元に形見の指輪が転がっているのに気が付いて、ヨロヨロと拾い立ち上がる。男が燃える馬車も暴れる馬も意に介さず俺に近寄って来る。


 俺は震える体で指輪と、一緒に吹き飛んできた毛布を掴んで走り出した。


(こ、殺される・・・!!)


「お前に逃げる場所なんて無いぞ!! 戻れる場所もな!!」


 ただ道沿いに走ったんじゃすぐに追いつかれる、俺はそう思って雨が降り更に暗くなった夜の鬱蒼とした森へ逃げ込んだ。指輪を握りしめ毛布を草や枝、雨から守るために頭から被りひた走った。


(どうする? どうすればいい?)


 ジェンクスさんから渡された紹介状も荷物の中で、もう取りに戻る事も出来ない。かと言って今更あの男の所へ戻るなんて真っ平御免だ。


「ハァハァ・・・」


 兎に角森の奥へ来てしまったが毛布だけではすぐに濡れ鼠だ。どんどん体温は奪われるし御者の男に殴られた所が今更になってズキズキと痛む。もしかしたら爆風の衝撃で内臓を痛めたかもしれない。


 時折雷が光り、ゴロゴロと音が響く。雨の音や自分の息遣いで男が追いかけて来ているか全然分からない。あの男からは離れたいが闇雲に道から離れると、こんな山の中ではすぐに遭難してしまう。しかし、パニックになっていて全く前方の注意が足りていなかった。


「うわぁぁああ!」


 突然足場が無くなったと思ったら崖を転げまわっていた。転げまわり体が投げ出されたと思ったら川に落ちてしまった。すぐに岸に上がらないと、と思ったが雨のせいか川の流れが速い。必死に泳いだが波に揉まれるばかりで全く思う様にならない。指輪だけは絶対に離さないと握りしめていたが、突然浮遊感に襲われ、あ!と思った瞬間には滝壺に落下していた。


 大量の水と共に滝壺に落ちた俺は、水中で揉みくちゃになりながら指輪だけはと両の手で必死に握りしめていた。目も開けられない状態でなす術もなく俺は意識を手放していた。

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