第19話


 新しい魔法でゴタゴタしたが、ジミーとジャスミンちゃんと別れて教会へ帰る事にした。


「おかえりなさい ニコ」

「ただいま~ キャロお姉ちゃん」

「あんた服泥だらけじゃない! ご飯の前にお風呂行ってきなさい!」


 川に飛び込んで服が汚れてしまったし、肩に焦げ跡が残ってしまっている。後で怒られるかもしれないが、気付かれない様に神に祈るしかない。


 適当に風呂に水を張り、風呂釜に薪を放り込んで火を熾す。何か妙に臭う石鹸で体を洗いささっと入ってすぐに済ませてしまう。


 この村では前世の様な洗練された石鹸もシャンプーも無い。石鹸は獣脂を使っているから妙に臭いし、余り汚れてないならお湯だけで済ませる。歯ブラシなんかも洗練されてない。木の棒に繊維質の多い草や木の皮を巻き、塩・ミント・苦みのある木の実を細かく砕いて混ぜた物を歯磨き粉として歯を磨いている。トイレは汲み取り式で共同トイレを使っている。下水処理施設なんて物は無いし、人糞を発酵させ肥料として利用している。


 もう慣れてしまったが前世の洗練された生活が懐かしくもある。


「それじゃ お祈りして夕食にしましょうか」


 シオドリック神父に続きお祈りをして食事となる。朝採って来た猪の肉とキノコや香草が入った鍋物を小分けに取り、パンと一緒に食べる。最近の運搬作業の癖で訓練でも筋力ブーストの魔法を使ったり、ジミーとジャスミンちゃんとの魔法の特訓でお腹が減っていた。あっと言う間に平らげてご馳走様と言い満足感に包まれる。


 猪料理とジャムを分けて貰い、シオドリック神父とキャロお姉ちゃんにおやすみの挨拶をして家に帰る。父とはなかなか一緒に食事を摂れないけどシオドリック神父とキャロお姉ちゃんが居るから寂しくないし、寧ろ一緒に食事できなくて父が寂しがってるかもしれない。


 家に帰り、父と今日あった事なんかを話していつもの様に早めに就寝する。


 木の台に毛布を敷いた硬いベッドで寝るのにも慣れた。10年近くもこの生活をしてるんだ、例えこれより上質のベッドを知っていたとしても薄い毛布を被れば苦も無く眠れる。これから寒い時期になるからそれを考えると辛いが…。俺は、都会に行けば厚手のダウンなんかが寝具としてあるのだろうかと考えながら眠りに落ちた。


「・・ろ! ・・ール!」

「起きろ! ニコール!」


 眠っていた俺を父が起こしてくる。まだ朝じゃないだろ、と思いながら寝ぼけた頭で父に返答する。


「・・・父さん どうしたの?・・・」

「外が騒がしい 父さん様子を見て来るから お前は用心の為起きていろ」


 え?と思っていると村中に鐘の音が響き渡る。


「な、何?」

「半鐘!? ここじゃ不味いかもしれん! すぐに着替えて警備団の建物に避難するぞ!」


 父は既に着替えていた。俺も寒くない様にだけしてすぐに父と家を出る。


 家を出て、村の様子を見ると既にパニック状態になりつつあった。半鐘の音で住民は起き出し、慌てて警備団の建物へと避難を始めている。


「何が起こっているか分からん! 早く警備団の建物まで急ぐぞ!」


 父が急いで警備団の建物まで移動する。俺も近くに居た住民も父に続いて建物を目指す。建物に着くと既に松明が燃やされ煌々と辺りを照らしている。住民が集まりだし、騒ぎとなっている。


「一体何の騒ぎなんだ!」


 父が警備団員に問い詰める。


「アーヴィングさん! 村にデカい鼠が押し寄せて来てます!」

「何だと!?」


 父と警備団員が問答していると、3人の警備団員を連れたランプリングさんが駆けつけて来た。


「ハロルド!」

「トニー! この騒ぎはどうなっている!」

「村のあちこちにデカい鼠が入り込んでいるみたいだ・・・」

「すぐに排除しないと大変な事に!」


 父とランプリングさんが慌てた様子で話し合っている。そうこうしているとジミー達マクレガン一家やニックとチャーリー、ドウェインの家族や他の住人も集まって来る。


「普段訓練している者と男手は全員駆り出そう」

「子供達もか!? 流石に危険なんじゃ・・・」

「2人1組か3人1組で事に当たれば危険も少ないだろう 人手が足りんし鼠位なら子供達でも十分対処出来る」


 村の外周部の灯りや村の中に灯りを付けながら鼠を排除する計画で動くらしい。人海戦術になるが村の危機に直面している。小さい子供と女や老人以外の住人総出で事に当たる事になった。


「村に灯りを灯しながら鼠を排除する! 大人が散開して事に当たるから子供達は取りこぼした鼠を狙ってくれ!」


 父とランプリングさんが指揮しながら鼠の排除が始まる。


「ニコ! 俺と一緒に村を周るぞ!」

「うん! わかったよ!」

「お兄ちゃん あたしも!」


 ジミーが声をかけて来た所にジャスミンちゃんも俺達に付いて行こうと声を上げる。


「駄目だ! ジャスはここに残れ!」

「ジャスミンちゃんはここで小さい子供達の面倒見ててくれる?」

「う、うん・・・ 分かった」


 小さい子供達はキャロお姉ちゃんと他の大人の女性の所で待機だ。怪我人が出たら治療しなければならないから、シオドリック神父と治療院の人は警備団の建物に待機している。既に怪我人も出ているし、早く何とかしなくては。


 警備団の建物を中心として、村に火を灯して鼠を退治していく事になる。子供達も含めた8組に分かれてそれぞれ灯りを付けながら村を周っていく。


 すぐに問題の鼠に遭遇する。汚れた茶と黒の体毛に覆われ、1メートルを超える鼠の群れだ。


「デ、デカい! 豚か猪くらいあるぞ!」


 初めて対峙したそれは、松明の光を浴びて目を爛々と光らせている。大人達が数人で、ここだけで10匹は居るんじゃないかと言う数の鼠を相手にする。


 松明を振って散らしたりして上手く対処している。お話に出て来るチューチューと可愛らしく鳴く鼠などでは無い。ギャーギャーと野太い鳴き声をさせ、逃げ惑いながらも襲ってくる。


「おりゃー!!」

「ダッー!!」


 村の警備団の人や住民は軍隊の兵士って訳じゃ無い。素早く動き回る鼠に乱戦状態になってしまう。チョロチョロと動く鼠に翻弄されなかなか上手く剣や槍が当たらない。瞬く間に俺達も巻き込まれてしまった。


「こいつ等早くて数も多いから 上手く仕留められない!」

「うわぁああ!!」


ジミーの後ろで鼠に突進され転倒した警備団の人が悲鳴を上げる。倒れた人に向かって鼠が襲い掛かり、腕や足を噛まれてしまう。


「やぁああ!」


 倒れた人に群がる鼠を、今日の父が猪にやっていた様に足蹴にして転倒させ素早く頭を剣で打ち抜いて倒す。


「ジミー! お願い!」

「おりゃぁぁああ!」


 尚も倒れた人に群がる鼠を小さい木の盾や足で転倒させる。そこにジミーの槍が次々と刺さっていく。俺もジミーも魔法で体の力をブーストしていた。しかし、実際に獲物に向かって剣を振ったり槍を突いた事は無いのだ。すぐに腕は痺れてくるし、息も上がって来る。


 俺が盾や足で鼠を転倒させ、ジミーが槍で突き刺し足で引き抜きながら蹴り飛ばす。その様子を見ていた大人達が俺達と同じ様に数人で鼠を転倒させ刺したり切ったりして鼠を倒していってくれる。


 隙あらば鼠が群がり、噛みつかれ怪我をする人も居たがなんとか殆ど倒す事が出来た。数匹逃げ出してしまったが先に村を明かりで灯すのが先決だ。怪我をしてしまった人は警備団の建物に手当てしに戻ったが、その他の者は鼠を対処しながら村に火を灯す。


 村全体に煌々と明かりが灯りだし、一旦警備団の建物に引き返す。


 建物に戻るとそこには怪我人で溢れかえっていた。20人くらいが怪我をしたらしく、その中には子供も含まれていた。


 子供の怪我人はニックとチャーリーで転倒して腕や足を噛まれた様だ。逃げた鼠も含めると100匹近くは居たんじゃないかと言う事らしい。深追いは出来ないが、村の中は最低でも調べなければならない。大人達だけで再編成して隈無く捜索に向かった。


「ニコール! 全てお前のせいだぞ!!」


 ジミーとジャスミンちゃんと暫く話していたら、ドウェインが俺の前に来て怒鳴りだした。こんな時に何なんだ?と思っているといきなり胸倉を掴まれた。ブチブチと服が破れる音がするほど激しく掴みかかって来る。


「な、何するんだ!」

「やめろドウェイン!」


 そのまま乱暴に押されて俺は後ろに尻餅をついてしまう。ジミーが助け起こしてくれるがドウェインはまだ怒り心頭と言った感じだ。


「俺は知ってんだぞ! お前が魔女の子供で! お前等が怪しげな事をしてたってな! そのせいで村に化け物が来るんだよ!」

「ドウェイン 何を言ってるんだ!」


 夜の闇に潜む鼠に恐怖する住民が周りに大勢いる中、ドウェインは怒りのままに大声を出す。


「体を引き裂いて調べてやろうか! お前の体からも出て来るだろうぜ母親みたいに! お前がすべての元凶だって事がな!」

「何の事だよ おかしいぞドウェイン!」

「おかしいのはお前だろ ニコール! 女の名前なんて付けられて・・・お前の親父も頭がおかしいんだろうな お前とお前の母親みたいな化け物と一緒に居るんだからな!」


 散々変な事を言っていたドウェインが剰え俺の死んだ母や父まで罵倒してくる。俺は余りの怒りにドウェインに殴り掛かった。


「なにすんだこいつ!」

「止めろ! ニコ!」


 ドウェインにタックルをかまし、馬乗りになって殴りつける。しかし、体格差から簡単にひっくり返されて逆に馬乗りにされ殴られる。


「周りが教えてくれないなら俺が教えてやるよ! お前が居なくなればこの村は平和なんだよ! お前も母親みたいに死ねば良かったんだよ!!」


 ようやく周りの大人達やジミーが止めに入ってくれる。


 俺は前世も含めてここまで他人に怒ったのは始めてかもしれない。冗談でふざけたりもするがこんな殺意が芽生えた事は一度だってない。体が尋常じゃ無い位熱く、感情のコントロールが効かない。俺の事を生意気なガキと思って罵倒してくるならまだ許せるが、死んだ母親の事とこんなに村に献身的な父親を愚弄されて怒りが収まる訳が無い。


「いい加減にしろ!」


 周りの大人達が近づき、ジミーが俺達を引き剥がそうと掴んで来る。ドウェインが更に俺に一発殴った所で感情が爆発した。


「アアァァァッ!」


 体が燃える様に熱い。いや、実際に燃えていた。


「ぎゃぁぁああ!!」

「うわぁあああ!!」


 ドウェインに掴みかかっていた手が燃えだし、瞬く間に3人とも火に包まれる。周りに居た大人達や子供達が一瞬の出来事に悲鳴を上げる。炎は収まるが3人の体に燃え移り、まだ燃えていて俺達は転げまわった。


 警備団の建物の周りを煌々と照らしていた松明のすぐ脇に水が入った桶が用意してあり、すぐさま大人達が3人にぶちまけ消火する。


 村に響き渡る悲鳴を聞きつけたのか大人達が戻って来た。


「一体何があった!」

「ニコール! ジミー! ドウェイン! 何があったんだ!」


 意識を失っていた3人はすぐさま他の怪我をした人達と同じ様に治療院に運び込まれた。

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