第16話


 翌日、目を覚ますとまだ村の中に獣の嫌な臭いが充満しているのに気づく。昨日のドウェインの件もあり、気分はどんよりとしたものだ。そんな嫌な気分を振り払うように身支度をして朝の畑仕事の手伝いに出掛けた。


 デナードさんの農場に着くと既にデナード夫妻の2人は作業に取り掛かっている。


「おはよう おじさん」

「おぉ ニコール おはようさん」

「おはようね ニコール」

「おばさんも おはよう」


 ロッシュさんとエリスさんに挨拶し、作業着に着替えて早速手伝いを始める。


「熊の件は酷かったのぉ まぁだ臭いがこびりついとるわい」

「村の中で解体したのかな?」

「村のすぐ側で解体したらしいけど 酷い臭いね」


 まぁ被害も少なかったし良しとするわい、とロッシュさんが溜息を零す。2、3日もすればこの臭いも収まるだろう。


 昨日から警備団の人達が調査しているが、特に目ぼしい報告は無いらしい。村の復旧に数日掛かるだろうが、その頃には臭いも収まりいつもの日常が帰って来るだろう。ロッシュさんは作物に臭いが移らないかと心配している。


「ほい 朝の手伝いご苦労さん」

「ニコール ありがとね」

「うん! それじゃ教会に行ってくるね」


 俺は朝の畑の手伝いを終えると、デナード夫妻に挨拶して教会に向かった。


 教会でいつもの様にシオドリック神父に勉強を教えて貰い、他の子供達の面倒をキャロお姉ちゃんと一緒に見る。熊の件でゴタゴタしたせいか、家の手伝いに駆り出される子供も居るらしく何人かは教会に来ていない。ジミーもその内の一人だ。


 勉強と子供の面倒が一段落した所で、ジャスミンちゃんが話しかけてきた。もうすぐお昼でみんなまったりしてる。


「ニコお兄ちゃん!」

「ん?」

「熊に危ない目に遭わされたよね!」

「うん あの時はやばいと思ったよ」

「”あれ” またやってみない?」

「あれって何?」

「森でやってた”あれ”だよ! 熊がまた来るかもしれないし またやってみようよ!」


 最初は何を言ってるか分からなかったが、ジャスミンちゃんが言ってる「あれ」が何となく分かった。


「ん~ ジミーに相談してからだね」

「うん!」


 訓練にはジミーも来るだろうし、そこで相談して教会に迎えに行くねとジャスミンちゃんに言って一緒にお昼を食べ始めた。


 お昼を食べてシオドリック神父とキャロお姉ちゃんに挨拶して訓練場に向かう。警備団の建物の前でジミーが待っていてくれた。


「やあジミー 今日は教会には来なかったね」

「あぁ 俺は柵やら何やらの荷物運びの手伝いやらされてた 朝から訓練みたいで疲れちまったよ」


 喋りながら訓練場に向かうと、入口にいつもの警備団のおっちゃん達が居た。


「ようニコ坊!」

「こんにちは どうしたんですか?」

「もう忘れちまったのか? ほれ!」


 警備団のおっちゃんは、横に置いていた釣り竿を渡してくる。ドウェインの事や母の事ですっかり忘れていた。


「ニコ坊も歳だな! ハッハッハ」

「おっさん達程じゃないよ! でもありがとう!」

「おじさん ありがとう」

「お兄さんと呼びな! 今度魚を釣ったら警備団の俺の所に持ってくるんだぞ」

「うん!」


 ガハハと笑いながら、いつものおっちゃん達は巡回に行くのだろうか訓練場を去っていく。俺とジミーは釣り竿を抱えて更衣室に入っていく。


「こんなゴタゴタしてるのに釣りとは良いご身分だな」


 荷物を纏め着替えているとドウェインがやって来た。嫌味を一言言ってさっさと着替えて出て行ってしまう。今日はそんなに絡んで来ない。着替えて訓練場に行くとランプリングさんが既に来ていた。


「今日の訓練は無しだぞ!」

「え? そうなんですか?」

「代わりにもっと良い事がある」

「「え・・・」」


 ランプリングさんは皆が集まるとニヤリと笑いこう告げて来た。


「朝からやっていた者も居るだろうが 今日は木材運搬の手伝いをさせてやろう」

「「えー!」」


 ランプリングさんの声にジミーを始め、朝から手伝いをさせられていた者がブーブーと文句を垂れる。どうやら村の外周部の柵を強化する為、もっと木材を運ばなければならないらしい。


「まじかよ・・・」

「そんなに大変だったんだ」

「大変なんてもんじゃないぜ・・・」


 ジミーが心底嫌そうな顔をする。朝から3時間、昼を挟んでこれから3時間はみっちりこき使われる。しかも、ランプリングさんが数日は木材やら何やらを運ぶのに付き合わせると言っている。俺もテンションだだ下がりだ。


「では3班に分けてキリキリ働いでもらうぞー!」

「「えー!」」


 ここから3時間、6人から7人の3班に分かれてみっちりこき使われてしまった。指定された木の枝を絶ち、運び易い様に鋸で切り、ひたすら村と森の往復作業。


「よーし ご苦労だった 今日はこの位で勘弁してやろう」

「うがー! 疲れたー!」

「腕と足が重いよ・・・」


 普段の訓練なんて目じゃ無い位しんどかった。これが数日続くと考えると逃げ出したくなる。ジミーとお喋りしながらトボトボと訓練場に帰る。


 訓練場に戻り着替える時、ジャスミンちゃんの言っていた「あれ」を思い出す。


「そうだ ジャスミンちゃんから森で”あれ”をやろうって相談されてたんだ」

「あれって何だよ?」

「熊が出た時逃げるしか出来なかったよね」

「あんな化け物に手を出そうなんて考えられないな」

「そうだけどね・・・ でもジャスミンちゃんがまた森で”あれ”をしないかって言ってるんだ」

「あー・・・”あれ”ね こんな疲れてるのに”あれ”はちょっとなぁ・・・でも良い考えかもな いつか冒険者になる為に魔法大学とか冒険者養成学校に行かなきゃならないんだ」

「前は失敗してえらい目にあっちゃったけど 今ならちょっとはマシになってるかも」


 ジミーに「あれ」の同意を得て、ジャスミンちゃんが待つ教会へと釣り竿を持って向かうのだった。

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