第4話


 杉本 圭介だった俺は新たな両親からニコールの名を貰い、すくすくと育った…訳ではなく相当な難産だった様だ。


 父ハロルド・アーヴィングから聞かされた話では、母アンジェラが俺を生んだ直後に衰弱か心臓発作か解らないがその時に亡くなってしまったそうだ。


 そして1歳になった時、高熱を出して意識不明になり生死の境を彷徨った。


 父からこの名は、母が残してくれた名だと教えられた。本来は男の子だったら父が考えた名を、女の子だったら母が考えた名を付ける筈だったが、母親の思いと愛情を受け継いで欲しくて付けた名なのだと。


 母の形見として指輪を通したネックレスを俺に渡し、肌身離さずに持っているようにと言われ俺は常に身に着けると父に誓った。


 この世界は俺が前に居た世界とは根本が違う。様々な魔物が跋扈する危難な世界と隣り合わせの中、人類はあらゆる環境で命を繋ぎ種族と文明を発展させている。


 俺がよく知る人族、森が主な生活圏のアルトゥル族、山脈の麓、丘陵地帯が生活圏のファラムンド族、森と砂漠に生活圏を持つジュディット族、草原と湿原が生活圏のカウエル族。


 人類が強力な魔物に対抗するために発展させてきたのは剣と魔法と魔道具だ。


 魔法も魔物もまだ見た事が無いから良く知らない。科学技術が発展した俺が居た世界とはまるで違う、まさに異世界と言うに相応しい世界だ。


「ニコールはほんに賢い子じゃな」

「最初はあんなに手のかかる子だったのにねぇ」


 俺ニコール・アーヴィングは6歳の誕生日を迎えていた。別にこの村では誕生日だからと特別な事はしない。15歳の成人式で特別に祝いの席があるのみだ。


「そんな事無いよデナードおじちゃん 適当な事言ってるだけだよ」


 村の農場を管理しているデナード夫妻だ。朝早くから農作業の手伝いをしていると唐突に俺の事を褒めてくれる。


 妙なじいさん口調だがロッシュさんは決して老人と言う訳ではない。実年齢は知らないが足腰はしっかりしているし、黒髪黒髭の正に山男と言う言葉が似合う腕毛も胸毛もモジャモジャのおっさんだ。


 奥さんのエリスさんはロッシュさんと同じ様に畑仕事で鍛え上げられたしっかりとした体格と浅黒い肌の笑顔が眩しい綺麗な女性だ。エリスさんも実年齢不明だが目鼻立ちがしっかりしていて若いんだか老けてるんだかよく分からない。


 この村は開拓村でまだ出来たばかりの若い村だ。領地開拓を目的に新たに人を呼び込み、領地・領民・食糧生産・税収等々を拡大させている真っ最中だ。


 俺が6歳の頃は何をしていただろう…記憶は全然無いが多分お菓子を強請って泣き叫び、遊んでくれと泣け叫び、悪戯してどやされて泣きじゃくる。五月蠅いだけが取り柄のただの子供だったと思う…。


 それが畑の作物の育ちが悪いと悩んでいる大人に、連作障害かも知れないと畑を休ませる方が良いだのもっとこの土地に合った品種にした方が良いんじゃないかと言うのだ。はっきり言って何も考えていなかった。思った事をすぐに言って大人が感心して試してくれる。


「それじゃ 父ちゃんとシオ神父の所に行くね」

「ありがとね」

「たまにはウチで飯食べてってもえぇんじゃぞ? ニコールが来るとウチの嬢も喜ぶしのぅ」


 デナード夫妻には1歳になる子供が居る。エリスさんに似て可愛い女の子だ。ロッシュさんの遺伝子は何処に行ったのだろうか…正直ロッシュさんには悪いがロッシュさんに似なくて良かったとは思うが。


「また今度お願いね じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい リーリー神父様の話をちゃんと聞くんだよ」


デナード夫妻に別れを告げて農場を後にする。

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