第31話


「むっ?アークの奴、戦いを終えたか」


    厳達と戦っているシキノはアークが戦いを終えた事を察知した。狐の耳が可愛らしく動き、アークの位置を探る。


    音を感じ取る。耳に魔力を流し込む事で肉体を活性化させ、より一層持ち前の聴力の良さを強化する。


    微かに聞こえる、アークが屋根の上を走って叶斗と戦っていた場所から離れていく音が。


「離れている。これは妾も追いかけるか。おい、そこの」


    アークの位置を感知しながら、追いかけるルートを探りながらボロボロになっている厳達三人に声をかける。


    無傷のシキノとは対照的に満身創痍な三人。シキノに一度も攻撃を当てることができずに一方的にやられ、じっくりと嬲られていた。


「戦う意味はなくなった。妾は去るぞ」


「はあ!ふざけんじゃないわよここまでやって逃げるの!?」


    ボロボロになりながらもシキノに立ち向かおうとする花梨。左手に力が入らず、軽傷な右手で銃を持って、シキノに突きつける。


    だがそんな事は無意味だ。全力で撃った時でさえ軽く防がれたのだ。疲労している今など片手で防がれてしまうのがオチだろう。


「やめとけ、花梨」


    隣にいた厳が突きつけた銃口の前に手をかざして花梨の動きを止めた。


    無駄な行為とわかってるが故に。


    厳にはシキノの行動に一つ気になるところがあった。


「何故、帰る。このまま俺たちを倒すのは簡単なんだろ?」


「妾は元々足止めが目的、故に足止めが終われば貴様らには興味などわかぬ。妾はアークを追いかけねばならぬのでな」


    戦闘をやめた理由が三人に告げられた。そしてそれから送れる事数秒後、厳はシキノの言葉の別の意味を理解した。


「叶斗かァッ!」


    アークが動き出したと言う事は即ち、叶斗が負けたと言う事に繋がってしまう。


    シキノに敵意が無いのを理解した厳は、背を向ける事すら構わずに叶斗がアークと戦っていた場所に向けて走り出した。


    友情に熱い性格であるが故に友に何かが起きてしまったのならばいてもたってもいられなくなって、我を忘れてしまう。


    走り去る厳の背中をシキノから守りながら花梨と咲の二人はゆっくりと後ろに後退して行く。いつシキノからの奇襲がきてもいいように、一瞬で攻撃を行えるように構えている。


    その様子をシキノは鼻で笑った。花梨たちの事を少し残念だと思っているだけだ。


「なんじゃ?お主らの背中を後ろから襲う事など、妾の趣味ではない。早く愛おしい男の元に行くが良い、もしかしたら今現在見知らぬ女に取られているかもしれんぞ。一人の無数よ」


    手を口元に添えて、クスクスと小さく笑いながらシキノは花梨達に話しかける。


「んっ!」


    叶斗へ恋愛感情を抱いていることを戦闘中に何度も弄られて、花梨はシキノに対して我慢の限界であった。


「あんたねえ!人の苦労も知らないでペラペラと喋ってくれてえ!フシャアアアア!!」


    喧嘩中の猫のような叫び声を上げながら、花梨はシキノに飛びかからんとする。


「落ち着いて、花梨!今はそんなことしてないで、叶斗のとこに行くよ!」


    咲が花梨を背後から羽交い締めにして動きを止めようと必死になる。


    それでも花梨は暴れる。猫のように体をくねらせながら必死に抜け出そうとするが、抜け出せない。


    それを見て、シキノは妖艶に笑った。花梨の姿を見ながら。


「愛おしい男には抱きしめられず、女には抱きしめられるか。愛おしい男に抱かれる方がよっぽど良いぞ」


「フシャァァァァァァア!!」


     花梨が咲の拘束を振りほどいて徒手でシキノに突撃していく。冷静ではない。攻撃されたら一瞬で殺されてしまうだろう。


    しかし。


「そんな暇があるなら早く勇者の元に向かうんじゃな」


    シキノを中心に竜巻が発生した。水溜りの水を巻き上げて、花梨達からシキノの姿を隠す。花梨は咄嗟に後方に飛んで竜巻から距離をとる。巨大な竜巻、上級魔法に匹敵する一撃。触れればただでは済まないのは戦いの歴の浅い二人から見ても判断できる。


    二人は警戒する。次にどんな攻撃がしかけられるのかを考える。こんなものですむわけがない。だが意味がない。シキノと二人とでは手札の数が違いすぎる。どんなに二人が考えても、それを超える手をシキノは出してくる。


     次第に竜巻は収まっていく。吸い上げた水を再び地面に返しながら。そして、竜巻は完全に消失した。


「え?」


「やられた」


    竜巻が収まった時、中心にいたはずのシキノは姿をくらませていた。二人は周囲を見渡すが、何処にもシキノの姿はなかった。


「攻撃じゃなくて注意を惹きつけるための囮……相手は上手ね」


    竜巻を発生させ、それに二人の意識が向けられているうちにアークの元に駆け出して行った。逃げる際に用いられる方法としては基本中の基本と言えるだろう。


   そんな初歩的な手すらも使い手によっては必殺の一撃への布石と勘違いしてしまう。


    咲はシキノの実力を純粋な心で賞賛した。実力差を思い知らされて、落ち込む気にすらなれないでいた。


    だが落ち着きを見せる咲とは対象的に花梨はシキノに対する怒りが行き場を失い、その場で女性がしてはいけない顔をしながら、上げてはいけない声をあげながら、何度も何度も地団駄を踏んでいる。


    咲はそれを見て、唖然としてあんぐりと大口を開けた。初めて見る友人の阿保な姿に呆れてしまった。


    その姿は躾のなっていない、わがままな野良猫のようであった。辺り一面に敵意を振りまいている。もしここで花梨にマタタビをあげたら、酔ってしまうのではないかと思えるぐらいに猫のようであった。


    だがそれでも可愛いものだと、咲は思った。貴賓のある化け狐、シキノと比べたら、野良猫なんてまだマシな部類に当てはまる。


「ほら花梨、行くよ」


「まだよ!あいつを追いかけるわよ!」


「好い加減にしなさいっ!」


「キャウ!?」


    咲は花梨の首に手刀を一撃叩き込んで抵抗されないように一瞬で気絶させると、花梨の服を掴んでそのまま厳の走って行った方向に花梨を片手で引きずりながら向かって行った。














    雨は止んだ。暗雲は未だに空を占領してはいるが、僅かながらの暖かい陽の光が雲と雲の隙間をぬって、街に零れ落ちて行っている。


    街に住む人間もそれに合わせて傘をたたみ、雨宿りをしていた建物から出て皆一様に空を見上げ始める。


    そしてあるものが気づいた。雨上がりの滑りやすい屋根の上を走り回る者がいることを。目で追ってみるが、瞬きをする間に見失ってしまった。故に見間違いだとかんがえた。


    だがそんなことはない。見間違いではない、本当に走っているものはいた。


    アーク、勇者叶斗との戦闘を終わらせ、リリスから祝い酒を貰ったあとに彼は街の外に出るために街全体を覆っている防御用の外壁に向かっている。


    叶斗に唯一つけられた右手の傷があった場所を忌々しげに見る。傷は既に魔法糸によって縫い合わされ、回復魔法で完全に塞がれている。よくよく見なければ傷口がわからないほどに傷は回復している。


「随分と、痛い目をみたようじゃのう」


    アークの隣に何時の間にかシキノが並走していた。シキノはアークの傷ついた手を見てニヤリと笑った。


「油断したのか?それとも別の要因でもあったのか」


「ああ、どうも勇者というものに期待を抱きすぎていたようだ。そして気づいたんだよ、アレと父さんは違うってさ。父さんは美しかった。子供の時の俺から見ても美しかったんだ。それなのにアイツは、アイツは違ったんだよ。美しく無かった、綺麗ではなかったんだよ。気づいていたはずなのに気づくことを恐れていたんだよ、俺は。縋ろうとしていたのかもしれない。父さんと同じ勇者だから、俺を、俺を…………」


「アーク、醜いぞ」


    前を見失い、忘我の境に入りながら不気味独り言を呟き続けるアークを、シキノは愛するものに対して話すには少し鋭い口調で現実に引き戻させる。


    アークは震える視線をシキノに向ける。余りにも弱々しい、普段からは考えられないほどに。


「美しいも、綺麗も決めるのは主観的すぎる。お主にとってはそう感じるものであったとしても、別の何者かからすれば奴らは美しいものなのかもしれんのだぞ。それにお主の父上と奴を重ね合わせて見るのは間違えであるぞ。人は人だ。それにあの方と違い奴は未熟、時を待つのが道理じゃ」


    シキノに強い口調で諭され、アークは思わず俯いてしまった。自らを内面へと沈ませていく。髪の影が目元を覆い、弱々しい瞳を闇で隠した。


「妾が愛する男がそんな顔をするでない。それよりこれからこれからどうする?」


    シキノはアークの気を入れ替えさせるために、優しい口調で話しかける。


    アークはチラリとシキノを見るとより深く顔を沈ませた。そして背中が膨らんだと思えるぐらいに強く息を吸い込み、面を上げた。そして吸った空気を全て吐き出して、両手で頬を叩いて気合を入れ直した。


    面を上げて、前を見る。先ほどまで感じられていた不安や揺らぎといったものが顔から消え去っていた。


「すまない、可笑しくなっていたようだ。だがもう大丈夫だ」


「ふふ、それで良い」


    満足気に笑うシキノ。


「旅の終着点は決まっている。後はどれだけの寄り道をするかだ。そして見なければな、この世界を」


二人は街を取り囲む巨大な壁に迫った。壁の周りはグルナの兵士はおろか町人もいない。兵士は街の正門でアーク達を待ち構えているが、アークはそこには行かない。無駄足。


    二人は全速力で壁に向けて走り、そして速度を殺さずに上に飛んだ。壁を走る、地面と変わらないように。数十メートルはある高さの壁を一瞬にして走り抜いた。


    壁を飛び越えた先には緑の大地、何処までも広がる地平線。


「さあ、行こうか。俺を終わらせる為に」

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