第29話


    シキノ達とは少し離れた場所ではアークと叶斗が戦っていた。とはいってもアークが完全に優勢であり、叶斗はアークからしかけてくる攻撃にとまどっている。


    今まで戦った二戦は殆どアークから仕掛けてくるような攻撃は無く、此方の攻撃に対するカウンターのようなものばかりであった。


    その事が叶斗を戸惑わせていた。明らかに前二回とは違う戦闘方法についてこれない、明確に殺しにきている。


「君とは仲良くなれると思ってたんだけどね!」


「気のせいだろ」


    糸による足場を作り、それを利用して叶斗の周囲を跳ね回りながらアークが叶斗を攻めあげる。


    小さな小さな光の球、水溜りから突然飛び出してくる水の蛇、雨さえも簡単に蒸発させてしまう烈火。


    アークからの多彩な攻撃の種類に叶斗は手を煩っていた。手数の多さもさることながら、一つ一つの魔法の練度は流石だと叶斗も認めるしかなかった。


    勝つことができないととわかっている。それでも止めなくては、被害を増やしてはいけない。そんな勇者としての善の思いが叶斗を突き動かしていた。


    それでもアークを捉える事ができない。


「君はなんで、兵士の人達を殺した!?」


    アークからの攻撃を凌ぎながら、叶斗は問いかけた。


    叶斗の世界では人を殺す事は余程の事がない限り、悪とみなされる。それ故に問う。


「言っただろ、敵だからだ。それと国への脅しだよ。関わるなっていう」


    叶斗の目の色が変わった。明確な敵意を始めてアークへと向けた。


「そんな事の為に人を殺したのか。罪悪感はないのか!」


     アークの答えに叶斗は怒りを覚えた。余りにも命を軽く見るその考えは別の世界で生きてきた叶斗にとっては許せないものである。


「無い」


    歪みなくさも当然であるかの如く、アークは答えた。自分の出した答えを正しいと信じている者の顔だ。


「これから魔族を殺す貴様に言えた事か。勇者様」


    その言葉を聞いて叶斗は僅かに剣の動きが止まった。


    確かに自分はこれから多くの魔族を殺してしまう。それなのに自分は彼を責められるのだろうか。そんな考えが叶斗の脳に浮かんだ。


    剣が止まったのをアークが見逃すはずはない。


    魔法糸を叶斗に飛ばして、絡みとる。そして叶斗の腹に蹴りを入れて後方に大きく吹き飛ばす。そして糸を手繰り寄せて叶斗の動きを急停止させる。


「ごあ!」


   急停止の反動で、糸に絡まっていた叶斗の身体に糸がくい込む。あまりの衝撃に叶斗は吐きそうになってしまう。


「お寝んねかあ!?」


    更に追撃、叶斗を糸に絡めたまま、叶斗ごと糸を振り回しそして地面に叩きつけた。


    受け身も取れずに地面に叩きつけられた叶斗、アークは叶斗の拘束を解いて、巻きつけていた糸を回収する。


「本当、君は強いね」


    剣を支えにしながら叶斗は立ち上がった。服は泥まみれ、身につける鎧も罅がいくつか入っている。


「……貴様は自分の周りに血を吸う蚊がいたらどうする?」


    アークが突如として叶斗に尋ねた。


    叶斗は質問の真意がわからずにいる。何を目的としたものなのか

、深く深く考えてしまう。


「それは、叩き潰すだろ。血を吸われたら病気になるかもしれない」


    アークはその答えを言うのが始めからわかっていたかのように続けて言葉を言い放つ。


「俺にとっては兵士を殺したのはそれぐらいの気持ちだったよ」


「人と蚊の命が同じと言う事か?」


「傲慢だなあ、貴様は。命は等しく、貴様にも、俺にも、兵士にも、蚊にも、魔族にも、一つだけだ」


    叶斗はその言葉を聞いて息を飲む。言っている意味はわかる。生物に宿る命は一つだけ、そんなのは言われなくてもわかっている。


「だが、命の価値は違う。ソレには優劣が明確に存在している。」


「…………そんなモノ、誰が決める」


「気づいてないのか?決まっているだろ、俺であり、貴様でもある。つまりはその命を見る者それぞれだ」


    叶斗はその答えに同意してしまう部分があった。自分たちは普段から肉を食べている。蚊などを叩き潰している。それは自分が知らず知らずの内に価値を決めているからなのかもしれないと。


「なら、君にとって価値のある命はなんだ?」


    解せない部分はあった。


「そんなの決まっているだろう。俺のセカイにいる者達だよ。それ以外はどうなのだろうな」


    上を僅かに向きながら、アークは答えた。


    アーク自身、気づいている。自分が他人に対する感情の有様を。明らかにセカイにいるモノとは向ける心が違う事を。


「敵を殺しても心は揺れない。生命を食って己の命を糧としても心は揺れない。だがセカイにいる者がいなくなれば、心は揺れ動く」


    詩を詠うように、だが全く感情の篭っていない声で話すアーク。


   叶斗にはそれが酷く悲しく見えた。他人を殺す事に何とも思っていないアークにも、何かを失う悲しみを理解している。それが叶斗にとってはアークの数少ない人間性だと思った。


「持つのは不完全な半分の心。あるべきモノは無く、無いはずのモノは有る。不完全であるが故にその心は満たされない。不完全であるが故にセカイの外に価値を見いだせない」


「…………君は泣いているのか?」


    アークの目から涙が零れたのが叶斗の目には写った。だがすぐさまそれは心の中で訂正された。涙に見えたのはただの顔についた雨の雫。


「さあ、続けようか。見せてくれよ、貴様の心を」


     アークから放たれる魔力が増大する。


「そして、俺にわからせてくれ。勇者が、勇者がいかに素晴らしいのかを!」


    叶斗は感じた。アークから感じられる気配が変化した事を。より一層警戒する。一瞬でも警戒すれば殺されそうになる。


(試されているのか?なぜだ?彼なら僕を簡単に殺せるはずだ。勇者だから……ッ!)


    一歩、アークが近づいた。それだけで叶斗の身体が最大限の警戒心を発揮する。息をする事さえためらってしまうほど、叶斗の身体はアークに集中する。


    そして叶斗は気づいた。既に自分がアークのテリトリーに侵入しているという事を。


    普段ならば気づかないのであろうが、極限まで神経を使っている今だから理解できた。


    何処に動こうとアークは必ず攻撃を当ててくる、叶斗は悟った。


    そして何時の間にかアークは叶斗の目の前に来ていた。高速移動もワープもしていない。ただ歩いただけだ。叶斗が気づけなかったにすぎない。

    

    叶斗のありとあらゆる毛根から汗が吹き出した。飲み込まれそうになる程の存在感。前にいた世界ではまず目にかかれない。


    だが叶斗も負けるわけにはいかない。


    恐怖を振り払う。目の前にいる化け物を超えるための気概を発揮する。


    高速で剣を降り続ける叶斗、両手の間に糸を掛け渡してその剣戟を防ぐアーク。


「君はなんでそんなに力が有るのに世界を救おうとしない。君の力があるのなら、魔族を倒して困っている人達を救えるんじゃないのか!?」


「言っただろ、俺はセカイの外にいる生命に価値を見いだせない。だから世界を救うなんて気にはなれないんだよ」


「そんなもの、嘘だろ!」


    剣と糸が競り合う。


「心が美しい人間もいれば、見るも耐えないほど心が醜い人間もいる。魔族も同様だ。それなのに、それらを平等に救えと言うのか。馬鹿馬鹿しい。何故俺が救わないといけない。醜い者が蔓延るこんな世界。いつか貴様は気づくぞ、世界を」


「それでも、僕は救う。何故かは僕にも理解できない。けど、それが僕の運命だ」


    叶斗の剣に光が纏う。糸を剣が押し始める。そして剣は糸を引き裂いた。


    糸を斬られたのは予想外だったのか、アークは珍しく焦りの表情を浮かべながら右手で振り下ろされる剣を防いだ。


    アークの右手に叶斗の振り下ろした剣がくい込む。肉を引き裂き、血管を切断し、骨を断ち切った。


    叶斗は初めて人を切り裂いた。王都では訓練で何匹もの動物を切り裂いてきた。


    慣れていたつもりだった。覚悟もしていた。


    それでも人の肉を切り裂くのは余りにも気持ち悪かった。思わず柄から手をはなしてしまいそうになるが、手は何故か柄を持ったままだった。


    アークの手を引き裂いてもなお剣は突き進もうとする。


「はあ!」


    アークは突き進む剣の剣の動きに合わせて右手を動かし、剣の起動を自らに当たる直撃コースから逸らした。


   それだけではない、逸らした勢いを利用して右手を剣から離した。


    無茶苦茶な判断の仕方だ、叶斗はそう思った。自分の肉を斬らせて防ぐなど普通は考えもしない。


    すぐさまアークからの反撃の拳が飛んできた。肉を引き裂かれた右手とは反対の左手で叶斗の胸当てを殴った。


    叶斗は後方に飛んで衝撃を緩和させた。


    仕切り直し。叶斗は柄を見、アークは切り裂かれた右手を見る。


    アークは右手を閉じようとするが薬指と小指が動いていない。血は未だ傷口から流れ続けている。足元の水溜りには薄っすらと血の赤が混じり混んでいるのがわかる。


    傷口から魔法糸がにじり出てきて傷口の縫合を始める。


「すまない」


    アークから発せられた言葉は叶斗も予想していなかったものであった。何について謝られているのかよくわからなかった。


「俺は貴様を随分侮っていたようだ、謝罪しよう。なるほど、流石に勇者としてこの世に呼ばれただけはある。潜在的にその身の中に宿す強さも、貴様の心の意志の強さも十分あるようだな。実力差はあったはず、糸も斬られない程の強度で作ったはずだったが結果はこれだ」


    斬られた右手を叶斗に見せつける。見せつけるその表情は笑っているようにも捉えれた。


「つくづく自分の愚かさに腹が立つよ。未熟な癖に調子に乗って油断でもしていたのか、それとも勇者という存在にであって気が舞っていたのか。それとも馬鹿みたいに心の揺らぎがあらわれたのか。まあ、どんなに言い訳を探したところで傷つけられたという事実は変わらない。だからこそ、貴様を相手にして二度と油断はしない。そして次で終わらせる」


    アークの右手に光が纏う。構える。そして動きだす。


    速かった。今まで動いていたのは何だったのかと叶斗が思ってしまうほど、アークは速かった。


    アークは斬られた右手を振り上げる。手の形は手刀。


    既に攻撃圏に叶斗は入れられている。叶斗は躱そうとは思ったがアークの速さを考えると、追われたら躱すことはできないと判断した。


    右手は柄を左手は刃を持って、剣で手刀を防ぎにかかる。


    だが次の瞬間、叶斗の身体を嫌な感覚が駆け巡った。まるでアークの攻撃を不正ではいけないと言わんばかりに。


    そして悟った、これは斬れないと。


    振り下ろされる手刀。その構図は先ほどとは真逆。


    手刀と剣が触れ合う。そう思われたが結果は違った。


    手刀は刃を透過した。剣に傷は入らない。


    叶斗の左肩にアークの手刀が触れる。そしてそこで動きが止まった。


    叶斗は動けない。何が起きてるのかが理解できない為に。


「何が……?」


「……この光は何も斬れない」


    肩を掴む。豆腐を素手でつかむように優しく繊細に崩さないように。人差し指が動く、ゆっくりと動いていく。


    そして鋭い槍のように人差し指が叶斗の肩の肉を鎧ごと貫き、突き刺した。


    次の瞬間、叶斗の身体の内側に衝撃が走る。異物が流れ込んできた。その異物を排除しようと叶斗の防衛本能が全力する。心臓が軋む。視界が揺らぐ。筋肉に力が入らなくなってくる。


    アークは叶斗の身体から指を引き抜き、数歩下がる。


    叶斗は持っていた剣を落とし、心臓をおさえこむ。大量に精製される唾液を全て吐き出す。体が悲鳴をあげている。膨れ上がるような痛みが全身を駆け抜けていく。


「何が?何が?起きてんの?」


    身体の防衛反応に耐えながら、叶斗は声を絞り出してアークに尋ねた。


「お前の体内に俺の魔力を流し込んだ。ただそれだけだ。魔力っていうものは生命の力だ。それは自分のモノであり、他人のモノではない。それを調節も何もせずに他者に送り込めば吐き出そうと拒絶反応を起こすんだよ、まあ調節すれば薬のようなモノになるのだがな」


    アークは優しく丁寧に説明する。


「そしてその拒絶反応は送り込まれた相手が送り込んだ相手よりも弱ければ弱いほど、強くなる。だから今お前は苦しんでいるんだよ」


「成る程、それで僕はこう……なって」


    膝から崩れ落ちた。


    勝者は空虚に立ち尽くす。

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