第28話


「君は、何をしている」


    勇者、叶斗は騒動の中心人物に問いかける。


    眼前には無数のギルドメンバーや兵士といった人間が地面に倒れ伏している。 


    ここが街の中心に近い位置にある広場とは思えないほどの光景、その光景に叶斗の仲間達も目の前の現実を受け止められずにいる。


    攻撃されてはいるが、血は出ていない。


    しかし、息があるのはギルドメンバーだけで、兵士達は息をしていない。死んでいるようだ。


「何をしている?見ればわかるだろう、敵を排除したんだよ。こいつらが罪も無い俺を捕まえようとしたからな」


    中心人物、アークは叶斗の問いかけに抑揚なく返答をした。まるで殺すことに一切の罪悪感が無いかのように表情に変化は一切ない。


「嘘をつかないでよ!あたし達はアンタ達が王国の兵士の誘いを断って暴れ出したって聞いたんだから!」


    笹野花梨は前からイラついていたアークに噛み付いた。


    アークは花梨を見た。それ以上は何もしない。攻撃は仕掛けない。声も発さない。


    だがそれでも花梨は死を感じた。明確な敵意、殺意、脅威。以前の戦いの時に受けたものとは質が明らかに違う。


    彼女の様子を表すのであれば蛇に睨まれた蛙、指一本すら動かすことができない。


「俺は悪くない」


    その言葉は衝撃的であった。


    このような状況を作り上げておきながら、反省の色がまるで無い。その事が叶斗達に信じられなかった。


「なにがあったんだ」


    ここまでのことになったのだから原因は重大なことだろうと思い、叶斗はアークに尋ねた。


「奴らは俺を魔導師にするといった。だから俺は断った。そして今だ」


「何故だ、魔導師って言うのは魔法使いにとっては栄光のあることなんじゃないのか?」


    アークの話の意味を理解できずに一条厳は尋ねた。


    魔導師になるのは魔法使いにとって栄光な事、それを王都にいる際に何度も聞かされていた。ましてや大国ともなれば、どれほどの事か。


「そうだな、普通の魔法使いにとってそれは栄光なのだろう…………だが俺は違う。俺にとっては侮辱以上の何モノでもない」


    明確な嫌悪感を込めて、アークは語った。


    冷静沈着だった肌はボロボロと剥がれていく。その奥にあるのは自らを作り出す本心。


    毒々しい嫌な空気が辺り一面に広がっていく。呼吸をするのさえためらう。できることなら逃げ出したい。


「それで彼らを、殺したのか?捕まえようとしたからか」


    叶斗は静かに問いかける。


「ギルドメンバーは生きているが、グルナの兵士達は殺した。俺を捕まえに来たからな。コレ、生きてたんだぜ。戦わなければ、今も生きていたものを」


    他人事、自分が殺したにも関わらず殺された兵士達に心は向けない。


「皆、もう一人の女の人の相手を頼めるか」


    叶斗はアークの近くに我関せずといった風に立っているシキノの相手をしてもらえないかと残りの三人に問いかける。


    本人は既に魔法具である青と金の剣を手に持って構えており、既に戦闘準備はできているみたいだ。


「でもいいの?彼、四人がかかりでも無理だったのよ」


    道明寺咲は以前の戦いを思い出していた。圧倒的な実力差を前に全く本気を出されずに一方的にやられた事を。


    だから叶斗が一人で挑めば負けることなど、戦う前からわかっている。


「そんなのは百も承知だ。けど、ここは引けない。彼は何としてでも止めないと」


    柄を持つ手に力がより一層込められる。


    引くわけにはいかないという覚悟。


    それを三人は悟った。


「わかったよ、お前は変なところで頑固だな」


「あの女、アークって奴よりかマシでしょ。なら早く蹴りつけて援護に行かないとね」


「油断しないでよ。敵はまず格上よ」


    三人はそれぞれ魔法具を展開し、シキノに向けて走り出した。


    それをシキノは構えることなく迎え撃つ。


「やれやれ、妾の相手はお主らか。まあ随分とナメられたものじゃ」


    シキノは九つの尻尾と狐の耳を展開させる。それだけではない。粘性の高い空気が迫る三人を包み込んだ。


「!?」


    それだけで三人は悟った、勝てないと。


    本能が引けと叫んでいることは理解している。しかし、シキノは迫っている。止まれない。


(恐怖は……振り払え!)


    シキノが厳に殴りかかる。


    降雨の如き速い一撃が雨を切り裂きながら豪雨のように放たれ続けている。


    厳はそれらの攻撃を躱す事で精一杯である。反撃の余地はない。瞬きする事さえできない。


(速い、それに重い。直撃は……!)


    僅かに反応が遅れた。それが命取りであった。


    左の肺にシキノの拳が撃ち込まれた。鈍器でおもいっきり殴られたような衝撃が厳の心臓に伝わる。それは心臓の動きを僅かに停止させた。


「妾はアークと違って、手を上手くは抜けぬぞ」


「なん……が?」


    その言葉は薄れた意識の中でもハッキリと聞こえた。


    アークが手を抜いている、前回戦った時のは本気ではないという事実が厳の脳内を駆け巡った。ならば今戦っている叶斗はどうなるのかと。


    シキノは厳に足払いをしかけた。厳は意識の薄れた状況では躱す事もままならず体制を崩してしまった。


    厳の胸ぐらを片手で掴んで、勢いよく地面に叩きつけた。


    受け身をとることもできずに地面に叩きつけられた厳、圧倒的な実力差を見せつけられた。だが闘志は消えない。


    追撃で厳の横腹に蹴りが叩き込まれて、勢いよく飛んだ。


    着地も上手くできない。手と足を使って勢をなんとか殺した。だが余りにも強すぎた蹴りや殴打に体は耐えきれず口から血を吐き出した。


「厳、下がってて。ここはあたし達が」


    花梨による魔法銃の乱れ撃ち、鉛の弾丸よりも威力の高い魔力の弾丸ではあるが、シキノには一切通じない。


    当たる位置にある弾丸だけを最低限の動きだけで弾いていく。弾丸が石で作り上げられた道路を穿っていく。


「ほれほれ、その程度なのか」


「うっさい!これならどう!」


    花梨は込められるだけの魔力を魔法銃に装填する。足を開いて反動に耐えられるように力をいれて構える。


    花梨の持つ最大の一撃、それは魔法銃に限界まで溜め込んでそれを一気に放出するモノ。頑丈な鎧に身を包んだ兵士でさえも消し炭にしてしまうほどの威力がある。


    欠点としては撃つまでに時間がかなりの時間がかかってしまうという点である。


    故に仲間からの援護を必要とする。


「降り注げ、天来の氷塊!」


    少し離れたところに立っていた咲からの援護、家ほどの大きさの巨大で無骨な氷塊が上空からシキノを押しつぶそうとする。


    しかし。


「甘いのお、温いのお、魔法の作りがまだまだじゃ。だからこんなに軽い」


    片手で受け止められた。しかも余裕はまだありそうだ。


    次の手を打たなければ、咲が動くよりも先にシキノからの攻撃。受け止めた氷塊を咲目掛けて投げつけた。


    投げられた氷解はさほど速度は出ていないが、それから放たれる威圧感は並ではない。潰されれば最後。


「ヤバイ!」


    咲は僅かに反応が遅れた。自分の運動神経では躱す事ができないと理解している。


「ウラアアアア!!」


    迫りくる巨体を飛び込んできた、先ほどまで休んでいた厳が上から叩き落とした。そしてもう一撃入れて、今度は粉砕した。


「ナイス、厳!今度はこっちよ」


    花梨の魔法銃に魔力が限界まで込められた。後は引き金を引くだけで必殺の一撃が放たれる。狙いをシキノに定める。


    銃口を突きつけられようとシキノは一歩も動こうとしない。それどころか、手招きをして挑発している。それほど余裕があるのだろう。


   それは花梨の気持ちを逆なでる。一泡吹かせてやる、そんな気持ちが花梨の心の奥からこみ上げてくる。


「トサカに来た。舐めないでよ、魔法銃最大装填!バースト!」


    極大の魔力の球体が二つ撃ち出された。一目で先ほどの弾丸よりも格の違う威力を求めているとわかる。


    撃った花梨は魔力の使いすぎでその場に膝をついた。


    真っ直ぐ進む高速のソレ、シキノは避けない。そしてニヤリと余裕の笑みを浮かべた。


    ユラユラと動いていた九つの尻尾が突如として剣のような鋭さを持った。


「九尾九閃撃」


    尻尾による九つの斬撃が迫っていた二つの魔力の弾丸をいともたやすく切り裂き、はじめから何もなかったかのように霧散させた。


「嘘でしょ」


    渾身の一撃を容易く防がれて、花梨は呆然とした。


    理解はしていたがこれほどまでの差があるのかと思い知らされた。相手がギルドの中でもSランクに位置する事は職員から聞かされていた。


    Aランク以下は人間、Sランクは化け物。花梨はそのような話をギルドにいた時に聞いた事がある。そんなものは冗談、言い過ぎだろうと舐めていた。


    だが今攻撃を防がれた事でその話が本当であると理解した。目には見えない明確な壁がそびえ立っている。


「花梨、止まるな!」

  

    厳が再びシキノに迫る。


    実力差を理解していながら、よく何度も戦えるものだと花梨は思った。


  ついた膝が上がらない。


「止まるな、進むって決めただろ!そんなんじゃ、叶斗は振り向かないぞ!」


    その言葉は余計な一言だった。


    花梨は叶斗に恋をしている、何年も何年も。だがいつまでたっても告白できないでいた。叶斗の事になるとムキになりやすく、だから叶斗を困らせたアークが気に入らなかった。


「うっさい!そんなのあたしが一番わかっているのよ!あんたに言われなくてもね!こうなりゃヤケよ!」


     重たい膝を強引に動かして、走り出して無謀と言える接近戦に持ち込む。花梨自身、何故このような事をしだしたのかわからない。


    けれど、何もしなければ何も変わらないとはおもった。


    無茶苦茶な型の戦闘、手探りで暗闇を進んでいくように慎重に自分にあったカタチになるようにしていく。


    厳と花梨の二人がかりによる、接近戦による連続攻撃。それでもシキノには通用しない。


    ほぼ零距離から撃たれる魔力の弾丸も躱され、シキノに射線上に厳がくるように移動され、撃つのをためらってしまう。


「お主、あの勇者の事が好きなのか?」


    シキノからの言葉に花梨はドキッとした。まさか敵からそんな事を言われるとは思ってもいなかった。


「それがどうしたのよ!」


「いやさ、何処が良いのかと思ってな」


    攻防を繰り広げながら会話する二人、シキノは余裕そうではあるが花梨は余裕が全くなさそうだ。今はシキノが攻撃を仕掛けていないため、均衡が成り立っている。


「あんたの男と違って、優しくて素敵よ!」


「優しいか、それはどういう意味なのだろうな。お主に対してか、それとも皆に対してか。どちらならお主に好意を向けるのだろうな」


    花梨の動きが鈍った、薄々は花梨自身が気づいていた。叶斗の向ける自分への優しさはワンオブゼム。


「後者か……まあ、頑張るが良い」


「上から目線でえ!」


    激昂する花梨と愉しそうに笑っているシキノ。対極な様子の二人に厳は呆れ果てた。


「まあそれはアークも変わらぬがな」


「何処が、あれの何処が優しいのよ」


「アークは優しいぞ。とは言っても優しさを向けるのは己のセカイにいるモノだけだがな…………飽きたな」


    防御から一転、シキノは攻撃に転じた。一瞬で二人の首を鷲掴みにして締め上げる。二人は必至にシキノの指を解こうとするが、まるで万力で固定されているかのように一ミリも動きはしない。


(なんつー握力だ。このままじゃ喉を握り潰される)


    厳はシキノの強力な握力に驚愕していた。前にいた世界でもここまでの握力を持っている人間にであったことはなかった。


    だが霞む視界の中でシキノを背後から狙う咲の姿を確認できた。ならば自分にできることはシキノの注意を惹きつけること。できる限り抵抗してみせる。


「豪炎の蛇よ、大気さえも焦がし、敵を呑み込み葬りされ!」


    咲の放った豪炎の蛇は雨を蒸発させながらシキノに背後から迫る。


    シキノは迫り来る蛇に一切気づいていないようだ。


    勝った。首を掴まれている二人はそう思った。


    だが相手は化け物、そうは上手く行かない。九つの尻尾によって蛇は払い落とされた。シキノは一切後ろを向いていない。


「後ろがわからぬと思うたか?相手は化け物じゃぞ」


    咲の方に振り向きながらシキノは二人を咲に投げつけた。


    咲は水のクッションを作り上げて二人を優しく受け止めた。


    首締めから開放されてようやく呼吸をマトモに行えるようになった。大きく肩を動かしながら二人は新鮮な空気を身体に取り込んでいく。


「二人とも大丈夫?」


「ああ、なんとか。それにしてもなあ」


「強い、強すぎるのよ。マジで化け物じゃない」


    三人はシキノを見る。そこにいるのは強力な力を持った自分たちとは違う化け物、これ並みの生物が他にもいると考えるだけでもゾッとしてしまう。


    そしてこれから自分たちはそんな奴らと戦わなければならないと思うと恐れあがってしまう。


「どうした?もう終わらせるか?それともまだ続けるか、妾はどちらでも良いぞ」


    戦闘は続く、厳達三人が倒れるまで。

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