第26話
「なにが……起きているんだ?」
勇者叶斗はいつもとは違う目の前の様子に戸惑っていた。
ギルド会館にはいつもいるはずの勇猛果敢なギルドメンバー達はおらず、代わりに普段は王都にいるはずの兵士がいる。
それと同時に空間自体が血に塗れているようにも感じた。少なくとも普段のギルド会館ならばこんな感覚はあるはずが無いと思った。
気持ち悪く、息をするのも躊躇ってしまいそうになる。
「おお、勇者殿ではないか」
「ギラネルさん、どうしてここに?それより、なんですかこの空気は?」
叶斗は近くによってきた男、ギラネルに尋ねた。
叶斗は王都にいた頃にはギラネルにも剣技を教わったりしていた。年の離れている叶斗をギラネルは熱心に教え込んでいた。
「実は…………」
顎鬚を撫でながらギラネルは事態の原因を話し始めた。
「君はアークという人物を知っているだろう」
アーク、その名前を聞いて叶斗達一行の身が僅かに固まった。それは恐怖の対象であった。数日前に戦って圧倒的な実力差を見せつけられた。
「……彼がどうかしたんですか?」
恐る恐る叶斗が尋ねる。
「我々は国王からの遣いで彼を国王の元に連れていくことになったのだ。だが、彼はそれを拒否して暴れ回ったのだ。そして最悪な事に街に逃げ出したのだ」
その言葉は叶斗達を戦慄させた。アークの実力を知っている四人は彼が暴れるということがどれだけの被害を与えるのかもある程度は予測がついていた。
それが街に逃げ出したとなるとどれだけの被害が町人にいくのか計り知れない。
(彼がそんな事を?だが…………)
だがギラネルの言葉に叶斗だけは引っ掛かりを覚えた。何度も戦った事があるが、そこまで野蛮な人間であるとはおもえないでいる。
だがそれと同時にあの夜に橋の上での語らいの事を思い出していた。初めて見る歪な形の人間、自分の考えを真っ向から否定してきた人間。
「今はギルドの方々と連携して捕縛に当たっている。君たちにも手伝って貰えないか?」
真摯な態度で頭を下げながら頼み込むギラネル。
それを見て、四人は顔を見合わせる。叶斗を除いた三人の瞳には恐怖心が宿っている。勝てないと悟り、心から屈服しているからだ。
それを見て、叶斗は決断を渋った。
だが。
「
「厳……」
叶斗の仲間である一条厳が恐怖を振り払い声をあげた。
「一般市民にも迷惑がかかるんだろ、ならここでなにもしないのは良くねえだろ。例え相手がどれだけ強くて、敵わないとわかっていてもな」
気合に満ちた表情で話す厳。
それを聞いて他の二人も覚悟を決めたように目から恐怖心が消え去った。
叶斗は覚悟を決めた。
「行こう。彼を止める」
決意を胸に叶斗達はアークを倒すために雨の降る街にかけていった。
そのころ事件の当事者のアーク達は雨の降る街を傘をささず飛び回っていた。
目的地であるカルラの館には向かおうとせず、街中を駆け巡っていた。
金目当てで襲いかかってくるギルドの人間達を全員、一撃で失神させていった。
殺さずに気絶させたのは最大の譲歩と言える。命をねらってきたわけではないため、殺さないでいる。もしこれが命をとりにきていたのであれば、二人は何の迷いもなく刺客を殺していただろう。
「案外すぐには見つからないな」
「当然じゃ、どれだけこの街が広いと思っている!?」
二人はある人物を探していた。だが雨の街という事もあって人々は皆雨具を使っており、顔をうまく確認する事ができないでいる。
アークは楽観的に考えすぎていたらしく、シキノはアークに呆れてしまいそうになる。
それでも僅かに見える部位から探し人かどうかを器用に確かめている。
「……いた」
「本当か?」
目的の人物との距離を図りながらアークは建物の間に張り巡らした糸の足場の力を利用して、目標目掛けて大きくとんだ。
建物の壁や屋根を利用する事なく探し人の目の前に着地したアーク。
目の前に人が飛び降りてきた事に驚いて、探し人は可愛く小さな悲鳴をあげた。
だが悲鳴をあげたのは一瞬だけ、傘を持ったまま一度バックステップをしてからアークとの距離をとり臨戦体制に入る。
「…………あれ?アークさん」
アークが探していた人、ジーナ・クルトは目の前に突如として降りてきたアークに理解ができないでいた。
アークと出会った直後の彼女であったならば、ここで尻餅の一つでもついていたのだろう。
だが彼女はアークやシキノ、そしてたまに気まぐれできていたリリスにスパルタ式の訓練をつけてもらったおかげで、叶斗達勇者一行の叶斗を除いた三人と一対一なら勝利できるほどの力を手に入れた。
「いきなりどうしたんですか、傘もささずに。ビックリするじゃないですか」
突然の出来事に動揺しながらもジーナは尋ねた。
「いや、水も滴るいい男というだろ。そういうことだよ」
アークは優しく笑いながら話す。その様子は先ほどのギルド会館の時の不機嫌さからは想像できないものだった。
「冗談ですか?珍しいですね、全く意味がわかりませんよ」
笑うアークとは対照的にジーナは言葉からもわかるように少し不機嫌そうだった。
「まあこんなんじゃ、冗談の一つも言いたくなるよ」
「何かあったんですか?」
心配そうに尋ねるジーナ。
「王都の兵士とギルドメンバーに追われてるんだよ、だからもうこの街を去らないといけないから君にお別れの挨拶をしにね」
「うぇ?」
予想外の返答だった。何故王都の兵士に追われているのかも気になったが、別れというモノが余りにも唐突すぎたのだ。
「君は俺の最初の弟子だからね、挨拶はしておこうと思って」
「は、はあ」
そしてアークから遅れること数秒、シキノもアーク達のもとに到着した。
「アーク、急ぐぞ。ジーナ、元気か?」
「は、はい元気です」
兵士に追われているというのに二人は慌てることもなく、普段と態度があまり変わっていないことに戸惑っている。
何処か一般的な人とはずれていると考えていたがまさかこれほどとはとジーナは思った。
「ありがとう、それだけをいっておこう」
「楽しかったぞ、またいつかな」
手短に別れの挨拶を済ませて、ジーナからの言葉も聞かずに立ち去ろうとする二人。
「まってください!」
だがジーナは珍しく大きな声で叫んで二人を呼び止めた。
アークは足を止め、振り向いてジーナの様子を確認する。
普段は朗らかで人に好かれそうなジーナの表情は真剣でその瞳には揺るぎない決意が込められているように見える。アークは数週間彼女を見てきたがこんな表情をしたのは初めてだと思った。
「アークさん、貴方は何者ですか?」
それは前から思っていたことだった。
ジーナから見てアークは明らかにおかしな存在であった
同じ日にギルドに入って、森でドラゴンに襲われているところを助けられた。
そしてそれからアークは急激にランクをあげていき、ジーナはアークの弟子といえるような立場になった。
だがジーナはアークという人物についてよくわからなかった。俗世からかけ離れている雰囲気を持っているのも理由の一つだが、大魔導師マーリンに魔法を教わっていたのも理由の一つだ。
だからこそ、近くで見ているはずなのにアークという人物の底を図ることも、人物像もわかることができなかった。
ここで聞かなければならないと、ジーナは思った。
「ふむ、そうだな。シキノ、先に行っててくれ」
「話すのか、了解した。後で追いかけて来いよ」
シキノはジーナに一礼をして、カルラの屋敷に向けて飛びさっていった。
シキノが立ち去ったのを確認すると、ジーナの目を見据えた。
「俺が話すことは誰にも話さない、それは了承してくれるかい?」
「勿論です。これは私の我儘なんですから」
嘘をついている様子はない。
「そうだね、何から話そうか……」
アークは顎に手を当てて考え始める。
「……君には一度話そうとしたことがあったっけ?勇者のその後の物語」
「はい、でもそんな話は無いってアークさんが言ってたじゃないですか」
ジーナは覚えていた。アークと出会った翌日の図書館でのことだ。
話があると期待していたのだが、無いと聞いてすごくがっかりしていた。
だが今になって何故そのようなことを言い始めたのか、よくわからなかった。
「いや、あったよ。それは俺がよく知っている。話そうか、続きの話を」
今までになく語調が重い。
「勇者は魔王との闘いの後も生きていた。それどころか魔王さえも生きていた。そして二人は目の前にあった現実から逃げるように、大魔導師マーリンの元で一緒に暮らし始めた」
「え?」
この段階でジーナは何を言っているのか訳がわからなくなってきていた。
死闘を繰り広げた二人がどうして一緒に暮らすことになったのかが訳がわからなかった。
「わからないって顔をしてるね。勇者と魔王が何故一緒に暮らしたのか、答えは簡単だ。二人は愛し合っていたからだ」
新たな事実がジーナに衝撃を与える。
殺し合いをしていた二人が愛し合っていたなどとは信じれるはずがない。
「けどそれは叶わぬ恋であった、二人は両陣営の長。だからこそ二人は戦争を終わらせるために決闘を行い、そして終わらせた」
「…………」
ジーナはアークが嘘をついているようには思えない。けれどそれは信じられないような内容であった。
「やがて二人の間に子どもが生まれた。子どもが生まれ二人は幸せであった。そしてその子供に『アーク』と名付けた……ここまで言えばわかるかな?」
生徒に答えを求める教師のように、アークはジーナに優しく問いかけた。
「……まさか、ですよね?」
ジーナの許容範囲を超えてしまった話であった。今までの常識が根本から覆されてしまったような感覚。アークの話を理解できない。
「では改めて君に自己紹介をしよう。俺の名前はアーク・ディウォード。先代勇者と先代魔王の間に生まれ、大魔導師マーリン・ディウォードに育てられた、ただ一人の子供だ。これからもよろしく頼む」
「……うそ」
それしか言える言葉が見つからない。師弟関係であったにもかかわらず知らなかった事実、驚愕。
「もし君が何か知りたいことがあるなら、また何処かであった時に」
言いたいことだけ言い放ち、ジーナからの言葉を聞くことなく煙のように立ち去って行った。
残されたのは歴史の真実を知ったか弱い少女のみ。
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