第25話
事件と言うものはその大半が唐突に起きるものだ。
誰かの死といった悲しい出来事から、告白などの嬉しい出来事。
全てにおけることだが、それらは大なれ小なれ当事者たちに変化を与える。
良きか悪しきかもまた当事者次第である。
食事をしている。その光景は余りにも普通である。高級そうな皿に乗せられてある、芸術作品のように盛り付けられた食べ物を二人の男女がテーブルを挟んで食べている。
テーブルマナーは完璧、食事をするだけだというのにその場面を切り取れば、まるで絵画のように美しい。
だが視野をテーブルから広げてみれば食事をとっているのが不思議に思えてくるような光景が作られている。
数十人ほどの兵士が二人が座っているテーブルを囲んでいる。王都にいる兵士たちなのか、グルナ王国の紋章を鎧につけられてある。
一人一人が二人に向けて注意を放っている。二人の実力を知っていて恐れているのか、既に手は腰元の剣をつかんでいる。呼吸をすることさえ、ためらってしまいそうになる。
だが二人にとってはそんなこと知ったことではない。路上の小石と同じくらい、彼らに興味がないのだ。敵意など今は向けない、向ける意味がないからだ。
「我はグルナ王国騎士団第三部隊隊長、ギラネル・カールス。ソナタがアークか」
兵士たちの中でも、より重厚な装備をした三十代ほどの無精髭を生やした厳つい男が食事をとっているアークに話しかけた。
アークは目線をギラネルの方に向け、元に戻し、そしてまた食事に集中し始めた。
それを見てギラネルはイラつきはしたが、これから行う事のために、できる限り表に出さないようにした。
隣にいた部下から一枚のぐるぐるに巻かれ紐が結ってある羊皮紙を受け取り、紐を解いて羊皮紙を広げ、両手で持った。
「グルナ王国国王リヴァル・グルナ様からのお言葉である。心して聞くと良い」
声を高らかにして読み上げ始める。食事を終えたアークとその前に座っていたシキノはナイフとフォークを置いて、リヴァルを見る。
シキノは食事を邪魔されたのが余程腹立たしいのか、あからさまにギラネルを睨みつけている。
「魔法使いアーク、貴殿を王都の魔導師に任命する。さあ、我々についてきてもらおうか」
羊皮紙の内容を読み終えると、アークに目を合わせて話し出した。
アークはギラネルの顔を見たまま立ち上がり、手に持っていた羊皮紙を取り上げる。
そして無表情のまま、ギラネルに見せつけるように羊皮紙をぐちゃぐちゃに丸めて右手の掌に乗せ、右手から炎が発生して灰に変えた。
それを見て、周りの空気が変わった。明確に現れたアークへの殺意、だがそんなモノを気にするような細い神経をアークは持っていない。
「何の……つもりだ?」
額に青筋を浮かべ、拳を握りしめたギラネルが怒りを必死に押さえつけながらアークに訪ねた。決壊しかけの堤防のように、次に何かがあれば溜め込んでいる怒りが爆発してしまうのだろう。
「何のつもりかだって?そんなのは決まっているだろ、貴様らの国王に対する返答だ。そんなのもわからないのか、だとすれば子どもからやり直した方がいいぞ」
手に持っていた灰を空になった食器に捨てる。
からかっているわけではない、真剣なのだ。
「それになあ」
ドロッとした粘りつくような声色で話し始めるアーク。その声を聞いた瞬間に周りにいた一般の兵士たちの背中に嫌な汗が流れた。恐怖、そう表現するのが素晴らしいのであろう。
「俺はあの国が嫌いなんだよ。だから魔導師として使えるぐらいなら、肥溜めに飛び込んだ方がましだな。もし俺を魔導師として迎え入れたければ、国王自らが来て肥溜めに使った後、土下座しながらお願いしたら考えてやろう」
「貴様アアアア!!王と我がプライドを傷つけるか」
ギラネルの我慢の限界は突破した。王への侮辱と王に仕える己のプライドを穢されたことによる怒りがアークへと向けられる。
だがそんな怒りを向けられようとアークは平然としている。
「こっちは食事を邪魔されて気が立っているというのに。それ以上やるというのなら、死ぬ気でくることじゃな」
今まで黙ったいたシキノが声を上げて立ち上がった。周りにいる兵士たちに睨みをきかせる。
兵士たちは怒気に気圧されて一歩下がりそうになるが何とか踏みとどまる。
だが心は屈しかけている。目の前にいる二人の恐怖、彼らが腕を動かすだけで自分が殺されてしまうのではないかと思ってしまう。
一人、シキノから最も近い兵士の手が震え始めた。恐怖心から生まれた、目の前の者を倒せという使命感にかられていく。
「ウワアアアアア!!」
使命感に駆られて剣を抜いた。振り上げられた剣は背後からシキノを切り裂こうとする。
その様子を周りにいる兵士はそれに何も反応できずに眺めるしかなかった。
シキノも振り上げられたのを見てはいない。
だがそんな事は攻撃に反応できないことには繋がらない。
剣が振り下ろされるよりも速く、シキノが放った掌底が兵士を吹き飛ばした。
飛ばされた兵士に巻き込まれ、一部の兵士が床に倒れた。
あっけに取られる兵士たちを他所にアークとシキノは倒れた兵士たちを足場にして窓に向けて走り出した。
魔法糸を使って鍵を解除して、先に到着したシキノが窓を開けて迷わず飛び出し、二階から飛び降りた。そこにアークも続く。
眺めることしかできなかった。
「……は!」
数秒後、ギラネルはようやく状況を理解して周りに指示を飛ばす。
「我らの誇りにかけてあの二人を捕まえろ!そして下にいるギルドメンバーどもに報酬を弾むので手伝えと伝えろ!決して殺すな、生きて王の元に届けるのだ!」
飛び出した先は雨の降る街だった。この季節にしては珍しい、雨だ。町人は傘をさして街を歩き、露天は商品が濡れないように、いつもより長い天井をつけている。
その街をアークとシキノは傘もささずに走り抜けている。
だが人通りの多い道を走っているわけではない。建物と建物の屋上の間に、アークが魔法糸を張り巡らせて作った道の上を走っている。
傘を刺している町人たちはアークたちには気づいてはいない。異質な光景を見てはいない。
「カルラの婆さんに聞いてたが、まさか来るとはな」
「ああ、飯の邪魔をしてきおって。欲を満たすのが大切ということが、彼奴らにはわからぬのか。それで、これからどうする?宿には兵士が来ているとおもうから、戻れぬぞ」
「そのために荷物を昨日の内に回収したんだろうが、取り敢えず婆さんのところに行くぞ」
「応」
走る二人の後ろから、一人の男が建物の屋根を走って追いかけて来た。手には得意とする武器を持っている。目は欲望にくらみ、血走っている。
「あの兵士たちに雇われたギルドメンバーか?」
「そうじゃろうな、それでどうする?」
「来るなら、倒す。俺はあんな奴らのためには止まれない。だから倒す」
迷いなく答えたアーク、それを見てシキノの口元が上がった。
「なら、ここは妾が」
シキノは糸の力を利用して上へ大きく飛んだ。狐の尻尾が一本服の下から飛び出し、狐の耳も現れた。
「お前たちに怨みなどは一つもないが、妾たちを追うならばそれ相応の試練を受けよ」
シキノの背後にユラユラと浮かぶ紫炎が九つ現れる。
「行け!」
シキノの合図で紫炎が男に向けて一直線に襲いかかる。
男も伊達に二人に追いついたわけではない。素早い身のこなしで九つの紫炎をかわしていく。
だがここで男にとっては予想外のことが発生した。雨で濡れた屋根に足を滑らせたのだ。
「なっ!?」
体制が崩れた男、そこに紫炎が着弾した。一瞬にして燃え上がる肉体、熱に苦しむ男は体制を立て直せるはずもなく滑り落ちて路上に落ちた。
「うあああああああ!」
落ちて来た燃えている男を目の当たりにして、町人たちが悲鳴を上げる。
逃走劇はまだ始まったばかりだ。
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