第24話

「さあて、それじゃあ最終ラウンドと行くか」


    鎌を振り回しながらベルファは宣言した。鎌を振り回すたびに空間が切断されていく音が辺りに響いていく。


「…………」


    アークは剣を支えにしたまま、膝をついて、動こうとしてはいない。そして疲労が溜まっているのか肩で息をしている。何をするわけでもなく只見据えている。


「オマエが何もしなくても、こちらはするぞ」


     好戦的な笑みを浮かべながら、鎌を右肩に担いで一歩前に進む。


「おろ?」


    だが踏み出した足はベルファの体重を支えることができずにガクリと膝が曲がった。


    ベルファにとっても予想外のことだっただろう。


    バランスを崩して前のめりに倒れこんでしまう。受け身も取れずに顔面が地面に勢いよくぶつかった。


「痛え、マジかよ」


     倒れた体を起こそうとする素振りを全くせずに、うつ伏せになったまま半笑いで呟いた。


「アレをくらってタダで済むわけねえだろ。それに貴様は発現もさせたんだぞ。体力が残るわけない」


    アークは魔族としての姿から徐々に人の姿に変えていく。


    突き刺していた剣は黒い粒子になっていき、アークの体に吸収されていった。


    膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。フラフラとしながらも転けないように足を踏ん張ろうとする。


「今のお前を殺すのなんて、普段なら楽なんだがな」


    ベルファに向けて右手を突き出し、緑の魔法中級雷槍を発動させようとする。しかし、雷の槍は手から射出されずに右手から僅かな電気が飛び散るだけである。


「姿を変えたり、剣を使ったお陰で、この程度の魔法を使うための魔力が残ってないんだよ。物理的に切ろうとしても体力も残ってない」


    一度間を置いて息を整える。


    息を整え終えると膝から手を離して、ある事を提案した。


「虚しいからお前はもう帰れ。これ以上、泥試合しても馬鹿馬鹿しいだろ。それに目的は達成されたんじゃないのか」


    その提案はベルファにとっても乗らざるをえないものであった。


    目的は達成したがその代償は小さくはなかった。体力がなくなり、肉体がいうことを聞かない。戦闘続行は不可能であると判断していた。


    それにこれ以上戦ったとしても益はない、それどころか害があるかもしれない。最悪の場合は今までの行為が無駄になる死、それだけは避けたかった。


    そんな中でのアークからの提案はあまりにも渡りに船、蜘蛛の糸。


    うつ伏せ状態から起き上がって、地面に座り込んだ。


「本当にムカつくけど、その提案に乗った。だが、オマエはそれで良いのか?」


「問題はない。俺の依頼は確かに退治ではあるが、お前が帰ったらそれを退治したことにするさ。目的はお前をここから追い払うことだからな」


    その言葉を聞いて、ベルファは乾いた笑いをした。


「ならお言葉に甘えようか」


    ズボンのポケットから銀製の円盤状のものを取り出すと、それを天高く掲げた。


「また、戦う機会があれば今度は今回以上に楽しませてくれよ、アーク」


    ベルファを中心に地面に白い魔法陣が出現した。魔法陣からは眩くない光が溢れ出ている。


「さらばだ。オレの強敵よ」


    その言葉を放つと同時に魔法陣から放たれる光がベルファを包み込み、光が収まり魔法陣が消失すると、そこにベルファの姿はなかった。


    残されたアークは体力が尽きたのか、仰向けに倒れこんでしまう。


    意識がだんだんと薄れていく。少しだけ休んでから帰ろう。そう思いながらアークは目をつむった。















「ん……ああ?」


    アークが目を覚ました時、何故か火山ではなく普段泊っている部屋のベッドで起きた。


    火山で寝たはずなのに何故か移動している。アークにはここまで移動してきた記憶が一切ない。


「何じゃ、やっと目が覚めたのか」


    アークが目覚めた音に反応して、シキノが近づいてきた。手には水の入ったグラスを持っており、それをアークに手渡した。


    グラスに入った水を一気に飲み干した。程よく冷えた水が喉を通過していく、眠っていた身体がそれに反応して目を覚ましていく。


「シキノ、どれくらい寝てた?」


「お前さんが帰ってきてからすぐ寝たからのお。だいたい一日ぐらいか」


「そうか一日か…………どうりで水が上手いわけだ」

    

    空になったグラスをシキノに返すとベッドから立ち上がる。服を着替えるためにクローゼットに近づき、服をあさりながらシキノにある事を尋ねた。


「そう言えば、俺はどうやって此処に帰ってきたかわかるか?どうも記憶がないんだよ」


「彼奴じゃよ、お前さんが一番知っておろう」


    その言葉を聞いて、服を漁っていた動きが止まった。


「……そうか、成る程。合点がいったよ。そういう事か……」


    アークは自嘲気味に少しだけ笑いながら自分の胸を見た。


    そして気分を変えるために首を横に振って、また服をあさりだした。


「カルラの婆さんの所に行ってくるよ。まだ、報酬を貰ってなかったからね」


    服を着替え終えるとアークはすぐに出て行った。












    カルラの屋敷に着くやいなや、アークはカルラに地下に案内された。


    金は既にギルドの経営する銀行に振り込まれているらしいので、もう一つの報酬を受け取る事になった。


    さらにギルドメンバーとしては最高位であるSランクへの昇進も告げられた。


    アークはとある部屋に案内された。その部屋には普通の木製の扉ではなく、頑丈で重厚な鉄の扉であった。


    しかもその扉には魔法仕掛けの罠が幾つもあり、並の人間ならば開ける前に罠に引っかかるだろう。


「入るぞ、ついてこい」


    罠を解除してカルラはアークを部屋の中に入るように手招きした。


    部屋の中には一つの台座とその上に一つの赤い、紅い、朱い宝玉がおかれていた。眼球ほどの大きさのソレは、見ているだけで身体を焼き焦がされそうになってしまう。


「随分と頑丈に守っているんだな」


    部屋を見渡して最初の印象はそれだった。天井や壁、床に何重にも描かれている魔法陣、それら一つ一つが高度な防御になっている。


「なに、それだけ貴重なものという事だ。魔法陣は解いた。持っていくといい。じゃが気をつけろよ」


    アークはカルラの言葉に従って、台座に近づいて宝玉を手に持った。


「……何が言いたい」


    カルラの言葉に引っ掛かりを感じた。


    だがそう感じたのもつかの間。


    宝玉が肉体に吸収された。


    その次の瞬間だ。


    熱、圧倒的なまでの熱がアークの肉体を内側から燃やし始めた。


「かっ……はあ!」


    熱が喉を焦がし、呼吸ができない。


    思考が上手く働かない。どう対処すれば良いのか検討がつかない。


    血液が蒸発。


    肉が燃える。


    骨が溶ける。


    内蔵が焼ける。


    焦りが生まれる。肉体がなくなるのも時間の問題かもしれない。


「婆、テメエ!」


    熱に身体を崩壊されながらも、アークはカルラに向けて殺意を向ける。


「落ち着け、ソレは力だ。敵ではない。力は力で押さえつけるのじゃ」


    カルラは殺意に何も反応しない。ただ助言するのみ。


「何を……言って」


    カルラの言っていることがよくわからない。酸素が脳に回らない。


    力で力を押さえつける。それだけは聞こえた。


    只我武者羅に魔力を精製して、肉体に駆け巡らせる。多く、より多く、濁流のように肉体に魔力が流れていき、身体が活性化されていくのを感じる。


    魔力の流れる寮に反比例して、熱が収まっていくのを感じた。


    呼吸ができるようになる。そのことに安堵を覚えた。


「成る程、そういうことか。アドバイスをありがとう」


    意味がわかったのか、アークは不敵に笑った。


    魔力を熱ごと内側に圧縮させ、それを外に爆発させるように解き放った。 


    熱が部屋を蹂躙し、いたるところに炎がつく。炎で満たされているにも関わらず、室内の温度に殆ど変化がなかった。


    焼ける様な感覚が消えていく。


    アークは自分の右手を開いたり閉じたりしながら、ニヒルに笑った。


「コレか、あんたが自身満々で渡した意味がわかったぜ。死にかけたがな」


    嫌味を含んだ言い方だが感謝はしているようだ。


「流石と言えるな。ソレを手にしようとして今まで何人も焼死体になったんじゃよ」


    笑いながら話すカルラに絶句しそうになった。


「とんでもないモノを渡すな」


「お前なら大丈夫と確信したからな」


    悪びれもせずにカルラは話す。それを見てアークはため息を吐いた。


「使い方がわかってきた」


    アークは演奏を終えた指揮者の様に手を動かすと、部屋を満たしていた炎が消えた。


    燃えていた筈の壁には焦げ目一つついていない。


    それを見たアークは納得した様に数度頷いた。


「燃えない炎。否、選べる炎と言ったところか?」


    一つの結論を見出した。それが正しいのかどうかカルラに目配せをする。


「その通り、ソレは世にも奇妙な炎を出す宝玉、まあそれだけじゃないんだけどね。宝玉は既にお前の身体の一部になってるよ」


「だろうな、ソレを感じるよ。それになんだか肉体が活性化されていくというか、閉じていたものが開いたような気がする。良いモノを貰った。ありがとう」


    お礼を言うアーク、それだけこの宝玉の価値を理解しているということだろう。


「そうか、ならばそれと同じ様なものがあと三つあると言ったらどうする?」


「何処だ?」


「龍頭の島、遥かなる樹海、あと一個は魔族領だから何処にあるかわからん。さあ、どうする?」


「旅の通過点の一つにするよ」


「そうか、それはよかった」


     その後は何の語ることもなく、アークは屋敷から出て行った。









「ふう…………」


    アークへの応対を済ませた後、カルラは自室に戻り執務用の椅子に腰掛けて一息ついた。


    カーテンを開けているにも関わらず、部屋は何処か薄暗さを感じさせた。それは束ねられた厚手のカーテンのせいか、はたまた壁際に所狭しと並べられた本棚のせいか。


    カルラは目の前の机に置かれてある手紙に目がいった。


    旧友であるマーリンからの手紙、その内容は特にこれといった取り止めもないことが書かれてあった。


「まったく、なあにが『孫を頼む』じゃ。彼奴は儂の手にも余りそうだと言うのに」


    背もたれにもたれかかりながら愚痴る。その顔には年相応に見えた。


「年をとったねえ」


    突如、カルラの他に誰もいない筈の部屋の中から声がした。くぐもった声のせいか、男か女か、若いか年寄りかわからない。


    その声に反応し、カルラはあからさまに眉を顰めた。不機嫌そうに腕を組む。


「随分と久しぶりじゃないか。貴様の最近の動向は聞いているぞ。何処かの小国を滅ぼしたそうじゃないか、最禍の魔女」


    最禍の魔女、この世界でその名前を知らない者はいないとまで言われている。気まぐれな性格から、その存在を地震や竜巻などと同じ自然災害に例えられることもある。


「お前までそう呼ぶのか、古い付き合いだっての悲しいねえ。それに国を滅ぼしたのも弱いくせに、この最禍の魔女様を手にしようとして軍を送りつけてきたから返り討ちにして、ついでに国を滅ぼしただけさ」


    事も無げに話す最禍の魔女、その行為でどれくらいの人間が死んだのかは計り知れない。


「貴様は相変わらず、頭が痛くなる」


「はっはっはっは!そう言うな。それより面白そうな奴がいるだろ、お前の所に。マーリンの孫、先代勇者と魔王の息子が」


    その言葉を聞いて、カルラは虚空を睨みつけた。 


「何故貴様がそれを?」


「わかるさ、感じるんだよ、あいつらに似たオーラ見たいなものが。楽しみだねえ、どこまで楽しませてくれるのか。先代は強かったからねえ、最後の方は負けると思いそうになったぐらいだ」


    虚空から生まれてくるその声は楽しそうに感じれるものであった。


「戦う気か?」


「勿論、全力で向かってきて欲しいねえ。願わくば魔帝や先代たち並みに楽しませて貰えたらいいんだけどねえ。まあ今日は挨拶だけのつもりだったから、帰るさ」


    次の瞬間には魔女の気配は消え、室内は先ほどよりも明るく感じた。

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