第23話


     魔族へと姿を変えたアークそしてベルファ、互いに睨み合ったまま距離を詰め始める。


    歩いて、ゆっくりと。


    既に戦闘ははじまっている。互いの放つ魔力と魔力が宙でぶつかり、嫌な空気を作り出す。だが二人はこの空気さえも愉しむ。


    両者共に右腕を前に出す。


    突然、アークの体から炎がでた。ベルファの放った魔法のせい。


    その歩みは、体が燃えても、止まらない。目を逸らす事なく睨み続ける。


    またベルファの体もアークの魔法によって燃え始めた。


    こちらも歩みは止まらない。


    並の生命体であるならば、この段階で肉体は燃え尽きる。


    だがこの二人は並の生命体には当てはまらない。


    自らを燃やそうとする炎などものともしない。それどころか自らの魔力を体外に放出して、炎を吹き飛ばした。


    炎が吹き飛んだ後には無傷の二人、攻撃にすらなりはしない。


    二人が近づく程、空間に重みが増していく。


    そして二人の距離はほぼなくなり、互いに歩みを止める。


「半人半魔、しかも王角オウカク持ちとはな。何故隠してた?」


「そんなつまらない事を話させるためにこの姿にはならない。どうでもいいだろ。これから戦ううえではな」


「そうか、そうに違いない。だが考えればわかるかもな」


     両者の腕を魔甲殻が覆い始める。拳の動きを確認して、強く握りしめる。


    両者、動かずに沈黙が空間を占領していく。睨み合う、どちらが動くか。


    火山が噴火した。粘性の低い溶岩が宙に舞い上がり、周囲の熱気がより激化する。


    それが開戦の合図だった。


「ウッラアアアア!!」


「リャアアアアアアア!!」


    避けもせず、守りもしない。怒涛の殴りあい。


    皮膚と魔甲殻がぶつかり乾いた音が、魔甲殻と魔甲殻がぶつかり衝撃音が辺りを侵略していく。


    血走った眼光で、両者相手を睨み続ける。頭を殴られようとその眼光は決して逸れることはない。


    闘志の赴くままに殴りあう、理性はない。気の済むまでただひたすらに闘う。


     二人の体力は並のものではない。普通の人間なら数発喰らえば骨が折れ、頭にモロに喰らえば頭が回るか飛ぶだろう。


    しかし、そんなモノを食らっても鍛え抜かれた肉体は砕けない。


    既に数十を超える殴りあいが続いている。


    永遠に続くかとも思えた殴りあいはあっけなく終わりをむかえる。


    アークの下から打ち上げるようなアッパーがベルファの顎を捉えた。そして腰を軸に回転をかけて、真上に殴り飛ばした。


    だがそれと同時にアークも上に蹴り飛ばされた。


    殴られて上に飛ぶ勢いを利用したサマーソルトキック。


    宙を舞う両者、戦闘は続いている。落下しながらの拳と蹴りの応酬、見る者の感性が感性ならば踊りと例えるかもしれない。


    アークが横腹に叩き込まれたベルファの脚を掴むと、回転を加えながら地面に投げ飛ばした。


    だがそれはベルファには通じない。投げ飛ばされはしたが体制を整え、五点着地で衝撃を流す。


   そしてすぐに横に跳ぶ、一瞬前までベルファがいたところにアークの踵落としが叩き込まれた。


    土が空高く舞い上がり、地面にはクレーターが出来上がる。


「ヤバイな、久しぶりだ。ここまで楽しくなれるのは。本当に理性飛んじまうぜ。やっとだ、ここまで死を感じることができることが嬉しい。仲間内での闘いならここまで感じれない、ようやく心が踊り始めたんだ。待った、オレは待った!もう少しだ、もう少しで見えてくるから!」


「気が悪い。満足しろ!」


「だがもっとだ。キサマが隠しているモノを出せ、そうすれば見えてくるからァ!オレの到達するべき絶頂がァ!」


    絶頂へと向けて咆哮する。言葉を聞く耳は失った。理性の篭った瞳は消えかかり、野性が灯り始める。己の目的のためにベルファは血が沸き心震える闘いを渇望する。


    ベルファの咆哮に呼応するように地面から溶岩で作られた蛇が四匹飛び出してくる。


「さァ、もっとォ!」


    ベルファの言葉を合図に蛇がアークに襲い掛かる。莫大な熱気を放ちながら地を履い、地を溶かし進んでいく。


闇植アンショクよ生え、その蔓を我に貸したまえ」


    アークの前に突き出した左腕が黒色の靄のようなモノに包まれ、そこから数本の黒い植物の蔓が伸びる。


    蔓はそれぞれ溶岩の蛇に絡みついて締め上げる。蛇は必死に逃げようとするが、蔓が一気に蛇を締め上げて捻じり切った。ドロドロと流れる溶岩、蔓はアークの元に戻って行く。


「んじゃあ、これ!」


    ベルファが両手を天高く掲げる。手から魔力が放出され、巨大なドス黒い闇の球体が出来上がる。


    アークはそれを何もせずに見ている。逃げようとするわけでもなく、攻撃をしかけるわけでもなく。


「何もしない?死ぬぞォ!」


    無遠慮に放たれる闇の球体、それは周囲の空気を震わせながらアークに迫っていく。


    だがアークは避けない。


    瞬き一つせず、身動き一つ取らない。


    呑み込まれた、無気力に無抵抗で。闇がアークの体を喰らっていく。


「な、なんだよ。なんで、そんなつまらないマネをするかァ!!」


    あまりにも呆気ない出来事、ベルファは頭を両手で抱えながら絶望感により吠える。


「そんなんじゃねえだろ!早く来いやァ!」


    次の瞬間、アークを呑み込んだ闇がより深い闇に内側から呑み込まれた。母胎を食い破って新たな生物が出てくる生命の誕生のような光景、その闇はあまりにも美しかった。


    闇が消滅するとそこには無傷のアークが立っていた。


    左手には何時の間にか鍔のない剣を持っていた。柄も刃も黒、圧倒的なまでの黒。神秘性を感じてしまう程の黒。無機質でも有機質でもない、俗世では創れないような剣。


    アーク自身、その剣の名を知らない。


「オマエ、それは……」


    その剣にベルファはアークでなく剣が放つ存在感に目を奪われた。


「それだ……それだ、それだァ!オマエは至っていたのか!先をみていたんだなァ!」


    ベルファは先ほどよりも好戦的な笑みを浮かべた。遠足の前日の子供のような、楽しみを期待する表情。


「来い、この剣は扱いが慣れていないんだよ。だから、早く終わらせたいんだ」


    それに対してアークの表情 は氷のように冷たい。戦闘を楽しもうとは思ってはいない。


「ならば甘える!焼き尽くしてやるよ!」


    ベルファの前に自分の身の丈の倍以上はある巨大な赤い魔法陣が出現する。そこに描かれている文字も模様も今までアークが使っていたモノよりも多く、複雑である。


「数多の頭を持ちし獄炎の龍、一身、十頭、百火、千焦、万殺、我が僕となりてこの世に災禍を撒き散らせ、セキ・アタカ・ブレイジア」


    ベルファが唱えたのは最上級魔法。莫大な量の魔力を消費して、絶大な効力の魔法を放つ。並の人間や魔族では一人では使えるような簡単な代物でなく、発動させるのに実力を必要とする。それ故に上級魔法とは一線を画す。


    魔法陣から巨大な火炎の球体が飛び出した。球体は膨張してより巨大化して、辺り一面の空気を焦がしていく。


    膨張した球体から十匹の火炎の龍が生えてきた。龍の体躯はそれぞれが先ほどの蛇とは比べ物にならないくらい、視界が埋まってしまうほど巨大だ。


    一度飲まれてしまえば、肉を溶かされ、骨は砕け、その心まで焼き尽くされ、灰になることだろう。


「先ほどのお返しに、今度は此方が踊ろう」


    地面を抉って駆け出した。


    迫りくる十匹の巨大な熱の塊。


     一匹、大顎を開けてアークを飲み込もうとする。


    アークは最小の回避運動でそれを避ける。それと同時に目にも留まらぬ早業で幾度も切りつける。


    龍の頭の動きが止まり、黒い線が幾つも走る。そして次の瞬間、龍の頭が爆ぜた。


    炎が周囲に飛び散るがアークには当たらず、全てかわされた。


「一つ」

 

    九つの頭がアークに狙いを定める。それぞれが口を開け、火球を形成する。それぞれが上級魔法並の威力。


「界を蝕め」


    アークは剣を幾度も振るい、空を切り裂く。すると斬られた場所から漆黒の膜が出現する。膜は


    膜は幾つも発生してアークの周囲に張り巡らされた。膜は夜空の様に美しく、深淵の如く奥を計れない。


    それと同時に火龍より火球が放たれた。火球はアークに迫るが、膜に阻まれる。


    全ての火球は深淵と落ちる様に膜に吸い込まれて消失してしまった。最初から何もなかったかの様に火の粉一つ残りはしなかった。


    それを見てベルファは笑った。


「闇の淵より生えろ禍を司る巨悪の手、その手で敵を滅せよ」


    アークは剣を逆手に持ち替えて、地面に剣を突き刺した。


    地面が震える。


    地中より飛び出したのは四本の先ほどの土の腕よりも大きな黒い腕。関節は無く、生え際から手首までが一本の縄のようになっている。


    腕がそれぞれ動き出した。一つ一つが独立した意識を持つ様に龍の頭に迫る。


    一瞬だった。高速で迫った腕は龍が逃げる速度よりも速く、容易く龍の頭をつかんだ。


    だが龍も只掴まれるわけではない。頭を掴まれた龍を援護する様に残された龍が腕に絡みついて締め上げる。


    だがその程度のことでは腕は止まらない。締め上げられようとお構いなしに龍の頭を握りつぶした。


「五つ」


    そして腕が龍を握りつぶし終えるとアークは地面から剣を抜いて、残った龍たちに向けて跳躍した。


    剣を抜くと存在していた巨腕は霧散してしまった。


    獲物失った龍はアークに狙いを定めて襲いかかる。獰猛な焔の牙を見せつける様に顎を開く。


    四方より迫る火炎。宙を舞うアークには逃げ場などないが、それでも焦り一つ見せない。


    剣が深く、濁りのない闇を纏う。


「常闇に沈め」


    剣を五度振るう。その姿はあまりにも完成されていた。アークとは違う別の誰かと思えるほど美しかった。


    剣より放たれたのは龍の頭を呑み込んでしまうほどの巨大な闇の球体、速度は遅いがそれぞれが龍の進行ルートに待ち構える。


    龍はその球体を呑み込もうとする。だが呑み込まれたのは球体ではなく呑み込もうとした龍。


     破壊というよりか消滅するように闇の中で分解されていく。


「九つ」


    地面に着地、その直後に最後に残された龍の頭に向けて駆け出し、龍の口に飛び込んだ。


    業火がアークの体を包み込む。だがその程度アークの進撃は止まらない、止められない。


    龍の体が中から斬撃によって蹂躙されていく。頭から根元の球体に向けて斬られていく。


    そしてついにアークは球体まで辿りつき、それを一振りで両断した。


「十つ」

  

    焔を周囲に撒き散らせながらアークが姿を表した。手に持つ剣は先ほどよりも闇を纏っていた。僅かながらに揺れる肩が身に蓄積する疲労感を表している。


「スゲぇや、あれを簡単に。オレもあと少しなんだよ。オマエのソレにオレの魂が叫んでるんだよ。オマエなら先を見せてくれるってなッ!!」


「…………どうした、お終いか」


    剣先を向けて挑発する。


「ああ、そうだ。今度はキサマの番だッ!全力の一撃を叩き込んで来い!それがオレの力になるッ!あと少しで届くんだよッ!だからオレの踏み台になれよォッ!」


    ベルファは両手を広げて、アークの一撃を受け止める準備をする。


「戦闘狂が。なら……受けてみろよ」


    剣を構える。剣を纏う闇がより深くなっていく。それは刀身が見えなくなってしまうほどに。


「尊く儚い偉大なる魔の王の一撃、贋作ではあるが刮目して震えろッ!」


    剣を勢いよく振るう。


    闇が発生した。巨大な闇の球体が。先ほどまで放っていた モノとは質も大きさも違う。


    ソレは存在するだけで世界を蝕んでいく。空気を吸い、土を吸っていき、全てを破壊していく。


    ゆっくりと迫りくるソレをベルファは瞬き一つせず、キラキラした好奇心に溢れ、そして好戦的な瞳で見据える。


「……見えた。この先だ。先にあるんだよ。コレを凌げば、オレは、オレは絶頂に至れる。そう魂が叫んでるからッ!」


    自らが自らに課した試練を乗り越えるために、ベルファは悦んで攻撃を受け入れる。


    闇がベルファを蝕んでいく。ゆっくりとゆっくりと崩壊に突き進ませていく。


「ああ、震えるぞ、震えるぞ、オレの魂が。至れる、至れる、絶頂にィッ!」


    闇の中でも己の内面を叫び続ける。肉体が崩壊しようと構いやしない。


    だが叫んでいられるのも数秒のうちまでだった。闇が肉体を消滅させるために、その深淵に引きずりこんだのである。


    ベルファの叫びが収まり、辺りは静まりかえる。


    アークも疲労感が溜まったのか、剣を地面に突き刺してそれを支えにする。


「……時間切れか」


     糸がきれた操り人形のように、アークの頭が無気力に垂れ下がった。


    その時である。


「キタ!キタ!キタ!キタ!キタ!キタ!キタ!キタ!」


    闇の底よりベルファの声が湧き上がる。その声は先ほどまでの理性の吹き飛んだ、本能塗れの声とは違う。待ちわびたモノがようやくきたような興奮しきった声。


    その声に反応して、アークがゆっくりと顔をあげて、ベルファの声がする方を睨みつける。  


    闇が断ち切られた。幾度となく切れ味を確かめるように様々な切り方が試されていく。


    闇が弾け飛んだ。


    中から出たのはベルファ。


    手には先ほどまで持っていなかった筈の鎌を持っていた。


    その鎌は禍々しかった。そしてアークの持つ剣とは違い、生命的であった。刃には血管のような赤々しいラインが走る。柄は亡骸で作り上げられているようだった。異質、あまりにも異質であった。


「…………至った」


    興奮が治まったのか、非常に知的な声色で話し始める。右手で鎌を持って、右肩を支えにする。左手でゆっくりと頭を掻く。


「アーク、オマエには感謝してもしきれないな。オマエのお陰で、オレは絶頂にいたれたのだからな」


「…………」


    謝辞を述べるベルファを、アークは何もいうことなく沈んだ瞳で見据えている。

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