第21話



     叶斗との語らいの翌日、アークはギルドマスターのカルラ・リルラに呼び出された。屋敷に到達すると門番に通され、執事にカルラの部屋まで通された。


「お前さんに魔族退治にいってきてもらいたい」


   部屋に入り、挨拶するやいなや椅子に座っているカルラから依頼が出された。


「魔族退治?」


「そうじゃ、北にある火山があるじゃろ。そこに随分前から魔族がおってな。そいつを追い払って貰おうと思ってな。そいつのせいで火山に住む一部の生き物がこの辺りまで逃げてきておるし」


     アークはこの街にくる前にあった農夫と魔導師フラルドがそんなことを話していたと思い出していた。


    カルラの話を聞いて、アークは疑問がわいた。


「だが何故今頃になってそんな事をいいだしたんだ?本来ならその魔族が来た直後に退治しにいくはずだろ?」


「お主の言うことは正しい。無論、儂も魔族が来た直後に数人を調査に行かせた。だが帰って来たのは一人だけで、他は全員殺されてしまった。少なくともそいつらが弱かったわけじゃない。全員がAランクはあった」


    その話をアークは無言で頷きながら興味なさそうに聞いている。


「それでな帰ってきた奴に魔族が手紙を持たせてな」


     カルラは机の上にあった紙を一枚とって、アークに見せる。


「『此方からしかけることはない。強い奴をよこせ』、こんな事が書いてあった。じゃから、こっちは放って置いたんだよ、強い奴がいなかったからな。それなのに昨日、手柄を欲した職員の一人が勝手に人を派遣してな」


    アークは昨日フラルドと一緒にいた集団を思い出していた。全員が長年戦い続けてきた猛者といえる者たち。


「そいつらも結局全滅して、職員は既にクビにした。まあ、他にも馬鹿な命知らずが何人も行ったようじゃがな」


    事務的に話していくカルラ、アークはフラルドたちが全滅したという話を聞いても眉一つ動かさなかった。それだけどうでも良い存在だったということだろう。 


「それで?その魔族は何もしないのなら、ほうっておいても良いんだろう?」


「そうなんじゃが、そうはいかんくなった。世界神教をしっておるじゃろ?」


「ああ、一応。信仰はしてないがな」


    世界最大規模の宗教、世界神教。遥か昔よりこの世界に存在していて、人間の半数以上が信仰しているといわれている。


「そこの執行機関が魔族退治に人員を派遣すると言ってきやがった。ギルドとしては神教の奴らに借りは作りたくないんじゃよ」


    カルラは背もたれに寄りかかりながら、偉そうに話す。


    ギルドは国や宗教などから独立した団体であり、それらの集団からの干渉を良しとしていない。それゆえに借りを作ることは大きな損害になる可能性が高い。


     世界神教執行機関、神教に入信しておきながらその教えに反する異端者や犯罪者を独自に裁く集団。


「仮面あり?なし?」


「なし、それもふたりだ」


「それは、一大事な」


    執行機関には二つの部隊がある。一つは仮面ありと呼ばれている。それは数千人またはそれ以上の集団で形成されており、全員が任務中は仮面をかぶっているため仮面ありと呼ばれている。実力はギルドでいうところのAランク以下。もう一つは仮面なしと呼ばれている。此方は仮面ありから選抜された実力者で形成されている。それ故に数も少なく、十人いるかいないからしい。此方は実力でいうとSランク。


「報酬は弾む、やれ」


    鋭い眼光をもってカルラはアークに命令する。


「金に困ってはいない。そんな面倒なこと、やれるか」


    飄々とした態度でその眼光を無視していく。カルラは溜息を吐いて、改めて話を進める。


「話は聞け、だれも金だけとは言っておらぬ。儂が保管している遺物をやろう」


    その言葉にアークの目の色が変わる。無関心だった瞳には探究心の炎が宿る。遺物、その言葉がアークの琴線を大いに刺激し、獲物を狙う鷹の様な眼でカルラを見据える。


「遺物か……了解した。その言葉、忘れたとは言わさんぞ。準備が終わり次第、火山に向かう」


    アークはカルラに背を向けると部屋から出ていった。















    アークはカルラの屋敷を出た後、そのまま自分が泊まっている宿に戻った。


    部屋には尻尾もミミも出した状態のシキノがベッドの上で寝転んでいた。


「おかえり」


    シキノはアークが戻ってきたのを確認すると起き上がってから、笑顔で挨拶をした。フリフリと九本の尾が揺れ、ピコピコと獣耳を動かす。服装はへそが見えてしまいそうな少し短めのシャツとデニムのショートパンツ。


    ベッドから離れて今度はソファーに座る。


「カルラのおばばは何がようだったのじゃ?」


「魔族退治してこいとさ。今からいってくるから、ジーナに訓練をつけてやってくれ。明日までには戻る」


「お前さんを直接指名ということは厄介極まりないことじゃな」


「だがその分報酬は弾ませる。遺物をもらう約束もしてる。これで安物だったらどうしようか」


    アークはクローゼットに収納してあった魔法の袋と自分の戦闘着の灰色のロングコートを取り出す。


    このコートはアークが自作した魔法具であり内側には魔法糸を用いて耐寒、耐暑などの効果がある魔法陣を縫い込んである。そのおかげで防御性能は並の鎧をしのいでいる。


    腰に魔法の袋を取り付け、ロングコートに袖を通す。木製の釦を止めて襟を正す。


「よし、行ってくる」


    愛しい人にむける優しい笑みをしながらシキノに挨拶をする。


「ちと待て」


    シキノはソファーから立ち上がって、アークに近づく。アークの首に両腕を絡め、硬い胸板に自らの柔らかく豊満な胸を押し付け、足りぬ身長を補うように少しだけ背伸びをして、接吻をした。一秒ほどの優しいモノだった。ゆっくりとアークから離れる。


「行ってらっしゃい」


    アークと同じように愛しい人にむける優しい笑みで見送った。





















    アークは宿を出た後、寄り道をすることなく街の外に出るための門に行った。門の外に出て空を見上げると雲一つない快晴の青空、もし山にピクニックにでもいくのであれば最高だろう。自然の中で食べる弁当、良い。握り飯もサンドウィッチも良いだろう。


    長距離を短時間で移動するための魔法、跳歩を唱える。アークの両脚に龍巻がまとわりつく。リリスと共に山賊退治した際に使用したのよりも龍巻の回転数が多い。山賊のアジトよりも目的地の火山が遠いため、回転数をあげてより速く移動できるようにした。


「すうぅー……はあッ!」


    アークは大きな深呼吸を一回、そして吸った空気を一気に吐き出すと同時に地面を力強く蹴って、突風を撒き散らしながら跳躍する。


     馬よりも速く、地をかけ、木を飛び越えて進んで行く。景色は瞬く間に変化して行く。この速度のまま休むことなく進んでいけば三十分もしないうちにつくことができるだろう。






    シャンテ火山、シャンテから数キロメートルの位置にある半活火山である。標高はさほど高くなく、粘性の低い溶岩が特徴である。棲息する生き物も強力なモノが多く、ギルドによってBランク以下の立ち入りを禁止されている。


    アークは跳歩で山を駆け上がっていく。足場が悪く、先ほどよりもスピードは落としているがそれでも普通の人が登るよりも速い。


    そして駆け上がること数分、頂上付近に到着した。


     そこにあったのは墓標のように地面に突き刺さった武器の数々、剣、槍、杖、斧などその種類は様々である。そしてその近くには剥ぎ取られたであろう鎧や盾といった防具が積み上げられてできた山。


    そしてその山の目の前に目標は仁王立ちしていた。


「何だぁ?今度は一人か、随分と自信があるんだな。それとも火山にハイキングしに来たのか?」


    そいつはアークを見るや好戦的な笑みを浮かべた。新しいオモチャを買ってもらった子供の笑顔の様な、これからのことに期待を馳せている顔だ。

 

    人とよく似た体型、人の持つうすだいだいなどといった色の肌とは違う青黒に近い色の肌。白目である部分は黒色であり、瞳は燃え盛る様な真紅。背丈はアークとさほど変わらない。漆黒の髪が生え、側頭部からは人にはない山羊の様な捻じれた角が片側一本ずつ生えている。レザー生地のジャケットを羽織り、ズボンは裾の部分が少し膨らんでいる。


    それの種族は魔族。遥か昔より人間と戦争を続けてきた種族。魔王を頂点とした巨大な集団。魔族といっても種属は様々であり、人に似たモノから獣に似たモノまでいる。


「ハイキングなら弁当と敷物が足りないぜ、それにこんな場所でハイキングする馬鹿はいないだろう」


「ハハハハッ!確かに違えねえな。すまないなあ、退屈な奴らしかこなかったから冗談の一つでも言いたくなるんだよ」


    豪快に笑いながらもそれはアークのことを観察している。挙動の一つ一つから実力を図ろうとしている。


「なるほど、オマエは強いな。オレの名前はベルファ・オルゴース魔王軍七戦魔シチセンマが一人。さあ、名乗ろうか!」


    ベルファ・オルゴースと魔族は名乗った。自信に満ち、勝ち気な表情からアークはある程度の実力者であることを悟った。


「Aランクギルドメンバー、アーク。不躾ではあるが姓は語らん、許せ」


「イイぜぇ、アーク。そんなちっぽけなことをオレは気にしねえ、存分に楽しませてくれよッ!退屈だったんだよ、強いやつと戦いたくて任務そっちのけでここまで来たのにくる奴らは皆弱いんだ!運が良ければ勇者がくると思ったが、不幸なことにきやしねえ。先代は強いと聞いたが、今代はどうか。なあ、しってるか!?」


「知ってるさ、弱いぜ。今はな」


    アークの言葉に、ベルファは肩を落として溜息を吐いた。


「そうかあ、なら戦うのはまた今度だな。弱いのとは戦いたくないからなあ…………でもオマエは強いんだろ?闘おうか!」


    ベルファの両手に皮膚から何かが溢れ出してまとわりついて形を作り上げていく。それは魔甲殻と呼ばれるモノであり、魔族が戦闘時に皮膚から元となる成分の液体を出して己の好きなように形をつくる。その硬度は個体差もあるが、平均的な硬さは鉄以上である。


    ベルファが作り上げたモノは手と前腕を覆うような漆黒の篭手。


「ベルファ・オルゴース、行くぜェッ!」


    地が震えるような大声を叫び、ベルファはアークに向けて突撃する。


    これよりアークにとって旅を始めてからの最初の激闘が始まる。

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