第20話
「僕は強くなれるかな」
そんな質問を叶斗がしてきたのは飲みが始まった直後のことだった。互いに顔を見ることなく、空に美しくある月を眺めながら酒を飲んでいる。
「知るか。そんなのはお前次第だ」
叶斗を見ることなく冷たく答えるアーク。
「だが、先代は始まりはお前たちより弱かったと聞いている。ならば急ぐ意味はない。自分が信じる道を行け」
「今夜は少し優しいねえ、酔っているのかな。先代か……強かった人だと聞いてるけど、彼はどんなモノのためにたたかっていたのかな」
アークは叶斗からの言葉に少しだけ自分の父である先代勇者を思いふける。
逞しく、明るい人柄で自分や妻である先代魔王を深く愛していた。しかし弱さもあり、時々悲しげな表情をしていた。そしてアークにここまでくるのに何もかもを投げ捨ててきたとも涙をみせながら言ってた。
「初めはどうか知らなかったが、最期には愛する者のために戦ったよ。そして命を落とした」
叶斗はアークからの言葉を疑問に思い、訝しげな表情をした。アークの言葉には明らかに気になる処があった。
「先代の最期?先代は魔王と相打ちになって死んだと聞いているけど」
勇者の最期は誰も知らない。それなのにアークはまるで知っているかのように話すことに叶斗は疑問を感じた。
「じーさんから聞いたんだよ。あの戦いの後に勇者は死んだよ。その最期を看取ったのがじーさんだ。それを見たからお前に魔法を教えたくはなかったんだよ……少し話しすぎたかな」
「そうか、そういうことだったんだね」
アークは残っていたワインを一気に飲み干し、またワインを注ごうとするがその手を止めた。そして叶斗のグラスが空である事を確認すると叶斗のグラスにワインを注いでから、自分のグラスにも注いだ。
「そういえば君は世界を旅するって言っていたけど、どうやって?」
叶斗は素朴な疑問を投げかけてきた。
「基本は乗り物に乗らずに歩いて旅をするつもりだ。流石に海を渡るには船が必要だけどな。父の夢だったんだよ、歩いて世界を旅する事が」
アークが旅をするきっかけになったのは叶斗の来訪が一つの理由でもあるが、大部分は父である先代勇者の夢のためである。
「……世界が戦争になっても続けるつもりかい?」
叶斗の問いに答えるため、アークは叶斗に顔を向けた。
叶斗の目から見て、アークが俗世と乖離しているようだった。誰かの影響を受けることなく、自分という強いモノを持っている気がする。それ故に例え人の危機であっても、それを無視するような気がした。
「当然だ。人がどうなろうと俺の知ったところではない。たとえ数千の見知らぬ人が殺されそうになって、俺が助ける事ができたとしても、俺は無視して自分の旅を続けるね。人類のことなんて俺には関係ない」
アークの言葉に叶斗は絶句し、思わず手に持っていたグラスを落としてしまった。叶斗はアークが話している事がわけがわからなかった。普通の人間ならそんな事をする筈がない。普通なら助けるはずである。しかし、アークはそんな普通な事をせずに見捨てるとまるでそれが当然であるかのようにいった。その事がわけがわからなかった。
「意味がわからない。なんで見捨てるんだ。助けるべきだろ。なら君の大切な人、例えば今日一緒にいた子が君の言った状況にいたらどうする?」
戸惑いながら叶斗は真剣な目をしてアークの目を見ながら探るように尋ねた。それに応えるようにアークも目を細め、真剣な表情をした。
「お前は何を言っている。そんなの助けるに決まっているだろ」
「ッ!……ならなんで見知らぬ人は切り捨てる。同じ人じゃないの?」
「違う。あいつらは俺のセカイにいる。だから助ける。例えそれで見知らぬ人がいくら死のうと関係ない。それ以外がどうなろうと俺は知らん。数万の人間と大切な一人、どちらかしか救えないのであれば俺は迷わず大切な一人を選ぶ」
人道的に非難されることでもアークにはそれが当然。狭い環境で育ったが故の歪み。
「君に……君は正義感を持ってないのか?」
叶斗が震え声で尋ねた。だがアークはそれを鼻で笑った。
「そんな立場で変わるモノなんて持ってない。正義、善、悪、そんな曖昧すぎる絶対性のないモノを持つなんて笑えてくる。俺が持つのは自分を信じる心だ。例えそれがお前たちの言う悪であっても、俺は構わない。それをお前に理解してもらうつもりなんて無いから安心しろ」
アークは確固たる意思の元で叶斗からの問を斬った。自分が正しいと思えること、それに善も悪も関係ない。自分のセカイ守る。その二つがアークが生まれてから築き上げてきた揺るぎない価値観。
その揺るぎない意思が込められた瞳に睨まれ、叶斗は知らず知らずのうちに退いていた。目の前にいるアークが余りにも歪んで見えに、恐怖心を抱いた。
「それでも僕は正義があると信じる」
叶斗は語気を荒くしながら必死でアークの言葉を否定する。そうでもしないと自分がしようとしていることが無駄になると感じたからである。
「そうか、そう思い続けるのならそれを貫けば良い。それがお前という勇者なのだからな。それを俺は否定しない」
アークはグラスに残ったワインを全て飲み干すと、グラスを川に投げ捨てた。そしてそのまま叶斗に背を向けて歩き出した。だが、数歩歩いて足を止めた。
「最後に一つだけ言っておく。君は世界を救うと言ったが、君の救おうとしているモノは世界じゃない」
「何を……言っている?」
「そのままの意味さ。君がこのまま行けば、いつか俺はお前と戦うだろう。それまで幸あれ、神道叶斗」
言いたい事を言って、アークは跳歩を使って夜の街に跳んでいった。
叶斗はその後ろ姿を呆然しながら眺めていた。
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