第17話


「んん」


    ジーナが寝てから三十分後、アークが目を覚ました。枕にしていたシキノの太腿から離れて起き上がった。


「何分寝てた?」


「三十分ぐらいかのお、ジーナのやつも寝とるぞ」


    アークはゆっくりと体を伸ばして寝起きの気だるさを払おうとしている。


「シキノ、寝起きの運動に付き合ってくれねえか?」


「嫌じゃ、面倒くさい」


「そうか、それならどうするか」


    シキノの隣に座り込み遠くを眺めるアーク、シキノはアークの肩に体を寄せる。


    眼前には草原、背後には森林。草原を風が通り過ぎ、草を波打つように揺らしていく。草原を過ぎれば森に風が入る。枝を揺らし、葉と葉がぶつかり合い、互いに音を奏でていく。あまりにも長閑な風景、こうしていると何もしたくないと思えて来てしまう。


「……ん、あれは」


    街の方からこちらに向けて歩いてくる集団を見つけた。かなり遠くにいて、どんな人物なのかを確認するのは容易ではない。けれど2人にとっては容易なもの。


    アークたちに気づいたのか、だんだんと集団が近づいてくる。


「なにかようか、今代の勇者」


    近づいて来たのは今代の勇者たち。ギルドにいたからギルドの一員になって、初めての任務で薬草でも拾いに来たのかとアークは推測する。


「君が何をしてるのかと思ってね」


「魔法の訓練だよ。今寝てるこの子にここ最近、ずっと魔法を教えてたんだよ。で、今はその休憩時間」


    まだ少し眠いのか、気だるげにジーナを指差しながら質問に答えたアーク。


「は!?あんた、その子に魔法を教えてるの!?」


    いきなり叶斗の仲間である笹野花梨が話にわって入ってきた。なぜだか知らないが怒っているようだ。


「どうしかしたのか、そんなに怒って」


「どうしたもこうしたもじゃないのよ!あんたのせいで叶斗はマーリンっていう人から魔法を教われなかったのに、あんたは他の人に魔法をおしえてるの!?」


「そんなの俺の勝手だろ。貴様に許可を取る必要はない。そもそも貴様は誰だヒステリック女」


「なんですって!」


「辞めろ、花梨!」


    珍しく語気を荒立てながら、花梨を静止する叶斗。


「でも……」


    叶斗の様子に少し驚きながら、花梨は弱々しく呟いた。


「でも、じゃない。あの時の事はあの場所にいたマーリン様が決めた事で、結果に関しても僕も納得している。それを第三者の花梨が掘り返しちゃだめだ。」


「……わかったわよ」


    叶斗は花梨に優しく諭すように話す。花梨も不満そうではあるが納得したみたいだ。


「仲間が迷惑をかけてゴメンね、それで本題にもどるよ。君に少しお願いごとをしようと思ってね」


「ほう、なんだ」


    アークは座ったままの状態で見上げながら叶斗に尋ねた。


「ねえ、叶斗。本当にするの?」


    二人の会話を遮るように花梨が不満そうに叶斗に話しかけた。


「いいじゃねえか花梨、叶斗の奴が勧めてるんだからよお」


    そして仲間である一条厳が気だるげに花梨を宥める。


「でも!」


「さっきも叶斗に言われただろ、少しは落ち着け」


    軽く言い争う二人。


    もう一人の仲間である道明寺咲は三人の話よりも景色に興味があるようで山や森を見ている。


「それで?頼みごとは何だ?君が俺に頼みごとをするんだ、つまらないことではないだろ」


    言い争いをする二人を無視してアークは叶斗に話しかける。


「僕たちと戦ってほしい」


「ほう」


    叶斗の言葉にアークは視線を鋭くする。


「僕達はギルドに入ったんだけど、いきなりBランクにはなったんだけど、本当にそれが僕達に見合ったものかどうかわからないんだ。それでーーーー」


「それで自分たちの実力を確かめたいから話したことがあり、尚且つある程度の実力がある俺を選んだ。後は実践的な戦いをしたいから……まあ、理由はこんなところか」


    叶斗はアークの言った事が当たっていたのか驚いた表情をした。けれどすぐさま表情を元に戻した。


「それで、返事はどっちかな?」


    笑顔で尋ねる叶斗。アークは近くに置いてあった灰色のロングコートを手に取るとその場に立ち上がった。


「良いぜ、眠気醒ましには丁度良い。此処だと危ないから少し離れようか」


    コートに袖を通しながら敷物から距離を離していくアーク。 そしてその後ろからゾロゾロとついていく叶斗達今代の勇者御一行。


    敷物から百メートル以上離れたところでアークは足を止めて勇者達の方に振り返った。


「さて、此処いらで始めますか。準備しな」


    ビリビリとした突き刺さる威圧感を放ちながら、アークは叶斗達に促す。


「わかった……皆、いくぞッ!」


    叶斗の号令を皮切りに勇者達は戦闘準備をする。


    叶斗達が身につけていたブレスレット、ネックレスといったアクセサリーが光だして叶斗達を包み込む。


    光が収まると叶斗達は先ほどとは違い武装していた。


    叶斗は蒼い刀身に金色の刃の長剣を持ち、身軽そうな胸当てや膝当てといった防具を身につけている。


    厳は両手に白銀の籠手を装着し、叶斗よりも防具をつけていない。


    花梨は右手に黒い白い銃身の銃を構え、胸当てだけをしている。


    最後に残った咲は一メートル弱の杖を手に持ち、先ほどの三人とは違い、その身を茶色のローブで包み込んでいる。


「魔法具か……中々の職人が作った物だな。仕事が細かい」 


    魔法具、それは字の通り魔法を使って作り上げる物。作るにはそれ相応の職人が必要となる。種類は様々で武器や防具といった物を始め、アークの所持している魔法の袋も含まれている。魔法を使って作る事によってそれぞれに様々な効果をもたらす事ができる。例えば防具に対しては暑さや寒さの対策、気配の隠蔽など。そしてこの魔法具を武器や防具として使う際に欠かせないと言える物がある。それはブレスレットやネックレスといったアクセサリーに姿形を変える事ができるという事だ。これによって持ち運びがより簡単になった。だが職人が必要な事から、市販の武器と比べて販売価格が高すぎる。


「準備はできたか?殺す気でいくから気は抜くなよ。まあ、安心しろ本気は出さないから」


    手を大きく広げて、叶斗達からの攻撃を待つアーク。自分から攻撃する気はなく、先手は実力を確かめるために叶斗たちに譲るつもりらしい。


    無言でアイコンタクトを取る四人、そして次の瞬間に戦闘は始まった。


    叶斗がアークに向かって直進し、厳と花梨の二人が左右に別れて側面からアークを狙う。咲は援護するために数歩ほど後方に下がる。


「リャアアア!!」


    叶斗による上段からの大降りの一撃がアークを襲う。アークは一度軽く後方に跳躍してそれを躱す。だが叶斗の攻撃は終わらない。振り下ろした剣を振り上げ、更にそこから連撃を仕掛けていく。


「ほら、どうした。当たらないぞ」


「くっ!」


    だが、それら全ての剣の軌跡をアークは見切りかわしていく。その表情は必死ではなく、まだ余裕がうかがえる。


「下がって、叶斗!」


    側面からの発砲音、音源は花梨の銃から。放たれたのは鉛の弾丸ではなく、魔力で作られた弾丸。


    花梨の持つ銃は魔法銃と呼ばれる物であり、鉛の代わりに魔力を込めることで弾丸を作り上げ発射させる。


    高速で突き進む弾丸、これをアークは右手で弾いた。


「なっ!舐めないでよね!」


    弾かれた事に驚きはしたが、花梨は続けざまに弾丸を連射する。


    しかし、アークは叶斗からの攻撃を避けながら、器用に自分に当たる分の弾丸だけを弾いてみせる。


「少し……厄介かな」


    アークはそう呟くと、叶斗が剣で突き刺しにくるのに合わせて剣をかいくぐり、叶斗との距離を詰めると服を掴んで花梨の撃ってくる射線上に合わせてぶん投げた。そして次の瞬間には咲のいる方に動き出した。


    叶斗は吹き飛ばされながらも地面に剣を突き刺して速度を殺して着地した。


「叶斗大丈夫?」


「大丈夫だよ、花梨。それより咲を」


    叶斗に駆け寄る花梨だが戦闘はまだ続いている。


    咲へ向けて草原を駆けるアーク。そしてそれを追いかけるように厳も後ろから走ってくる。


「我は呼ぶ、水の蛇ウォーター・スネーク


「水の蛇」


    同じ魔法を互いに放つ両者、魔法陣から放たれ水の蛇は草の上を這いながら互いに攻撃を仕掛ける。


    攻防は一瞬だった。アークの放った水の蛇が咲の放った蛇の頭部を噛み砕いて、ただの水に戻した。


「嘘でしょ?」


    その様子を見た咲は驚愕していた。


「攻撃は続くぜ、さあ行こうか」


    アークの水蛇が咲に襲い掛かる。大口を開けて咲を丸呑みにしようとする。


「下がれ、咲!」


    水蛇を側面からとびこんできた厳が殴り飛ばした。水の蛇は大きく仰け反って倒れこみ、水になって地面に吸収された。


「花梨、下がれ。魔法使いなら格闘は苦手だろ」


    そう言うやいなや、厳はアークに近づき、拳を鋭く突き出していく。


「グルナの王都の魔導師共は格闘は苦手なのか?」


   繰り出されていく拳を見切りながら、アークは厳に尋ねた。


「ああ、そうだよ。王都の魔導師達で格闘する奴はいなかったよ。魔法使いってのは格闘戦が苦手なんだろ」


    厳の言葉を聞いたアークは薄く微笑んだ。


「そうか、王都の魔導師は格闘戦をしないのか……でもな」


     アークが深く突いてきた厳の右拳の一撃を左で右方向にいなす。それが今まで避け続けていたために予想外だったのか、前のめりになってしまう。


    そしてアークは拳をいなされて体制の崩れた厳の腹目掛けて掌底を下から上に持ち上げるように打ちこんだ。重く鋭い一撃は厳の身体を持ち上げた。


「俺は格闘戦もする。俺にも言えることだから言っておくぞ、世の中自分が知っていることが全てではない」


    腰を軸に体を回して、厳を吹き飛ばす。厳の体が宙を舞う。厳は途中で体制を立て直してから地面に膝をつきながら着地する。


    そこにアークからの追撃がくる。五本の指を立てたまま張り手で厳の顔を狙う。厳は避けようとして横に跳ぼうとするがさっきの一撃の影響で体が動かない。


「土の壁よ、守りたまえ!」


    咲が唱えた魔法によりアークと厳の間に土の壁が  隆起してきた。


    だがそれも目くらましにしかならない。アークの五本の爪が壁を打ち砕く。壁を砕いた先に厳はおらず、咲の元にまで下がっていた。


「厳、大丈夫?」


「ああ、なんとか。あいつ無茶苦茶だぜ、殴られた時の衝撃が今までで一番強かった。気を失っちまうとこだったぜ」


「気をつけて、くるわよ」


    厳と咲が武器を構える。アークも再び二人に向けて攻撃を仕掛けようとする。


「閃剣・飛光ヒコウ


    アークの背後から光の斬撃が飛んできた。アークはそれを見ることもなく跳躍してそれを躱す。


「かかった、当たれ!」


    着地点を狙って、花梨が銃を売ってくる。だがアークは魔法陣を足元に作り上げてもう一度跳躍。


「でりゃああああ!!」


    叶斗がかけてくる。空中を舞いながらその様子を見るアーク、右拳を握りしめ、それから人差し指だけを立てる。それから右腕を高速で振るう。


    キラリ空中で何かが光に反射し、それと同時に地面が斬れた。


「ッ!?」


    次の瞬間、叶斗は剣を盾にして何か迫ってきた一撃を受け止めた。だがそれはひるむことのない軽い一撃だった。


「細かった、何!?」


    叶斗には何が当たったのかわかってはいない。


「もう一度」


   地面に着地したアークは今度は中指、薬指そして人差し指の三本を立てて右腕を振るう。


「音は聞こえる、なら!」


    叶斗の持つ剣の黄金の刃から白い光が溢れてくる。そして剣を下段に構える。


「閃剣・柱撃チュウゲキ


    下から上に振り上げられる剣、その軌跡から白い光の柱が現れた。それから迫る何かが柱に直撃した。何かが切れる音がした。


「…………糸?」


    叶斗は切れた何かを見て、そう呟いた。


「ご名答、糸さ。といっても只の糸じゃなくて魔力で練り上げられた糸だがな。魔道具を作るために使うんだよ。それよりお前は少し強くなったね。あの時のままだったら本当に殺してた」


「僕も君に戦いを挑んで良かったよ。自分がどの程度かも知れたし、高みを知ることができた!」


    叶斗が剣を構える。その顔はどこか満足そうだった。


「空拳乱雨!」


    上空より跳んできた厳の突き出され続ける拳から空気の塊、所謂拳圧と呼ばれる物が何十発も撃ち出された。アークはそれら全てを動いてよけていく。


「二人とも避けてね。緑と」


「青の」


    叶斗、厳の後方より花梨と咲の二人が魔法を放つ準備を始める。花梨からは緑色の魔法のひとつである竜巻、咲は青色の魔法のひとつの水の球体。


「「二重奏!!」」


    名を唱えると同時に二人が持っていた魔法を合成させる。水と竜巻、その二つが混じり合ってより巨大な水を巻き込んだ竜巻を作り上げた。


    合成魔法、二つの種類の魔法を組み合わせてより強力な魔法にする方法。熟練の魔法使いでない限り一人で使用することはなく、複数人で使用する。だがそれにも欠点があり、元となる魔法の威力などを合わせる必要がある。


    草を吹き飛ばしながら竜巻は進み、竜巻の中にある水は回転し続け刃となる。


「合成魔法か、なら俺も真似させてもらおうか…………青と緑の合成魔法」


    二人が放った物と同規模の同じ種類の合成魔法を一瞬で放つ。二つの魔法はぶつかり相殺しあった。


「う、嘘……?」


「あんな一瞬で合成魔法?」


    残ったのは異様な不気味さ、叶斗達四人は今戦っているアークに対してソレを感じている。目の前にいる相手との実力の差を感じ、表現できない恐怖を感じている。


「さあ、もう少し見せてくれよ。君たちを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る