第16話
「雷槍ッ!」
ジーナの右腕から紫電の槍が放たれた。風を切る音と共にそれはアークに向けて直進していく。
「雷槍」
それをアークは同じ威力の同じ魔法で打ち消した。雷の残滓が宙に飛び散っていく。
残滓を吹き飛ばし、ジーナの放った火炎の球体がアークへと迫る。
それを先ほどと同じように同じ魔法を同威力で放っていき、打ち消していくアーク。
ジーナは更に両手から立て続けに魔法を放ち続ける。放つものは全ての魔法使い達が最初に覚えていくような基本魔法の数々。赤、青、緑、黄の魔法をローテーション、同じ威力で休みなく撃ち続けていく。
そしてそれらもまたアークに同じ魔法、同じ威力で相殺されていく。ハタから見ればパズルゲームの様に思えてしまうかもしれない。
だがこの行為は遊びではなく、魔法使いにとって必要な練習の一つだ。魔法を使う際に魔力を使用するのだが、それらは使用する魔法の種類によって異なる。
そのためこの練習はその異なる種類の魔力を速く正確に練り上げ、魔法の精度などを向上させたりするための特訓である。
数分後、ペースを落とすことなく魔法を放ち続けてきたジーナだが、アークは放たれてくる魔法に違和感を感じた。
少しだけ魔法の威力が低下してきた。神経を使う行為を数分間行っているので、疲れ始めてきたのだろう。
「……よし、ここまで」
宙に残った魔法を腕の一振りで吹き飛ばし、アークは練習の終わりを告げた。
ジーナはその言葉を聞いてその場に尻餅をついた。両手を後ろに伸ばして身体を支える。大きく息をして、息を整えていく。
「立てるか?」
尻餅をついているジーナにアークは手を延ばした。お礼を言いながらジーナはアークの手を掴むと、アークの身体を支えとしながら立ち上がった。
「一時間ほど休憩にしようか、お菓子を用意してる」
「あ、ありがとうございます」
二人はシキノが座っている場所に向かう。シキノは木陰に敷かれた敷物の上に胡座を組んで、足首を手で抑えながら昼寝している。
三人は現在、シャンテの森入口にいる。そこでアークとジーナは二時間ほど魔法の練習をして、シキノはその間ずっと昼寝をしていた。
「んん、終わったのか?」
二人が近づいてくるとシキノは目を覚まし、目覚ましにゆっくりと頭を掻き始めた。その姿は毛繕いをしている様にも見えた。
「いや、少し疲れている見たいだから休憩を」
敷物の上に二人も置かれている蓋つきのバスケットを中心に三角形を作るように座った。
アークはバスケットの蓋を取った。中に入っていたのは同じ種類の三つのバニラ味のアイスクリーム。長時間バスケットの中に入っていたのに溶けておらず、冷気を保ち続けている。
理由は簡単、アークが事前にバスケット内部に青の魔法の一つ、冷気を司る魔法陣を描いており、何もしていなくてもバスケットの内部を冷やし続けていたのだ。
これはこの世界ではよく使用される保存方法の一つである。
アイスクリームをバスケットから取り出していき、匙をつけて二人に渡していく。そして自分の分も取り出すとアークはバスケットに描かれてあった魔法陣を消した。
「アークさんも今みたいな訓練を積んでいたんですか?」
アイスクリームを食べながら、ジーナはアークに素朴な疑問をした。口の周りにアイスクリームがついているのだが本人は気にしていないようだ。
「そうだね、でも俺は君のしていると少し違って俺は放たれた魔法を受け止めるほうだったよ」
「……えっ、それって」
ジーナの背中に冷や汗が流れる。
「そうだよ、威力も種類も違う魔法を一瞬で理解して同じ威力でうち消し続けてきたんだよ……何度死ぬかと思ったか」
遠い目をしながらアークはポツリと呟いた。
「まあ、次からは君もそうなるけど」
「……冗談ですよね?」
ジーナとしては否定して欲しかったのだがアークの目は一切笑っていなかった。
今でさえ体力をかなり使っているというのに、それ以上のことを考えるとゾッとした。
「君はセンスがあるから自分で練習を続けていけば必要無いと思うけど」
「そ、そうですか……それにしてもアークさんが死ぬような思いをするってお師匠さんは誰だったんですか?」
「マーリンって言えばわかるかな」
ジーナの手から匙が落下した。そして時間にして十秒ほど動きが止まっていた。
「…………マーリンって、あのマーリン様ですか?大魔導師の」
「そうだよ、そのマーリンだ」
「えええええ!!えっ、えっ、えええええええ!!冗談ですよねえ!?」
今までに見たことのない表情で驚くジーナ。瞬きの回数が尋常でなく増え、何度も何度もアークの顔を見ている。
「本当じゃよ、此奴は幼い頃よりマーリン様に教えを受けておる。それどころか生まれた時から一緒に住んでおる」
シキノが言葉を挟むと、ジーナは納得するように頷き始めた。暫くすると落ち着いたのか、落ちた匙を拾ってまたアイスクリームを食べ始めた。
「な、何だか、アークさんが強い理由がわかった気がします。大魔導師マーリン様によるスパルタ特訓、受けてみたいような受けたくないような」
「生まれた時から一緒だったからわからないけど、じーさんから魔法を教わってみたいのか」
アークの問いにジーナはつよく頷いた。
「当然ですよ。大魔導師マーリン様と言えば魔法使いの頂点、そして弟子を取らないことで有名ですからね、是が非でも弟子になりたいという人はたくさんいます。ですが、実際に弟子をとったのは先代勇者様ただ一人ですから」
「そうなのか、ずっと一緒に住んでいたからわからなかったよ」
「ずっと?…………アークさんはご両親とは住んでいなかったんですか?」
「両親とはじーさん……ああ、マーリンと一緒に住んでいたんだけど。幼い頃俺がちょっとやらかしてね、それで死んでしまったんだよ」
その言葉を聴いて、ジーナは申し訳なさそうな顔をした。顔を俯かせ、アークと目が合わないようにした。不味いことを聞いたと思っているのだが、聞かれた本人はそんなことを気にしていない。
「す、すいません。まさかお亡くなりなってるとは思わなくて」
「君は悪く無いから気にしなくていいさ。それより今はゆっくりやすみな、また後で練習をするんだからさ」
アイスクリームを食べ終えたアークはアイスクリームのゴミを片付けてから敷物の上に寝転がった。暫く休憩する気満々なのか目をつむって息を整え始めた。
「アーク、それでは寝難かろう。ほれ、妾の膝を使うといい」
正座をしたまま、 自分の太腿をポンポンと叩いてアークを招き寄せるシキノ。
「ん、助かる」
アークもそれに答えるように敷物の上を這いながらシキノに近づいていき、そのまま太腿の上に頭を乗せた。
あまりにも自然にシキノはアークの頭を撫で始める。それはまるで夜に眠れない子供を寝かしつける母親の様に下心など全く感じさせない優しい手つきだ。
暫くするとアークは寝息を立て始めた。心を許しているのか、凄く安心した表情を見せながら眠っている。
「シキノさんはアークさんと初めてあったのはいつなんですか?」
食べ終えたアイスクリームのゴミを片付けてから、ジーナはシキノに尋ねた。
「幼い時のことだからのお、あまり思い出せぬが物心付く前には見知っていたかな」
アークを撫で続けながらシキノは思い出にひたりながら答えた。
「妾の父とアークの父上が友人でな、その関係で家族ぐるみの付き合いをしていたんじゃよ」
「……それじゃあ、シキノさんはアークさんの幼馴染ってことですよね」
「そうじゃな、確かに幼馴染というものかもしれん……アークはな、昔からマーリン様や両親合わせての家族四人でずっと暮らしていたんじゃよ。それで初めて会った同年代は妾になるな」
へえーっとシキノの話に頷きながら寝ているアークの顔をながめる。
「…………あの、こんなことをアークさんが寝ている時に聞くのは失礼かもしれませんが一つ聞いていいですか?」
「なんじゃ、言ってみろ」
「アークさんのご両親ってどんな方だったんですか?マーリン様と一緒に暮らしているような方なら、唯の人とは思えません」
寝ているアークの顔を見てからジーナはシキノに尋ねた。
シキノはアークという人物が不思議でたまらなかった。最初に助けられた頃からアークという人物が気になっていた。
自分と同じくギルドに入ったばかりなのに、実力は自分よりも遥かに高く、数日のうちに幾つもの階級を飛び越えてAランクにまで到達した凄い人。そして何故か魔法を教えてくれる優しい人というのがジーナのアークに対する印象だった。
そんな人の親が一体どういう人物なのか、知ってみたかった。
でもそれを知ってしまえば何か自分の中で壊れてしまう気もしていた。
「……んん、そうじゃのお。妾が覚えている範囲で言うと仲が良かったのお。昔殺し合いをしたとは信じられんぐらいな」
「殺し合いですか?」
「ああ、妾の父曰く余りにも壮絶だったらしい。でも結婚してアークを産んでからは一度も喧嘩することのない鴛鴦夫婦じゃったな。妾が来た時はいつも笑顔で迎えてくれていた」
「……お強かったんですか?」
「強かったらしいな。妾は戦っているところを見たことはなかったが、アークに近接格闘や他の戦闘方法を教えたのは両親らしいしのお」
「つまりアークさんの戦闘はマーリン様やご両親から受け継いだものなんですね」
寝ているアークの頬をつつきながらジーナは話す。普段、頬を突つくなどできないことだからと思い、満足するまでほほつつき続ける。
「それにのおーーーー」
話を続けようとするシキノを寝ているアークがシキノの服の袖を掴んで遮った。寝ているはずなのに、意識があると勘違いしてしまいそうになる。ギュッと強く握った袖をアークは離そうとしない。
「……話すなと言いたいのか?全く寝てると言うのに親の話をしてるのはわかるのかのお」
より優しくアークを撫でながらシキノは微笑んだ。
「まあ、後はアークに聞け。此奴が話すかは気分次第と思うがな。自分の運に任せることじゃな」
妖艶に笑ながらジーナを見据えるシキノ。
「そうですね、確かにその方がいいですよね。ありがとうございました。質問に答えてくださって」
「気にするな。それよりお主もすこし寝ていろ。これからの鍛錬がきつくなるぞ」
「ではお言葉に甘えさせてもらいます」
その場に寝転がって眠り始めるジーナ。森から通り抜けてくる風が揺り籠のように心地よく、さらに木陰にいることで直接日も当たらず寝るには丁度良い。2人が眠るのもわかる気がすると思いながら、ジーナは夢の世界に入っていった。
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