第15話


「なんで君はここにいるんだい?


「旅に出たからさ、少し世界が見たいからな」


    偶然に再開したアークと今代の勇者カナト。カナトは再開を喜んでいるらしくニコニコとしていて、アークは何も顔色を変えずに接している。


「それより席に戻ったらどうだ?君の仲間が待ってーーーー」


「カナト、そいつ誰だ?」


    アークが話を切り上げようとしたその時、カナトの仲間達が近づいてきて話に入ってきた。


「みんなに紹介するよ、彼はアーク。僕がマーリン様の家にいった時に出会ったんだ」


    カナトがアークのことを仲間全員に紹介する。カナトの仲間達はアークのことを知ると皆一様に驚いていた。


    しかし、紹介されたアークはどうでもよさそうだった。対面して座っているシキノに至っては目を瞑って仮眠をとろうとしている。


「アーク、ここで会ったのも何かの縁だし、君に頼みたいことがあるんだ」


    紹介を終えたカナトがアークに視線を向ける。その視線は決意を秘めた真剣なものだ。


「良かったら僕たちーーーー」


「やだ」


    カナトの言葉を遮って、アークはまだ何も言っていないカナトの提案を断った。


「……ま、まだ何も言ってないんだけど」


    話している途中で断られたことにカナトは驚きながら、話を続ける。


「君は『僕たちと一緒に魔族と闘ってくれ』って言うんだろ」


    図星だったのか、カナトの目が大きく開かれた。


「そこまでわかってるならどうして協力してくれない!?世界を救うために一緒に闘おう!」


    大きな声でアークを説得するカナト、しかしアーク本人はそんな言葉を聞いて納得などはしない。


「君が…………君の言う世界とはなんだ?いかにして救う気か?」


    アークの純粋な気持ちからの問いかけだった。


    世界とはなにか、それを救うとはどういうことか。それがアークにとっての疑問だ。目の前にいる異世界から召喚された今代の勇者、神道叶斗は何を世界と考え、どう救うというのか。


「それは……皆で協力して魔王を倒したら世界は救われるんじゃないのか?人々は安全に平和に暮らせるようになるんじゃないのか?誰も苦しまなくなるんじゃないの?」


    カナトは己の考える世界を救うための方法を言った。その言葉には少しばかりの迷いがあった。


    それを聞いたアークは溜息を吐いてから、手に持っていた新聞紙を畳み、席から立ち上がった。


「そうか、君の考えは聞いた。だから力を貸すなどなおさら無理だ。俺と君は混じり会えぬものかもしれん。シキノ、行くぞ」


    アークに呼ばれて、シキノは目をひらいた。そして席を立ち上がり、アークに寄り添った。


「なんだ?実のない会話はおしまいか?」


「ああ、終わった。そろそろ訓練の時間だ、行こうか」


    出口に向けて歩き出す二人、その背中をカナトが止めた。


「僕の何がいけないんだ?教えてくれよ」


「……俺達だ。は悪いとは言っていない。君の考えに賛同することができない。ただ、それだけだ」


    カナトは何も言えず俯いた。自分の骨を自分で砕いてしまいそうなほど、力強く握り拳を作っている。


    僅かにカナトの口が何も言わずに動いた。そしてアークに向けて問いかけた。


「先代の勇者はどんな考えだったと思う?」


    迷いに満ちた視線をカナトはアークに向けた。アークはそれを振り返る事はせずに背中で受け止める。そして少しだけ上を向いた。


    問いかけられたアークは黙ってしまい、沈黙が部屋の中に広がっていく。アークは答えないのではない、答えられないのだ。


    自らの父も最初は同じく魔王を倒せば世界は救われると思っていた。しかし振り返り、そして妻である先代魔王を知ったことでその意思が間違えだと知った。


    ここでカナトにその事を伝えるのは楽である。しかし、それをアークはする事ができない。


「さあ……俺達は何も言わない。それにそれを知ったところでそれは先代の考え、それを貴様が意思とするならば、それはただ逃げるに等しい」


    それは嫌がらせでもなんでもない、只の弱い言葉。それ以上は何も言えないとカナトからの返事を聞かずに出口に向けて歩き出す。


「ちょっと待ちなさいッ!」


    扉の前にカナトの仲間の一人である笹野花梨が立ちふがった。トレードマークの燃えるような赤い髪と同様、アークを燃やしてしまいそうな怒りの炎を瞳に宿している。


「なんだ?」


    非常に不機嫌な声色でアークは話しかける。


「アンタのせいでカナトはマーリンって人から指導を受けられなくて困ってるのよ!」


    指を刺しながらアークを責めたてていく花梨。アークが何かヘマをしたのなら、今すぐ攻撃を仕掛けてきそうだ。


「そうか、知らん」


    その一言が花梨の心の中にある怒りのダムを決壊させた。


「サンダーッ!」


    前方に突き出された花梨の右手からいかづちの槍が放たれた。


「チッ……」


    気だるげに舌打ちしながら手の甲で雷の槍を後方に弾き飛ばした。


    弾き飛ばされた雷は硝子細工の照明に当たり、硝子は粉々に砕け床に四散する。


「……何のつもりだ」


    花梨の燃え盛る業火のような瞳とは異なり、アークの瞳は凍てつく氷河。その感情のない瞳は花梨を見据える。


「アンタが謝らないなら、謝るようにしてやるまでよ。言っとくけどアタシは叶斗よりも魔法の腕はあるわよ」


    アークを睨みつけながら、花梨は諸手に炎を燃え上がらせている。アークが何か仕掛けようとすれば直様攻撃してしまいそうだ。


  対峙するアークは無表情で花梨を見据え続ける。


「ちょっとちょっとギルド内で暴れないでくださいよー」


「なにやってるんだよ花梨!」


    叶斗たちを連れてきた草臥れた中年の職員と叶斗が二人の間に割って入った。


「このギルド会館は戦闘行為を禁止してるんですよ、まさかAランクである貴方が知らないわけないですよねー」


    眉を顰めながら、職員はアークに指をさしながら諌める。


「すまない、迷惑をかけてしまった。だが注意するなら俺ではなくてそこの勇者の連れ人に言ってくれ。俺はただ身を守っただけだ」


「何ですって!」


「落ち着け花梨、今回は君が悪いから!」


    叶斗は花梨の両肩を掴んで暴れないようにする。それでも花梨はアークに向かっていこうとし、叶斗を振りほどこうとしている。


「修理費はギルドに預けてる俺の金から出していてくれ。それじゃあな」


    暴れる花梨を無視して二人は出て行った。


「待たんかいッ!」















美味うまい食事だったのだがな、台無しじゃ。些か気が悪いのお」


    ギルド会館を出た直後、シキノは空を見上げながら愚痴を言い始めた。


「今代のことなら、そう気を悪くするな。奴も悩んでいる、己が何をすべきか、何を考えるのか。何も知らぬ世界で大役を負えば悩むのは道理だ」


    宥めるように優しく話すアーク、しかしシキノは首を横に振った。


「違う、あの女だ。意味わからぬことで怒りおって、教えを乞うのは自由だが、教わるのは自由ではない。教える者の意思に依存する。マーリン様が教える気がなかったというのに、アークのせいにしおって。そんなに教わりたければ自分らの国の魔導師に師事すれば良いものを」


「それは俺も同意だ。じーさんには勇者に魔法を教える義務は無いからな」


    二人は歩き出す。向かうのは街の正門、午後からの日課であるジーナの訓練のためである。


    先ほどまで勇者を見るために人が大通りに集まっていたせいで人の通りが少なかった露店街も、平日の昼間というだけあって少し混んでいる。


    この世界の曜日は七つ、白の日、黒の日、赤の日、青の日、緑の日、黄の日そして無の日の順で一週間。さらにそこに三十日前後を一月とするものを十二回繰り返し、一年とする。


「気分直しに大福でもいかが?」


   アークは露天で売られていた大福を二つ購入し、そのうちの一つをシキノに渡した。


    シキノは大福を受け取るとそのまま一口、少しだけ顔を綻ばせ、一気に大福を食べ終えた。


    アークもそれを見て微笑み、手に持っていた大福を口に含んだ。


    大福から甘い餡子が溢れてくる。その甘さを際立たせるように少しだけ塩気の聞いた皮がよく馴染んでいる。安い値段の割に美味しいとアークは感じた。


    暫く歩いて正門の前にたどり着く。門を出るには入る時とは違い、審査は必要としてない。


「おや、どうも」


    二人は門を出る前に朝出会った

グルナ王国の魔導師であり、Aランクギルドメンバーのフラルド・ディノと出会った。


    フラルドの周りには他にもギルドメンバーがおり、これから何処かに任務にいくのだろうか、重そうな荷物を背負っているのが数人いる。アークの目から見てもそれなりに力があるもの達だ。


    三人は互いに会釈をしあい、フラルドがこちらに近づいて来た。


「朝は気分を害してしまったようで、申し訳ない。」


    出会って早々開口一番、フラルドはアークに頭を下げた。


「そんな、頭をあげてください。あの時は俺もあまりにも大人げなかったですから」


    アークも申し訳なさそうにして、自分の非を認めた。


「そうですね、ここはお互い様と言うことで」


「そうしていたたげるとありがたいです。それより何処かにいかれるんですか?」


「ええ、仲間と一緒に火山の方に魔族退治に」


「火山……魔族。そういえば噂になってましたね」


    この街にくる前に出会った農夫からの話をアークは思い出していた。


    少し前からこの街から離れた位置にある火山に魔族がいるらしい。そしてその魔族を討伐しようと向かって行った者達は誰一人として帰っていないことを。


    そして奇妙なことにその魔族は何処の村を襲うわけでもなく、ただひたすらに火山にいるらしい。


    何をするわけでもなく、待ち人を待つかのようにその魔族は火山に滞在しているらしい。


「ええ、それでギルドマスターには許可をとっていないのですが、他の職員の方から許可をいただきましたので、魔族退治に仲間と火山に。魔族は強いと噂になっているようですが此方も負けてはいません。腕に自身の有るもの達で今回は挑むつもりです」


「そうですか、それはそれは」


    フラルドが話を続けていると、フラルドの仲間からフラルドを呼ぶ声が聞こえた。どうやら出発の準備ができたらしく、数人の男女が一箇所に集まっている。


「どうやら時間のようですね。それでは帰ってきて機会があれば魔法について語り合いませんか?」


「いいですね、わかりました。それではお気をつけて」


     互いに礼をすると、フラルドは仲間達の元に歩いて行った。そしてそのまま仲間達と共に門を出ていき、火山を目指し始めた。


    これより数時間後、彼らは全員死ぬ。

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