第18話

「ふわぁー」


    アークと叶斗達が戦い始めてから十数分後、ジーナが目を覚ました。口元を拭いながらゆっくりと起き上がり、近くに座っていたシキノに声をかけた。


「起きたのか、ジーナ」


    シキノは目線だけをジーナに向けてすぐにもと見ていた方向に戻した。ジーナもシキノが見てる方向に目線を向ける。


「はい…………それにしてもあれ、何ですか?」


    ジーナが指を指す。刺した方向ではアークが叶斗達が戦っていた。


    とはいってもその戦いはアークと叶斗達の実力差がかなりあり、叶斗達が攻めてはいるがアークに対して一撃も当てられないでいる。いくら叶斗達が魔法で攻撃を仕掛けてもアークは叶斗達が作る速度よりも速く同じ種類の同威力の魔法を唱えて相殺し、接近戦を挑めば全てを見切られ、躱されてカウンターを叩き込まれる。


「四人相手に無茶苦茶ですね。戦ってるの勇者様達ですよね?あれがアークさんの本気ですか」


「いや、あれは手を抜いているわけではないが、本気というわけでもない。もし彼奴が本気なら勇者達は今頃くたばっているぞ」


    シキノの話を聞いてジーナはゾッとした。アークという人物を恐ろしく感じてしまったからだ。


「すごいんですね……恐いぐらいに」
















    戦闘が開始してから十五分が経過しようとしていた。だが叶斗達はアークに対してまともな一撃を喰らわせられないでいる。状況は初めから何も変わってはいない。


    アークから仕掛けることもあるが殆どの起点は叶斗達からであり、叶斗達が攻撃を仕掛け、それらをアークが何も喰らわずに凌いでいく。


    その事実が叶斗達に焦りを与えていく。差がある。高く険しいその壁は頂を見ることができない。もし頂を見たとしてもそれが真の頂なのかは理解できない。目の前にいる人物があまりにも不気味、本当に同じ人間なのかと疑ってしまいそうになってしまう。


「くそっ、なんで当たらないんだよ」


「なら当たってやろうか?」


「舐めるな!」


    叶斗との絶妙な連携で攻撃を繋ぎ合わせていく厳、しかし振るう拳も蹴り上げる脚も始めと比べてキレが格段に落ちている。攻撃が全く当たらないという事に加えて、アークによる的確な攻撃により普段の倍以上の速度で体力が失われていく。


「当たれえええ!」


    当たらない事に痺れをきらしたのか、大振りの一撃をアークに叩き込もうとする。


「体力切れか?意外に持ったな」


    だが大振りの一撃はアークに片手で容易く止められ、一度頬を殴られ、近くにいた叶斗に向けて投げ飛ばされた。叶斗は剣を持ったまま片手で厳を受け止めた。


「大丈夫か、厳」


「大丈夫だ。少し疲れたが、そんなの実戦では言えねえな。マジで彼奴が練習相手で良かったぜ」


    アークに集中しながら会話をする二人。そこにアークからの追撃がくる。数十数匹の水の蛇が放たれ、二人に四方から襲いかかる。


「悪い叶斗、動けん」


「少し休んで、僕が動くから!」


    厳を担いで、蛇から逃げ回る叶斗。片手で厳を担いだまま、片手で剣を振るい、蛇達を斬りはらっていく。


「地を轟かせる雷鳴よ」


「極寒の凍波」


    少し離れたところで叶斗を援護するために咲が、アークに攻撃するために魔法を唱えはじめる。


    だがそれをアークは見過ごしはしない。膝を軽く曲げ、咲には間に合わないと判断したのか花梨に狙いを定める。


「地を侵し凍らせよ!」


    咲の持つ杖の先端が冷気を纏い、咲は杖を大きく薙ぐ。杖の先端から冷気が放たれ、草を凍らせながら進んでいく。その様子はまるで海と波。


    扇状に進んでいく冷気に叶斗は気づき、上に大きく跳んだ。冷気は蛇達を包み込み、一瞬にして凍らせた。


「剣より放たれよ、閃光の一撃!」


    叶斗の持つ剣の先に光球が出現する。小さな光球はドンドンと膨らんでいき、やがて大人の頭以上の大きさになった。叶斗はその光球を剣ごと振るい地面に叩きつけた。叩きつけられた光球は弾け、光の弾丸を辺り一面に撒き散らし全ての蛇達を砕いていく。


    叶斗は地面に着地すると近づいてきた咲に厳を任せ、花梨へと迫るアークにむけて突撃していった。


「地を焼き払う」


    花梨がアークに向けて放つ魔法を詠唱し続けている。その間にもアークは近づいてるが、もう殆ど詠唱は完了している。借りんはこの距離ではアークは間に合わないと判断したのかその場から動く事なく詠唱を続ける。


「刃とーーーー」


    詠唱が完了する。そう思った瞬間に花梨の顎にアークからの張り手が叩き込まれ、詠唱が途絶えた。


    花梨は何が起こったのかわからなかった。花梨はアークが間に合わないと思っていた。だがアークは魔法を放つ直前に一気に加速して花梨の詠唱を防いだ。その事を花梨が理解した時には既に宙に飛んでいた。


「花梨ッ!しっかりしろ」


    飛んでいる花梨に叶斗が叫んだ。それを聞いた途端、失いかけていた意識を取り戻し地面に着地した。


「女性を殴るなんて、君は意外に紳士じゃないんだね」


     突撃してきた叶斗がアークに話しかける。話しかけながらも剣を振るい続ける。


    だがそれらも全てアークは避けていく、それだけでなく少し笑っているように見える。


「お前に良い事を教えておいてやる。戦場に性差別も年齢差別もない。等しく平等」


    左足のローキックが叶斗の右足に入った。叶斗が右側に倒れそうになるところをアークが今度は左のミドルキックを叩き込んで、体制を元に戻させる。


「あるとすれば強いか弱いかだけだ」


    とどめにハイキックが叶斗の頭を襲う。二度の蹴りがあったためにこの一撃は予測できた。頭の側面に腕をかざしてハイキックを受け止める。だが威力までは殺しきれないため、咄嗟に横に飛んだ。


「流したか、考えたな。でもこれは」


    追撃の雷が放たれた。それは叶斗に当たる直前に横から飛んできた別の雷に相殺された。


「集まって叶斗!」


    少し離れたところに他の三人が固まっていた。三人の上には巨大な火の玉が作られていた。


「協力魔法か、なかなか良い。攻撃はしない。受けてやる」


   協力魔法、一つの魔法を複数人が作り上げる魔法。一人の時よりも高い威力で放つ事ができるこれはかつての戦争などでも数多く使用されてきた。


    叶斗が三人の元にいくと、三人と同じ魔法を唱え始める。火球がより大きくなっていく。ある程度の大きさまでいくと膨張が止まった。


「いけええ!」


    花梨が叫び、火球をアークに投げつける。触れずとも近づくだけで焦げてしまいそうなほどの圧倒的な熱量がアークに襲いかかる。それでもアークは避けようとしない。それどころか両腕を大きく広げて待ち構えている。


    火球はアークに直撃し、巨大な火柱を立てながら周りの草さえも燃やし尽くす。十数メートル離れたところにいる叶斗達でさえもその熱気に目を細めずにはいられない。


「なあ、マジで大丈夫なのか。冷静に考えるとこれヤベエだろ」


    目を細め、目の前の現実に戸惑いながら厳は隣にいる叶斗に話しかける。


「そうよね。あいつにムカついてたけど、これ大丈夫なの?」


「でもあの人、避けようとしなかったけど」


    三人が心配そうに叶斗に話しかける。


「大丈夫だよ、彼はこの程度じゃ死なない。それにあの様子じゃ傷も与えられてないよ」


    燃え盛る火柱を見据えながら、叶斗は剣を構える。それに合わせ、三人も疑問を感じながらも各々の武器を構える。


    三人が武器を構えた次の瞬間、火柱が膨れ上がり中から竜巻が発生した。竜巻は火を吹き飛ばし、空高くに運んでいく。


「嘘ぉ」


「ほらね」


    辺りの火が全て消えると、竜巻も次第に収まり、アークが無傷のまま立っていた。足元の草も着ている服も一切燃えてはいない。


「お昼寝の時間は終わった。だから次で終わろうか」


    アークから発せられる雰囲気が変化した。刺々しく、より重々しく空気を伝わり、叶斗達に威圧感を与える。


    アークは右手を自分の胸の前に持ってくると叶斗達に語りかける。


「高みを目指すなら刮目せよ、瞬きさえ惜しいと思うがいい」


    アークの右手から光が溢れる。先ほど叶斗が放っていたモノとは格が違う。貴く、遥かに高い。だが不思議と眩しいと感じず、暖かさを感じる。


    光はやがて球を象る。頭よりも僅かに小さいそれはアークが右手を動かすとそれに合わせてついてくる。


    その様子を叶斗達は息をのんで見ていた。動く事ができない。ただ目の前の光景に縛り付けられている。


「未だ届かぬ先人の極限の一撃を感じろ」


    アークが光球を握りつぶす。すると光球は劔に形を変えたが、それは霞の様に形が綺麗に定まってはいない。強い風が吹いてしまえば吹き飛んでしまいそうだ。


「一瞬だけ本気になろう」


    光劔を構える。それを見た叶斗達四人に緊張感が走る。だが叶斗だけが他の三人と違う視線をアークにむけている。


「誰だ……若い……男……何だ?」


    叶斗がブツブツと呟く。だが三人は緊張からそんな叶斗に気づかない。叶斗は答えがわからないが、首を縦に振った。


    それが合図になったのかアークが動きだした。その速度は先ほどまでの動きとは一線を画する。叶斗達が一呼吸する間もなくアークは接近した。


    叶斗を除いた三人が反応する。近づいてきたアークに武器を向ける。だが叶斗だけは何をするわけでもなく、近づいてきたアークを見ている。


「そうか……わからない」


    叶斗が納得した顔をするのとほぼ同時に四人は光劔に切り裂かれた。

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