第13話


    今でも夢で見てしまう。幼い頃の記憶。


    あの時の俺はまだこんな姿ではなかった。


    あの時はまだ両親は生きていた。


     勇ましい父の背中に俺は背負われていた。


    優しい母の胸に俺は抱かれていた。


    じーさんも含めた家族四人で幸せに過ごしていた。


    寝る時は父と母と一緒に家族三人並んで寝ていた。


    娯楽と呼べるようなものは殆ど無く、父が元いた世界の昔ながらの遊び、あやとりや折り紙などで遊んでいた。


    幸せだった。家族で暮らせる事は。今でも思う、あれは俺にとって大切な時だったのだと。


    けれどそんな幸せは終わりを迎えた。


    終わらせたのは俺自身だ。


    原因は俺が持っている莫大な力の暴走。


    俺は死の瀬戸際まで衰弱していった。


    残すは死を迎えるのみ、自分の体内から造られる力に肉体を内側から崩壊させられた。


    父と母は死に向かう俺を見て泣いていた。


    けれど、最後に俺が見た両親の顔は俺を安心させる様に笑っていた。


    俺はその笑顔を見た直後に眠りにつき、目が覚めたら両親は死んでいた。


    遺体は無く、消えていったとじーさんは言っていた。


    俺は泣いた。心の底から泣いたのはあれがこれまで生きてきた中で最初で最後だ。


    だが不思議だった、泣けば泣くほど俺は父と母の優しさを感じた。今となってはその理由を知っている。


    それから俺は今までじーさんと二人で暮らしてきた。世界と交わること無く暮らしてきた。


    俺があの時力を自由に制御できていたなら、今でも両親は生きていただろう。


    俺が両親を殺したようなものだ。


    だから俺は…………














「アーク、アーク!」


「……ん、どうしたシキノ」


    朝、アークはシキノに大声で起こされた。アークが目を開けて最初に目に飛び込んできたのはシキノの心配そうな顔。


    既に日は昇り、窓から日が差し込んでいる。


    シキノがこの街に来てから数日が過ぎた。この数日行った事といえば特に記すべき事は無い。


    ジーナに対して魔法を教えて、リリアの酒の相手をしたり、ギルドからの依頼をこなしたりしていた。


「どうしたもこうしたもない、お主が魘されておったから起こしただけだ」


「魘されてた?そうか、すまない」


    アークはソファーから上半身を起こして座る。 少しだけ気だるそうに欠伸をし、手と手を繋いで頭の上に伸ばす。そしてその後に頭を掻く。


「アーク」


「どうした?シキノ」


「眼が変わっている。気をつけろ」


    普段アークに話しかける時とは違うトーンでシキノが話しかけた。シキノの言葉を聞き、アークの動きが止まった。


「……わかった」


    それからゆっくりと目を瞑り、そしてまたゆっくりと目をあける。


「さあ、目は変えた。朝ご飯でも食べにギルドに行こうか」


「そうだな、じゃが気をつけろよ。その目を見られるのは些かまずい」


















    ギルドの食堂は冒険者のために朝は早くから、夜は遅くまで営業している。


    朝の人気メニューはトースト、サラダ、目玉焼きと珈琲のセット。普通ならばお金を払わないと食べられないのだが、Aランクの冒険者であるアークとそれ以上であるSランクのシキノは無料で食べることができる。


「お前がSランクのギルドメンバーだったんだな、驚いたぜ」


    Sランクと言うのはギルドマスターを示すSSランクを除けば最高位。そのため実力も高く、世界中に百人もいないほどだ。だがSランクは他のランクよりもランク内での実力の差が大きい。強いモノであれば一人で一つの軍隊と互角とまで言われている。


「まあな、ギルドに所属することは旅をする上で何かと便利じゃからな。旅をしていて気づいたらSになってたんじゃよ」


    トーストにジャムを塗りながら、ミルクを入れた珈琲をかき混ぜながら二人は会話をする。


「耳と尻尾を隠せるようになったんだな、昔は無理だったのに」


    シキノは現在、獣人の特徴である獣の尻尾と耳を隠している。獣人は訓練を積むことによって己の尻尾や耳といった獣を司る部分を隠すことができる。


    しかし、隠すことにより出しているより戦闘能力が低下してしまうといった欠点もある。


「お主と同じだ。鍛えればなんとかなる」


「俺はお前と違って、そこまで上手くはない……それにしても朝から騒がしいな」


    いつもの朝より、心なしかギルド全体が騒がしい。普段なら静かに朝食を食べる奴らが多いのだが、今日のギルドは話に花を咲かせている人が多い。それだけでなく、職員もいつもより多い人数で働いてる。


「勇者が来るんですよ」


    第三者の声がした。 二人が声のした方向をみるとそこには見知らぬ頭頂部の禿げた四十代ぐらいの男がいた。二人は一度目を合わせ、首をかしげてからもう一度男を見た。


「王都から来る勇者様たちが予定よりも早く来てしまったようで、ギルドの職員は大慌てみたいです」


「あの、あなたは誰ですか?」


    男が一通り話を終えるとアークは男に誰か尋ねた。男がいきなり現れて話し始めたので、アークは尋ねる機会を失ってしまっていたのだ。


「ああ、申し訳ありません。わたくしはフラルド・ディノと申します。貴方と同じAランクのギルドメンバーで、普段はグルナ王国王都で魔導師をしております」


    フラルドは話を終えると一礼してからアークたちに人の良さそうな笑みを浮かべた。


     ここで魔導師というものを説明しておこう。魔導師とは一部の魔法使いを指す言葉である。魔導師は例外もあるが一般的に魔法を教え、かつ何処かの国や組織に仕えているつ魔法使いを指す言葉である。


     因みにだが例外というのはアークの祖父であり師匠のマーリンのことである。マーリンは誰かに対して魔法を教えたり、仕えたりすることはないが、圧倒的な魔法の実力から尊敬されているため大魔導師と呼ばれている。


「グルナの魔導師と言うと、この間勇者を召喚したところですよね」


    アークはフラルドに問いかける。親しみやすい笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。


「ええ、あの時は私も含めて数十人と貯蔵していた魔力を使用して召喚しました。まあ、それで魔力を枯渇させてしまいまして、暫くまともに魔力が練れなかったんですけどね。あれを一人でなさったマーリン様はやはり素晴らしい方ですね」


    ゆっくりと落ち着いた声音で話していくフラルド。マーリンのことを余程尊敬しているのか、マーリンについて話す時だけ妙に力がこもっていた。


「それはそうと、何故俺に話しかけて来たんですか?」


「おお、そうでした。最近噂のEランクからAランクに昇進した魔法使いを王国の魔導師に迎え入れたいと思いまして。貴方に声をかけたんです」


「成る程、つまりは俺に王国の魔導師になって欲しいということか?」


「ええ、そう言うことです。いかがですか?国に仕えたら安定した収入を確保できますよ」


     アークはテーブルに置かれたコップを手に取り、中身の水を全て飲み込んだ。そして飲み干したコップをテーブルに置いて、フラルドを見る。


「断る。誘ってもらって悪いが、俺は今は誰かに使える気はない。それに俺はあの国が嫌いだ」


    いつもより不機嫌で、そして強い口調でアークは返答する。フラルドを見る目も獲物を見定める鷹のように鋭い。威圧感だけでも普通の人なら泣いてしまうかもしれない。


    しかしフラルドは一般人ではない。王国の魔導師という実力者だ。


    フラルドは威圧感に僅かにたじろいではいるが、引きつりながらも空気を和ませようと笑っている。


「すみません、どうやら気分を悪くさせてしまったようですね。申し訳ない。手合わせをお願いしたかったのですが、またの機会にお願いします。それでは私はこれで失礼します」


     二人に向けて一礼を済ませた後、フラルドはギルド会館から立ち去っていった。


    フラルドが立ち去ったの見たアークは右手で頭を抱え、肘をテーブルについた。


「俺は相変わらずか」


    自らに呆れながら口に出したその言葉には先ほどまでの威圧感は無く、寧ろ哀れだ。


「そうじゃの。昔からあの国が嫌いだっな。特に二人が死んでからは余計に」

 

    アークは顔を上げる。そして憎しみを孕んだ瞳のままに呟き始めた。視線は何物にも向けられてはいない。


「あの国は何もしなかった。勇者を道具としか見ていなかった。人である筈の勇者を。父さんが苦しみ傷ついているのに何もしなかった。そんな国に何故俺が好きになる理由があるか、ないはずだ」


     先ほどのフラルドへの態度とは全く異質の憎悪を口から流していく。


「母さんがいなければ、父さんは潰れていた。だから俺はあの国が嫌いなんだ」


    それを見ていたシキノは、はあと溜息を一つつき。


「まあ、そう気を悪くするな。飯も食べ終わったことじゃ、街に出かけるぞ。ジーナの奴の特訓までは時間があるだろ」


    優しい目で話しかけた。


「…………そうだな、出掛けるか」


    哀愁ただよわせながら、アークはゆっくりと返事をした。

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