第12話



    夜の街というものは、昼の街とは違った魅力がある。露店などが並ぶ大通りは誰一人通ってなく、昼間は様々な人達で賑わっていた広場には不気味と思えるくらい静かであった。これがもし城のある街や、娯楽施設がたくさん構えてある街なら、まだ賑わっているのだが、あいにくこの街にはそのようなものは殆どない。そんな寝静まった街をアークは歩いていた。


    先程まで大量の酒を飲んでいたにも関わらず、足取りは安定していた。


    周りから聞こえる音は街のあちこちを流れている川の音と夜鳥の鳴き声。


「…………」


    足を止めて後ろを振り返る。だがそこには誰もいない。


    店を出て、暫くしてから誰かに監視されている気がした。だがいくら振り返っても誰もいなかった。酒の飲み過ぎで酔っているのかと思ったが、酔っている気はしない。


    宿にむけて歩き出そうとした瞬間、アークの周りを囲うように九つの紫炎が発生した。紫炎はアークの周囲を回転しながらユラユラと浮遊している。


「……懐かしいな」


    ポツリとアークが呟いた。紫炎の動きが止まった。


    次の瞬間、アークは跳んだ。そしてそれと同時に九つの紫炎が動き出し、アークを追いかける。


    両足に足場用の魔法陣を展開し、すぐそばの川に着水。そして右手の指で拳銃の形を作り、それを迫り来る紫炎に向ける。


    指先から水の弾丸が放たれた。迫り来る紫炎に当たったそれは火を消せずに蒸発してしまった。


    だがその事にアークは驚きはしない。最初からこの事をわかっていたようだ。直様次の行動に移る。後方に跳躍、そして右の拳を強く握る。光がアークの右手を包み込む。拳を開いて爪を立て、そして下から上に振り上げる。


「切り裂けッ!」


    五本の閃光が川を駆け抜ける。川の底が見える程の水しぶきを上げ、紫炎を全て切り裂いた。


    雨のように水飛沫が川に降り注ぐ。紫炎は全て無くなり、川に水が戻っていく音が辺りを満たす。


    だが襲撃者は休む暇を与えない。背後からの殺気、しかもそれが高速で迫ってくる。アークは後ろに振り返りながら咄嗟に上体を逸らした。


    一瞬前までアークの頭があった場所を蹴りが通り過ぎた。直撃を食らっていたならばアークの体は今頃吹き飛ばされていただろう。振り返る途中に蹴りが飛んで来るのが見えたためにアークは身体を逸らした。


    襲撃者の姿が見えた。とはいっても正体まではわからない。闇に溶け込むような真っ黒な布に体全体を包み込んでいる。さらに相手が何者なのか認識出来ない。認識阻害の魔法をかけているのか、それとも布自体にその手の効力があるのかが分からないが、相手の容姿がわからない。


「……これは……成る程な」


     アークは少しだけ懐かしむように笑った。そして蹴りを放った足を掴み、襲撃者の体ごと振り回して投げた。


    しかし、襲撃者も手練れである。体制を立て直して水面に着水。


    そして両者同時に水面を蹴って詰め寄る。


    アークは右こぶしを再度握り固める。今度は光を発しはしない。そして後ろに拳を引く。襲撃者も同様に拳を握り固め、後ろに引く。


    振り抜かれた。


     互いに全力の一撃、もし一般人に直撃したならば容易く骨を砕き、肉を貫通してしまう威力。


    両者互いに相手の拳にめがけて己の拳をぶつけにかかる。ぶつかるまであと数十センチメートル。


    だが拳がぶつかる事はなかった。互いにぶつかる直前で寸止めをした。


「久しぶりだな、シキノ。一年ぶりにあったのに随分と愉快な挨拶だな」


    今までに見たことない程の優しい笑みを浮かべるアーク。握ったこぶしを解いて、シキノと呼ばれた襲撃者の肩を持った。


「まあ、そう言うな。妾も久しぶりにお前に会えて嬉しかったからな、少しだけ驚かそうと思って」


    襲撃者は被っていたフードを取った。すると今まで認識できなかった襲撃者の姿を認識できるようになった。


    キツネ色と金色が合わさった色をした髪、さらに頭頂部からは髪と同色の毛を生やした狐の耳が生えている。妖艶な雰囲気を持った獣人の女性、年齢はアークと同じくらいだろう。


    そして最も特徴的なのは臀部の近くから生えた九本の狐の尻尾。それら全てが別々の動きをしている。


    彼女の名前はシキノ・ユーディア、この地から遥か遠くに存在する獣人の里の長の孫であり、かつて先代勇者と共に戦った獣人の娘、そしてアークとは幼い頃からの知り合いである。


「そういや、なんでここにいるんだ?」


「妾も旅をしていてな。マーリン様の家に伺って、お前と一緒に旅をしようと思ったらここに言われたので、急いできたのだ。お前に会いたくてな」


    シキノはアークに抱きつき、胸の女性らしい膨らみが押しつぶされ、匂いをつけるようにアークの身体に顔を擦り付ける。


「親父さんたちは息災か?あと、胸が当たってる」


「ああ、旅に出てから会ってないが、婆様も含めて全員元気だった。あと、胸は気にするな」


    十分に身体を擦り終え、アークから離れるシキノ。嬉しいのか狐の耳がピコピコと動いている。


「お前、宿はどうする?お前が良いんなら俺の泊まっている宿に来るか?ギルドの宿だが一人では広くてな」


「無論そのつもりじゃ、これからはお前に同行するつもりだ。文句はなかろう」


「なら、行くぞ」


    















「シキノ、お前はベッドで寝ろ。俺はソファーで寝る」


    宿の部屋にたどり着くや、アークは二つあるソファーの一つに寝転がった。


    この部屋はギルドのランクがA以上の者が無料で宿泊できる部屋である。最低ランクであるEが無料で宿泊できる部屋に泊まったが、大部屋に十人ほどで宿泊するタイプの部屋で、置かれてある家具といえば二段ベッドぐらいしかなかった。


    しかし、この部屋にはソファーにテーブル、使うかどうかもわからない衣装箪笥、大部屋のものよりも大きなベッド。無料で泊まれるにしては些か豪勢すぎるといえる。


「なんじゃ、久しぶりに会ったと言うのに一緒に寝ないのか?」


    シキノはシキノで備え付けのベッドに座った。先ほどまで羽織っていた黒衣を脱いでいる。


「朝から山賊退治やって、その後お前と会う直前まで飲んでたんだよ。少し疲れたから風呂はいって寝る」


    アークは少し溜息をついてソファーから起き上がり、脱いだ無地のコートをソファーにかけ、風呂場に向かう。


「なんじゃ、つまらんのう……」


    それから二人は風呂を済ませ、何事もなく寝静まった。

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