第11話
狼が突入してから数分後、悲鳴が収まったのでアークとリリスは洞窟に入った。洞窟の中は意外にも広く、二人で並んで歩いても随分と余裕がある。等間隔に並べられた松明が洞窟を照らしている。
洞窟には数十秒前に殺されたばかりの死体が通路にいくつも散乱していた。狼によって喉の動脈を切り裂かれていたり、顔の鼻から下が喰い千切られている死体が散らばっている。
しかし、二人にとって死体など関係ない。目的は山賊の頭領を倒す事と誘拐された人たちの安否の確認。故に下っ端の山賊には興味を示さない。
幾つもの部屋を確認しながら誘拐された人たちを探す2人。だがそこにあったのは山賊の死体だけだ。生きている人などいない。狼によって皆殺しにされたみたいだ。
死んだ末端には興味などはない。狙うは大将首。
だが二人はようやく生きている人を見つけた。場所は食堂なのだろうか、先ほど確認した部屋より随分と広く、長いテーブルと丸い椅子が幾つも並べられている。その上には野菜や肉などが散らかっている。さらにテーブルの足元には幾つもの死体が倒れこんでいる。
「お前らがこの騒ぎの張本人か」
怒気を孕んだ声で唯一生き残った男が声をかけた。重厚な鎧に身を包み、大剣を構えている。
見ただけで、殺された山賊達とは実力が違うのがわかる。その男は二人に向けて殺気を放っている。けれど二人はそんな物にはものともしない。
「お前がここの大将か?名前はなんだ」
「オルドだ。苗字は無い」
「へえ、アンタが大将かい?アタシの可愛い狼達を倒したいみたいだけど。地面に倒れているお仲間さんよりも強いみたいだねえ」
殺気に臆することなく、リリスは普段通りの口調で山賊に話しかける。
「貴様があの狼を放ったのか!あの狼のせいで俺の仲間は死んでいったんだぞ!」
怒鳴り声をあげ、リリスを攻めたてるオルド。しかし、リリスは飄々とした態度をとっている。
「なんだい?今まで散々人殺しや誘拐をしてきた山賊さんにも人の心があるんだねえ、驚きだよ。殺すんなら殺される覚悟ぐらいしなよ。それか殺されない強さを手に入れるか。そんぐらいわかると思うけど?」
オルドの剣を握る手が強まり、歯軋りが酷くなる。それだけリリスに対してイラついているということだろう。今にも二人に向けて突撃しそうである。
「強いものは生きて、弱いものは死ぬんだよ。戦いを生業としているものなら、それぐらいわかるだろ。アンタの部下が殺されたのは、ただ単にアタシの可愛い狼より弱かっただけさ。憎むならあたしじゃなくて仲間を強くしなかったあんたを恨みな」
挑発するように指をさしながらオルドをまくしたてるリリス。
「貴様ッ!」
オルドの堪忍袋の緒が切れる。ただでは殺さない。四肢を切り裂いて、許しをこうまでいたぶり続けてくれる、そんな思いがオルドの心を満たしていく。
「そんじゃあアーク、アイツは任せたアタシは誘拐された人を探すから」
「あんだけ言っといて、それはないだろ」
オルドに背を向けて、リリスは部屋から出ようとする。それをアークは呆れた顔で見ている。
「待て!女アアアアアア!!!!」
男が跳歩を使い、テーブルや椅子を破壊しながら真っ直ぐにリリスへと接近する。
「確かに山賊退治を頼まれたのは俺だから仕方がないか」
アークは右手を振り上げる。それに呼応する様に目の前の地面が盛り上がり、男の進路を阻む。
「邪魔をするなアアア!!」
大剣を振り下ろし、土の壁を破壊する。一瞬の目くらましだった。しかし、二人の姿は男の目の前から消えていた。
「何処に消え……ぐっ」
後頭部に衝撃が走る。男が蹴られたと理解するのに時間はかからなかった。後ろに振り向きながら剣で薙ぎ払う。しかし、そこには誰もおらず空を切る。
だが敵の位置は確認できた。己から跳歩を使用すれば一歩、多くて二歩歩ければ詰められる位置にアークがいる。
「来い、俺が相手してやるよ」
指先を動かして挑発するアーク。
「いいだろう。先ずはお前からだ!」
男が駆ける剣を振り上げながら、アークへと跳歩で接近する。
「オラアッ!」
アークの頭を切り裂くために剣が振り下ろされる。アークは近づかれる前に防御魔法を展開、薄い膜のような盾が男の攻撃を阻んだ。
「貴様も魔法使いか!」
「だとすればどうする!」
「関係ない!唯殺すのみ!」
アークは膜の展開を辞め、後方に跳躍。さらに飛び上がっている最中に目の前に青色の魔法陣を展開、そして着地と同時魔法陣から水で作られた蛇が飛び出した。
「無駄だ!そんなもので」
水蛇に臆する事なく、男は剣を振り抜いてそれを両断した。両断された蛇は勢いを無くし、ただの水となって地面に落ちて吸収された。
「ならこれはどうだ」
再び魔法陣から蛇が飛び出した。今度は先ほどと違い四匹、散らばっていき四方から男を攻めたてる。
「無駄だと言ってるだろうが!」
両手で剣を持っての回転切り、その攻撃だけで全ての水蛇を切り裂いた。
「どうした、その程度か?」
「そのセリフは上を見てから言いな」
男はアークの言葉に誘導されて上を見る。そこには先ほどと同じ青い蛇がおり、男の頭を噛み砕こうとしている。
「甘いぞッ!」
振り回した剣を今度は上に突き上げる。剣は蛇の胴体を真っ二つにし、蛇の形から崩れた水が男を濡らした。
振り上げた剣を下ろすことなく、男は直ぐに前方を確認する。アークが接近してくる。魔法を何も発動させずに、武器も持たずに近づいてくる。
「舐めるなッ!」
剣を振り下ろす。アークを頭から両断できるように剣を振るう。
「甘い」
だが、アークはその一撃を躱す。切り裂く相手を見失った剣は地面に叩きつけられた。そしてアークは右手でそっと鎧に包まれた男の脇腹を触る。
「吹き飛べ」
アークの掌から爆発が発生した。爆発は男へと伝わり、重厚な鎧に罅をいれ、男を吹き飛ばした。
男は吹き飛ばされながら剣を地面に突き刺して着地する。しかし、アークは休む暇など与えない。男に向けて駆けだした。男が剣を地面から抜き取るよりも早く近づき、兜に両手を添える。
「ハッ!」
先ほどと同じく掌から爆発が起きた。しかも今度は両手で。爆発の威力は並ではなく、兜を砕き、剣を地面に突き刺したまま、男を大きく後ろに吹き飛ばした。テーブルや椅子を巻き込みながら転がる。フラフラになりながらも立ち上がる男、兜を砕かれたことにより隠されていた顔が明らかになる。
不精髭を生やした厳つい男だった。兜が割れたことにより傷ついたらしく、頭から血を流している。
「なんつー魔法使いだ。クソッ、ゼインがいたら何とかなったんだがな!」
「ゼイン?」
男の言った名前にアークは反応した。ゼインという名前には聞き覚えがあった。昨日、森の中で戦った男だった。仲間を逃すために死にかけにも関わらず、アークに挑んだ男。
「そうか、お前がゼインのボスか」
ゼインの名前が出ると、男は驚いた。
「何故貴様があいつの名前を知っている!?」
「なに、簡単な事だよ。俺があいつと戦った時に名前を聞いたんだよ。そして最後には殺したがな」
「なっ!?」
男の表情が変わる。絶望に包まれた表情をしたと思ったのもつかの間、一瞬にしてアークを殺そうとする怒りに満ち溢れた表情をする。両拳を握り固め、武器も持たずに男はアークを殴るために走り出した。仲間の無念を晴らすために死を覚悟してはしりだした。
「貴様がゼインを殺したのかアアア!!」
何も考えずに愚直に突き進む。仲間の仇が目の前にいる。仲間を大切にしていたオルドにとってそれは頭に血を登らせるのに十分な内容だった。
「血を登らせたか」
アークが右手を前にかざす。
「雷槍」
抑揚の全くない声で魔法を唱えるアーク。先ずは一撃、雷の槍が放たれる。直線的に進んでいき、オルドの肩に突き刺さる。それでもオルドは止まりはしない。
さらに続けて二発の雷の槍が放たれ、腹と右膝を貫いた。膝を貫かれ、骨を砕かれたオルドは流石に動きが止まった。
「動け、動けッ!」
貫かれた足を必死に動かそうとするが、雷のせいで痺れて動かせない。
「サンダー」
追い打ちにまたしても雷の槍、だが今度は数が違う。総数五本、空を切る音とともに身動きのとれないオルドに迫る。
一本、先ほどとは逆の肩に突き刺さる。二本目、左膝。そして残りの三本が腹部に突き刺さった。
突き刺さった部分の傷口は雷によって焼け焦げ、傷口が塞がれている。
「クソが、クソが…………待ってろよお前ら、今……行く」
立つ力もなくなったのか、男 は対に膝をついて動かなくなってしまった。近辺を騒がせた山賊の頭領の最後にしては静かだった。
「なんだい、終わったのかい?」
部屋の中に何時の間にかリリスがいた。オルドを煽るだけ煽っておいて、アークに押し付けた事に関しては全く悪いと思っていないようだ。
「煽るだけ煽っておいて、俺に任せたんですから、ここに来たという事は誘拐された人を見つけたんですよね」
アークは射殺すような鋭い視線をむける。
「怖いねえ、そんなに睨まない。良い男が台無しだよ。一匹の狼が見つけてくれたよ、ついてきな」
二人は誘拐された人間がいる部屋に向かった。部屋に残されたのは山賊の死体だけだ。
案内されたその部屋は先の食堂程広くはないが、他に見てきた山賊たちの部屋よりは広かった。
第一の感想は異臭、鼻をつくような臭いが部屋を満たしていた。アークは緑色の魔法陣を描き、風を発生させ、部屋の中の空気を換気し始めた。
数秒で換気は完了し、部屋の中に新鮮な空気が入った。
アークは深呼吸をして部屋の様子を確認する。臭いに意識を取られることがなくなったので、ゆっくりと落ち着いて部屋の中を観察できるようになった。
足元には死体が落ちている。狼の爪で首を引き裂かれ、頭と胴体がかろうじてつながっている者、心臓を貫かれている者などがいた。
だがアークの目に止まったのはそんなものではない。誘拐されていた女たちだ。
「これは……なかなか」
「酷いだろ」
女たちは壁から出た鎖がついた首輪や腕輪をつけて拘束されている。ボロ切れを着ているものもいれば、何も着てない裸体のものもいる。山賊どもの性の捌け口にされていたのだろう。部屋の中の異臭がその証拠だ。
それだけならまだマシと言える。四肢がついているだけまだ人間としてこれからも生きていけるだろう。
四肢を無くなっているものがいる。鋭利な刃物で切断され、その後傷口を熱で塞がれているのだろう。それだけではなく、残った胴体に幾つもの刺青を入れられている。目も光を失って、正気を保っているとは思えない。最早殺してしまった方が彼女のためだと思えるほどの光景。それが他にもいくつかある。
「治せるかい?」
「しようと思えばできないことはない。けれどいくら身体を治したところで彼女たちは心が死んでいる。いくら俺でも心は元には戻せない」
アークはそう言いながら四肢を切断されている女性に近づいていく。つけられていた首輪を外して彼女を自由にする。そして壁に彼女をもたれかからせる。
「女性の保護は今回の任務の内容に含まれているが、もし彼女たちが死を望むのであれば、俺はその望みに答えてあげるつもりだ」
目線を女に合わせてるためにしゃがみ込み、そして顔を覗き込む。女はアークに目を向けて、声にもならない微かな音を発している。
「君は生きたいか?それともここで楽になりたいか?俺は君の願いを聞こう」
それは優しい死への問いかけ。辛い選択をして生き続けるのか、楽な選択をして死に至るかを決める問いかけ。その選択をアークは女自身に決めさせることにした。
女の両目から涙が零れた。それは一粒ではなく、止めどなく女の目からこぼれ落ちていく。女は声を出そうと必死に喉を震わせる。
「……お願い、もう殺して…………もう、生きられない」
女は力を振り絞って死を望んだ。流れる涙は女の受けてきた苦痛を示すようだ。
「わかった。できるだけ、楽に死なせてあげるよ」
アークは右手を動かして女性の顔を鷲掴みにする。淡い光の粒がアークの右手から溢れ始めた。ゆっくりとゆっくりと光の粒は右手から女の身体に伝わっていく。
安らぎを与える死の光、これはそう例えたほうが良いものだ。白の魔法上級の一つ、心から死を望んだものに対して安楽死をさせるための魔法。戦場や病院でよく使われる魔法である。
光は女性を完全に包み込み、女性の呼吸は次第にゆっくりになり、そして小さくなっていく。
「……ありがとう、名もわからない誰かさん」
それが彼女の最後の言葉だった。最後には涙は止まり、安心した表情で永遠の眠りについていった。
アークはポーチから流麗な布を取り出し、それで女性を優しく包み込んだ。
「さあ、次に移ろう」
立ち上がり、再び誘拐された女性たちに近づいてく。その表情はまるで仮面が張り付いているように無だった。
その後アークは何人もの女性を救い、そしてそれと同じ数の女性を安楽死させていった。
その後ギルドの職員が到着し、女性たちを保護していき、二人の任務は終わった。
「カンパーイ!!」
任務も終了し、ギルドから報酬をいただいたアークとリリスは昨日出会った酒場で豪遊している。互いに金は充分に持っており、少し豪遊したりしても生活には何の支障もない。
リリスはジョッキに注がれたビールを一気飲みし、空になったジョッキを置いて次の酒を頼む。
「それにしても今日はアンタについて行って良かったよ。お陰でかなりの金が入った。暫くは遊んで暮らせそうだ。またなんかあったら誘ってくれよ」
「いや、俺もあなたがいてくれたから早く任務を終わらせることできた」
アークも同様にビールを一口飲んだ。そして皿の上に置かれたナッツを口に含んだ。
「そういや、アンタ人を殺すのを躊躇ってなかったね。慣れてるのかい?」
「それはお互いさまだろ。貴方も狼で皆殺しにしてたでしょ。数で言うなら貴方の方が多い」
「はっ、長いこと冒険者やってれば山賊退治なんて何度もやったことがあるからね。慣れちまってんだよ。それでアンタは?」
笑いながら答えるリリスは本当に殺すことに慣れているようだ。目には殺した事に関して一切悔やんでいないようだ。
「俺の場合は他人だからだ。それ以外に理由なんて無い。他人だから簡単に殺せる。親しい者だったらあんな簡単に殺せない」
「アンタもアタシもどっか可笑しいのかねー」
「そうかもしれないな」
それから他愛もない話が続いていき、お開きになったのは始まってから二時間以上先のことだった。
「ようやくついた。マーリン様の所に行ったら、この街にいるといわれた。実家からマーリン様の家まで長い旅路だったのにまだ妾に旅をさせるか、だがわかるぞ。ここにアークはいると妾の第六感が告げている。待ってろ、今いくぞアーク」
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