第8話
「お座り」
「バフ」
「お手」
「ワフッ!」
「良い子良い子」
シャンテの森の手前、アークとの集合地としていた場所に魔法で呼びだされた狼と一緒にジーナはいた。
森を抜け出す時は狼が周囲を警戒したり威嚇したりしてくれたおかげで何の問題もなく抜け出すことができた。
現在は懐いた狼に芸を教えながらアークが戻ってくるのを待っている。一匹はお手やお座りをジーナから習い、もう一匹はジーナの太腿に頬ずりをしている。
「アークさん遅いねえ」
二匹の頭を撫でながらポツリと呟く。狼も尻尾を振りながら可愛く吠えた。
「ウーッ、ワウッワウッ!」
二匹の内、一匹が突如吠え出す。もう一匹は目を瞑りながら撫でられ続けている。
「……なんだ、もう仲良くなったのかい?」
暗い森の中からアークが姿を表した。衣服は破れておらず、何処も怪我をしていはいなかった。先ほどまでの悍ましい雰囲気は消え去り、元どおりの包み込む様な優しい雰囲気を纏っている。
「大丈夫ですか?」
「ああ、心配ない。山賊が数人いたんだが、一人に足止めされてしまってね、他の奴らに逃げられてしまったよ」
「そうだったんですか、でもアークさんが無事でなによりです」
「ありがとう、それじゃあ帰ろうか」
「はい」
ジーナが返答すると同時に狼たちは煙の様に消えて行ってしまった。
「お疲れ様でした、アーク様、ジーナ様」
場所は移り変わり、現在はシャンテの中にあるギルド会館受付。凍らせたドラゴンを引き換え専用の場所に渡した後、報酬をもらう為に受付にきたのだ。
ドラゴンを渡された人は驚いていた。通常ドラゴンは最低でもCランクの冒険者が狩る様なものだ。それを昨日今日入会したばかりのEランク冒険者が狩り、それに加えて珍しい魔法の袋を持っていたのだから驚くのも無理はないだろう。
「それでは報酬です。またのご利用をお願いします」
硬貨の詰まった袋を受け取り、カウンターから離れようとするアーク、しかしその背中を別の受付嬢が止めた。
「アーク様、ギルドマスターがお呼びです。今すぐ街の東にある屋敷に向かってください」
ギルドマスター、それは各地方のギルドを管理する者達のことである。それらギルドマスターにはSSSというギルドでの最高位の称号が与えられている。
「街の東?……わかりました」
再び歩き出して、ジーナの元に歩いていく。後頭部を左手でかきながら、右手で手に持った硬貨袋をジーナに投げ渡す。
「あ、あの……これ、アークさんはいらないんですか?」
硬貨袋を受け取ったジーナは状況が飲み込めないのか、オロオロと戸惑っている。
「俺はまだお金に余裕がある。分配するのが面倒臭いから、それは君がもらっていいよ」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うジーナ、それに対しアークは何か別の事をかんがえているのか、譫言で返事をした。
「俺はこれから用事があるから、また機会があれば魔法の特訓でもしようか」
「是非、お願いします。今度は私ももっと強くなってみます」
その言葉を聞いたアークは返答し、手を降りながら通り過ぎて行った。
再び場所は移り変わり、東の館。そこはアークがこの街に訪れた最初に来た場所。魔法の師であり、両親達と共に生活していたマーリンの頼みで手紙をこの館の主に届けたのだ。手紙の中身など確認はしていない。故に手紙の送り先がこの街のギルドマスターだとは知らなかった。
門番に許可を貰い、屋敷の中に入った。館内にいた執事の人に案内をして貰い、ギルドマスターの執務室に来た。
ドアノブに手をかけて、回し、扉を押す。薄暗い部屋の中に入り、部屋の中を見回す。
次の瞬間、炎、水、風、土、基本四色の魔法の蛇がアークに足元から、天井から襲いかかる。
「大したおもてなしだな」
アークの右手の指が光り、そして右腕を振り上げる。薄暗い部屋の中をとても細い何かが走った。その数は五本。襲いかかる蛇達に迫ったそれらは蛇達を切り裂いた。切り裂かれた蛇達は空中に霧散して行った。
「随分な挨拶だ。敵対行為か?それともギルドマスターという奴は呼び出した奴に攻撃を仕掛けるのが礼儀なのかな?」
嫌味ったらしく室内に響くような声で室内いる誰かに問いかける。部屋にある照明用のランプに手を向け、フィンガースナップを一回。たったそれだけの行程で魔法を発動させ、明かりをつけた。
薄暗かった部屋は明かりをつけた事によって部屋の様子を確認する。高級そうな絨毯、本棚、そして目の前には執務用の机が置かれている。
「なに、マーリンの元で修行した奴ならこのくらい簡単にいなせると思ったのでな」
机の椅子には老婆が座っていた。枯れていながらも生命力のある木、そんな矛盾した例えがあう老婆だった。
「それとも、マーリンの愛弟子とやらはこんな魔法程度に小便でも漏らすような臆病者なのかのお」
「呼びしておいて不意打ちするような卑怯者よりかは幾分ましだがなあ。それよりどういうつもりなんだ、こんな事をして意味などないだろう。自己紹介をしてもらえないか」
「儂の名前はカルラ・リルラ。歳は…………取りすぎて忘れてしまったわい。この辺りの地域のギルドマスターをしている……久しぶりだな、アーク」
柔和な笑みを浮かべながらカルラはアークに向けて自己紹介をする。幾許の年を重ねた顔にはそれに相応しく無い、少数の皺が刻まれている。
アークはカルラの顔に覚えがあるのか、右手の人差し指をこめかみに押し付けておもいだそうとしている。
「……ああ、思い出した」
こめかみから指を外し、視線をカルラに向ける。
「確か俺がまだ五歳ぐらいの時にじーさんの家にたまに来てた人だろ?ここ十年きてなかったけど」
「そうだ、ちょっと見ない間に随分大きくなったのう。前に見たときは今の半分くらいの背丈だったのに」
腕を組みながら感慨深そうに話すカルラ。その口ぶりは孫の成長を喜ぶ祖母そのものだった。
「十年以上の時間をちょっとねえ、じーさんもだがいったい何歳なんだよ。それより呼びしたようはなんなんだ?まさか他愛のない世間話をするためにここに呼びたしたのかい?」
カルラの目つきが変わる。幾千もの戦いを超えてきた生物のそれへと。
「お前の活躍を小耳に挟んだのでな。それなりのランクにいてもらおうと思ってな」
「ほう」
「というわけで、私の独断でお前をEランクからAランクに昇格させる。本当はSでも良かったんだが、妥協してな」
「わかりました。話はそれだけですか?これ以上ないなら、俺は失礼します」
一礼し、その場を立ち去ろうとするアーク。
「まあ待て。数日後に勇者達がやってくる。お前さんは爺の家で勇者と戦ったそうじゃないか、だからこちらで下手な騒ぎを起こさないように釘をさしておこうと思ってな」
「そんなのはあいつら次第だろう。今の俺にはあいつに喧嘩を売る理由が無い」
「それもそうか。だがもし向こうがなにかしたらお前はどうする」
カルラの問いかけに、アークは背を向けたまま、顔だけを動かしカルラを見る。目は座って、余りにも冷たい。先ほどの嫌味を言っていたときとは全く異質な冷たさが篭っている。睨みつけているわけでは無い、しかしその目は恐怖を感じさせるものであった。
「最悪の場合ですが殺します」
抑揚の無い声で、まるでそれが当たり前かのように答えた。
「冷酷だな」
「……話はそれだけですか?ならもう帰りますね」
話を終えるとアークはカルラを一瞥もせずに扉から出て行った。
残されたカルラは溜息を吐いた。毒素を全て吐き出すように、溜息を吐いた。
「全く、なんであんな風になったのかねえ」
ここから出て行った者に向けて、カルラは呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます