第7話
「おい!大丈夫か、しっかりしろよ!」
森の中でスキンヘッドの大男が地面に倒れて気絶している長髪の男にむけて叫ぶ。
長髪の男の身体には今できたばかりの大量の刺し傷があるが、周りにその傷の数から考えると少ない量の血が流れている。何故ならその傷口のどれもができた瞬間に焼かれ、止血されたためである。
「おいなにやってんだよ傷塞げよ治癒魔法かけろよ!」
「今やってるわよ!」
スキンヘッドは長髪の男に治癒魔法をかけている女を怒鳴り散らす。
治癒魔法をかけてはいるのだが傷は中々塞がってはいるのだが、長髪の男の顔はみるみるうちに白くなっていく。
「くそ!どうなってやがんだ!あの槍の威力はなんなんだよ!」
男達を襲ったのは十の雷の槍、長髪の男はその槍からスキンヘッド達を守り、傷を負ったのだ。
「もう少しだから、しっかりして」
長髪の男の胸に両手を当てながら治癒魔法をかけ続ける。
「……やめ……ろ」
怪我をしていた長髪の男は眼を覚ました。そしてゆっくりと右腕をゆっくりだ震えながら動かして治癒魔法をかけている女の腕を掴む。
「治った、もう大丈夫だ」
「なにいってんの!無理でしょ、我慢しないで!」
「そうだぜ、早く傷を治せ」
脇腹の傷口を左手で抑え、右手で側に落ちていた魔法用の杖を支えにして立ち上がる。
「お前ら、俺を捨てて早く逃げろ」
長髪の言葉を聞いたスキンヘッドは長髪の胸ぐらをつかむ。
「何言ってんだよ、戻んだろ。アジトに戻って頭に報告して騒ぐんだろ!?」
「俺だってそうしてえよ、でもな喧嘩を売った相手がまずかった。不意打ちで撃った魔法も、全力で撃った魔法も防がれた。それだけじゃねえ、撃ってきた魔法も練度が違う。初心者じゃない。それに……ッ!」
「「……ッ!」」
三人は肌で感じた。森の奥から迫り来る恐怖を、そしてその恐怖から逃れるのが困難であるということを。
「つーわけだ。俺が囮になるからお前らは逃げろ」
「馬鹿なこと言うなよ!」
「馬鹿じゃねえ、三人で逃げれば全員死ぬ。でも俺が囮になればお前らは二人は逃げれるかもしれねえ」
「三人で戦う選択はねえのかよ」
スキンヘッドは自分の言っていることが不可能であると悟っている。しかし、そうでも言わなければ長髪はじぶんたちを守り死んでしまう。そのことはスキンヘッドにとっては辛いことだ。
「あの魔法を受けた時にわかったよ、三人がかりでも無理ってな…………ッ危ねえ!」
雷の槍が撃ち込まれた。 先ほどの槍よりも鋭く大きな槍が森の奥から迫ってきた。
長髪は二人を庇うために前に出る。両手を突き出して可能な限りの魔力を込めて全力で防御用魔法陣を展開。
「止まれええええッ!」
雷撃と魔法陣がぶつかり、魔法陣を浸透して長髪の腕に莫大な衝撃が走る。
骨は軋み、関節は悲鳴をあげ、神経は限界をむかえ、痛みを遮断する。
一瞬でも気を抜いてしまえば現在の拮抗は狂ってしまう。
だがそんな拮抗にも崩壊は訪れる。
左の肘から先の骨が折れたのだ。
拮抗が崩れる。槍に押し込まれ、魔法陣が崩れそうになる。必死に左腕に力を込める。
男の左腕は限界をむかえている。今、長髪の男を動かしているのは仲間を守る意志。それが男を動かしているのだ
他の二人にはこの魔法は防げない。スキンヘッドは魔法を得意としておらず、女は治癒魔法を専門としている。故にこれを防げるのは自分だけ、守るために男は力を込める。
「うらああああああ!」
最後の力を振り絞り、両腕に力を込めて槍を押し返す。
魔法陣と槍が互いに形を崩し、爆発が起きた。電気が飛び散り、土煙が舞い、長髪の姿を隠す。
「大丈夫か!?」
スキンヘッドが長髪の無事を確認すべく叫ぶ。
ゆっくりと煙は晴れていき、長髪の姿が現れる。長髪は両膝をついて地面に座り込んでいた。
「大丈……夫?」
長髪に近づいていった女はあることに気づき、言葉を失った。
左肘から先がなくなっていたのだ。左肘の傷口は雷によって焼け焦げており血は垂れていない。辛うじて生きているようで、肩がゆっくりと上下に動いている。
二人は愕然とした。何と声をかければ良いのかが考えつかない。目の前で起きている現実が幻想であると否定したい。しかし、そんな事はできない。現実は受け止めなければならない。
「…………行け」
長髪は弱々しく、今にも切れてしまいそうな声を出した。
「時間がねえ、早く行け」
「お前……」
まるで己の死を悟っているかのように落ち着いてた声だった。スキンヘッドは理解してしまった。理解したくない事を。
「……わかった。戻って来いよ。おい行くぞ」
呆然としている女の手を引っ張り走り出そうとするスキンヘッド。しかし、女はその場にとどまろうとする。
「待って!一緒に逃げようよ!」
女の目から涙が流れる。
「……わかってくれよ、大切な奴らを死なせたくはないんだよ。だから、な」
女の方を振り返る事なく、口だけを動かす。女もそれを見て覚悟を決めたのか目元の涙を拭き取る。
「わかった。戻ってきてね、ゼイン」
「また会おうぜ、ゼイン」
長髪の名前を呼び、二人は森のさらに奥へと走り出した。
「……またな、ガンガ、シーフィー」
森の中に取り残されたゼイン。嫌な沈黙がゼインの身体に浸透して行く。身体が自然に馴染んでいく、自然から離れていたものが自然へと還っていく。
「…………終わったのかい?」
「なんだ、空気を読んでくれたのか」
男が現れた。ゼインたちに迫っていた恐怖、その正体が彼だ。黒色の髪、薄暗い森の中でも美形であることがわかる。羽織っている外套には魔法的要素が加わっており、それなりの知識を持ったものなら、彼の実力が高いのがわかる。
「君たちはギルドのメンバーではないな……だとすれば山賊か?」
「ご名答」
ゼインたちの正体は山賊、今現れた男とその仲間がドラゴンを退治し、油断しているところをゼイン達が攻撃をしかけ、返り討ちに合い、今に至るというわけだ。
「他はどうした?少なくとも女がいたはずだが」
「それを知ってどうする。あんたは俺がここで止めるんだからよ!」
残った右手を突き出して魔法を繰り出そうとする。しかし、糸の切れた操り人形の様に地面に倒れてしまった。
男はゼインを一瞥すると、ゼインの側を通り過ぎようとする。
「……待てよ」
右手だけを動かして、男の右足首を掴むゼイン。しかし、握力が弱っているのか、足を振れば今にも取れてしまいそうである。
「……あいつらを逃がさねえと行けないんだよ。あいつらだけは守るんだ」
ゼインは貧民だった。しかし、昔から魔法に関して多少才能があり、貴族や軍人の子どもだけが行く様な名門学校に行くことができた。
だが周りからは貧民だと馬鹿にされ、虐められ、友達などできはしなかった。それでもゼインは大きくなって良い職業につき、育ててくれた父と母を楽させるために頑張り続けた。
ゼインは才能を磨き、瞬く間に学年のトップになった。しかし、そのことを貴族や軍人達はよく思わなかった。
それから暫くした頃、ゼインに一つの知らせが届いた。それはゼインにとって信じられないものだった。
両親が殺されたという知らせ。
犯人などわかりきったものだった。ゼインに恨みを持った生徒やその親が金をつぎ込んで人を雇い、殺させたのだ。
ゼインにとってそのことは学ぶことに関する意欲を失うのに十分過ぎた。徐々に成績は下がり、そして
同じ学年の生徒たちの半数を殺し、消えてしまったのだ。
直様ゼインの捕まえるために包囲網を敷いたがゼインはそれをくぐり抜け、追ってがこないところまで逃げ出した。
やがてゼインは現在に所属している山賊のボスに拾われた。そこでガンガやシーフィーと言った仲間と呼べるものを初めて作った。
山賊で行ってきた行為など褒められる様なものではない。殺人、強盗、誘拐。しかし、ゼインにとっては罪悪感よりも仲間と過ごす時間の満足感が親を失った心を見たしたのだ。
故に仲間を失うことはゼインにとって何よりも辛いのである。
「仲間を守るためか……なら立ってみろ。俺を止めてみろ」
男は足首を掴んでいるゼインの手を振りほどくと数歩後ろに下がる。
「仲間の為に闘うとは勇敢な人だ。勝てぬとわかっていながら、恐怖を振り払い、立ち向かうか。それとも死に恐怖し、倒れたままでいるか。あなたはどっちだ」
男の問にゼインは返答するわけでもなく、己が動かせる身体の部位を使いながらゆっくりと立ち上がる。
「無論……お前を倒す」
体力は既に限界だというのにゼインの目は決してしんではいなかった。仲間の為に目の前の男の前に立ちふさがる。
「名は何だ? あんたみたいな勇敢な人の名前を聞いておきたい」
「ゼイン。なら俺も聞こう、あんたの名前は何だ? 俺を殺す者の名前は聞いておきたい」
「アーク」
「アークか……ありがとう」
ゼインはうっすらと笑い、両者は構える。
そして戦闘は起こった。
だが、一瞬で終わった。
ゼインの周りの土が口になり、ゼインの肉体をまるごと喰らった。肉や骨がすり潰される音が地中からかすかに聞こえてくる。悲鳴すら聞こえない、即死だったようだ。
「貴様は勇敢だが、相手を間違えた。危機察知能力が足りなかったな。俺は向かう敵ならば情け容赦なく殺す……まあ、地中では言葉は聞けぬから、あの世から聞くと良い」
地面に飲み込まれたゼインを見下した。
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