第6話

    シャンテの森の入口。ここは草原となっており、森に入るための準備をしているギルドメンバーなどが見える。


「それじゃあ、魔法に関する簡単なレッスンをしようか」


「はい、お願いします」

    

   アークとジーナは集団で固まっているギルドメンバーとは少し離れたところで、ジーナの魔法の特訓を行っている。


「まず簡単に魔法っていうのは、魔力を具現化させたものだっていう事はわかるよね?」


「はい、生命の体や自然に存在する魔力を呪文、ルーンや魔法陣を使って形作るのが魔法でしたよね」


「そう、その通り。他にも精霊と契約して発動する精霊魔法もある。そして魔力の保有量は人によって変わってくる。そして魔力というものはこの様に。」


    右手の人差し指を顔の前に構える。


「儚き火よ我らを支えたまえ、ファイア」


    呪文を詠唱し、魔法を発動させる。アークの人差し指から蝋燭の火の様な儚い火が発生した。


    使用した魔法は魔法初心者がまず第一に覚える様な初級魔法『ファイア』。これは戦闘ではなく、日常生活でよく用いられる。竈の薪に火をつけたり、蝋燭に火をつけたりする際に用いられる。


「この様に呪文を詠唱したりする事で魔法を発動させる事ができる。中には詠唱を省略して魔法を発動させる事ができる人もいる」


「アークさんは詠唱なしで唱える事ができるんですか?」


「一応初級、中級魔法と一部の上級魔法だったらね。丁度いい、魔法はどの様に区分されるか知ってるかい」


「えっと確か、初級、中級、上級そして最上級で分けられる階級。そしてどんな魔法かを区別する属性で属性の二つでしたよね」


「その通り。属性は、熱や火などを司る赤の魔法、水や氷などを司る青の魔法、風や雷を司る緑の魔法そして土や重力を司る黄の魔法が主な四つだね。そこに光や浄化などを司る白の魔法、闇や呪いを司る黒の魔法、そして強化や空間転移といったものを司る無の魔法だね。ここまではだいたいわかるよね」


    問いかけるアークにジーナはニッコリと笑いながら大丈夫ですと返答する。 


「そう、なら続けるね。この属性魔法の中で白と黒の魔法を二つとも使える人は少ないね。どうしてだと思う?」


「白と黒の魔法は他の五つと違って対極の属性ですから、二つの魔法のうちどちらかしか使えないはずです。それに他の五つと違ってその二つは生まれ持っての適性が必要です、そしてその適性は白と黒のどちらか一つだけしかないはずです」


「そうだね、けど僅かだが白と黒の魔法を両方使える人がいるんだ。けどその場合、どちらかが強くて、もう一方が弱い事が多いね。ちなみに俺もその僅かな人の一人ね」


「え!そうなんですか!?」


    アークの言葉に驚くジーナ。


「うん、そうだよ。あと覚えておくのは色と色を合わせた合成魔法だけど、これは実践で教えるよ」


「はい、わかりました!」









 










    アークによる簡単レッスンの後、二人は森の中に入って行った。


    森の中は昨日とは打って変って、冒険者たちと火山から逃げてきたモンスターとの戦いによって騒々しくなっていた。


「ところでアークさん、今から何を狩るんですか?」


「昨日出会った、君を襲っていたドラゴン。あれが一番手っ取り早やく稼げるからね」


「……嘘ですよね?」


    よほど昨日のことがトラウマになっているのか青ざめた顔をするジーナ。そんなジーナを見ながら少しだけ微笑む。


「本当さ。それに君も一人であれぐらい倒せるようにならないとこれから困ると思うけど?ほら早く探さないと日が暮れるよ」


「はーい……」


    先ほどよりも重い足取りでジーナはアークの後ろをついて行った。

    





    それから歩くこと数十分後、二人は森の奥まできていた。この辺りになるとギルドの人間も少なくなり、普段の森の様な静けさを保っている。


「いましたね」


「ああ、いるね」


    声を殺しながら二人は木の影から目的の獲物を見ている。二人が見ているのは昨日アークが殺したものと同じ種類のドラゴン、『ボルケーノドラゴン』。その名前の通り火山に生息しており、ドラゴンとしては珍しく翼が無いのだ。大きいものとなれば全長10メートルを超す物もいる。食用の肉としても人気で、市場に卸せば家畜の肉よりも高額で取引される。


「大きさは約8メートル、昨日のより少しだけ大きいか。それじゃあ、俺が囮になるから、作戦通りに全力の攻撃を頼む」


「わ、わかりました」


    ジーナは緊張しているのか、どこか落ち着きが無い。


    木の影から飛びたしてドラゴンに向けて駆ける。そしてドラゴンの顎に向けて跳躍する。そして魔法陣の足場を空中に展開し、もう一度跳ねる。

    

    そして飛び膝蹴りをドラゴンの顎にぶつける。ドラゴンは一瞬だけ怯むが蹴りをいれてきたアークをすぐさま睨みつける。そして落下していくアークに向けて鋭い爪で斬りかかる。


「よっと」


    再び足場を作り上げて跳躍、そして爪を躱す。地面に着地しドラゴンに向けて魔法で作り出した野球ボールほどのサイズの水の塊をドラゴンの顔にぶつける。攻撃力も何も無い、只の水。しかし、水をぶつけられたドラゴンはアークを睨みつける。


「グオオオオオ!」


    アークに向けてドラゴンが咆哮する。樹々が震え、鳥が逃げる。しかし、アークはその咆哮を受けても余裕を崩さない。


   ドラゴンが口を開けてアークを喰い殺そうとする。数十本もの鋭利な牙が迫る。アークはそれを飛び上がり回避し、頭の上に着地。


「はあッ!」


    右手を振り上げ、そして空を斬る音と共にドラゴンの頭頂部目掛けて足を振り下ろす。頭頂部に鉄拳が直撃し、ドラゴンは白目を向き気絶しかけ、足元が覚束なくなる。


「今ッ!」


    ドラゴンの頭から飛び降り、ジーナに攻撃の合図を送る。


    合図を聞いたジーナは木の影から飛び出して右手を突き出し、呪文を詠唱し始める。


「射て刺し殺すイカヅチの槍よ、出でよ」


     ジーナの右手から雷が迸る、ドラゴンに向けて右手を動かしながら狙いを定める。


「雷槍!」


   ジーナの右手から青白い雷が発射された。直線的に、ただ真っ直ぐに進む、電気を撒き散らしながら。


    槍が放たれてから数秒もしないうちにドラゴンの元にまで届き、その頭蓋骨をコメカミから貫いた。暴れることも叫ぶこともなくドラゴンは一瞬にして息を引き取り、その場に崩れ落ちた。


「ふう……」


    緊張感から解き放たれたジーナはその場に尻餅をついた。


「お疲れ様、良い魔法だったよ。魔力の量も充分だったし、暫く練習すればすぐに上級魔法も使えるようになってくるよ」


    ジーナに手を差し伸べてゆっくりと立ち上がらせる。


    立ち上がったジーナは自分が殺めたドラゴンを見つめる。


「ついさっきまで生きていたのに。私が殺したんですよね」


    魔法を放った右手を左手で優しく包みながら、ジーナはそっと呟いた。


「そうだね、君が殺めたんだよ。でもそうしないと此処の生態系は崩れてしまうし、冒険者ならこれから何かを殺すことはたくさんあると思う。だから、言い方としては悪いと思うけど、慣れろとしか言えないよ」


「……慣れろ、ですか。少し怖いですね」


「まあ、慣れないと冒険者なんてやってけないよ。それよりも、早くこの食糧を回収しようか」


    そう言うとアークはドラゴンに近づいて行き、心臓の近くに右手を添えた。その様子を後ろから観察している。


「芯より凍れ」


    初めは何の変化もなかった。ゆっくりと、ゆっくりと変化は起こっていく。心臓を中心にゆっくりと内側から外側に掛けて凍っていく。


    青の魔法、初級。魔法の名は芯氷シンヒョウ、触れた生物の身体を時間を掛けて内側から凍らせる。戦闘では時間がかかってしまうという理由で使用はされず、狩人や漁師が仕留めた獲物の鮮度を保つために使用される。


    時間にして三十秒、ドラゴンの身体は頭部から尻尾の先まで凍った。アークはドラゴンから手を離し、ジーナのいる方に振り向いた。


「この魔法は何かと便利だから覚えておくといいよ」


「わかりました」


    凍ったドラゴンを運ぶためにアークは次の行動に移る。


    腰につけていた三つの魔法の袋のマジックポーチ一つを取り外し、袋の口を結んでいる紐を解く。するとみるみるうちに袋の口は広がって行き、やがてドラゴンを頭から呑み込める程に大きくなった。


「凄いですね、魔法の袋ですか……それも性能が一般的な代物とは違いますね」


    一般的な魔法の袋は口のサイズを自由自在に変えることなどできない。口の大きさは使用される布切れの大きさに変わってくるのだから。しかしマーリンが作ったものは普通の物とは違い、袋に魔力を込めることによって大きさを変化させることができるのだ。


「よくわかったね。これは俺の魔法の師匠がくれたんだよ、旅の祝いにね」


「アークさんの師匠は何者ですか?    そんな性能の高い物を作れる人なんて数えるくらいですよ」


「んー、まあ秘密かな。それに俺もこれなら作れるから、もし良かったら君にも作ってあげようか? あって困るような物でもないし」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


    魔法の袋は物にもよるが高価なために持ってない冒険者も多々いる。そのため、アークからの提案はジーナにとってはとても魅力的なものだ。


    魔法の袋の制作方法は意外にも単純だ。市販されている布切れに魔力を込めながら専用の空間魔法の魔法陣を書く。その空間魔法自体が使用するのにはそれなりの実力がいるため、世界中でも作れる者は限られている。


    そしてそれを縫い合わせてクチを作り、袋の形に整えていくだけだ。


    問題点があるとすれば一般的なものは袋の口の大きさを変えることができず、袋の口の大きさ以上のものをいれることができないのだ。逆に口の大きいものを作ろうとすれば魔力を込める量が大幅に増えてしまう。故に一般的な魔法の復路の大きさは巾着程だ。


「よいしょ」


    ドラゴンの頭から身が崩れないようにゆっくりと袋の中にいれていく。


    詰め込む作業は簡単に終わり袋の大きさを元に戻し、再び紐で口を結び腰につけた。

    

「それじゃあ、街に戻ろうか」


「はい!」


    街に帰るため森の出口を目指す二人。


    しかし、そんな二人を邪魔するかのように暗い暗い森の奥から黄色い雷の槍が迫る。


    槍はアークではなくジーナに迫る。


「危ないよ」


    アークは雷の槍を左手で受け止める。槍は左手に刺さらず掌にぶつかり、その存在が握り潰されるかのように一瞬で消失した。


    ジーナは何が起きたのか理解できず、理解した時少し涙目になった。


「ア、アークさん」


「落ち着いて、またくる」


    事態を飲み込めないでいるジーナを落ち着かせるためにアークは優しく話しかける。


    続いて四本の閃光が飛んできた。どれもアークにとっては防ぐのは容易なもの。


「殺意を込めて撃ってきてるな…………面倒な奴らが」


    周りの雰囲気が一瞬にして変わった。より正確に言うならばアークを中心にした空間の雰囲気が変わった。柔らかく、包み込むような雰囲気から、重く、つき刺すような雰囲気へと変わっていく。自分に向けられてないモノだとわかってはいるものの、ジーナはアークから放たれる気配に怯えずにはいられない。


    アークは防御用魔法陣を展開、飛来してくる閃光の槍を防ぎ、槍は空中に霧散する。


    僅かなの沈黙が森を占領する。そして三度飛来してくる雷の槍。前二回よりも数は多く、その数は五本。


「芸も無いし、練度が低い!」


    アークは両手の指先を槍に向ける。全ての指が帯電し始める。


「サンダーッ!」


    せまりくる雷の槍よりも鋭く眩い雷の槍がアークの全ての手の指から発射された。その数十、飛来してきた槍を拭き飛ばし進み続ける。


「うあああああああ!」


    森の奥から悲鳴が聞こえる。若い女の声だった。


「当たったか……ジーナさん、森の外に一人でいけるかい?」


「はい、なんとか」


    涙目になりながらもなんとか声をだすジーナ。その様子を見たアークはジーナを安心させるように優しく微笑む。


「それならよかった。でも危ないと思うから護衛はつけるよ。我に従いめいを果たせ、従狼刃牙」


    アークの足元に魔法陣が展開され、そこから二匹の霧のように形の定まらない白い狼が現れた。狼はジーナの側に立ち、辺りに威嚇をし始める。


    無の魔法上級の一つ、『従狼刃牙ジュウロウジンガ。魔力によって作られた狼を呼び出す。呼び出された狼には簡単な命令が可能であり、例えば周囲の散策、敵への攻撃、対象の護衛などなど多彩である。


「それじゃあ、無事を祈っているよ」


「アークさんも」


    アークさんも無事でいてください、その言葉を言う前にアークは槍が飛んできた方向に走り出した。


「あ…………もう」


    残念そうにつぶやいたジーナを狼達は慰めるような眼を向けた。

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