第5話


    シャンテ図書館、シャンテの街にある町立の図書館。この図書館の管理はこの付近の地域の伝記など様々な本が納められている。この図書館はギルドが管理しており、ランクが高くなるほどより価値のある本、呪いのかけられた魔導書などが読める様になるのだ。


    その図書館にある個室の一つにアークはいた。この図書館が開館するより前に並び、開館すると同時に図書館に入った。既にかれこれ三時間ほど休まずにこの土地に関する伝記などを読んでいる。


    アークは昔からマーリンの家で様々な本を読んでおり、街に来たら図書館に行こうと思っていたのだ。


「色々見て見たが信憑性にかけるものが沢山あるな。調べて見るなら火山の方か」


    読み終えた本を閉じ、椅子から立ち上がり本をもとあった場所に片付けに行く。


「あれ?アークさん?」


    本棚に本を片付けていると誰かから声をかけられた。アークは声をかけて来た方を見る。そこには一人の少女がいた。


「ジーナさんだっけ?」


「はい、ジーナであってます」


    ジーナ・クルト。昨日、シャンテの森でアークが助けた少女である。昨日していた防御用の胸当てを外し、今はどこにでもいるような町娘の格好をしている。


「アークさんはどうしてここに?」


「少し調べたいことがあったからね。この周辺の地域の伝記なんかについてね。そういう君は?」


「わたしですか?わたしは今日は街を探しようと思ったのでここに。そしたら、ほら」


    ジーナは胸の前で抱きしめていた本の表紙をアークに見せる。そこに書かれていたのは『異界勇者録』。これはアークの父、先代勇者について書かれた伝記である。


    この本は魔族との大戦終了後に出版されたものであり、この本には勇者がこの世界でどのような冒険をしたのかが記されてある。尤も、本人から聞いた話ではなく他人から話を聞いて作成した物なので真実とは異なる事が書かれている事もある。


     この本は人間の国で類を見ないほど売れた。戦後に産まれた子供ならほとんどが一度は読んでもらったことがあるほどだ。


    この本の影響で冒険者を目指す者は増加していった。


「わたし、兄と一緒に両親からこの本を読んでもらったことがあるんです。だから、この本を見つけて懐かしくなって。久しぶりに読んで見たんですよ。アークさんはこのお話は好きですか?」


「俺は……」


    笑顔で尋ねてくるジーナに対し、アークは少し言い淀んでいた。


    アークもこの本を読んでもらったことがある。一回だけ。アークが家にあったこの本を見つけ、両親に読んでもらった。自分の父親がどんな人物だったのかアークは知りたかった。父と母、二人ともこの本をアークに読み聞かせていた時、酷く悲しい顔をしていたのをアークは覚えていた。そんな二人の顔を見たくなかったからアークはその本を二度と読まなかった。


    幼い頃にはわからなかった。なぜ両親があんな表情をしたのか、けれど今はわかる。


「ゴメンけど、俺は嫌いかな。その話にはあまりいい思い出がないからね」


「そうですか」


「……その話は確か勇者が魔王を倒して終わるんだよね」


「はい、そうです。勇者と魔王による一騎打ちが行われて、両者行方不明となり戦争が集結してこの話は終わりです」


「そうか……もし、勇者の物語の続きを知ってるて言ったら、君は信じるかい?」


「え、知ってるんですか!?」


    息を荒くしながらアークに体を近づけるジーナ、そんなジーナをアークは肩を掴んで元の位置まで距離を戻す。そして少しだけ呼吸を整える。


「いいや、知らないよ」


    アークの口から予想外の答えが出た。質問をしたのに答えがない。そんな馬鹿げたことを聞いて

、ジーナは驚いた顔をした。


「へ?    知らないならどうして聞いたんですか!?期待したじゃありませんか!」


    頬を膨らませるジーナをアークは両手で宥めるようにしながら。


「ゴメンゴメン、俺は勇者については知らない。……だけど家族を愛していた父親の話は知ってる」


「それって、どういうことですか?」


    頭一杯に疑問符を並べ、首を傾げながらジーナはアークに尋ねる。そんなジーナにアークは背を向ける。


「知らなくてもいいさ。俺の家族の事だからね。それじゃあね」


    アークはその場から立ち去ろうとする。


「待ってください」


    ジーナがアークを呼び止めた。


「どうかしたかい?」


「その……よろしければ午後から訓練をもらえませんか?」


「俺が?……誰かに教えたことは一度もないが、それでも良いのか?」


「はい!是非教えてください」

     

「わかった。君を助けたのも何かの縁だ。それなら、午後一時にギルドまで来てくれ」


「わかりました」


    アークは話を終えるとそのまま立ち去って行った。


















    時刻は十二時五十五分、 ジーナとの待ち合わせ時刻まで残り五分、ちょうどいい頃だと思い、アークは集合の場所であるギルド会館に向かった。


    会館に入るなり、そこは異様な熱気に包まれていた。昨日までの雰囲気とは違い、ギルドにいる冒険者たちが異様なやる気を見せている。屈強な男たちやローブを着た人たちがそれぞれ数人でパーティーを結成している。受付嬢も数人で仕事を処理しているようで、昨日よりも忙しそうだ。


    アークは待ち合わせているジーナを探す。ジーナは案外簡単に見つかった。ジーナもアークのことを見つけ、手を振って自分がいる席に案内する。


「アークさん、こっちです!」


    アークはジーナの座っているテーブルに座ると直ぐにウェイトレスに葡萄ジュースを注文する。


    ジーナの服装は先ほどの町娘のような格好ではなく、昨日と同じように動きやすい服の上に胸当てをしている。テーブルに立て掛けてある杖が彼女の武器なのだろう。


「すまない、またせてしまったようだね」


「いえ、少し私が早く来ただけですから」


「そう言ってもらえると助かる。それで、この騒ぎは何かあったのかい?」


    アークは熱気に包まれている周りを見ながら、ジーナに尋ねる。


「ええっとですね。昨日、森にドラゴンがいましたよね」


「ああ、いたな」


「それで、ギルドの方から正式に森やその付近に逃げ込んで来た火山に生息する生き物の討伐を依頼したんですよ。その報酬が通常の倍以上らしくて、色んなランクの人たちがやる気を出してるみたいなんです」


「そうか、それは大変だな」


    興味なさげに返答するアークにジーナは少し驚いたような表情をする。


「興味ないんですか?アークさんなら依頼を簡単にこなせるんじゃないのですか?」


「お金ならまだあるし、それに今日は君に魔法を教える。それにその依頼とやらは今日だけで終わるようなものじゃないだろう」


「……そうですか」


    少し残念そうな顔をするジーナ。アークはその顔を見てふうっと息を吐き、ウェイトレスが運んで来てくれた葡萄ジュースを少し飲む。


「けどまあ、魔法を教えるには実戦するのが手っ取り早い。それに君と昨日約束したからね。今度一緒に任務を受けてくれってね。だから、もし君がよかったらどうだい?今日は任務を受けるっていうのは」


    アークの言葉に少し驚くジーナ、そして直ぐに返答する。


「は、はい!喜んで。あの……実は昨日、あの森でドラゴンに襲われた時に財布を無くしてしまった事にさっき気づいたんです。だから、今お金が一切なくて」


    アークに対して申し訳なさそうに話すアーク。アークはコップに注がれた葡萄ジュースをすべて飲み干して席を立ち上がる。


「そういう事なら言ってくれればよかったのに。なら行こうか」


「わかりました」


    ジーナは座っていたテーブルに立てかけてあったメイスを手に持ち、アークについていく。


     アークが受付嬢のいるカウンターの前に立つと受付嬢がニッコリと営業スマイルをしてきた。


「任務を受けたいんだが、いいかな?」


「わかりました。それで、本日はどの任務をお受けになるのですか?」


「火山から逃げてきた魔物なんかの討伐」


「わかりました。報酬に関しては持ち帰ってきた討伐した魔物の頭部を見ますので、お忘れないようおねがいします。御武運をお祈りしています」


「ありがとう……それじゃあジーナさん、行こうか」


「はい!」


    アークはギルド会館から出て行く前に掲示板に張り出されているモンスターのレートを確認すると、少しだけ口元が上がった。そしてレートを確認し終えると鼻歌を歌いながら出て行った。




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