第3話
森の出口に向けて歩いているアーク。森からは様々な生物の鳴き声や木々が揺れる音が聞こえている。アークの門出を祝う様に、別れを惜しむ様に森が鳴いている。
暫く歩き続けると森を抜け、草原に出た。青く茂る草原が一面に広がり、すり抜けるような爽やかな風がアークの身体を通り過ぎていく。
「こっから街まで順調に歩いていけば正午過ぎには着くかな。向こうについたらなにをしようか」
誰に話しかけるわけでもなく、独り言を呟き、アークは街へ向けて歩き始めた。
森を出て、街へと続く道を歩いていたアーク。彼はその道の途中で街に農作物を運ぼうとしていた農家のおじさんの馬車に乗せてもらった。
「お前さん、シャンテで何をするんじゃ。見たところ、兵士ってわけでもなさそうだし」
「唯の旅の経過地のひとつってだけですよ。その街に荷物を渡して、ギルドに行ってお金を貯めるんですよ」
「ほぉー、それは大変じゃな」
「大変?何が大変なんですか?」
ギルドと言うものは、ギルドから出された依頼を受け、それに応じた報酬を得るというものである。中には何かを狩ったり、採取したりするものがある。
無論、受ける以来の中には命を落とす危険がある物もある。危険であればあるほど貰える報酬が高くなっていく。故にギルドでのギルドメンバーの任務中の死亡人数は一年でかなりの数になる。
そのことを農家のおじさんは言っているのだろうか。
「北にうっすらと火山が見えるじゃろ。最近あの場所に魔族がいると噂になっとるんじゃ」
この地方は大国であるグルナ王国の一部である。王がいる王都までここから歩けば数日でついてしまう。そんな場所に魔族が来るというのは余程の自信家か唯の無謀な奴だと言える。
「魔族が……それは大変ですね。あ、街が見えてきましたよ」
遠くの方に周りを壁に囲まれた街が見える。あれが今回の目的地、シャンテ。
シャンテはグルナ王国にある街の中でもかなりの規模を誇る街である。周囲は壁に囲まれ、入場するのにもある程度の審査が必要である。入場審査があるおかげで街の治安は良く、王都に行く人も王都からきた人も集うため、街は非常に賑わっている。
「ありがとう、おっさん」
「おう、元気でやれよ」
入場審査も無事に終え、農家のおじさんと別れたアーク。
彼はこれからこの街のギルドがある建物に向かう。
「ギルドがあるのは街の北側、でもその前に街の東にいかないとなぁ」
腰にあるポーチを触りながら、アークは街を見渡した。今いるのは街の南側なので先ず向かうのは東側。目的はマーリンの配達。
街の東側に行くといっても、行き方は様々である。街の街周に沿って移動したり、街の中央の広場を通って行ったりと様々である。
アークが選んだのは街の中央の広場を通る道。広場では様々な人が各々の時間を過ごしている。
ボールを使って遊んでいる子ども、木製のベンチに座って寝ている老人や剣を振って鍛錬している屈強な男。老若男女様々な人たちが各々の時間を過ごしている。
そんな中、アークが気になったのはとある一団。噴水の前で神父服を着た男が、その周りを囲んでいる座っている人たちに何かを話している。
「何だあれ?」
距離がかなり離れているために何を話しているのかわからない。
気になったので取り敢えずアークは近くにいたベンチに横たわって酒を飲んでいるぼさぼさの金髪の男性に声をかける。
「すまん、あれは何をやってるんだ?」
「んあ?何だあんた、世界神教を知らないのか?」
「世界神教……ああ、あれが」
アークは今までマーリンの家で大量の魔道書や歴史書を見てきた。その中でも世界神教は歴史において様々な場面で出てきた。
世界神教、それはこの世界で最もポピュラーな宗教であり四分の三の人類が信仰していると言われている。唯一神というものを崇拝するという信仰であり、その起源は一説によると人類が始まった時からとも言われている。
だがギルドの人間には信徒が少ない。
「普段は教会でお祈りをしてるんだが、今日みたいな休日は公園にでて布教活動をするんだよ。まあ、俺みたいなクソ野郎には関係ないがな」
男はそんな風な事を語ってはいるが、格好は噴水の前で不況活動をやっている神父らしき男と似た格好をしている。
しかし、着ている紺色のキャソックは所々ボロボロになっている。清潔感は感じられず、だらしない人間だと人目でわかる。
「あんたもそのお祈りとやらはしなくて良いのか?他は真面目にやってるが」
「俺の仕事は布教活動じゃねえしー。それにお前は……俺が真面目に見えるのか?」
寝転がったまま、アークに尋ねる破戒神父。その見た目は……だらしない。
「見えねえな」
「ところが真面目なんだよ、ちゃんと週に一回お祈りを……………やってねえな、今週」
酔っているのか気が狂っているのか、わからないがゲラゲラと笑いながら男は起き上がってベンチに腰掛けた。
「あーあ、どうしよう。まあいっか。なんとかなるか」
勝手に悩んで勝手に満足した男は手に持っていたワインの瓶を一気に煽った。
ワインを飲み干して、下品に袖で口元を拭った。その後酔っているのが原因なのかわからないが、ふらつきながらゆっくりと立ち上がった。
更にポケットから一枚のコインを取り出した。
「表……裏……どっち?」
男はコインの表と裏を見せながらアークに問いかけた。アークは少し目線を上に向けた後、男の顔を見て答えた。
「表」
「オッケー!」
その言葉と同時に神父は親指でコインを空高く弾いた。放物線を描いて運動するソレは神父の手の甲に落下して、神父はもう片方の掌でその動きを止めた。
神父は手を動かして、コインの表裏を確認する。
「……表ェ」
神父は嬉しそうにニヤリと笑って、ポケットにコインをしまった。
「ありがとう、見知らぬ旅の人。貴方のおかげで今日私がすべき事がわかりました。心より感謝を申し上げます」
今までの巫山戯た、ちゃらんぽらんな態度とは打って変わって、神父は神父に相応しい厳粛な態度でアークに接し始めた。
「そうか、それはよかった。それで……何をするんだ?」
「当たったから、今日は?今日もギャンブルをしよう。だけどいつも負けてばかり、真面目な俺を神様が助けてくれないのはなんでだ?だって神は傍観者だから」
アークに背を向けると、からになったワインのボトルを持ったまま神父は何処かに立ち去って行った。
アークはそれに一瞬飽きれはしたが、何も言わずに踵を返して目的地に向かう事にした。
「ここが目的地ねえ」
アークはマーリンから頼まれた手紙を渡すために街の東側にきていた。そこにあったのは巨大な屋敷、周りを塀で囲まれており、出入り口には二人の門番がいる。
アークは門番に近づいて行く。すると彼らははアークに向けて持っていた槍を突きつける。
「貴様、何者だ!?」
「怪しいものじゃない。只、手紙を渡しにきただけだ」
「手紙?見せてみろ」
アークは門番の指示どうりにポーチから手紙を取り出して渡す。
「差出人はマーリン……マーリン様!?貴様、これは本当にマーリン様からの手紙なのか?」
マーリンからの手紙だと聞いて門番はアークに本物かを問いただす。アークは知らないことであるが、マーリンの名前は普段から本人の知らないところで勝手に使われていたりする。そのため門番が確認するのは当然のことだ。
「ああ、本物だ。魔術で印してるのがその証拠。多分、宛名に書かれている人には本物だとわかるはず。あったことないけど」
その言葉を聞いた門番は暫く考え込み。
「わかった。これは責任をもって届けよう」
「ありがとうございます。それでは私はこのへんで」
アークは屋敷から立ち去り、北の方角に向かった。
「ようこそギルドへ。初めての方ですね。ギルドカードを制作しますので少々お待ちください」
あれから数十分後、アークは無事にギルドまでたどり着いた。ギルドの中に入るとそこには男女問わず、武器などを持っていた。彼らはこのギルドに所属している者達だ。
普段、ギルドからの任務を受けない人たちはこのギルドにある食堂でご飯を食べたり、お酒を飲んだり、他者と交流したりしている。そのため建物にはギルドメンバーなための宿泊施設が備え付けられている。
「メンバーズカードが出来上がりました。こちらの方にサインをお願いします」
受付嬢から渡されたカードに名前を書く。フルネームは書かずに『アーク』とだけ記入する。
名前を書いたカードを受付嬢に渡す。受付嬢はカードに何かを書き込んでいき、再びアークに渡す。
「これでアーク様のギルドへの登録が完了しました。こちらのカードにはアーク様のギルドメンバーとしての情報が載せられております」
アークはそう言われるとカードを確認する。書かれてあるのは自分の名前とギルドランク、ギルドランクには『E』と記されていた。
ギルドにはそれぞれランクがE〜SSまで存在し、ギルドに登録したばかりの者はE、そこから経験を積んでいくごとにランクが上がっていく。そして最終的にはSランクになる。Sの上にはSSランクが存在するがこれはその地方のギルドを治めるギルドマスターに与えられるものである。つまり、一般のギルドメンバーの最高位はSであり、それより上のSSは管理職のようなものだ。
ランクによって受けられるクエストなどが変わってくる。それだけではなく、ギルドでの待遇でも変わってくる。例えばDランクのメンバーは一日に一杯だけ飲み物を無料でもらう事ができ、Sランクのメンバーは一流の食材を使った料理を無料で食べる事ができる。さらにギルドが直営している宿でも高ランクのメンバーは良い部屋に泊まることができる。
「初めのクエストは街を出て西側の森で薬草の採取となっております。それが終わればクエストをご自由に選ぶことができるようになります」
「わかりました。西側の森ですね」
「はい。あとよろしければパーティーを組みませんか?最初の任務は危険を避けるために実力のある人と組むことをお勧めしますが、どうなさいますか?」
笑顔で接客してくる受付嬢に対し、アークも少しだけニコりと笑い。
「いや、大丈夫だ。腕に関して自信がある。それも、この場所にいる誰よりも強いと自負してる」
傲岸不遜、ギルド職員の女性はその言葉を冗談かと思ったが、アークの目が笑っていなかったので、乾いた笑をした。
そして、その言葉で今まで馬鹿騒ぎしていたものたちは青筋を立て睨みつけ、武器を構え始めた。
そんな様子をアークは少し笑いながら見ていた。
「唖々、怒らせてしまったようだ。なら退散しますか」
そう言うとギルドの建物から出ていき、街の門を目指した。
「ほう、あいつらの息子がきてるのか。これは面白い」
老婆は笑う。他に誰もいない部屋で、手紙を見ながら、これから起きる何かに期待するように笑う。
「まさか、旅に出るとはね。よくあのジジイが許したもんだ。まあ、そんな事はどうでもいいがな」
老婆は重い腰を上げ、椅子から立ち上がると窓辺により、窓からの景色を眺める。窓からは街が一望できる。活気に溢れ人々で賑わっている市場、人々の憩いの場である公園、すぐそこに戦争の気配が近づいているのにも関わらず明るい気で満ちている。
「こき使っていい……か、あのジジイもなにを考えている事やら」
手に持っていた手紙を机に放り投げ、老婆はまた笑った。
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