第41話


    葵が泣いてる。どうしてなのか。それに足に力が入らない。


    体が落ちていく。葵のひ弱な力では支えられず、共に尻餅をつく形になった。


    胸に突き刺さっていた触手が引き抜かれる。


    血が胸から溢れ出てくる。心臓に突き刺さらなかったのは幸いといっていいのかわからない。痛みもない。


「やだ、死なないで。死んじゃやだよ、宗麻くん!」


    葵が俺に回復魔法をかける。しかし、傷口は塞がらず血が流れ続ける。


    焦って、泣いて魔法をかけているからなのか、それとも俺自身の魔力と体力が枯渇しているのが原因なのかわからない。


    そうか……俺はもう駄目なのか。


    一流の魔法使いがいれば俺の傷を癒せたのかもしれない。しかし、ここにいるのは、葵には失礼だが二流、三流の魔法使いしか来ていない。掠り傷なら塞げるかもしれないが、胸に空いた孔は塞げない。


    治樹の奴になんて謝ればいいのだろうが。あいつに散々任せろと言ってきたが、この様子じゃ約束を守るのは駄目そうだ。


「宗麻!如月!逃げろ!後ろから来てる」


    鋼牙が此方に向けて叫んでいる。


    後ろ?


    ゆっくりと首だけを動かして背後の様子を確認する。


    モンスターの骨格を覆っていた泥が溢れている。泥はドームの床に波を作り上げ、此方に迫って来ている。


    アレから触手が伸びて、俺を突き刺したのか。アレは何を求めている。宿り木か、それともただ暴れたいだけなのか。


ピシリ……


    今度は地面から音がした。罅が地面に入っている。戦いの衝撃で洞窟が崩れ始めて来たのか。


    そして、ガラスの砕けるような音と共に結界が貼られていた、出口と思われる巨大な石の扉が開き始めた。


「何故だ、何故結界が敗れた?」


    結界を解除していた魔導師が慌てている。どうやら開けた奴は別にいるらしい。


「そんなことはどうでもいい!みんな、扉に向かって逃げろ!二人とも!早く来い!」


    鋼牙が俺たちを呼んでいる。他の奴らは鋼牙の言葉に従って、我先にと扉に向かっている。


    行きたいのはやまやまだが、もう動けない。だから葵だけでも逃がさなくては。


「……葵、俺に構わず……逃げろ」


    微かに残った力を振り絞って、葵に伝える。このままでは葵まで俺に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。


「宗麻くんも一緒に戻ろうよ、治樹くんも京香ちゃんもいるあの場所に!……一人にしないで、一人は怖いもん、嫌だよ……」


    涙を堪えきれず、泣き出した葵。


    俺は右腕を動かして、葵の後頭部を優しく撫でる。葵が泣いていた時はいつもこうしていた。こうしたらいつも葵は泣き止んでいた。


「なんだよ、泣き虫じゃないと言っていたのに、やっぱり泣き虫は変わってないじゃないか。こんなんだったら、駄目だろ。泣かないで」


    できる限り明るく、俺は葵に話かける。


「……わかった、泣かない。泣かないから、だから一緒に行こうよ!」


「それは……駄目だ」


    泥が俺たちを取り囲む。もう逃げ場はない。けれど、葵だけなら救うことができる。


「お前だけなら逃がすことができる」


    ギュッと片手で葵を抱き寄せる。


「俺は……お前が死ぬところを見たくはないんだ。だからさ」


    体に残った僅かな魔力を溢れ出ていく血液にのせる。それを媒体にして葵に対して緑の魔法を唱える。その魔法は風を呼ぶ、風に乗せて運ぶ。


    葵の身体から手を離して、俺から引き離す。


    葵の体に風が纏い、宙に浮く。


「鋼牙ァ!しっかりと受け取れよ。取らなかったら一生恨むぞ!」


    目は既に殆ど見えなくなっている。嗅覚もしんでいるかもしれない。だから残った聴覚を頼り鋼牙の居場所を探り当て、葵をその場所まで飛ばす。


「宗麻……お前…………任せろ!絶対に受け取ってやる!此処だ!俺は此処にいるぞ!」


     鋼牙がこれでもかと言わんばかりの大声をあげる。


「ふっ……ありがとな」


    鋼牙の声から座標を決めた。


    急がなければ、俺の周りの地面にも罅が入ってきていやがる。崩れ落ちるのも時間の問題か。


「宗麻くん、手を延ばして!私の手に捕まって!」


    葵が俺に向けて手を延ばす。けれど、今の俺にはその手に向けて手をのばす力さえのこっていない。


「葵、治樹にさ……伝えてくれよ。ごめんって」


    結局、鳥籠から開放させるっていう約束破っちまったな。


「言いたいことがあるなら自分で伝えようよ!皆で、戻って!」


「葵…………こんなどうしようもない俺と居てくれて…………ありがとう」


    風が葵を運んでいく。何ものにも邪魔されず、目的地に到着した。


「宗麻!確かに捕まえたぞ!お前も早く来い!」


    鋼牙…………そうか、葵を受け取ってくれたのか。ならもう俺にできることは何もない。


    地面がゆっくりと沈んでいく。足元の岩盤が崩れて行っているのだろう。


    風が起きた。その風は俺たちをこの場所に運んできた風によく似ていた。鋼牙の叫び声が小さくなって行くのが感じられる。どうやら、あの風は今度は入り口まであいつらを運んでくれるらしい。


    そして誰もいなくなった。




     ありがとう、そして…………ごめん




    俺は地に沈んでいった。

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