第39話
「鋼牙、怖いか?」
「何がだ。寧ろ楽しまないと、心がおかしくなるだろ」
「…………そうか、でも勘違いするなよ。これは時間稼ぎだ。倒すことが目的じゃない」
魔法具の槍を展開、それに合わせて軽い鎧も展開される。その後体全体と槍に魔力を循環させて活性化させる。鋼牙も俺と同じように魔法具を展開して魔力を流し込んでいる。
前にいるモンスターに注意を向ける。槍を構え、敵の反応を伺う。一瞬でも気を脱いてはいけない。相手は王国の兵士共を容易く屠った実力者なのだから。
「……アア」
モンスターが声を漏らした。悲しみに満ち溢れた声だった。それを聞いて俺は不思議と涙が零れ落ちそうになった。
背負っていた槍を持ち、モンスターも俺と同じく構える。
俺はその姿に己の目を疑った。モンスターの構えは俺と瓜二つ。しかもただ真似たというわけではなさそうだ。猿真似した時に出てくるぎこちなさは感じられず、寧ろ俺の構えよりも洗練されつくしている。
あれが完成系なのだろう。
そう思わずにはいられない。あの構えをみれば見るほど右手が疼き出す。
「行くぞ」
「ああ」
一斉にモンスターに向けて駆ける。
初撃、モンスターの頭を狙った攻撃だが相手の槍に阻まれる。やはり反応が今まで戦ってきた兵士達よりも早い。
続いて鋼牙からの一撃が飛んでくるがこれ槍を動かして捌いた。
嫌な汗が流れる。ほぼ同じタイミングだったというのに奴はそれをいとも容易く防ぎやがった。
攻撃から一転、防御に移る。敵の槍捌きはまさに見事なモノだろう。もし敵でなかったのなら師事したいと思えるほどには。
疾風と感じ取れる程の速度の突きが俺たちに襲いかかる。俺が鋼牙の前に出て、それらを全て捌いていく。
衝撃が手に伝わる。最適な角度で突きをずらしているにも関わらず、こちらに伝わってくる衝撃は手の感覚を麻痺させてしまう程のモノであった。
俺が槍を捌いているうちに鋼牙がモンスターの背後に回り込む。敵からは完全に死角、そして気づいている様子も感じられない。
鉄拳がモンスターの背中を襲う。
しかし現実は違った。
モンスターは振り向きもせずに鋼牙の鳩尾を石突でついた。その衝撃は鋼牙の表情をみれば想像が付く。胃から逆流したモノを必死に閉じ込める。一撃を貰っても闘争心は消えず、モンスターの槍を両手で掴み動きを封じている。
「やれ!」
槍に魔法で雷を纏わせる。俺が得意な緑の魔法の一つ。今この瞬間に込めれるだけの魔力を込めて、槍技の一つを撃ち出す。
「雷鳴槍!」
雷を纏った槍の突きはモンスターの心臓部分を貫いた。肉を焦がす音が聞こえる。モンスターの動きも止まり、周囲は安堵の雰囲気に包まれる。
「……やった?」
それは他の奴らからの声であった。モンスターの心臓を突き刺したのだ、普通の生き物だったらここで息途絶えているのだろう。
普通ならばね。
モンスターが突然動く。
やはり簡単には死なないか。そもそもあれは生きているのかさえわからない。
左手で心臓に突き刺さった槍をぬき、右手に持った槍を鋼牙ごと地面に叩きつける。鋼牙は思わず槍から手を離した。
拳が迫る。それに反応する事も出来ずに俺はモンスターに胸を殴られ、後方に大きく吹き飛ばされてしまった。さらに鋼牙も蹴り飛ばされ俺に迫ろうとしている。
「鋼牙ァ!」
「わーってる!」
俺は槍を地面に突き刺し、鋼牙は両手を使って勢いを殺して着地した。モンスターからの追撃はない。敵はその場から動かずに待ち構えている。
「おい、宗麻。奴の胸を見ろ」
鋼牙にそう言われ、俺は敵の胸を見た。
槍に突き抜かれた心臓、焦げた肉。だがそれらは今も修復され続けており、あと数十秒のうちに完治してしまうだろう。
だが鋼牙の言いたい事はそんな事ではない。奴の胸の中心、そこにあるモノだ。
禍々しい光を放ち続ける赤い玉。
先ほどまでは肉体に覆い隠されていたが、俺の攻撃を食らって肉体が吹き飛び、露出したのだろう。だが露出していたそれは再び泥に覆われてしまった。
そういやあ、あれを中心に泥みたいなモノが骸骨に集まっていたよなあ。
「なるほどね。あれをぶち壊せばいいんだよなあ」
赤い玉がモンスターのコアであると予測する。
「だろうな。でもそんなことが本当にあるのか。つーかあれは壊せるのか?さっきの一撃でも壊れなかっただろ」
鋼牙が籠手を付けた握り拳をぶつけ合わせる。金属と金属が擦れる音が響く。
確かにさっきの一撃ではあのコアにはまともにダメージがいっていないだろう。
だが策はある。
「他の奴らの魔法を使う」
背後にいる他の生徒達を見ながら、俺は鋼牙に話した。
「どうやって?」
「なに、俺に任せろ。すこしの間時間を稼げれば良い」
「そうか、ならお前に任せる。俺も隙を作ってみるよッ!」
鋼牙の両手の魔法具の籠手に紅蓮の猛火が宿る。轟々と燃え盛る炎は鋼牙の意のままに姿を変質させていく。球状から洗練され、より鋭く五本の爪のような形になる。
緑の魔法を通す俺の魔法具とは違い、鋼牙の魔法具は赤の魔法を通しやすい。
だがこんな技を使っているのなんて見たことがない。
「名前はまだない、ぶっつけ本番だ!」
鋼牙の筋肉が爆発的に膨れ上がり、そして力任せに押さえつけられて行く。
恐らく肉体を限界まで活性化させたのだろう。だがあのままでは長時間の戦闘は不可能だろう。数分のうちに体中の血管がきれて魔力が通らなくなる。そうなる前になんとかしないといけない。
短期決戦。
「葵!」
後ろを振り返り、ただ一人生きのこった王国の魔導師と一緒に皆をまもるための結界を張っている葵に声をかける。
「どうしたの宗麻くん!」
長時間の結界を張り続けるのは流石に辛いのか、葵の顔には披露の色がうかがえる。
「他の奴らに雷の魔法を唱える準備をさせろ。そして俺が合図を出したら俺の槍めがけて放て。理由は聞くな!」
「わかった!」
物分りが早くて助かります。
そうとなりゃ、俺も気張るか。
懐から副騎士団長からもらっ怪しげな液体の入った瓶を取り出し、それをひとのみ。そしてまた瓶をふところに入れ直した。
湧き上がる、力が。ドーピングのようなモノだとは聞いていたがまさかこれ程のモノとは思わなんだ。
何かの門が開かれるような、破壊されるような感覚であった。始めて魔法を使った時と同じような、何か自分の中にあった本当のものが目覚めるような感覚だ。
だがやれる。この力があればあのモンスターを打ち破ることができる。
魔力を再度槍に流し込む。今度は先ほどまでの量のおよそ倍。つまり放つ魔法の威力も二倍だ。
だが俺もどうやら長時間の戦闘は不可能らしい。肉体が悲鳴をあげ始める。
「ふう」
心を落ち着ける。
思い浮かべるのは波一つ立たない水平線の彼方まで続く湖。
鏡面の如きその水面を荒立てるモノは外部にはない。
「ハッ!」
己の内側より、その湖面を水平線の彼方まで爆発させる。天まで届く水飛沫をあげる。
雷電のように勢いよく駆け出す。極限まで直線的に、音速に肉薄して行く。肉体に雷電を流し込み、それを足の裏から放ち続ける。
一閃、雷電を纏った一撃は先ほどまでの只の突きとは比べ物にならない程の高い威力をほこる。
敵も反応は行うが、それでも今の俺の方が僅かに速い。それに槍の構えが酷似しているが故にそこから行われる行動も予測が立てることができる。
だがまだ手のひらの上で踊らせてはいない。
肉体よ、もっと躍動しろ。
雷鳴よ、より轟かせろ。
槍戟よ、さらに激しくなれ。
超えろ、この亡霊を。
屠れ、虚しき醜悪なる亡骸を。
「なにひとりで楽しんでやがる」
鋼牙が俺とモンスターの間に割り込んできた。炎の爪を握り固め、爆炎の一撃がモンスターの頭部を捉えた。モンスターの頭が回転し、首がねじ切れそうになる。渾身の一撃。
しかし、その一撃は左の一撃、鋼牙の利き手のソレに非ず。
「もう一撃、サービスだぜッ!」
今度は右の一撃、回転した頭部を今度は逆回転させて元に戻す。その際にモンスターの頭蓋骨が砕ける音が聞こえた。
モンスターの頭部が人の形を維持出来なくなる。頭蓋骨が砕かれたからなのか、骨組みがなくなり肉が溶けていく。まるで映画に出てくるゾンビのように不気味だ。
「もう一丁ッ!」
鋼牙は両手を絡め合わせ、より巨大な火炎を作り上げる。そして頭上に拳を動かすと力任せにソレを振り下ろした。
ダブルスレッジハンマーが敵の左肩を砕く。モンスターの左腕が力なく地面に落下した。
モンスターの体制が崩れる。左腕がなくなったが故に、ましてや重い槍を持っているため重心がずれたのだろう。
雷電の刃を穂先に纏わせ、バランスの崩れた相手の右腕を切り落とした。槍ごと右腕が宙を舞い、そして地面に穂先が突き刺さった。
今ならやれる。
「離れろ、鋼牙!」
その言葉に反応し、鋼牙はモンスターの胸に蹴りを入れ、その反動で大きく後ろに下がった。
「槍よ雷を誘え、誘雷槍!」
槍がより一層、雷電を纏う。この技を使えば、辺りから雷を引き寄せることができる。
「全員、今だ!」
背後で魔法を構える全員に合図を送る。音を感じる、気配を感じる。
左足を大きく踏み出し、腰を回転させながら右腕にありったけの力を込めて槍をモンスターの胸に存在する赤い玉に向けて投擲する。
俺を追い抜き、槍目掛けて複数の稲妻が追いかける。
誘雷槍、その特性は電気を引き寄せさせ己の攻撃に変換させること。弱々しい個を巨大な個にすることができる。
モンスターの胸に槍が突きささる。更に飛んできた雷が槍に吸い込まれ、モンスターの体内を駆け巡る。肉体を焦がしてはいるが、未だにモンスターは動き続けている。
浅かった。見れば泥が胸部に集まっている。あれのせいで穂先が赤い玉に届かなかったのだろう。
ならば押し込む。
槍に駆け寄り、ソレを掴むと力任せに押し込む。しかし槍はビクともしない。硬い岩に刺さったかのようにより深く突き刺すことが出来ない。
「宗麻!そのままだ!」
背後から鋼牙の声が聞こえる。あいつがなにを考えているのかわからねえが、従うしかなさそうだ。
「壊れろッ!」
次の瞬間、石突に激しい衝撃と高速で金属をぶつけたわせたような炸裂音が生まれた。
鋼牙の奴、石突を殴りやがったな。
石突より伝わった衝撃は穂先に伝播し、槍に硬い堅い肉の壁を貫かせた。
奇妙な感覚が手に伝わった。多分だが赤い玉を貫いたのだろう。胸から入った槍が背中から出て行く。
モンスターの肉体が崩れ始める。溶岩のようにドロドロと肉が骨から落ちていく。そして、槍をすり抜けて全てが地面に落ちてしまった。赤い玉も二つに割れている。
「終わったな」
背後にいる鋼牙に声をかける。自分でも意識していないが、その言葉には安堵の思いが込められている。
「つれえ。疲労感が半端ない。魔力で肉体を限界まで酷使するとこうなんのかよ」
同感だ。肉体がスポーツをした後に感じるような眠くなるような疲労感とは全く別の披露を感じて嫌がる。気持ち悪い。
「戻るぞ」
「あいよ」
後ろに振り向くと、他の奴らが歓喜と安堵の叫びをあげていた。無理も無いか、異世界に連れてこられて、こんな死にそうな目にあってしまったんだからな。緊張感から開放されて、テンションがおかしくなっちまったんだろう。
「全員、無事……!?」
全員、無事か。そう言おうとしたがその言葉を言い終える直前に背後から嫌な気配を感じた。圧倒的なまでの殺意。
嘘だろ?
「くっ!?」
咄嗟にその場にしゃがみ込む。その直後、一瞬前まで俺の頭があった場所を黒い触手のようなものが通りすぎた。
「鋼牙!」
「嘘だよなあ、おい!」
振り向きながら、葵たちの方向にバックステップ。
振り向いて見たものは、数本の触手を辺りに伸ばしているモンスターの残骸であった。触手の先にはモンスターに殺された兵士たちの遺体を掴んでいた。
あれはヤバイ。そう直感が告げている。
遺体が触手に引きづりこまれていく。
遺体が飲み込まれる前にあれを倒さなくては。
その考えは鋼牙も同じであったようだ。何の合図もなしに同時に残骸目掛けて走り出す。
だがソレを残骸から伸びた何十本の触手が行くてを阻む。一部の隙もなく、俺たちの足を止めさせる。
俺たちの労力も虚しく、遺体が残骸に取り込まれる。肉や骨がすり潰される不快音が洞窟内に響く。不気味に残骸は蠢き始める。それに伴い、あれに含まれる憎悪が増えいていく。
俺たちに攻撃していた触手は元に戻り、俺たちも葵たちの元にまで下がる。もう、無意味だ。
「貴方たち二人とも大丈夫なの?」
二人だけ残った王国の魔導師の女性が心配そうに俺たちに声をかける。
「声をかけてくれるのはいいが、俺たちよりもう一人の魔導師にしてくれよ。早く鍵を解いてくれってな」
軽そうな態度で、半笑いで魔導師にへんとうする。できる限り此方を心配しないように。でもなあ、本当に早くしてくれよ。
槍を支えにして、体をできる限り休める。ウズウズと動く血管を休ませる。これ以上魔力を血管に流すとなると肉体が限界を迎える。
残骸が膨れ上がり、人の形を作り上げて行く。それだけならばさきほどまでと同じ。二足歩行の人型が両手を地面について四足になる。人の顔も化け物ようになる。一つ目、鼻はない、口も顔の半分を占めるほど巨大だ。
そして更に二本の腕が生えた。その腕も普通ではなく、長大で肘が二つある。
体躯も兵士たちを飲み込んだからなのだろうか、先ほどよりも巨大になっている。
まさにモンスター。
武人のような振る舞いをしていた先ほどとは比べられないくらい粗暴で野蛮で醜悪だ。
「ウギャアアアアアアアアア!!」
その咆哮は俺たち全員を容易く震えさせた。聞いただけで、背後にいる奴らの半分が尻餅をついた。
単眼が俺たちを睨みつける。
「アアッ!」
モンスターが此方に突撃してくる。踏み込んだ後ろ足が地面を砕き、狂気の形相で俺らに向かう。
後ろには皆がいるためよけることは出来ない。
「多重守護結界」
槍を高く掲げあげ、石突を地面に勢いよく叩きつける。俺を中心に半球状の魔力の膜が幾重も張られる。
一枚目、屈強な顎で肉を食すように、膜を食い破る。
二枚目、三枚目と背中の巨大な手に毟り取られる。
残り一枚………破壊される。
「アアアアアア!!」
大顎を広げ、俺を喰らいにかかるモンスター。槍を地面から離して、穂先をモンスターの口の中に突きつける。
ガギリ
刃先がモンスターに噛まれ、防がれた。金属の刃にモンスターの刃がめり込む。
ヤバイ、砕かれる。
モンスターの顎にムーンサルトキックを一撃、さらに槍から手を離してモンスターの肩を足場に上空に飛ぶ。
その直後、砕かれる槍。
「槍を俺に投げろ!」
その言葉の後に俺に向けて生徒達から槍が一本投げられる。それを受け取り、雷撃を纏わせる。
「グルェ?」
モンスターの注意が俺に注がれる。ギョロリと目が上空の俺を捉える。
「そんなに上が見たけりゃ、見せてやるぞ!」
モンスターの顎を鋼牙がアッパーで捉える。
勢いよくモンスターの体が持ち上がり、体制が崩される。
「こいつの距離を離させろ!」
雷撃を纏った一本の槍をモンスターの脊髄に突き刺した。俺を振り下ろそうと必死に暴れるモンスター。
「ハアッ!」
鋼牙の烈火の剛拳がモンスターの腹を撃つ。吹き飛ばされるモンスター、俺もそのタイミングに合わせて槍を抜き取り、地面に降りる。
吹き飛ばされたモンスターめがけて駆け抜ける。
体が悲鳴をあげ始める。体全体が痺れ始め、目がかすむ。時間がない。それは鋼牙も同じようだ。頬がわずかに引きつっている。
「一槍覇穿」
「烈拳業火」
槍に竜巻と雷撃が纏う。放つはこの世界に来てから自分の力のみで作り上げたオリジナルの技にして、俺が放つことができる最強の技。
鋼牙の左腕の炎が消える。その代わりに右腕の炎が激化する。焔は右腕を飲み込み、今にも鋼牙の肉体を全て喰らおうとしている。
「ワギャギャギャ!!」
モンスターが肉体を弓なりに反らし、背中の長大な拳を強く握りしめる。大量の息を吸い込み、胸の体積が二倍ほどの大きさになる。
放たれた、背中の腕からの圧倒的な一撃。大量の息を同時に吐き出して拳の速度を加速する。
ぶつかり合う必殺の一撃と一撃。
衝撃が腕に伝わる。車に撥ねられたらこんな感覚なのだろうか、そう思えるほどにその一撃は重く速すぎた。
打ち砕かれる俺たちの武器と敵の手。俺たちは得物を失った。
だがあと一歩で相手の懐に潜り込める。
あと一撃で相手を倒せる。
しかし、俺たちの体は動かない。肉体が限界に到達したのだ。魔力を流し込み、自分の許容量を超えすぎてしまった。
「ギャヒャヒャ!」
一瞬にしてモンスターの長大な腕が元に戻る。
一つ目が不気味に光り、俺たちを睨みつける。
俺に向けて薙ぎ払われる長大な腕。
ああ、駄目か…………
「宗麻くん!」
「ッ!」
葵からの呼びかけに自然と体が反応する。動かない筈の肉体に不思議と力が入る。
薙ぎ払われる腕に肉体が直撃する。
防ぐな、流せ。
腕のふりに合わせて体を回転させる。完全に衝撃は殺せなかった。しかし、それでも威力はマシになった。
吹き飛ばされる肉体、それは勢いよくドームの壁まで飛んでいった。空中で回転して、位置を調整。壁に着地する。
直様、モンスターと鋼牙のいる方向を見る。
そこにはモンスターの背中の手に掴まれて、無抵抗で何度も地面に叩きつけられている鋼牙がいた。口からは血を吹き出し、目は白目を向いている。拘束からはみ出した腕は無力につながっている。
マズイ、あいつ意識を失っていやがる。
なんとかしてでも救い出さねば、だがどうやって救い出す。武器は……槍は誰も持っていない。武器がなければあの長大な腕を切断することはできない。それも生半可なモノではだめだ。
そんなモノ、俺たちは誰も持っていない。
…………いや、ある。
俺はソレに目が囚われた。
アレを使えば俺はあのモンスターを倒せる筈だ。
肉体よ煌めけ、今一度俺に可能性をください。三分……いや一分だけでも動いてくれればいいんだ。
足に限界まで魔力を流す。こうなったら俺の肉体がどうなってしまおうと関係ない。只今は目の前のモンスターを倒すことだけに集中しろ。
肉体よ……在れ!
壁を踏み砕き、目標物まで一直線で突進する。
地を踏みしめ、更に加速。速度を殺さずに目標物をとり、勢いそのままに壁を駆け抜ける。
モンスターまでの距離を縮める。
一閃。
一振りで鋼牙を拘束し続けるモンスターの長大な腕を一瞬で切り飛ばした。
宙を舞う鋼牙の肉体。腕を切断されて怯むモンスターの頭を足場に鋼牙の元まで跳躍する。空中で鋼牙の体を肩に乗せ、葵達の元まで移動する。
「鋼牙を頼む。俺はあいつを片付ける」
気絶した鋼牙を葵達に渡して、俺は新たに得た武器を構える。
「宗麻くん…………それ」
みんなの目が俺の持つ武器に視線を注ぐ。
無理もない、俺が使っている武器はさっきまであのモンスターが使っていた槍。俺が腕を切り落とした時に地面に刺さっていたのを拾ったのだ。
初めて使う武器ではあるが、問題なく使える。強度も鋭さもさっきまで使っていた魔法具に比肩するほどだ。
「無理だよ……辞めてよ、宗麻くん死んじゃうよ!」
若干嗚咽を詰まらせながら葵が俺に向けて話しかける。
「なんだ、泣いてんのか?やっぱ泣き虫なのは変わってねえじゃねえか。心配するな、お前たちは守ってやるさ。そう治樹と約束しちまったからよぉ。だから泣くな!」
俺は右手に持っていた、鋼牙の持っていた俺と同じように副騎士団長から渡された便の蓋を開けた。さっき鋼牙のポケットから脱いておいた。
「やめろ!君はさっきそれを飲んだはずだ。二本目を飲むのはやめておけ!どうなっても知らんぞ」
結界を貼り続ける魔導師が俺にそんなことを忠告してきた。そんなことを副騎士団長が言ってたような言わなかったような。
「知らねえなあ。俺の体はもうとっくに限界を迎えてる。自分でもなんでこんなに動けているのか、説明ができないんだよ。だからよお、今更どうなろうと関係ない。俺はあいつを倒して、友との約束を果たす。そのためにはもっと強く在る必要があんだよ」
便の中身を一気に飲み干して、便を地面に投げ落とす。落下していく便は、不思議なことにいつもより長い時間落下していったように思えた。
爆発が起きた。そう感じれるほど、生み出されていく魔力の量は先ほどよりも多くなっている。血管に流れる魔力も限界だ。最大限まで伸び切った血管は今にも引きちぎれそうになっている。神経を集中させなければ、一瞬で肉体が自分の力によって内部から崩壊していく違いない。そうでなくても長時間の戦闘は不可能だ。
上等じゃねえか。
「さあ来やがれ!ぶっ潰してやるよ。肉体が滅ぶまでにな!」
俺は……限界を超えた。
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