第38話


    目が覚めるとそこはドームの中だった。なぜこんなところにいるのかさえわからない。周囲を見渡せば他の奴らも全員いた。俺と同じように起きた奴もいれば、気を失っている奴もいる。


    ドームの中は高さ三十メートルほど、奥行きはわからないが軽く五十はある。かなりの大きさだ。もし此処があの洞窟の中だとすると、随分と深くまで潜ったことになるようだ。


    光源一つない筈なのに不思議とドームの中は不思議な光に包まれていた。


    岩の壁が周囲を覆い、俺たちの背後には巨大な扉が存在している。どうやら吸い込まれた後、この扉からここに入ってきたようだ。


「宗麻くん?」


    隣にいた葵が起きた。ゆっくりと立ち上がり、俺の腕を抱きしめた。


「此処どこ?」


「わからん。ただ一つ言えることは洞窟の中だと言うことだな」


    そして一分もしないうちに全員が目覚めた。起き上がった副騎士団長はまず最初に全員の無事を確認させた。そしてその後、出口の確保をさせた。


「扉は開くか」


「副長、この扉には幾つかの結界が張られているため開けることができません。開けるにしても、結界を壊す必要があるのでかなりの時間を要します」


    扉を調べていた魔導師の一人がそんなことを言っている。


「わかった、急いでくれ。この場所では何が起きるかわからん。一秒でも早くこの場所から離脱するぞ」


    副騎士団長は生徒たちを一点に集めさせて、勝手な行動を取らないようにさせる。顔には焦りが浮かんでおり、完全に予想外の出来事だったのだろう。


    カン


    音がした。俺たちの他には誰もいないはずなのに、俺たちがいない場所から音がした。冷たい汗が背中をかける。嫌な予感がする。


    全員が音のした方向を見る。


    そこには泥の玉座に座った白骨死体があった。その胸元には紅い玉が埋め込まれてある。そして玉座のそばには何の変哲もない槍が刺さっている。


    いくら年月が過ぎたのかすらわからない。先ほど見渡した時にはいなかったはずだ。しかし、アレはまるでずっとそこに存在していたように、俺たちを見ている。


「何だ……アレは。見たことがないぞ」


    仰天した面持ちの副騎士団長がそんなことを呟いた。


『…………』


    骸骨が動きだし立ち上がり、生徒たちから悲鳴が上がる。だが俺は一言も発することができずに、ただその様子を直視していた。


    紅い玉がより一層光を放つ。


   泥の玉座の形が崩れ、液体のように流動し始める。泥が骨にまとわりつき、受肉させる。スカスカの骨は屈強で揺るぎない肉体を手にした。槍にも泥が絡みつき、新たな形に変化させた。


    その姿はまるで武人のようであった。だが人とは余りにもかけ離れ過ぎている見た目、泥で作り上げられた肉体であるため、色は黒く、皮膚に直接鎧が張り付けられているかのように不気味さを覚える。


    そして何よりもアレから何十、何百、何千を超える気配を感じる。矮小で、微小で、極小なモノを強引に何かで繋ぎ合わせて、巨大な一つのモノに仕上げているかのようだ。


    アレを一言で完結に表すのであれば…………モンスター。


   肉体を手に入れた骸骨が近くに刺さっていた槍を手にとり、背中に貼り付けた。


    一歩、また一歩、王者の如くゆっくりと此方に歩いて行く。


「武器を構えろ!」


    副騎士団長が自分の魔法具を展開し、得物の剣を構える。それに合わせて、他の兵士たちも武器を構える。


    俺たちは何が起こっているか理解できずに動きが止まっている。


「守護結界」


    扉の結界を解除している魔導師とは別の魔導師が俺たちを守るための結界をはる。光の薄い幕が俺たちを囲む。


「行くぞ!」


    副騎士団長に合わせて、他の二人の兵士がモンスターにかけだした。


    ゆらりと両腕を動かすモンスター、その構えは練武によって作られたモノでも何でもなく、一言でいえば本能が生み出したモノのように思える。


「リャアアアア!!」


    一人目の兵士が攻撃を仕掛ける。切り降ろされる剣、モンスターの肩を狙った一撃。


『…………』


    しかしその一撃よりも速く、モンスターの右拳の一撃が兵士の顔面を潰す。


    さらに追撃の左手の手刀が兵士の首を叩き折った。


   動きが止まった兵士、その腕からモンスターは剣を奪い取って、上段回し蹴りで壁まで吹き飛ばす。


   流れるような芸術的な連続攻撃だった。


    一人目。


「よくも殺りやがったなあああああ!!」


    仲間を殺され激昂した兵士がモンスターに突撃する。


    それは一瞬の出来事であった。


    突撃していった兵士は一瞬で剣を持っていた右腕を切り落とされた。


「…………は?」


    兵士は状況が理解できずに動きが止まった。


    落ちる腕から剣を抜き取り、モンスターは更に攻撃を仕掛ける。両手に持った剣で、兵士の両足を切り落とした。


    慣性に従い、一瞬だけ浮く兵士。モンスターは兵士の心臓を鎧を壊してまで突き刺し、残った手も切り落とした。


    二人目。


    兵士の突き刺さった剣を捨て去り、モンスターは副騎士団長に挑発する。


    服騎士団長は余りにも一瞬の出来事過ぎて、状況が飲み込めないでいる。余りにも早すぎる死。兵士二人が何もできずに無駄死にした。


「よくもあいつらを…………野郎……野郎ぶっ殺してやるッ!!」


    剣をより一層強く握りしめ、副騎士団長は自身の剣に炎を纏わせる。


「蛇剣炎舞!」


    剣を振るう。すると纏っていた炎が伸び、鞭のようにしなる。その姿はまるで炎の蛇、蛇剣とはそう言うことなのだろう。


    一撃、炎がモンスターに迫る。


『…………』


    だがモンスターは一歩も動くことなく、上半身を反らすことだけで炎の蛇をかわす。


「くそっ!これならどうだ!」


    蛇を引き戻し、副騎士団長は剣を高く掲げる。剣を纏う炎はより勢いを増し、蛇の数も四つに増えた。


「燃え裂かれよ、死四蛇剣炎舞」


    燃え盛る四匹の蛇がモンスターに迫る。一匹ならともかく四匹の蛇であれば躱すことは容易くない。


『…………』


    モンスターは首を傾げ、その後天井を見上げる。危機感が迫っている様子はない。


    蛇は今にもモンスターを喰らおうとしている。顎を開き、モンスターとの距離は目と鼻の先。


    その動きはまるで質量を感じさせることのない滑らかな動きだった。


    一匹目の蛇を当たる直前で躱し、それとほぼ同時に手に持っていた剣で蛇を切り落とす。


   さらに続けて迫る蛇も同様の動きで切り落とした。


    そして何事もなかったかのように棒立ちをする。


「……くそが!」


    必殺技とも言えるモノをいとも容易く打ち破られ、副騎士団長は苛立ちを覚えたようだ。


    モンスターに向けてかける。魔力による肉体強化の恩恵か、初速からして速い。


    感情を表さずに待ち構えるモンスター。


    鬼神の如き表情で戦いを挑む副騎士団長。


   静と動がぶつかり合う。




    一瞬だった。



    モンスターに一太刀も浴びせることができずに、頭頂部から体を両断された副騎士団長。装備の差は副騎士団長の方が上だった。しかし、モンスターの方が圧倒的に巧かった。


    体を裂かれ、地面に倒れ朽ちた副騎士団長。激しい動は一瞬にして静に冷えた。


    モンスターは殺した奴らには目もやらず、生きている俺たちに目を向ける。その際に手に持っていた血で濡れた剣を投げ捨てた。


「もう……駄目だ」


    生徒の中の誰かがそんなことを呟いた。


    絶望が俺たちの中を無音で広がって行く。


    このまま無様に死ぬのか?何もできずにこのモンスターに殺されるのか。みんな、全員。


「させねえ」


    治樹に頼まれただろう。みんなを守ってくれって。


    それにここには葵もいる。


    やることは……なあ!


「鋼牙ァ!行くぞォ!」


「ったりまえだァ!」


    俺と鋼牙、二人同時に結界の外に飛び出す。


    生徒たちの壁になるように並び立つ。


「宗麻くん!?」


「貴方達、何を考えているの!?」


    葵と結界を貼り続けている魔導師が驚愕して声を挙げる。


「時間稼ぎだよ。まだ後ろの扉の結界を解除してないんだろ?だったらそれまで時間を稼ぐ必要がある。俺たちはそうやって戦うために魔法具を持たされたんだろ?それに実力で言えば俺たち二人はあの副騎士団長より少し弱いくらいだ。可能性はなくはない」


「でも宗麻くん、危ないよ」


「当たり前だ。それにな、治樹の奴に頼まれたんだよ。葵、お前はそこの魔導師と一緒に結界を貼っていてくれ」


「…………わかった。無事でいてね」


    葵の言葉を背に受けて、俺たちはモンスターに向き直る。


    モンスターは何もしかけずに俺たちを見据えている。呼吸の仕方まで観察されているような気分になる。


    ピリピリとした感覚が鼻先を襲う。緊張感からか、それとも目の前に存在している今まで戦ったことのないような強者に対して高揚感を得ているのか。


    何にしろ俺がやることはみんなを守ることだ。


    友との約束にかけて。

 

    たとえこの身が滅んでも。

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