第37話


    今日はついに作戦を結構することになった遠征の日。


「今日、だな」


「ああ、今日さ」


    まだ日もあけていない早朝、俺と治樹は貸し与えられた部屋のそれぞれのベッドに腰をかけ、落ち着いた声音で会話している。


    二人とも寝間着から、今日行われる演習にきていく服に着替えており、後は時間になれば集合場所にいくだけになっている。


    今日俺たちが行く場所はどうやらこの城からかなり遠い場所にあるらしく、日帰りするためには日が登る前に出発する必要があるらしい。


    そんな訳なので、俺たちはこうして早起きをしたわけだ。


    窓から明かりは来ず、部屋を照らすのはランプから漏れるわずかな火の光だけで、対面に座る治樹の顔さえろくに見えない。


    部屋の壁の材質が石ということもあり、火の光だけでは暖かさを感じることができない。まるで冷たい監獄のような気持ちにさせる。


「宗麻、お前たちはどこに行くんだ?」


「俺たちか?確かノルア大洞窟とかいう場所らしいぜ。地図で確認したらかなりの距離が離れていた。そういうお前たちは?」


「俺たちか……近隣の山岳地帯に行くといってたな。凶暴な動物も多く生息しているらしい」


    そう話す治樹の様子はいつもと比べてどこか暗い。


「治樹、どうしたんだ?なんか暗いじゃないか?いつも自信満々マンなお前らしくもない。こわいのか?」


    冗談半分でそんなことを聞いた。こいつに限っていえばそんなことあるはずがない。


「…………怖いな。自分でもこんなことを言うのはらしくないと自負している。それでも怖いのさ。今回の遠征で学校の誰かを失ってしまうのではないかと、自分のせいで誰かが死んでしまうのではないかと、心の底から恐怖が漏れてきてしまうんだ。負の感情は此処に来てから出さないように努めていたのだけれどな。こう、暗い部屋にいると…………なあ」


「はっ、らしくねえな。確かにらしくねえよ。お前はいつも冷静に、落ち着いて、自信が溢れていた筈だ。そんなお前に、俺も他の奴らも惹かれたんじゃねえのか。特に聖徳院の奴はな。だから胸を張れや、お前がそんなんだったら、他の奴はお前以上に怖くなるんじゃないのか?お前はいつも通りにやれ、そして他の奴を導け」


    こいつに負の意思は似合わない。いつも自信を持ち、そして人を導く。俺と最初にあった時もこいつはそういう人間であった。


    俯かせた顔を治樹はあげた。表情に暗さはない。どうやら吹っ切れたようだな。


「ありがとう。お前が友でよかった…………それよりも今日なのだろ?」


    作戦の決行についてか。


「ああ、タイミングを見計らって逃げ出すよ。安心しろ、死にはしねえし、誰も死なす気はない。お前が守るっていうんだから、俺もそうしないとな」


「そうか…………そろそろ時間だ」


「そうだな」


    俺たちはそう言ってベッドから立ち上がると、部屋に備え付けられている机の上に置いてあるアクセサリーをそれぞれ手にとり、身につけた。


    どうやらこれは魔法具と呼ばれるモノらしく、国の人間から与えられた。普段はアクセサリーといった持ち運びやすい形をしているが、持ち主が願えば本来の形になるらしい。


    俺の魔法具は槍、治樹の魔法具は斧となっていて、各々の特徴に合わせて作られたらしい。


    魔法具が配られたのは俺と治樹、他には葵、鋼牙、聖徳院、他に数人程で、共通点といえば最初の実践訓練で兵士を倒した奴らだということだ。


    上着も着、何時でも出かけられる。


「俺の集合場所は正門、治樹は?」


「西門だ。次に会う時はこの監獄ではなく、自由な世界で会おう」


「おうよ」


    互いの拳と拳を合わせて、顔を見合わせて軽く微笑む。


    そして、俺たちは籠から出て行った。













    集合場所に向かうとそこには既に殆どの生徒と今回同行する数人の兵士がいた。


    兵士は合計で五人。一人は何処かの舞台の副騎士団長、二人が魔導師と呼ばれてる女性、残りの二人は普通の兵士だ。


    生徒たちには不安そうな奴、ウキウキしてる奴、どうでも良さそうに空を眺めてる奴と千差万別。


「よお、グッドモーニーン」


    朝からテンション高く鋼牙が声をかけてきた。こいつマジで今朝の四時にもなってねえぞ。グッドモーニングじゃねえよ、まだグッドナイトでも間に合うぞ。


「寝れた?」


「聞くことがそれか?遠足当日の小学生かよ」


「まあ、そう言うなって」


「言うさ、俺は俺で今日のことで頭抱えてんだよ」


「そうか、今日だな。お前が去った後は俺に任せろ。何とかする」


「ああ、何とかしてくれよ」


「ふふっ」


「ははっ」


    軽く笑いあう。ふたりとも楽しくもないのに。

    

「ん?」


    視界の隅に浮かない顔で歩いている葵を見つけた。


「葵」


    葵は俺に呼ばれるとビックリしていたが、テクテクとこっちに歩み寄ってきた。


「お早う。宗麻くん、今日何処か行くんだよね」


「ああ、しばらく会えなくなるな。けどすぐに会えるようになるさ」


「…………そうだね、頑張ってね」


    それだけを言って、俺の隣りにたったまま葵は何もしゃべらなかった。








「これから出発する。目的地までは休憩はほぼない。だがこの数ヶ月訓練に耐えてきた屈強な勇者諸君ならついて来れると信じているぞ!」


    屈強な副騎士団長が集まった俺たちの前でそんな演説をしている。


    さて、どうやって逃げればよかろうなのか。


「キシ、アリヤ両名は前に」


    いきなり俺と鋼牙は副騎士団長に名前を呼ばれた。互いに顔を見合わせ、呼ばれた理由を探るが、そんなモノは俺たちの計画がバレたぐらいしか想像できない。


    一番後ろの位置にいたが、人ごみをかき分けて副騎士団長がいる前の方に出ていく。


    厳つい顔の副騎士団長は俺たちの顔を確認すると懐から何か怪しげな液体の入った小さめの瓶を取り出し、俺たちに渡した。


    あの始めての朝食の時に出された液体に似ているが、色が僅かに違う。


「何ですか、これは?」


    液体の正体がわからず、鋼牙は尋ねた。


「それは簡単にいえば、一時的に魔力の生成量をあげる薬だ。素材が貴重な為、少数しか生産できないので、我々と実力のある貴様らだけに渡す」


「なるほど、さいですか」


    本当かどうかは疑わしいが、計画がばれていないので良しとしよう。


    受け取った瓶を懐に入れ、俺たちは元の場所に戻った。


「よし、それでは出発だ!」


    副騎士団長の合図と共に外界、まだ見ぬ空へと続く門が開けられた。






    道中は歩きではなく、走りに近いものであった。魔力で肉体を活性化させることによって、無茶苦茶な速度で走れるようになった。元の世界にいた時ではバテる筈の距離を走ったのにも関わらず、あまり息を乱さずに走り続けている。


    だが生徒の中には数人程、おいていかれそうになっているモノもいる。俺や鋼牙、葵は魔法に関していえば生徒の中では上手い部類に入る。しかし、中にはそうもいかない奴らもいる。そういう奴らがバテてきているのである。


    副騎士団長は目的地に到着するまでは止まらないと言っていた。もし此処で彼らが置いていかれれば、野盗に襲われることになるかもしれない。


「鋼牙」


    隣で走り続ける鋼牙に声をかける。鋼牙がこちらを振り返ったので、後ろの方に指を差して遅れているモノがいることを伝える。


    鋼牙も俺が伝えたいことがわかったのか無言で頷いた。


    速度を落として、置いていかれそうになっている奴らと並走する。


「荷物、貸せ。俺たちが持っていく」


「あ、ありがとうございます」


「助かります」


    一年生か?見たことない面の男子から背負っていた剣を貰い、もう一人、女子からは盾をもらう。


    鋼牙の方も重たそうな武器を貰っていた。


「目的地まではあと三十ぷん程だ。置いていかれないように頑張れ」


「「はい!」」


    檄を飛ばし、二人の背中をぽんと軽く押して集団に追いつかせる。


    それから三十分後、俺たちは無事に目的地まで到着した。


   







    ノルア大洞窟、そこは正に大洞窟と言う名にふさわしいほど巨大な入り口を持っていた。半円の、高さおよそ7メートルほど。入り口の周囲は山岳、奥から伝わってくる冷たい風は不気味さをよりいっそう際立たせる。


    入り口の周りには走り疲れた生徒たちが寝転がっている。


    そして俺は洞窟を観察しながら逃亡計画について考える。逃げるとすればこの巨大な洞窟か、話によればさほど危険はないらしいし。だがそうなるとどうやって死んだように思わせるかだ。落盤を引き起こさせるか、それとも他の何かが必要か。


「……?」


    なんだ、誰かに見られているのか。二人、殺気も敵意も感じられない。ずっと俺たちを見ている。この場所にくるまでは感じられなかった。なのにここに来てから感じる。俺以外は誰も気づいていない。もしかして気のせいか?


『遂ニ、遂ニ』


    突然、頭痛と幻聴が俺を襲う。激しい、この世界にきてから何度も味わってきたモノだが、今回のが一番酷い。呼ばれている。俺は何者かに呼ばれている。逃げなくては、今から、逃げなくては。


    右手が溶けるように熱い。まるで右手が溶岩になったような感覚に陥ってしまう。


「宗麻くん、大丈夫?」


    俺を心配して、葵が声をかけてくる。やめろ、その目で見ないでくれ。壊れる、俺が崩れる。


「葵……逃げろ」


「え?」


    その直後、洞窟から突風が発生した。その風はまるで掃除機のように俺たちを飲み込もうとする。


「何だ、何が起こっているんだ!」


「わかりません、こんなこと今まで一度もありませんでした」


    兵士たちが慌てている。どうしたんだ。この洞窟はこう言うモノではないのか。


    地面に掴まって、吸い込まれないようにしようとしても肝心な地面ごと吸い込まれて行く。一人、また一人と生徒たちが洞窟の中に吸い込まれて行く。


    風はさらに威力を増し、生徒も兵士も吸い込んで行っている。


「もう…………駄目」


    葵が手を離し、洞窟の中に吸い込まれていく。


「葵!」


    俺もそれを見て慌てて洞窟の中に飛び込んだ。


   そしてその直後、意識がなくなった。


    

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