第36話
休暇をもらった。
それは俺たちがこの国に召喚されてから二ヶ月ほどたったある日のことだった。
訓練も数週間続いたある日のこと、俺たちは一日の休みをもらった。
城下町に出かける奴らもいれば、日頃の訓練の疲れを癒すために与えられた部屋で寝る者もいる。
城下町に出るには誰か兵士を付き人にする必要があるらしいが、これは好き勝手させないためだろう。
では俺は今何をしているのかと言うと、治樹達と一緒に城の中にある書庫に篭っている。
目的はこの世界に関することの情報集め。いつかはこの城から抜け出して自由になるわけだが、その際にこの世界に関して何も知らなかったら、また変な奴にいい様に使われてしまうかもしれない。
その他にも元の世界に帰るための魔法を探している。
そうならないためには学ぶ必要がある。
それにしても。
「不思議だな。全くわからない言語を見ている筈なのに、まるで生まれてからずっと使っていたかの様にスラスラと読める」
学んでもいない筈の言語が理解できるというのは些か気持ち悪く、不思議な感覚だ。だが読み、聞き、話すことはできても、未だに書くことはできない。形はわかるが、それを直ぐに書くということができない。慣れが必要なのだろう。
「そうだな、言語を一から覚えるという面倒な事をしなくて良いのは本当に助かる。もしこれが言語も覚えなければならなかったのなら、今頃は地獄か。ああ、辛い」
テーブルを挟んで対面に座る治樹がそんな事を呟いた。俺たちと二人とも顔を見合わせることもなく、黙々と手に持っている本に目を通していく。
既にこの作業も六時間を超えており、テーブルの上には読み終えた本で埋め尽くされている。読んでいるのは魔法について書かれている本、ファンタジー的にいうのであれば魔導書か。
さっきから何冊も読んでいるのだが、異世界に行くための魔法などどこにも書かれていない。本当にあるのだろうか。
それにしてもこの世界の造紙の技術はどうなっているのだろうか。先ほどから紙に触れているのだが、荒さというモノを感じられない。丁寧に美しく作られている。これをどれくらい量産できるのであろうか。
「これにもない」
読み終えた本を本の上に積み上げて、別の本を探しにいく。
「宗麻くーん、あきたー」
本を取りに行こうとしたところで、本を読むのに飽きた様子の葵に声をかけられた。
治樹と葵の他にも鋼牙と聖徳院がいる。鋼牙は既に机に突っ伏して眠っているが、聖徳院は治樹の隣で本を読んでいる。よく見れば毒の魔法に関する本だ。あいつはずっと毒の魔法の練習をしている。自分に合っているとうのは本人談だ。
「いや、飽きたとかじゃなくて。それだったら、俺も飽きてるよ。だから、ほらな」
「ええ、でも」
「ああ…………なら気分転換に童話とか伝記みたいなのも調べてみるか。なんかわかるかもな」
「うん!」
パアッと花が咲くような笑顔で葵が返事をした。可愛いなこんちくしょう。
「よいっしょ」
葵は高級そうな椅子からゆっくりと立ち上がり、俺の隣に並んだ。
そしてゆっくりと歩いて、伝記や童話が置かれてある場所についた。
ゆっくりと一冊一冊の背表紙を確かめていき、役に立ちそうな情報のモノを選ぶ。
「ん?」
俺はある一冊に目がいった。その本は端に追いやられ、古ぼけて、誇りをかぶって、数年間誰も手にとった形跡がない。
その本を本棚から取り出して、地面に本を近づけてから付着している埃を手で払い落とす。
そしてゆっくりと姿勢を戻し、表紙に書かれている題名を確認する。
「『裏切りの英雄』……か」
何故だかわからないが、この本を読まずにはいられない気がする。俺はこの本を読まなければならない。そんな強迫観念じみた気持ちになってしまう。
本を脇に抱えて、別の本を探し始める。
「宗麻くん、宗麻くん」
葵が声をかけてきた。葵の方を見ると、俺に見せつけるように一冊の本を手に持っていた。
そして俺はその本に書かれてあるタイトルを口にだす。
「異界……勇者録?」
「そう!さっきそこの棚で見つけたの。先代勇者のことが書かれてあるみたいだから、もしかしたら私たちが知りたがっている情報がかかれてるかもよ」
確かに、もしこの本に先代勇者のことが書かれてあるならこの世界に召喚された時の事が書かれてあるのかもしれない。
「ナイスだ、葵。そうとわかれば早速読んでみるか」
「うん」
葵は大事そうに本を抱え込み、席に戻って行った。
さてと、俺もこの本を読んでみるか。
そう思い、俺は自分の脇に挟んだ本に目をやった。
席について、息を整える。
表紙に手をかける。ゆっくりとめくり、まためくる。
内容は太古の昔、原初の時代と言われる時代に生きた一人の英雄ソロアについて書かれている。その男の栄華と決して許されることのない罪。
神から槍を授かり、その槍で沢山の人間を救った。
そしてその救った人間に裏切り者、罪人と侮蔑されようと一人の魔族の少女を救おうとした事。
そしてこの国の軍隊とたった一人で戦った事。その中には英雄と共に同じ釜の飯を食べた仲間もいた。
それでも英雄は少女を守るために戦った。
だが少女は死んだ。ノルア王国の魔法使いの放った魔法に、肉片一つ残さずに殺された。
英雄ソロアは嘆き、悲しんだ。人と魔族が分かり合えない事を。
ソロアは怒りに身を任せ、神から授けられた槍を振るった。
血を纏い、死人の怨念を飲み込み、槍は変貌していった。赤く、紅く、朱く、赫く。
そしてソロアは数万の兵士をたった一人で狂ったように殺し尽くした。
そしてソロアは姿を消した。
「おい、宗麻。大丈夫か?」
治樹からのその声に俺は意識を取り戻した。どうやら随分と声を書けられていたが物語に集中していたために気づかなかったらい。
本から視線を上げて治樹をみる。
「どうしたか?」
「どうしたもこうしたもないよ。何泣いてるんだ?」
泣いてる?何を言ってる。
「泣いてねえ…………あれ?」
自分の頬を撫でると、確かに底には涙があった。それも一滴、二滴の話ではなく、頬に流れができてしまいそうなほど流れてしまっている。
何故だろう、悲しいわけではないのに。それなのに涙が止まらない。
袖で涙を拭っても、涙が止まる事はない。
「なによ、私に泣き虫って言っておいて自分が泣き虫じゃない」
葵がニヤニヤと笑いながら話しかける。
「あ?泣いてねえよ」
「泣いてるじゃない」
「泣いてない」
「お二人とも、本題に戻ってもよろしいでしょうか?」
治樹の隣に座っている聖徳院が声をかける。俺と葵はゆっくりと首を動かして聖徳院の顔を伺うと、聖徳院は笑顔ではあったが凄く怖いです、はい。
「何の話をしてたんだ?」
俺は本に集中していたため、こいつらの話を聞いていなかった。
「葵ちゃんが召喚に関する手がかりをこの、異界勇者録から見つけたんです」
「本当か?」
「本当だよ、どう?凄いでしょ。褒めてくれてもいいのよ」
薄い胸を葵が自慢げに張っている。
そんなことより。
「それで何が書かれてあったんだ?」
「それはですね。どうやら先代の勇者を召喚したのはこの国ではなく、大魔導師マーリンという方らしいのです。そしてその方は勇者に魔法を教えた」
「そんなことより、その人は今どこにいるんだよ」
「それがどうやら、その方はこの世界に隣接する世界に住んでいるらしいのです。そしてその世界に行くためにはそれなりの方法が必要になるらしいのです」
つまり。
「結局は呼び出した人はわかったが、その人の元に行くための場所がないということか?」
「そうなるな」
今まで沈黙していた治樹が俺の言葉に肯定した。
わかったことはあるが、進展させられない。
「だが、希望は生まれたんだ。零が壱に進んだんだ。これは大きなことじゃないか。後はそのマーリン様に会うだけだ」
「そうだな、今日はもう終わりにするか?なんか疲れたし」
「いいねえ!」
ガバッと鋼牙が勢いよく起き上がった。こいつ今の今まで寝ていたのかよ。
「腹減ったなあ。なんか、米食べたいな。ここのところずっとトウモロコシとか小麦系のものが主食だったからよお。ほら、激辛カレーとか食いたくねえか?一口食っただけで汗がダバーッと出ちまうような奴とかさ」
「ああ、いいよね。私は辛いの苦手だからそこまで辛くなくていいや」
鋼牙のちょっとした言葉に葵が反応する。
「だろだろ?」
「そういえば、さっき本で読んだのだが、この国ではないが何処かの国では米を栽培していて、主食にしているらしい」
「本当ですか?治樹さん」
「らしいな。ああ、俺も白米が食べたくなってきた。もういっそのこと白米と漬物だけでもいいから食べたい」
天井を見ながら治樹がそんな事をつぶやいた。
「ならいっその事、旅でもしてみるか。マーリンって人を探したり、美味しいものを食べたりするために」
俺の言葉に他の四人が一斉に俺の方をみる。
「いいなあ、宗麻。楽しそうじゃねえか。集に縛られず個として生きていくってか。ますますファンタジーみてえだな。確かギルドだっけか?そんなのもあるらしいじゃねえか」
「ええ、あるみたいですよ。本に乗っていました。どうやらギルドに所属するのは身分証明になるみたいですよ。ランクもあるらしいですね」
「それ凄く面白そう!でも危険そうなんだよねえ…………」
「だが、そうなるためにはまずこの籠から飛び立つ必要がある。未だに我らは飛び立とうとする籠の中の鳥。外の世界に憧れを抱く矮小な生き物さ」
それぞれが思い思いに話す。
今なら俺の考えも言えるかな。
「なあ、そのことに関して考えがあるんだが話していいか?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう。なら話すけどよお。兵士たちの話を聞いたんだが、どうやらこの国とギルドは仲良くないらしいんだ。だからさ俺たちの身柄をギルドに渡してみねえか?ギルドならある程度の自由は確保できるらしいし、なにより誘拐犯どもに好き勝手させるのは癪だ。それにこの今この国にいるギルドの長はどうやらギルドの中でも重鎮らしいし」
俺の提案に他の面子は黙ったままだ。
「宗麻、その考えは良いのだが。どうやってギルドと接触をとる。今の俺たちが城の外に出るとしてもこの城の兵士を同行させる必要があるだろ。兵士たちがギルドと接触させるのを許すとは思えないぞ」
俺の提案の穴を治樹が言及する。治樹が言及したことはもちろん俺も考えた。
「ああ、そのことに関しては考えてある。俺が死ねばいいんだ」
その言葉に皆がギョッとした。普段は物静かで大和撫子を体現したような聖徳院でさえ驚いている。
「宗麻くん死ぬの!?」
バンと机を大きく叩いて、葵が立ち上がった。
「あ、すまん。説明不足だったな。死ぬって言っても実際に死ぬわけじゃねえよ」
その言葉に皆が安堵の息を吐いた。
「一瞬焦っちまったぜ。てめえがそんなことを言うんだ。マジで死ぬのかと思ったぜ」
半笑いで鋼牙がそんなことをいった。
「それで、宗麻。死ぬって言うのはどう言う意味だ?」
「簡単さ。国の奴らに死んだように思わせればいいんだよ。今度、幾つかのグループに分かれて遠征に行くだろ。俺と葵と鋼牙の班、治樹と聖徳院の班、それと他にも幾つかの班があるだろ?俺たちの班に同行する兵士の数は少ない。そこでなんとかして、俺死んだように思わせる。後は頭に叩き込んだ地図を頼りにギルドまで行く。無茶苦茶で穴だらけな考えだが、いい作戦とは思わないか?」
俺の提案に皆が皆、首を傾げる。
「死んだように思わせるって言ってもよお。どうやってやるんだ?生半可な事だったら、捜索隊が出されるぞ」
「それはその場で何とかするさ」
「何とかって言っても…………無理があるんじゃねえのか?」
言い淀む鋼牙。
「
重い空気が俺たちの周りを包み込む。
「…………わかった」
空気を打ち破ったのは治樹、その表情は決意めいたものであった。
「お前の作戦にのろう…………但し、お前も無事でいろ。それが約束だ。それを破ったら俺はお前と縁を切るぞ」
「治樹…………ああ、わかったよ。俺も無事でいるさ。だから後は任せてくれ」
力強く返事をした。
後は遠征の日になるのを待つだけだ。
そして俺はこの時、悲しそうな表情をしている葵をわざと見ないようにしていた。
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