第35話
異世界に召喚されてから二週間ほど経ったある日、俺たちは武器を持って戦闘訓練を受ける事になった。
「何を使う?」
「何って言われてもなあ」
今は武器庫でその訓練で使うための武器を選んでいる。剣、斧、鞭など種類は選り取り見取りだ。
だがそれらの武器には安全のために金属が使われておらず、金属が使われる筈の場所には木が代用されているため、怪我をする心配はなさそうだ。
「お二人とも決めたかい?」
聞いたことのある声をかけられた。
「鋼牙、お前は決め……なくて良さそうだな」
有屋鋼牙、俺と同じ三年生でよく俺と治樹の三人で連んでいた。日本人男性の平均身長を大きく越す180中盤の背丈。喧嘩っ早ような戦闘意欲に溢れた目つき、赤みがかった髪、顔つきも悪くはなく、優等生顏の治樹と比べるならば、こいつはワイルドな不良顔といったところか。
「当たり前だろ。武器なんて使わねえって。篭手なんかがあるといいんだけど、それもないしな」
こいつの実家は拳法一家だ。それも数十年とかいう浅い歴史ではなく、江戸時代より前から存在していたとか言われる。
だからこいつの場合、武器を持たない方がいいのかもしれない。魔力による肉体強化もあるらしいし。
「早く決めちまえよ。気楽に決めていいだろ」
ポン、と鋼牙は俺たちの背中を軽く押した。
「なら俺はこれにしようか」
そう言って治樹が手にした武器は斧、薪を割るために使用するな取り回しやすいサイズではなく随分と大きい、それこそファンタジーの世界のソレである。
「何故にそれ?」
治樹が斧を選んだ理由がわからなかったので、聞いて見た。
「なに、何となくさ。ただ何となくこの武器に心が惹かれただけさ。それよりお前はどうするんだ」
「俺か…………これだな」
俺は近くの棚からある武器を手にとった。
それは槍、棚に一本だけ残ってあった。そういえば、この武器庫には槍が少ないな。槍といったら剣と並んで、有名な武器な筈なのにおいてある数が少ない気がする。それに俺が手に持っている槍もどこか手入れが上手く行き渡っていない気がする。
異様なほどに槍が手に馴染んで仕方が無い。周りの物にあたらないように振り回してみれば最初から自分の体の一部であったかのように簡単に扱うことができる。
「宗麻、お前槍術習ってた?動き方が今触ったばかりの素人とは思えねえよ。マジで習ってなかったの?」
喧嘩の実力に関しては指折りなこいつが言うんだ、俺の動きはそれなりに良かったんだろう。
「習ってねえよ。俺にそんな暇はないさ。何故かできるんだよ、俺もすげえビビってる」
事実、俺にもなんでこんなに上手く扱えるのか理解が出来ない。
「武器を選んだのであれば、早く集合場所に向かうぞ」
治樹に促されて俺たちは訓練場に向かった。
訓練場は中庭とたいして変わりはなかった。青空の元に芝生の生えた土の下で訓練をする。健康的だ。
広い芝生の庭に俺たちは集められた。
「これより、実践訓練を始める」
そんなことをこの国の騎士団の団長の野郎が言った。
騎士団長の見た目はまさに騎士の長に相応しいものであると言える。厳つい顔つきに無精髭を生やし、重たい鎧を身につけて、自分の近くに愛用の大剣を芝生の上に刺している。その上、僅かに禿頭になりかけている。苦労が多い証拠なのだろう。
騎士団長の言葉に周りが騒ついた。それもそうか、いきなり訓練もせずに実戦だなんてビックリしちまうよなあ。
「これは君たちがどれだけ戦えるのかを測る物だ。君たちを殺すためにするのではないため、安心して欲しい」
できるか、アホか。
騎士団長の両脇に二人ずつ、計四人の騎士たちが並んだ。皆顔つきが俺たちとさほど変わらないくらい若い、新兵か?装備は胸当て、膝当て、肘当て、騎士団長の豪奢なものと比べるといくらか貧相だな。
「君たちには彼らと戦ってもらう。彼らは今年入隊したばかりの兵士の中でも選りすぐりの兵士たちだ。誰か彼らと戦う勇気のあるものたちはいるか」
騎士団長の言葉に生徒たちの動きが止まった。異世界に召喚された事に喜びを感じていたやつらも戸惑っている。いきなり実践だもんな、仕方が無い。
でも、こういう時に出るのは。
「なら俺が行こう」
治樹のやつだよなあ。
斧を肩に担いで、生徒たちの集団から前に出て兵士たちの前に出る。それを見て騎士団長は笑みを浮かべた。あれは人を讃える時の笑みだ。
「治樹さんが出たとなると、
人を魅了させる笑みを浮かべ、美しい黒髪をたなびかせら聖徳院が治樹の隣に並び立った。
一見すれば仲のいいカップルか、はたまた新婚さんか。手に武器を持っていなかったのであればそう思えたんだろうなあ。
聖徳院の得物は木刀だ。それも刃が普通のものよりも少し長く、薄い。まるで日本刀のようになっている。何故かわからないが、彼女によく似合っている気がするのは気のせいであって欲しい。
二人が出たなら俺も出るか。
そう思って一歩前に出ようとしたところ、後ろから袖を掴まれて止まってしまった。
「なんだ、葵」
「宗麻くん、行くの?」
葵が小動物のような可愛い目で、上目遣いをしながら俺に聞いてくる。
「ああ、あいつらがいったとなると俺も行かねえとな。安心しろ、怪我するつもりはない」
それでも葵は不安そうにして俺の袖を離さない。
「泣くの?お前は昔から泣き虫だからなあ」
葵は泣き虫だ。最近では治ったが、昔は直ぐに泣いていた。その度に俺が泣き止ませていた。同い年なのにな。
「もう、からかわないで!泣かないよ。私も十分大人だよ。泣き虫じゃないよ」
「そっか、なら心配はいらねえよな。だろ?」
「うん、頑張ってね。応援してるよ」
「応」
葵が俺の袖から手を離し、俺は葵の視線を受けながら前に出る。そしてゆっくりと歩いて行き、治樹たちと並ぶ。
「なら最後の一人は俺しかいねえよなあ!」
人ごみをかき分けて後ろの方から鋼牙がやってきた。握り拳と握り拳をぶつけ合わせながら、俺たちの隣に並ぶ。こいつも戦いたがっているんだろうなあ。
「君たちは勇気あるようだな。そういう者たちを我が国は求めている。では各々戦ってもらおうか」
騎士団長の合図と共に新兵たちは持ち場に散らばった。
俺も対戦相手の場所に行こうとしたところを治樹に止められた。治樹は俺たち三人を集めると、ある事を告げた。
「この戦い、勝つぞ」
治樹にしては珍しい発言であった。争いごとをあまり好まないこいつにも、こういう部分があるらしいな。
「そのつもりだ」
「治樹さんの頼みとなると、破るわけにはいけませんね」
「負けるかよ」
各々がそれなりの返答をし、対戦相手のいる場所に散らばっていく。
「お前が俺の相手か」
対戦相手のいる場所にいくと、いきなり声をかけられた。集中したいために無視をする。
そのことが相手は気に入らないのか、目に見えてムッとしていた。
意識を集中して、魔力を生み出す。肉体から溢れ出すこの感覚にも慣れたモノだ。これができるようになってからだかが二週間ほどだというのにもかかわらず、血管に流れている時の違和感は感じられなくなった。
肉体が活性化する。細胞が喜び出す。自分の肉体が強くなっていくのが感じられる。
戦闘準備完了。
彼奴らなら心配はいらない。俺が今すべきことはこいつを倒すことだ。治樹にたのまれたからな。
相手が木剣を構える。構え方は少しは様になっているようだ。
俺も担いでいた槍を手に持って、構える。槍を初めて使うにも関わらず、何故か知らないが構え方に違和感は一切感じられなかった。
支給された防具を身につける。
「槍か……忌々しい」
新兵の顔がより一層ムッとした。なんだこいつは槍になにか恨みでもあるのか?家族でも殺されたのか。
闘志が溢れてくる。
『倒セ』
またこの声か、いい加減黙ってくれよ。
殺意が溢れてくる。ドス黒く、どうしようもなく悲しいソレは俺の肉体を蝕んでいく。俺を煮えたぎらせるのではなく、凍らせていく。
「始め!」
騎士団長の合図と共に兵士がこちらに迫ってくる。
落ち着け、リーチは此方の方が有利なのだ。此方が攻撃が届き、相手の攻撃が届かない距離にいれば安全だろう。
そう思っていたのだが、思いのほか相手の動きは速かった。魔力による肉体強化の恩恵か、予想以上だ。
相手が自分の領域に俺を入れた。
振り下ろされる木剣。素早いはずの一撃なのだが、不思議なことに目で追うことができる。
軌道線を予測する。穂先を当てて木剣の軌道をずらす。腕に衝撃がジンジンと伝わってくる。これか、これが戦いか。
「くそっ!」
剣を弾かれたのは予想外だったのだろう。露骨にイラついていやがる。
殺れる。
「ははっ」
思わず声が出てしまった。殺意が溢れているためか、今の戦いがどうしようもなく楽しいと感じてしまえる。自制心をかけろ。戻れなくなる。
目に見えて大きくなった敵の攻撃をいく度も容易くさばいていく。相手の動きもよく見れば、浅さを感じさせるモノだ。達人の動きには程遠い。勝てる。
頭、胴、手、足、鋭く狙ってくる。それらを全て弾いていく。
だが俺の動きが何処かぎこちない。慣れなければ、今、刹那、一瞬で最適な構え方に修正を続けていく。
心が知っている、魂に刻み込まれている。炎で焼かれているかの様に右手が熱を帯びる。だがそんなことはどうでもいい。
「攻守交代だ」
槍を大きく振り回して石突を相手の、剣を持っている手の手首にぶつける。
「イッ!?」
新兵は痛みに耐えきれず、声を漏らした。
続けざまに石突で胴を突く。石突は胸当てに当たると硬い感触を俺の手に伝えてくれた。
怯んだすきに柄で殴打。最後に回し蹴りを腹にぶち込む。
殴られた兵士は後ろに飛びながら魔法を唱える準備をする。左手から火炎が生み出される。火炎はゆっくりと形を整え、球を作り出す。
俺も相手に合わせて魔法を唱える。相手が赤の魔法、ならば此方は緑の魔法を使う。
穂先に風が纏う。周囲の大気を集め、竜巻を生み出す。
「万物を燃やす炎の玉よ現れよ、フレイムボール!」
「潰せ、呑め、ハイストーム!」
腕を振るい、槍を振るい、ほぼ同時に放たれる二つの魔法。俺の魔法は力任せの、魔力を大量に使用して放ったモノ。それにたいして新兵のソレは俺のより魔力は少ないが、練度で補っている。
呑み込み合う二つの魔法、やがてそれは互いが互いを食らいつくし、巨大な熱風の竜巻に昇華した。
僅かな静寂が空間を占める。周囲にいる誰もを認識せず、熱風の彼方に待つ敵を捉える。見えずとも、居場所はわかる。
『潰セ』
雷電を槍に纏わせる。槍が雷撃に耐えきれず悲鳴をあげ始める。木製であるが故に雷の熱に焦がされる。
身を大きくねじり、槍の持ち方を変える。槍に纏う雷電が穂先で刃を作り上げる。だがその刃は余りにも鈍だ。
「穿て、貫け、突け、雷鳴槍!」
必殺の投擲、回転を利用して威力を高める。俺の腕から放たれたソレは紫電を撒き散らしながら高速で熱風の竜巻に突撃する。
槍は竜巻を貫き、敵までの道を作った。
「何ッ!?」
驚愕した新兵の顔が見える。驚愕したのは槍が飛んできたからだけではない。
槍の後ろから俺が突撃してきたからだろう。魔力による筋肉強化の恩恵であろう。元の世界では考えられない速度で走ることができる。
新兵が木剣の腹で槍の一撃を防ぐ。だが両方の武器が衝撃に耐えきれず崩壊する。
新兵が大きく後ろに仰け反る。片足立ちになり、両手が後ろにいっている。
「潰れやがれええ!」
速度と力任せの技術のカケラもない野蛮な右手の一撃。拳が新兵の顔面にめり込む。鼻骨を砕いてもその勢いは衰えることを知らず、殴り抜ける。
吹き飛ばされる新兵、受け身をとることもできずに無惨に地面に叩きつけられ続ける。数度のバウンドの後、新兵は仰向けに倒れた。白目を向き、指先はピクピクと痙攣し、口からは泡を吹いている。
気絶したか。
「「うおおおおおおおおお!!」」
その直後、周囲から響き渡る大歓声。どうやら今なったわけではなく、俺が集中しすぎていたために聞こえていなかっただけの様だ。
周りを見回してみれば他の三人は既に戦いを終わらせていた様だ。
しかも三人とも勝ってやがる。
治樹は相手の腕を持って、関節技を決めて地面にうつ伏せで倒している。
鋼牙は相手を何度も殴ったのだろう。両手に血が付着していて、対戦相手は気絶して倒れている。
一番問題なのは聖徳院だろうか、対戦相手が戦いが終わったというのに自分の首を抑えて地面を転げ回っている。魔法で毒を使ったのだろう。あいつ、ずっとその練習していたから。
「はは、期待以上だ」
そんな言葉を騎士団長がポツリと言った。誰にも聞こえない様に話したのだろうが俺には聞こえている。
大方、呼び出した俺たちが予想以上に使えるから嬉しいのだろう。
このままいけば俺たちはただの鉄砲玉でこいつらのいい様に使われて死んでしまうだけだろう。それをこいつらは何かしらの美談をつけて語るに違いない。
そんなことさせてたまるか。
『崩セ』
ああ、崩してやるとも。だがまだだ、まだ力が足りない。
こいつらの中で力を蓄えてやる。そして食い破ってやるよ。
だからそれまで俺たちを大切に、丁寧に強くしてくれよ、誘拐犯ども。
「お疲れ、宗麻」
戦い終わった俺たちは皆がいるところから少し離れた別の場所に集められた。
他の三人は特に疲れている様子はなさそうだ。
「お疲れ、強かったな。結局勝ったけど」
相手に対しての感想はそんなところだ。始めての実践だったが、恐怖心というモノは感じられなかった。それよりもあいつらに対する憎しみの方が強かったはずだ。
「そうか、だが大怪我しなくてよかった」
「治樹さん、そろそろ次の試合が始まりますよ」
聖徳院の声に従って、次の試合の様子をみる。
先ほどまで俺たちと戦っていた奴らは四人のうち三人が気絶してしまったため、新たに兵士が呼び出された。今度は先ほどの四人よりも多く、少なくても十人以上いるのだろう。
生徒たちの方からも我先にと、自分たちがどれくらい強いのか確かめたい奴らが前に出る。
そして始まる。
「ああ……ああ、ああ」
「ダメだな、あれは」
隣に立つ鋼牙と試合の様子を観察しながら、ボツボツと独り言喋る。
試合はいい感じのところまではいくのだが、負けていく。
今戦っていた奴らの中には運動部の主将がいたのだがダメだったのか。
そしてまた新たに生徒たちが出てくる。
「これは、他の奴らはダメそうだな」
「ああ、そうみたいだな。やれて、現生徒会長か、ヤンキーどもか。鋼牙、軽く手合わせしないか?」
やることもなく見ているのも暇そうなので鋼牙に手合わせを願い出た。
「いいぜ、行こうか」
鋼牙と共に後ろを振り返り、少し治樹たちから離れようとした時ソレは起きた。
雷鳴、先ほど俺が使った雷よりも大きな音。数十メートルは離れているであろうこの位置からもその音は俺たちを驚かせるのに十分であった。音から威力は想像できる、やばい。
この威力の魔法を唱えられるのは誰だ。
俺はバッと後ろを振り返り、魔法を放った人物を確認する。
「ああっ!?」
そこにいた人物を見て、俺は自分の目を疑った。
だって。
「宗麻くん、怖かったああ!」
ボロボロになった兵士と対面する今にも泣きそうになっている葵がいたからだ。
「さいですか」
その後、結局兵士を倒すことができたのは俺たちを含めて十人もいなかった。
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