第34話


    異世界に来て初めて迎えた朝食、その席で俺たちは不思議なモノを出された。


    目の前に置かれてある小さな小瓶、その中には液体がはいっており、液体は俺たちがいた世界では着色料か紫キャベツでも使わないとつけられないような紫色をしている。いかにもファンタジーな飲み物だ。魔女が大鍋で作ってそうだ。


「どう思うよ、治樹」


    目の前に置かれてある瓶を持ち上げて観察しながら、隣に座る治樹に声をかける。


「どうと言われてもな。これを飲めば魔力が肉体で生成できるようになると言われたが、些か本当かどうか怪しいな」


    どうやらこの液体は魔法を使う際に必要な魔力を作り出すことができるようにするためのモノらしい。それが本当なのか、怪しいな。


「でも飲まないと、誘拐犯たちは何をいうのかわからないぞ」


「……そうだな」


     顔を動かさずに目線だけを周囲に確認すると、鎧に身を包んだ兵士たちが他の生徒たちに液体を飲むように促している。


    だが誰も飲もうとはしていない。当たり前だ。こんな不気味で味もわからないようなモノを好き好んで飲むような奴はいるはずがない。


    だが飲まないとどうなるかわからない。


    だったら。


「ままよっ!」


    瓶の中身を一気に口の中に流し込んだ。


「おい、宗麻!」


    俺の行動に驚いた治樹が声をかける。その声に引き寄せられるように、周りの皆からの視線が俺に向けられていく。


    液体の味は意外にも不味くはなかった。けれど美味しいというわけでもない。今までに味わったことのない味が口の中を埋め尽くしていく。原材料はなんだ?


    口に含み続けるのも嫌なので、飲み込んだ。後味は良いとはいえない。独特の風味が口の中に残り続ける。歯磨き粉を悪化させたものと言えばいいだろう。


   胃に液体が落ちたのを感じた。


    液体はゆっくりと俺の体の中に染み込んで行って行く。


「宗麻くん、大丈夫なの?」


    テーブルを挟んで向かいにいる葵が心配そうに声をかけてくれる。


    十秒、かかっただろうか。


   変化が始まった。


   心臓が熱くなってくる。鼓動が速くなっているのではない。実際に熱くなっているのかわからない。


    思わず右手で左の胸を押さえつける。服を掴み、心臓が焼けるような熱さを耐え忍ぶ。


    心臓から何かが生み出されて行くのが感じ取れる。


    これが魔力なのか?


    心臓から生み出されたものは血管を通って身体全体に分配されていく。体が活性化されるような感覚を得られる。感覚が過敏になっていく。血管に流れる魔力がわかる。


    荒れ狂う魔力をゆっくりと深呼吸をしながら制御していく。


    次第に熱が収まってくる。ゆっくりと心臓の激動が沈静化していく。


    冷静になれる。物事を判断できる。魔力が身体を流れる感覚に慣れないでいるものの、俺は興奮感をえるわけでもなく、平静になれた。


「なんだ、これ?」


「どうかしたのか、痛いところはないか?」


    治樹が声をかけてくる。


「ああ、だが不思議だ。身体から湧き上がるものを感じる。これが魔力なのか?」 


    その言葉を聞いてあたりがどよめき立つ。手に瓶を持って、液体を飲み込もうとするものたちがポツポツと現れ始める。


「使い方は……こうか?」


    魔力の使い方がなぜかわかる。どうすれば魔法を放つ事ができるようになるのかが、不思議とわかる。


    右手の親指と人差し指に力を込め、その部分に意識をして魔力を流し込む。皮膚から体外に魔力を出していく。僅かな量だが、魔力を感じ取れる事ができる。


    これならできるだろう。


「雷撃よ」


    魔力を意識をしながら、無意識に言葉をはなった。


    静電気が俺の指と指の架け橋になった。パチパチと小さく放電を続けていく。


    信じられない、だがこれは事実なのだろう。元の世界では起きなかった事が、この世界では起こす事ができる。これが魔法。より一層ここが異世界であるという事を認識させられてしまう。


    何故俺は魔法の使い方がわかったのだろうか。


「うおおおお!」


    辺りから歓声があがり、液体を飲むものたちが続出する。俺が魔法を使ったことで、この液体が本物だとわかったからなのだろう。


「そ、宗麻くん、大丈夫?」


    テーブルの下を通って、葵が俺の側までやってきた。四つん這いになって近づいたのか、膝には埃といったゴミが付着している。


「ああ、大丈夫だ。寧ろ鼻の詰まりが取れたように気分が清々しい。それより、膝に埃がついてるぞ」


    屈み込んで、葵の膝についている埃を手で優しく払い落とした。


    まったく、子供の時から変わってはいないな。


「ありがと」


    明るい笑みをしながら、葵が御礼を言った。少し、心が朗らかになる。


「俺も、飲んでみるか」


    俺が決意して飲んだ時とは異なり、治樹の奴は気楽に瓶の中身を飲み干した。


「気をつけろよ、直ぐに心臓が熱くなるからな」


「忠告ありがとう」


    俺がさっきそうなったから、心配して声をかけた。心臓が溶けるような熱さなど今まで感じたことはなかったから、不意にきたら痛みで転げ回ってしまうだろう。俺はしなかったけど。


    だが俺の心配とは裏腹に治樹の奴は平然としている。


「…………宗麻、熱くなるのか?」


「何言ってんだよ、俺は熱くなったぞ。他の皆だって…………」


    俺は初めて周りの様子を確認した。


    先ほどの魔法が使えるという事実への歓喜の雰囲気は消え去っており、そこにあったのは俺へと向けられる疑いの目。誰も熱に苦しんではいないし、魔法も使っていない。何でだ、簡単に使えたぞ。













    その日の昼は魔法を使えるようになるための訓練であった。綺麗な青空の見える中庭で、数人一組になり、座禅を組んで魔力を生み出そうとしている。俺はする必要がないと言われた。


    あの後、瓶の中身を飲んだ俺以外の奴らで魔法が使えたのはは一人もいなかった。それどころか魔力を体内で生み出せるようになったのもいなかった。


    後から兵士の人に話を聞いたら、どうやらあの液体は肉体にある魔力を精製するための器官を開くためのものだったらしい。


「もーダメ、全然できないよ。なんで宗麻くんは簡単に魔法が使えるようになったの!?」


    葵が頬を膨らませて、胡座をくんだまま、芝生の地面を何度も叩いた。


    魔力は生命力の塊だと説明された。己の肉体で精製し、不定なソレに形を与える。殆どの魔法はそういうモノらしい。


    更に魔力を肉体に上手く循環させることができるようななったのならば、肉体は普段の状態からは比べものにならないくらいに活性化、強化されるらしい。曰く、皮膚は鋼鉄よりも硬く、一撃は鎚よりも重く、走る速さは風を抜き去り、目は鷹よりも鋭い。


    だがそんなのは極一部の化け物呼ばわりされる者たちだけらしい。そいつらは戦場で鎧など身につけないらしいが、普通の兵士は己の身を守るために頑強な鎧に身を包み込ませる。


「そんなのわからねえよ。使える使えないとかじゃなくて、できたんだよ。それいがいに理由がない。それに見てみろ、他の奴もできる奴はいるぞ」


   この訓練が始まること数時間、この城の魔導師共の助けもあってか、俺以外にも魔法を使えるようになった奴はいる。


「治樹の奴を見てみろ、魔法を使えるようになったからって婚約者に迫られてるぞ」


    直ぐ近くにいる治樹の方を見てみると、婚約者であり、元生徒会副会長である聖徳院京香セイトクインキョウカににじりよられている。


「治樹さん、わたくしにも魔法を教えてくださいな。私、上手くできないんですの、手取り足取りしっかりと」


    妙に色っぽい声で話すよな、聖徳院の奴。


「聖徳院、少し近いから離れて。そのままだと色々と当たるからさ。それに君さっき魔法を使えてたよね」


「まあまあ、聖徳院だなんて他人行儀な。私も高校を卒業すれば、富士宮になりますのよ。京香と愛を込めてお呼びください。旦那様」


    …………唖々、何も言わないでおいてやろう。


    視線を葵の方に戻すと、葵の奴はあの二人を見て顔を真っ赤にしていた。なんだ、何があった。


「どうかしたのか」


    顔を俯かせてモジモジしている葵。具合でも悪いのか。


「あ、あの、私も宗麻くんに手取り足取り魔法を教えて欲しいなあ」


    俺の方が背丈が遥かに大きいために葵は俺に上目遣いをしながら頼みごとをすることになってじう。昔からの変わらないことだ。世の男性はこれが良い事だと言うが、俺は普段から葵やチビ共にされているためによくわからない。


「何言ってんだよ、だからさっきから教えてるだろ」


    葵も変な事をいうなあ。さっきから教えてるのに。


「……もういい」


    小声で葵が何か呟いた。近くにいたのだが、声が小さすぎてよく聞こえなかった。あと、不貞腐れてる?


「どうかしたか?」


「何でもない。早く続けよ」


「ああ……」


    それから一時間後に葵は魔法を使うことに成功した。すごく喜んでいたので、教えていた俺としてもすごく嬉しかった。

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