二章 槍の英雄

第33話



その男は神より槍を授けられた



その男は数多の生命を護り英雄と称えられた



英雄は己の優しさを分け隔てなく与えた



例えそれが人でない者であろうと



ある時、英雄は怪我をしていた魔族の少女を助けた



英雄はその魔族を元いた場所に帰すために魔族と共に旅に出た



それを知った人は英雄を裏切り者と蔑んだ



英雄はその魔族のために人と戦った。神より授けられた聖なる槍を使い



英雄は魔族を助けるために追ってを倒していった。倒すたびに聖なる槍は赤く紅く染まっていった



英雄は嘆いた。何故人と魔族が憎みあっているのかと



そして魔族の少女は殺された。軍隊による魔法の攻撃に魔法の爆発に巻き込まれ、肉片一つ残らなかった



男は嘆き、魔族の少女を殺した軍を神より授けられた槍で数千、数万の兵士を殺し尽くした



槍は悪意を吸い込みその姿を変質させて行った



残ったものは絶望した英雄と禍々しく染め上げられた黒赤色の呪いの槍






そして英雄は絶望しながら誰に看取られる事もなく、孤独に、己の体に槍を突き刺し自害した














「ようこそノルア王国へ、異界の勇者様たちよ」


    光がやむと、そこには高価な服をきた初老の男がいた。















    俺の名前は鬼子宗麻キシソウマ、某県の公立高校に通う高校三年の男子生徒だ。


    今朝は普段通り学校に登校し、朝のホームルームが始まるまで寝ていたはずだ。しかし、俺の前には見知らぬオッサンがいる。


    ここは何処だろうか、周りを見渡せば日本ではあまり見かけないような服装をした人たちがいる。


    この部屋の広さはバスケットコートが二つ入る体育館一つ半ぐらいの広さだ。天井にはシャンデリア、壁をみれば何処かで見た事あるような無いような不思議な模様。


    もしかしたらここは何処かの城なのではないのだろうか。俺たちに話しかけてきたオッサンも王様の様な格好だし。もしかしてテレビ番組のドッキリ企画か?


「なんだよここ」


「どうなっちまったんだ?」


    周りから声が聞こえる。それも十や二十では無い、数百と言えるだろう。回りには俺と同じ様な制服を来た男子生徒やセーラー服を来た女子生徒がいる。


(この人数、もしかして全校生徒か?)


    俺の学校の生徒は人学年あたり二百四十人、全校生徒ともなるとその三倍の七百二十人だ。回りを見るとそれぐらいの数に匹敵するほどの生徒たちがいる。


    一体これはどういう状況だよ。さっきまで教室にいたはずなのになんでこんな場所にいるんだよ。


    それにあのオッサンは俺たちの事を召喚された異界の勇者様と言った。つまりここは俺たちがいた世界でないという事か。昔そんな事を題材にした作品を見た事がある。最近では確か…………異世界転生というものだったかな。


「儂はこのノルア王国の国王、リーザス・ノルアと申す。異界の勇者様たちにはどうかこの国を……いや!この世界を魔族から救って貰いたい!」


(無茶苦茶だ。何故俺たちみたいな普通の餓鬼にやらせる)


    国王、リーザスの言葉に疑問を持ちながら回りの反応を伺って見る。千差万別、十人十色、喜んでいるものもいれば訳がわからないと動揺しているものもいる。


『殺セ!』


    突如頭に鈍い痛みが走り頭の中で呪怨の篭った男の声が響く。痛みは止むことなく、声は輪唱のように何度も何度も頭の中に響く。これを長く聞き続けていれば、いずれ頭や心が壊れてしまいそうだ。しかもそれだけに収まらず右手が焼印でも押されたように熱い。


『殺セ!殺セ!」


「ぐっ……」


    気を抜いてしまえば叫んでしまいそうだ。


    痛みに耐えられなくなってしまった俺は膝をついて頭を抱えてしまう。


「宗麻くん、大丈夫?」


    優しい少女の声が聞こえた。それと同時に痛みが止み、頭の中に響いていた声が消えた。肩から息をしながらゆっくりと立ち上がると声をかけてくれた少女を見る。


「ああ、大丈夫だ。心配をかけて済まないな」


「ううん、気にしないで」


    如月 葵キサラギ アオイ、それが彼女の名前だ。彼女とは同じ孤児院で育ち、かれこれ十年以上の付き合いになる。黒色の髪を背中まで伸ばし、優しく見守ってくれるような目つきが特徴の整った顔立ちをしており、彼女の性格も相なって触れれば壊れてしまいそうな可憐な雰囲気を纏っている。


「宗麻くん、一体何が起こってるの?」


「どうやらドッキリでも何でもなく、本当に異世界とやらに召喚されちまったみたいだな」


「そんな……これから私たちどうなっちゃうの?」


    葵は俺に向けて助けを求めるように目をむける。


「……わからない」


    その視線から目をそらしてしまう。俺だって今までに何が起きているのか整理できてない。だから無責任に言葉を投げかけるわけにはいかない。


……だけど


「……まあ、安心しろ。みんないるから、なんとかなる」


    今言える精一杯の言葉。これ以上何かを言うには俺は余りにも矮小だ。


「……そこは嘘でも俺がいるから安心しろって言って欲しかったんだけど」


「無理だ。俺はそこまで強くねえ」


「ふふ、でもありがとう。おかげで安心した」


「そりゃどうも」


    他愛の無い会話。それでも彼女が安心してくれるなら俺はそれでいい。


    それから暫くして、王様の話が終わると俺たちは勇者の召喚を祝う晩餐会に招待された。


















    晩餐会の後、俺たちはそれぞれ部屋に案内された。一、二年生は大部屋に、三年生は二人部屋に案内された。


「ふう……さて、どう思う」


    ベッドに腰をかけ、同居人に声をかける。


「どうと言われてもな、明らかに怪しいな」


    黒い髪の生真面目そうな男子、俺たちの学校の前期の生徒会長である富士宮治樹フジノミヤハルキ。俺の数少ない友人の一人である。成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗、生徒や先生からの信頼も厚く絵に描いたような優等生といえるだろう。さらに実家が長年に続く名家だから優等生さにも拍車がかかる。


    親の顔も知らない俺とは大違いだ。


    こいつとは小学校からの交友関係があり、何度も勉学の面で世話になった。生徒会長としての手腕も中々のもので生徒間同士のトラブルの解決に務めたり、先生たちとの間での交渉などなど、実績は多々ある。


「へえ、どんなところが?」


「先ず第一に部屋の数、七百人近くの人間を召喚したのに部屋の数が足りていない。何故大部屋と二人部屋にわける。この大人数を呼ぶなら鼻から二人部屋や、一人部屋を用意するだろ」


「へえ」


    治樹の考察に感心する。でもこいつがそう思うにはまだ甘いはずだ。他に何かあるはずだ。


「二つ目は料理の数、バイキング形式だったが妙に給仕が慌てていたな。たぶんあの様子だと厨房の方も慌てていたのだろう。七百人も呼ぶなら初めから準備しておけばいい。それなのになぜ慌てていたのだ。なにか想定外のことが起きたとしか考えられん」


「ほう、それで他には?」


「それよりお前も怪しいと思っていたのだろう」


「ばれた?」


    治樹の言葉にとぼけたような返事をする。


「長年の友人だ、何となくそう思っただけだよ」


「そうか。そうだなあ、敢えて言うなら______」 


「勘、だろ」


「その通り、よくわかってんじゃねえか」


「お前は昔からそうだっただろ。なにかあると勘を信じる。それにお前の勘は当たるからな」


    そう言えばそうだな。葵が家出した時も勘に従って行動したら見つかったからな。


「そうだな、勘だよ。何となくあいつらは怪しいって思ったんだよ。話は変わるが、明日からどうすんだよ大人はいないからお前か、今の生徒会長が纏めるんだろ?」


    俺たちが召喚された時、先生や用務員の方々はいなかった。故にこの現状を纏めることができる人間など治樹を除いて他にはいないだろう。次点で現在の生徒会長か。


「そうだな、先ずはクラス委員を集めてクラスメイト達をまとめ上げてもらう。それに合わせて部活動のキャプテンなどにも協力を仰ぐ」


「大変だな、頑張れ」


    大変そうだな。クラス委員やキャプテンでなくて良かった。


「…………人ごとだな。まあ良い、では次に衣食住の状況について今わかっていることを整理するぞ、衣」


「そうだな、流石に石油製品みたいな材質の衣服はなかった。だが絹や木綿はあったな。そう言えばジーンズのようなものなんかもあったな」


「そうだな、ジーンズが会ったのは意外だな。部屋にくるまでにできる限り見たが衣服は充実してるな。では次に食」


「美味かった。あれをこの世界の中でも上流階級だとすると、俺たちの世界とあまり変わらないのか」


「では最後に住……と言いたいところだがこれはまだわからないな」


    住については確かにまだわからないな。城自体はよくあるファンタジーのそれだが、まだ普通の民家がどれくらいか見てない。


「あとは魔法や先代勇者、そして他に召喚された勇者。気になる言葉が晩餐会で聞けたな」


「先代や他の勇者についてはまだわからないから、取り敢えず魔法についてだな。どう思うよ、治樹」


    俺たちの世界で言う魔法は完全にファンタジーの産物だ。現実にな度存在しない。しかし、この世界には存在している。


「明日から魔法や武術に関する訓練があると言ってたから、我々も使おうと思えば使えるのだろう」


「そう言われても実感がわかないよな。手から炎だしたりするんだろ?」


「だが我々を呼んだのはその魔法だ。実際にこの世界には有るんだろうな……それに召喚する魔法があるなら送る魔法も有るのだろう」


「なるほど」


    つまり早いとこ魔法を訓練して元の世界に戻る魔法を身につけようと言うことか。でもそれは少しきついと思う。召喚魔法なんてものが仕えるのはかなり凄い魔法使いだけだろう。そんなのを素人の俺たちが使えるようになるのはいつになることやら。


「きついな、それは。もし異世界に行く魔法があるとしても元の世界に戻れるとは限らない」


「そんなの百も承知だ。だがそう言わなければ気など保てない」


    そうだよな、こいつだって頭の中がいっぱいいっぱいなんだよな。


「なあ、宗麻。お前は帰りたいか?」


    治樹の奴もおかしな事を聞くんだな。


「そりゃあ、せっかく大学に合格したんだ。帰りたくないわけないだろ」


    自分でも言うのはあれだが、治樹と同じ、国内でもトップクラスの国立大学にはいる事ができた。治樹に勉強を教わり、治樹の親父さんからも入学金などの資金援助をしてもらった。


    前期の合格発表があって、二日後に高校の卒業式があるっていう日にこんな場所に召喚されちまった。


    だが、それとは他に心の何処かではこの世界に骨を埋めてもいいという思いが芽生えはじめてきた。


「そうか、そうなのか。安心した」


「それにさあ、俺と葵が二人ともいなくなったらチビ共の世話が忙しすぎて、ババアが早死にしちまうだろ」


    俺と葵は赤ん坊の時から孤児院ぐらしだ。二人とも両親の顔など知らない。孤児院で一緒に育った奴らが家族みたいなものだ。


「そう言ってやるな。院長もまだまだ元気なはずだ。それに頼もしい子だっているんだろ」


「……そうだな。まあ取り敢えず今日は寝よう。考えたところで無駄だろ。今日わからなくても、明日にはわかることも有る」


    体を横にして布団をかけて就寝体制に入る。


「そうだな、それもそうか」


    ランプの火を消し、治樹もベッドに横になる。


    異世界に勇者として召喚された俺たちはどうなってしまうのか全くわからない。鉄砲玉として使われてしまうのか、それとも……


『殺セ」


    それにこの頭に響く声は何だ。これから俺たちには何が起こるんだ。

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