二度目の大東亜戦争―平成32年の開戦ー(カクヨム版)

高宮零司

第1章 開戦編

第1話 ドーリットル空襲再び

――光帯の彼方へ旅立った我が心の師、佐藤大輔に捧げる。


平成32年7月22日13時25分


 指先に触れたトリガーが、汗でじっとりと濡れていた。

 今この瞬間、指先を引き絞れば GAU22/A二十五ミリ機関砲が電気信号で作動する。

 

 その瞬間、四本の銃身を束ねたガトリング機関砲ガンが作動、二十五×百三十七ミリAPI弾が初速秒速千メートル、毎分三千三百発という速度で発射される。無論、それだけの威力と弾数であれば、目の前にいる「敵機」を撃墜することは容易だ。


 しかし、目の前を飛んでいる航空機には6名の乗員が搭乗している、はずだ。

 B-25、『ミッチェル』。アメリカ陸軍がノースアメリカン社に製造させた爆撃機だ。

 ただし、それは森脇にとって歴史でしかない昭和の時代のことだ。

 この平成32年の日本上空に飛んでいるわけがない。


―そう、そんなはずはない。今は平成の世だぞ、昭和じゃない。


 森脇雄二もりわきゆうじがその機体を初めて見たのは、軍事オタクの友人に見せてもらった航空雑誌だった。


 なにしろ本格的に戦闘機パイロットを目指す前のことだから、詳しいスペックなどは覚えていない。ただ、葉巻型の胴体と特徴的な二つの垂直尾翼すいちょくびよく、そして後ろに突き出した機銃座は間違いなく見覚えがあった。


 森脇が搭乗する航空自衛隊の最新鋭戦闘機、F-35から見れば数世代前。博物館に収まっているのがお似合いの骨董品だ。


 しかし、目の前を飛んでいる機体はヘルメットのガラスに投影されている望遠映像越しで見ても、どう見ても整備が行き届いており、緑色の塗装が艶光りしている。


「貴方は日本の領空に侵入している。ただちに進路を変更して領空より退去されたし。繰り返す、貴方は日本の領空に侵入している。領空より退去せよ。燃料不足の場合、当方指定の場所へ着陸されたし」


 森脇の前方を飛ぶ水野二尉からの通信呼びかけは英語と日本語、相互で行われていた。


 かれこれ数分は通信が行われているはずだが、前方を飛ぶ機体からの反応はない。 乗員の姿が肉眼で見えているわけではないが、森脇にはなぜかB-25の乗員が戸惑っているように思えた。

 当然あるべき迎撃がない、そのことに戸惑っているような。


 じりじりと時が過ぎていく。

 額の先に電流が流れている錯覚が森脇を襲う。


「こちらワイバーン1より、フォックス・コントロール。アンノウンに退去する様子なし。信号射撃の許可を願います。」


「フォックス・コントロールよりワイバーン1。許可する」


 水野二尉の要請に、地上管制からあっさりと許可が下りる。

 森脇は拍子抜けする思いだった。もう少しあれこれ面倒があるものと思っていたからだ。やはりこれも尖閣紛争の影響なのか、と思っている。

 もっとも、「その先」はさして変わっていないのだが。


 日本における領空侵犯機への対処、いわゆるスクランブルには二重三重の制約があった。


 まず、領空へ侵入した不明機に対しては「警告」を行い、それでも従わない場合は不明機の前方を抑えて20ミリバルカン砲で「信号射撃」(いわゆる警告射撃)を行う。これには火線が視認出来る「曳光弾」が一定の割合で混ぜられており、相手を威嚇することができる。


 だが、それでも相手が従わなかったら?

 回答は「何もできない」、だ。

 相手がミサイルや爆弾を満載していることが明白でも、警告することしか許されない。 


 それが自国を防衛することができない奇怪な憲法を持つ国家の、「軍隊ではない実力組織」自衛隊の限界だ。スクランブルに出た戦闘機が撃墜されるか、爆撃で国民が死傷してはじめて「正当防衛」として反撃が許可されるのだ。


 以前、森脇はある雑誌で航空自衛隊の幹部が匿名で「害意をもって領空侵犯されたら カミカゼ攻撃-体当たりで止めるしかない。操縦ミスと誤魔化すことができるだろう」と、半ば諦めに似た言葉で答えていたのを見たことがあった。実際にスクランブルに当たる森脇にとって、それはまったく笑えない現実であった。


「これより、警告射撃を行います」


 日本語に次いで、英語で水野二尉が警告し、並行飛行しながら増速してB-25の右前方に出ようとする。

 B-25の反応はといえば、速度をあげて逃げを打とうとするように見えた。

 もちろん、F-35の全速力であるマッハ1.7を発揮すれば簡単に追いつくどころか抜き去るのは余裕だ。ただ、それでは領空侵犯機への対処として意味がない。


 水野機は二十五ミリ機関砲を発砲し、曳光弾の火箭が前方へと延びる。

 おそらくB-25のコクピットでも確実に信号射撃が視認出来ただろう。


「頼むから離脱してくれよ」


 祈るような気持ちで見守っていたのは何秒間か、それとも数分か。

 B-25の返答は、爆弾倉のハッチを開くことだった。


「ワイバーン2よりワイバーン1、アンノウンが爆弾倉を開いた!爆撃を開始する模様!!」


「ワイバーン1より、フォックス・コントロール!アンノウンが爆撃を開始しようとしている!撃墜許可求む!撃墜許可求む」


「フォックス・コントロール、爆撃とは本当なのか?」


「爆弾倉を開いている。投弾されてからでは遅いぞ!」


 水野二尉の言葉にフォックス・コントロールの管制官が息を飲むのが聞こえるような気がした。


――それも無理はないな、なにせ80年近く一発の砲弾も撃たれることのなかった我が国が、戦争に巻き込まれようとしているのだ。


「ハッチの故障ということは考えられないか?相手は旧式機なのだろう。」


 管制官が慎重に言葉を選んでいるのが分かった。

 それと同時にこれが地上と空の差か、とも思った。

 いかにベテランの地上管制官であろうと、一瞬の隙で撃墜されかねない空の緊張感は想像できないだろう。


「ワイバーン1より、フォックス・コントロール。すでに敵はお台場上空にさしかかっている、国民に被害が出てからでは遅い」


 水野二尉の言葉に、森脇はほぞを嚙む。GPSからの電波が受信できないので正確な位置は把握できないが、もうすでに陸地が近い。仮に爆弾が海上に落ちたとしても、船舶銀座の東京湾のこと被害が出る可能性は高い。


――くそっ、例の電磁パルス攻撃の余波で出撃が遅れたせいだ。あれさえなければもっと手前、湾内に侵入されるより前に捕捉できていたのに……


「フォックス・コントロールより、ワイバーン1。待て、戦争になる。被害なしでの撃墜は許可できない、繰り返す……」


 その交信の最中だった。B-25が爆弾投下を開始した。

独特の風切り音を響かせながら落下する爆弾は、お台場の象徴である帝都テレビの本社を包み込むように落下した。


そのうちの二発は特徴的だった球形展望台に命中。ガラス窓を吹き飛ばし、建材をめくれ上がらせた。今日は平日だが、それでも少なからぬテレビ局職員や観光客が犠牲になっただろう。


 森脇は血液が沸騰するかのような錯覚を覚えた。

 冷静さの仮面をかなぐり捨てて喚き散らしたい衝動に駆られる。

 だが、訓練によって鍛えられた精神と肉体はどこまでも職務に忠実だった。


「ワイバーン1よりフォックス・コントロール。アンノウンが爆撃を開始、繰り返すアンノウンが爆撃を開始。反撃の許可を求む。」


「…フォックス・コントロール、反撃を許可する。全兵装オールウェポンズ使用自由フリー。国民の負託に応えよ」


「ワイバーン1了解。これより反撃を開始する。」


 森脇は国籍不明機が増速を開始しているのをヘルメットのバイザーに投影された輝点で確認する。


 向こうはレシプロエンジン、こちらは超音速巡行スーパークルーズが可能な最新鋭戦闘機。チーターを相手に、カタツムリが必死になっている程度のものだ。


――見ていろ、チーターの本気を教育してやる!


「ワイバーン1よりワイバーン2。市街地上空から離脱したのを確認したら、俺のAAM-6B空対空ミサイルで仕留める。撃ち漏らしたら貴様が続けて撃て。領空から生かして返すな」


「ワイバーン2、了解」


 森脇は今すぐトリガーを引き絞りたい衝動をこらえながら、押し殺した声で答えた。

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