第149話 柴上コンビネーション


                  7時38分 首相官邸前


  降伏文書調印式を控え、首相官邸周辺には厳重な警備態勢が敷かれていた。

『二度目の降伏』を国辱と叫び、調印式を妨害する右翼団体の襲撃などテロへの備えが必要と予測されていたからだった。官邸の周辺には装甲車両-先日の民自党本部襲撃事件での教訓からより高度な防弾機能を備えた新型装甲車両へ更新されている-が何台も止められている。

 戦前の状況と違うのは大規模テロに備えて国防陸軍の18式軽装甲機動車や73式大型トラック3トン半の姿があることだ。今や都民にとって国防陸軍の将兵は日常に溶け込んでおり、戦前のように面倒な政治的トラブルが発生することは少なくなっていた。

 居並ぶ車両のなかでも一際高価で生産数が少ないことで知られる最新型の16式指揮通信車に呼び出されたのは、

 「おう、お前さんらが柴上コンビかい」

 そう言って彼女たちを出迎えたのは彼女たちが現在所属する第八師団第42即応機動連隊長を務める不動優作中佐だった。風采のあがらない顔立ちではあったが、部下たちの評価は悪くはない。良い意味での手の抜き方を知っている指揮官、そういう評価だった。

 国防陸軍で最近ようやく評価されるようになってきた人種でもある。

 予算や人員が限られていたせいで、休養が取れずに限界まで働き続けてしまう悪癖がかつての自衛隊時代のにはあった。戦争という大義名分で人員が大幅に増員され、予算が青天井になり、ようやくその悪癖は収まりつつある。

「柴山智香曹長、参りました」

「井上武美軍曹です」

 二人の敬礼に答礼しつつも、不動中佐はだらしなく笑ってみせる。

 およそ緊張感とは無縁の人物らしい。

「面倒な状況になっている。首相が10ヒトマル00マルマル時に移動するのは知っているな。今現在は官邸の会議室で調印式の最後の打ち合わせ中だ」

「テロですか?」

 智香の先回りした問いを、不動はニヤリと笑いを返して肯定する。

「テロと断定はできん。だが、妙な動きは捉えている。これを見ろ」

 不動が手元の端末を何回かタップすると、指揮者の壁面に並んでいる液晶画面の一つにややピントの甘い画像が表示される。

グレーに塗装された機体、やや外側にむけて反り返った主翼、V字型の垂直尾翼、通常と違い後方にあるプロペラ。そしてなにより特徴的なのはコクピットがあるはずの部分がスナメリのようにのっぺりとしていてガラス部分が存在しないことだ。

 無人機特有の無機質なデザインだった。

「一般国民からの通報でもたらされた映像だ。撮影されたポイントは荒川河川敷」

「アメリカ軍機、ですね。胴体にアメリカ国籍マークが見えます」

 端正な顔立ちのなかで目立つ太い眉をひそめながら、武美軍曹が涼やかな声で言う。

「ご名答。この機体MQ-9 リーパーを保有しているのはフランスや台湾など生産国であるアメリカを含めて十カ国あるんだが、この昭和の世に持っているのは」

「在日米軍、ですか。しかし、日本に配備されているとは聞いておりませんが」

「柴山曹長、確かにその通りだ。だが現に写真が存在する以上、日本に通告せずにもちこんでいた、と見るべきだろうな」

「それを今になって持ち出したのは、もしかして…」

「俺もそれを疑っている。調印式を潰す目的だろうな。在日米軍将兵を監視している憲兵隊MPが既に動いてはいるが、それを待っている余裕はない」 

「写真が撮影されたポイントと、荒川の流れに沿って川面の上を低く飛んでいることから考えて、目撃を避ける意味合いとレーダー探知を避ける目的でしょうね。いくら早朝でも、都民の目をごまかせるとも思えませんが」

「武美軍曹、俺に言わせてくれ。まあその通りなんだが。目標は調印式会場となる戦艦ミズーリか…」

「ここ、という訳ですか」

「…そういう訳だ。貴様らの任務はこいつを撃墜することだ。なにしろ首相官邸までの経路上はそのほとんどが市街地。悪いことに今日は平日、都心の企業や官庁に出勤するサラリーマンや学生などでいっぱいだ」

「国民の犠牲は避けよ、ということですね」

「そういうことだ。攻撃は阻止しましたが、市民が犠牲になりました、じゃあ許されん。これからは平和になるはずなのだからな」

「平和だからこそのゼロリスクに戻る、というわけですか。了解しました。しかし、現在装備しているM110で撃破出来るか不安なのですが」

「そう言うと思ってな。こいつを用意してる。バレットM107のコピー品、宝輪の新型21式対物狙撃銃だ。ようやく先行量産がはじまったばかりだからな、壊すなよ」

 そう言って目配せすると、隣に控えていた大尉が金属製のケースを突き出す。

「調整をろくにしている暇もないですね、やれやれ」

「無茶を言うな。ドローンによるテロくらいは予想していたが、あんな戦争で使うものを相手にするとは思っていなかった。こいつも万が一に備えて市ヶ谷から無理やり分捕ってきたものだ」

 そういいながらも、不動は不敵な笑みを浮かべている


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