第115話 武蔵
「榛名、第一砲塔付近に被弾。火災発生、速度低下!」
先頭をゆく金剛級戦艦「榛名」は、第一砲塔付近に落下した砲弾が貫通し、大きな火柱をあげていた。
弾薬の誘爆でも発生しているのか、時折爆発音が響く。
元々大正時代建造の旧式戦艦であり、何度か近代化改装を受けているものの、装甲防御力はさほど高くない。ノースカロライナの16インチ砲弾に貫通されるのも、さほどの不思議とはいえない。
「前に出る。『榛名』の脇をすり抜けろ、最大戦速。榛名には発揮可能な速度で続けと伝えよ」
森下艦長の命令を受けた垂水は、頷くとその命令を伝声管に向けて複唱する。
ほどなく『武蔵』は『榛名』の脇を抜け、単縦陣の先頭へ出る。
その間にも猛然と米艦隊からの射撃が浴びせられている。
敵砲弾が武蔵に初めて命中したのは、榛名が損害を受けてから13分後の事だった。
横合いから殴りつけられたかのような衝撃が襲い、森下の制帽が宙を舞う。
「各部署、損害を報告せよ!応急修理班、被害箇所へ急げ」
森下は艦橋に留まろうとしたところを、なかば部下に押しこめられるように放り込まれた司令塔の中にある防御指揮所で指示を下す。
防空指揮所で指揮をとった時は引き下がった垂水は、今度は曲芸めいた回避運動をする必要はないのだからと食い下がり、ついには森下を根負けさせた。
指揮官が比較的安全な
森下も座学では現代戦の指揮命令系統について学ばされてはいたが、目視で敵艦の姿が見られない中での指揮は、思った以上に不安に思えるものだった。
―これではまるで
口に出しこそはしないが、せめて映像が欲しいと思った。
この防御指揮所は大和と同じくCICとしての機能をもたせるために、各種通信機器に加え、艦内外のカメラ映像を見られる装置が設置されている。
太陽嵐のせいでろくに機能しないために今回は役に立っていないのだが。
森下のやり場のない思いに応えるかのように、伝声管で各部署からの報告が入る。
「敵弾一。第一砲塔天蓋付近に被弾するも貫通せず、損害極めて軽微」
「敵弾一、左舷最後部高角砲一基破壊。兵員被害、2名重傷」
「敵弾一、至近弾。航空機格納庫、砲弾の破片で損傷するも損害軽微」
「各砲塔、全火力発揮可能」
「主機、全速発揮可能」
戦艦というものの頑丈さを十分理解している森下も、各部署からあげられる被害報告を聞いて半ば呆気に取られていた。
敵戦艦の砲弾をこれだけ喰らってほぼ全力発揮可能とは。
一度目の歴史とやらでは、米艦載機にシブヤン海で葬り去られた武蔵がだ。
ようやく迎えた戦艦同士の殴り合いに相応しい幕開けだ。
―まったく戦艦というのは、これだ。ああ、まったく素晴らしい。すぐそこに航空機や誘導弾の時代が迫っているというのに!
自分が戦艦同士の艦隊決戦という幻想の最後の輝きに引き寄せられる蛾のように思えた。
「主砲次発まだか」
急かすように伝声管に怒鳴る森下に、砲術長の明解な答えが返ってくる。
「主砲発射準備宜し!一分後に発射可能」
「三十秒で撃て。目標敵艦隊一番艦、主砲斉発。榛名の借りを返す」
森下の命令を、砲術長以下各砲塔の将兵は忠実に実行した。
三連装三基、合計9門の旧海軍風に言えば46サンチ砲の砲塔が一斉に火を噴き、一式徹甲弾が空中へ放り出される。
蓄積されたデータによって修正の加えられた諸元で算定された砲角度と装薬量で、敵艦の未来位置に到達すべく送り出された砲弾であった。
一発あたり1450キログラム、つまり合計13トンほどに達する砲弾は、視認がほぼ不可能な速度で空中を飛び、アナログコンピュータの計算からさほどの誤差もない場所へと落下を開始した。
その落下位置にいたのは米国らしい合理性と、優美さを兼ね備えたノースカロライナ級戦艦の
彼女に命中した一式徹甲弾の一発目は日本流にいえば装甲に覆われた第三砲塔の天蓋部分であった。
第二次ロンドン海軍軍縮条約の交渉過程の影響で急遽16インチ砲戦艦へと改装された彼女は、しかし装甲は14インチ砲弾への防御を想定したものでしかなかった。
硫黄島海戦以降は航空母艦の建造が最優先された結果、戦艦の装甲強化に割ける
その結果、一式徹甲弾がカタログデータに近い装甲貫通能力を発揮して天蓋部分の装甲を貫通し、艦内に数メートル侵入したところで遅動信管が炸裂した。結果
二発目は煙突部分に斜めに命中し、煙突をなぎ倒しながら貫通して左舷側へと着水した。
他の砲弾は船体には直接着弾しなかったが、右舷後方に着水した砲弾が恐るべき被害をもたらした。
日本海軍が寡兵をカバーする機密兵器としてひそかに研究開発していた九一式徹甲弾、その改良型である一式徹甲弾の威力であった。
水中に落下した砲弾が魚雷のように直進し、艦船の防御が手薄な水中部分へと命中し大きな被害を与える水中弾効果。
九一式徹甲弾はその効果を最大限発揮できるように落下時に外れる被帽を装備し、信管を遅動信管にするなどの設計が施されている。
合衆国も水中弾効果については把握してはいたが、すでに建造されていたノースカロライナ級以前の戦艦については水中防御が強化されていなかった。
結果、ノースカロライナ右舷に水中弾となった一式徹甲弾が数発命中した。一発は船体を貫通したところで信管が作動したが、残りの砲弾は船体内部で信管が起動した。
最終的に何発の砲弾が命中し、どの砲弾が致命傷となったのかは判然としない。
しかし、ノースカロライナの船体が弾薬の誘爆によって船体が真っ二つにへし折れ、あっという間に沈み始めたのは確かなことだった。
一度目の歴史では同じ名前の州の博物館として余生を終えた彼女は、トラック沖で武蔵の砲撃により轟沈したと歴史書に記載されることになる。
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