第41話 75年の差

 

 護衛艦「ながと」は本来な今年(平成32年)4月に進水式を終えたばかりの国防海軍で三番目に新しい艦艇であった。基準排水量8500トンと国防海軍の中でも最大級に大型化した船体には、新型対水上レーダーをはじめとした最新鋭装備が収められており、推進方式も経済性の高いCOGLAG、電気推進ガスタービン機関併用方式となっている。形状もよりステルス性能を重視した形状となっている。

 ちなみに彼女の名前は、平成30年度から制定された艦名公募制度によって広く国民から公募する事となった艦名候補から選ばれたものである旧国名及び帝国海軍の戦艦「長門」を元にしたこの艦名は支持する声が一番多かった艦名候補であった。

「アメリカ艦隊を捕捉。輪形陣、ですかねこれは」

 船務長からの報告を受けた「ながと」艦長、鵜飼倫太朗大佐は大仏を思わせる造形の顔の表情を緩めた。「仏の鵜飼」として知られる鵜飼は防衛大学校時代から、滅多なことでは怒らないことで有名な人物であった。

 「さすがは最新鋭レーダー。探知したのは本艦と「むつ」が一番最初だろうね」

 ちなみに「むつ」は来年初頭に就役するはずだった、「ながと」の同型艦である。前倒しで艤装作業と習熟訓練が行われた結果、なんとかこの硫黄島に間に合うことが出来た。 

 データリンク経由で、このレーダーが探知したデータは即時に艦隊旗艦「かが」をはじめとする艦隊全体に共有される。

「艦隊司令甘粕より艦隊各艦に達する。硫黄島近海のアメリカ艦隊に対し、攻撃圏内に入り次第、攻撃を開始せよ。全兵装オールウェポンズ使用自由フリー

 艦内すべてへ放送されたその攻撃命令に、指揮所内に歓声ともため息ともとれるどよめきが生まれる。

 鵜飼は全兵装使用自由という言葉に感慨深いものを感じていた。

 憲法の制約下にあった自衛隊時代ならば、「やっていいことポジティブリスト」が示され、それから外れた行動を取ることは出来ない。自分が必要に思えた行動であってもリストに存在しない、あるいはグレーゾーンの場合、何もできなくなってしまうのだ。

 しかし今は、交戦規定ROEと国際法が禁止する「やってはいけないことネガティブリスト」に触れる行動さえ犯さなければ、国防海軍軍人には「ありとあらゆる行動」が許容される。無論、使用する武器も、である。本来、国を守る軍隊というものはそういうものだった。  

「あと5分で16式対艦ミサイルSSMの射程圏内に入ります。」

 船務長の報告を受けて、鵜飼艦長は間髪をいれずに命令を下す。

「SSMスタンバイ。1番から8番、すべて発射準備」

「了解。SSMスタンバイ、1番から8番まで発射準備」

 砲雷長が復唱する隣で、砲術士が画面上に表示される「かが」からの攻撃指示をもとにミサイルに諸元を入力していく。

「攻撃圏内まであと10秒」

 レーダーからの情報をもとに船務長がカウントダウンを始める。

 CICに詰めている将兵の誰もが、緊張を隠せない。

 誰かが咳き込む音と、コンピューターの冷却ファンがやけに大きく聞こえる。

「射程圏内に到達。攻撃準備よろし。依然、当該目標敵味方識別信号IFFに応答なし。誤射の可能性はありません」

「了解。うちぃ方はじめ!」

「うちぃかたはじめ!」

 砲術士がランプの点灯している発射ボタンを押すとともに、その電気信号は対艦ミサイル格納筒内のミサイルへ伝達される。 

 発射するミサイルを収めた格納筒の蓋が開いて垂直に固定され、黄色い炎とターボジェットエンジンの発生させる猛烈な煙を撒き散らしながら16式対艦ミサイルが垂直に上昇していく。

 一旦艦の直上に駆け上がった対艦ミサイルは艦から離れた直後に水面スレスレまで下降する。

 レーダーを避けるためにプログラミングされた挙動だった。

「SSM、目標到達まで550秒。本艦のミサイルが一番先に目標群へ到達する模様」

 液晶画面に表示されているレーダーにミサイルを示す白い輝点が無数に現れる。

 第一水上打撃艦隊が発射した合計104発の対艦ミサイル群だった。

「無人偵察機からの映像、来ます」

それは無人偵察機「カッコウ」からの映像だった。対空砲火を避けるためかアメリカ艦隊まで距離があるが、ミサイルの「目標」を視認するには十分だった。

「SSM、目標到達まであと1分」

 画面の中でアメリカ艦隊の戦艦と思しき艦艇が、Mk28両用砲やボフォース40ミリ機関砲が仰角をあげて空中へ発砲をはじめる。ほぼ同時に周囲の駆逐艦や重巡洋艦が、ブローニング12.7ミリ機銃をはじめとした対空砲火のカーテンを構築しはじめる。この時代としては優れた部類のアメリカ艦隊の防空能力が遺憾なく発揮された対空砲火だった。 

 しかし、遅過ぎた。

 そして、コンピュータやデータリンクシステムを持たない、原始的な各自バラバラに対応する個艦防御では砲弾の密度にも限界があった。彼らの一部には、目標に命中せずとも一定の範囲内に目標があれば起爆させられる近接VT信管の先行量産型が装備された砲弾を保有していたが、あまりに高速で飛来するミサイルに対しての効果は限定的なものでしかなかった。

 結果、75年の歳月が鍛え上げた軍事技術は、速度と海面スレスレの高度設定という二つの要素でもってやすやすと対空防御を突破した。

 104発の対艦ミサイルのうち、動作不良で2発のミサイルが目標突入前に機能を停止し、海面へ没した。続いて7発のミサイルが対空砲火を受けて空中で破壊された。

 「ながと」が放ったミサイルのうち、目標へ到達したのは7発だった。

 そのうちの3発が命中したのは、戦艦「ワシントン」だった。

 ミサイルは「ホップアップ」と呼ばれる艦艇の上部構造物を破壊するための動作に移行する。目標直前で機首をあげて一気に上昇、逆落としに目標へ突撃する。

 12.7センチ両用砲が砲身が焼き付くのもかまわず、悲鳴をあげるかのように砲弾を吐きだす。しかし、時速1300キロを超えるミサイルの速度に追従することはできなかった。

 かつての歴史通りならば大戦を重大な損傷を負うことなく無事に乗り切り、戦後に解体されまで艦籍簿に載り続けた戦艦は、16式対艦ミサイルの一発目を高熱源反応、つまり煙突へミサイルの直撃を受けた。

 300キロの高性能爆薬TNTは煙突をズタズタに切り裂き、その威力を動力をスクリューへ送り込んでいる機関室まで到達させた。機関室で艦の動力を操っていた男たちは撒き散らされたロケット燃料による火災で生きたまま蒸し焼きにされた。

 二発目のミサイルはホップアップすることなく、艦橋にほど近い艦体中央部の左舷側喫水線付近に命中した。付近の機銃座で対空射撃を行っていた甲板機銃員だったモノは、すでに生前のその形を想像することが難しくなっていた。

 大きく開いた破口部からは既に大量の海水を艦内に流れ込ませていた。

 最後に命中したミサイルは人的被害は一番少なかったが、戦艦としての機能を失わせるのに十分な被害を負わせた。艦尾付近に命中して舵機を完全に破壊したのだった。

 左舷側に急速に傾斜しつつある「ワシントン」でこの時代の海軍としては優れた応急修理ダメージコントロール能力を持つアメリカ海軍の意地を示すような応急修理が行われようとしていた。

 しかし、撒き散らされたミサイルの残燃料による火災がそれを阻んだ。

 「ワシントン」の喪失は誰の目にも明らかだった。

「戦艦『ワシントン』、機関損傷および舵機故障。左舷側への傾斜を確認。損害状況、大破と判定」

 船務長による報告にも、『ながと』のCICに歓声も笑顔もなかった。ただ、時代による軍事技術の差がこれほどの結果をもたらすことへの恐怖と、攻撃成功への安堵感だけがあった。

「続いて、僚艦のミサイルが着弾します」

 90発を超えるミサイルが、わずかな時間差で着弾しようとしていた。

「敵の損害状況を確認し次第、第二次攻撃に移る。まだ始まったばかりだ、気を抜くなよ」

 艦長は感情を押し殺しながら、命令を下す。

 まだ殲滅戦は始まったばかりだった。

 

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