呪術師編

この世界において、魔法は人々の役に立っている。

日常生活に扱っている人も多く存在し、魔法使いのいない小さな村でもなければ魔法を見ない日は無いと言っても過言ではない。

それだけ魔法は便利なものであるが……使い方次第では毒にも薬にもなり、それはまた使われる人によっても異なるのであった。





その部屋の中はあえて暗くしてあった。

光源は部屋の隅と真ん中に置かれた台の上に置かれた蝋燭のみで、人の顔がうっすら見える程度しかない。

台には対面で椅子が置かれ、台上には魔法を使用する際に使う模様が書かれた紙と人の名前の書かれた紙。そして魔法に使う依り代が置かれている。

2つの椅子にはそれぞれ人が座り、1人は両手を合わせて祈りを捧げ。深くローブを被り顔を隠すもう1人は杖を片手に今まさに魔法を唱えようとしていた。

「……の名をもって命ずる」

杖先を台の上の紙に向けると、魔力を帯びた模様がうっすらと紫色に怪しく光り、

「……この記されし名の者に」

続いて名前の書かれた紙も光りはじめ、

「……適度な呪いを、与えたまえ」

一際輝くと、一瞬にして消え去った。

「……これで、対象の魔法耐性による災いが起こるでしょう」

杖を持つ人の言葉に、ずっと祈りを捧げていた人は顔を上げて、

「ありがとうございました。これであの子も……フフフ……」

怪しい笑みを浮かべながら、部屋を出て行った。

「……ふぅ」

残った1人は立ち上がると、お客が出て行った方へ向かい扉の外側にかけられていた営業中の看板をひっくり返して閉店にする。

扉に鍵をかけて部屋の蝋燭を消し、もう一つの扉から部屋の外へ出ると、

「待たせたね」

急な来客に対応して待たせていた3人にお詫びを言った。

「ぜんぜん待ってないよー」

格闘娘と、

「お仕事お疲れさまでした」

魔法司書と、

「しかし……本当に客が来るとはな」

魔法騎士の3人。

かつての仲間である彼に会いに来た3人は、閉店しようとしてくれた所に来たお客を対処するために待たされていたのだ。

この部屋は普通に明るく、3人は来客用のローテーブルセットのソファに並んで座っている。

いわゆる応接間兼、仕事場の隣という事で荷物置き場のような部屋なのか、生活感は見受けられないが並んで置かれた棚には様々な物が所狭しに置かれている。

「この世には少なからずいるんだよ。呪いという魔法を欲する人がね」

そう言いながら、彼はローブから顔を出した。

彼の職業を言うならば……呪術師。となるだろう。対象に呪いをかける魔法が、彼の得意分野であった。


呪いとは、いわゆる状態に異常を加えるもの全般を指した魔法の通称で、彼はそれを対象がその場にいなくても関する依り代さえあれば、大まかな時間を指定して発動させることが出来るという高度な技術を持っていた。それを生かすために彼が営んでいるのがこの店。

呪術師の勇者とのファーストコンタクトもここ、人々から呪い屋と呼ばれる場所だ。

まだ勇者達の存在を少し知っていた程度であった呪術師は、勇者の行動をよく思わない人達に頼まれて仲間の1人に呪いをかけた事があり。それによって引き起こった一悶着の後、勇者の仲間となったのである。

そして魔王討伐後は、この店へ戻ってきて呪い屋を再開していたのだ。

「ちなみに適度な呪いってどういうのなの?」

「一概には言えないけど、魔法耐性が強ければ小石に躓くぐらい。弱ければ水まきの水がかかるぐらいかな」

「何とも微妙な呪いだな」

「怪我をさせない事が第一だからね。あのお客も対象が不幸な目に合うのが見られればそれで良いとも言っていたし」

「そんな魔法を精密に操るなんて凄いです」

「ありがとう、でもコレしか出来ないんだけどね。どうも性に合っていたみたいなんだ」

それから3人と呪術師はお互いの近況を報告して、他の元仲間が居る所を知らないかと訊ねるも、呪術師の知っていた人達はすでに居場所が分かっていたり訪ねた後の者だけであった。

そして日が傾いて来た頃、そろそろお暇する事にした。

3人は席を立つと、出口へ向かって歩き出す。

「それじゃあ……」

「あ、ちょっと待って」

出て行こうとした3人を呪術師は呼び止め、立ち上がり3人の前へ行くと。

「少しそのままに」

「へ?」

格闘娘の頭に手を置き、目を閉じて何かを念じ始めた。

その姿はまるで呪いをかけているように見えたが、そんなことする訳がないと3人は邪魔をせずに待っていると、

「……よし、大丈夫。ありがとう」

呪術師は手を離して、自身の席へと戻った。

「? 今何かしたの?」

「いいや、大したことじゃない」

「そっか、それじゃあねぇ~」

特に疑問にもしなかった格闘娘が先に出て行くと、魔法司書が呪術師に一礼してから続いて部屋を後にし、残った魔法騎士は呪術師に対して、

「おい……今のまさか」

「そうだよ。でも大丈夫、綻びも全くなく継続していた、余程の魔法的な衝撃か生死に通ずる大怪我でもしない限りはこのまま変質もしないと思う。もし旅の最中にそんな事が起こったら、連絡して」

「……あぁ、その時は、頼む」

いつか来るかもしれない頼み事のために頭を下げ、部屋を出て行った。



呪いとは、対象に状態異常を与える類の魔法であり。それは対象の行動に制限をかけるということでもあるが。

呪いの上級者ともなれば、対象が掛かっていると分からぬまま行動に制限をかけることも出来るのだそうだ。

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