旅の始まり
ここは大陸でも二番目に大きな都市。それでも貯蔵される本の数では大陸随一で、知識を求める者が多く集まる大都市でもあった。
陽が頂点から落ち始めた昼下がり、都市内のある一軒の店。その屋根裏部屋に、
「ふぅ、今日も平和ですね」
唯一の窓から外を見ながら1人、湯気の立つお茶を飲む少女が居た。
年の頃は十代前半、薄い水色の髪は三つ編みに結ばれ、身を包むのは魔法使いが好んで着るローブ、カップから上った湯気に曇らせた丸レンズの眼鏡は外して机の上に置いた。
机の上にはその他に数冊の本が高く積まれ、一冊の本が開かれて置かれている。
それ以外にも部屋の中で最も多い物は書物であり、少女が眼鏡をかけるほどの読書家であることがよく分かった。
少女は眼鏡のくもりを拭き、再びかけてから外に目を向けた。
屋根裏部屋から見える景色は決して殺風景ではないが特質して凄いものでもなく、目線の高さには同じくらいの高さがある建物の屋根、眼下には人々が行きかう都市の風景がある。
だが、少女が見る先にはそれらを全て含めた上で、更に遠くがあった。
「あれからもう……二月が経つんですね」
二月前、少女が身を置いていた場での出来事は、今でも鮮明に思い出す事が出来る。
二月前まで、この大陸には魔の物が我が物顔で闊歩していた。
遡ること一年前、突如として現れた魔物達に人々は対抗するも苦戦を強いられ、苦しい暮らしを余儀なくさせられていた時、救世主が現れた。大陸に勇者が誕生したのである。
勇者となった青年は多くの仲間と共に魔物との戦いに身を投じ、ついに二月前、魔物を統べる王、魔王の討伐に成功し、大陸に平和をもたらしたのであった。
こうして魔物の脅威が去った大陸に、勇者の仲間達は各々が帰る場所へと帰っていった……
少女も勇者の仲間の1人であった。
荒事は苦手だが魔法の知識に長け、仲間のサポートや遠距離からの援護で共に戦っていた。
魔法使いながら杖を持たずにあらゆる書物を媒体として魔法を扱い、とても本に詳しい彼女はさながら、魔法司書、とでも呼ぶべきだろう。
戦いが終わった後は我が家であるこの屋根裏部屋へと帰ってきて、更なる知識と見聞を広げるために本を読む生活を送っており。
今にして思うのは、共に戦った仲間達のその後であった。
「お手紙が送れれば良いんですが」
故郷に帰った者、元の仕事に戻った者、新たな生き方を見つけた者もいた。
今でも交流のある仲間は数人いるが、行方の分からない者も多く、そういう人のことを考えることもある。
「皆さん……お元気でしょうか……」
感傷に浸りつつ、カップに口を付ける。
その時、ノックもなく力いっぱいに扉が開かれた。
「おじゃましまーす!」
「んぐっ!? けほ、けほけほ!」
急な来客と勢いよく開かれた扉に驚いてお茶を飲み損ねて思いっきりむせかえった。
「わぁぁ!? ゴメンゴメン大丈夫!?」
そんな状態の魔法司書を見た来客者は自分のせいだとすぐに理解し、むせる彼女の背中を叩いた。
ただし、ぽんぽんという介抱的なものではなく、バッシバッシ! と音のある力強く。
「い、いたっ! いたたっ! いたいです!」
「あっ、ゴメンゴメン」
おそらく魔法司書の背中には来客者の手形が残っているだろう。
「あぅぅ……い、いえ。い、いらっしゃいです」
しかし本人に悪気が無いことは分かっているので、魔法司書は来客者を真っ直ぐに見て改めて迎え入れた。
「うん! おじゃましまーす!」
魔法司書と同じか年下に見える少女。裾をすぼめたズボンと半そでのシャツに身を包み、腰まで届く藍色の髪を後ろで一つに結んだ彼女もまた、元勇者の仲間である。
彼女は武器を持たずに自らの拳で魔物と戦っていた格闘家であった。
素早い身のこなしから強力な一撃を得意する格闘家だが、勇者の仲間には年上で男の格闘家がいたので、区別のために格闘娘と呼ぶべきだろう。
元々大陸中を渡り歩いて武者修行をしていた格闘娘は、魔王との戦いが終わった後はこの都市で過ごしていた。その理由は、次の旅の準備、旅の資金を貯めるためだと魔法司書は聞いていたのだが。
「ぷはー。実はね、そろそろ旅に出ようかなって思ってるんだ」
「そうなんですか?」
魔法司書が用意しくれたお茶を飲み干した格闘娘が唐突にそう告げた。
「お金も貯まったし、それに旅の目的も決まったんだ」
「目的、ですか」
目的地、ではなく目的、と言ったことに魔法司書は少し引っかかった。それに気付いてかどうか、元々話すつもりだったのか、格闘娘は語り出した。
「魔王がいなくなって、みんな元の所に帰っちゃったでしょ? それで思ったんだ、みんな今、何してるのかな-、って」
「えっ……それは……」
それはまさに、今魔法司書も思っていたことである。
「それでね、考えたんだ。わたしからみんなに会いに行ってみようって」
「……」
やはり、気になっていたのは自分だけではなかったと、魔法司書は改めて思い直した。
それはそうだ、二月前まで共に過ごし、戦い、時に背中を預けた仲間達。その後が全く気にならないかといえば、そのような薄情者はいなかっただろう。
ただ彼等にもそれぞれの生活がある。今そこでそれをしていないといけない者もいる。気にはしても、自ら会いに行くことは出来ない者達がいる。
ならば自分から、現状の生活を変えても支障の少ない自分から会いに行けば。
「それは……ぜひ行ってみたいですね」
「やっぱり! 言うと思ったんだ!」
「え?」
「だからここへ来たんだよ。別れの挨拶も兼ねてたんだけど、もしかしたら同じこと考えてるかもなー、って思ったんだ。だからもし良かったら…」
「……あ、あの」
彼女が元々勇者の仲間になったのも、見聞を広げるため以上に、一歩踏み出したいからがあった。
両親を失った悲しみから立ち直れず、ここで書籍に囲まれていた魔法司書は、勇者達と出会い、一緒に行かないかと手を差し伸べてくれて……その時に、思った。
いつまでもこのままではいけない、自分から動き出すことを自分で決めないといけない、大きく一歩、踏み出さなくてはいけない。
だったら今、このチャンスを、格闘娘が伸ばしてくれようとしてくれたこの手を、しっかりと掴む時。
「その旅に……わたしも付いて行ってよろしいでしょうか」
すると格闘娘は、言うより前に言われたことに驚くことなくにっこりと笑って、
「もっちろん! これからよろしくね!」
「はい! よろしくお願いします!」
こうして魔法司書は格闘娘との2人旅を決めた。
そうとなれば旅の準備をしないと、祖父母にも旅に出ることを伝えて……等と魔法司書は考え始める。
しかし、格闘娘は、
「それじゃあさっさく、レッツごー!」
「えぇ!? い、今すぐにですか!? さすがに準備を…」
魔法司書の手を引っ張って格闘娘は部屋の外へ、扉へと走り出す。
その時、扉がノックされて開かれ。
「失礼する、今大丈夫だろう……」
「あ、危なーーーーーい!」
「か……? かはぁ!?」
ドガッシャーーーン!!
止まれなかった格闘娘は現れた人物にぶつかり、手を引かれていた魔法司書も巻き込んで3人は壁にぶつかった。
「あいたた……」
「はぅぅ……」
「っ……! 急になんだ!」
巻き込まれたのは、巻き込んだ2人よりも年上の女性。本来肩まで届く長さのある瑠璃色の髪はアップでまとめられ。ロングスカートに長袖シャツに上着と、今は魔法司書の元を訪ねるために軽装であるが、誇りである細身の片手剣だけはしっかりと鞘に納め腰に差していた。
彼女は剣技と魔法を扱う騎士、魔法騎士である。
剣技そのものも常人の域を出るが、剣に魔法を纏うという特殊な戦法こそが彼女の本領である。
加えて弁が立ち手腕にすぐれ、魔王討伐後の現在はこの都市で起こる様々な問題を解決している。
「それで、2人はどこへ行こうとしていたんだ?」
部屋の中に戻った3人は魔法騎士に格闘娘が思いついたことを、それに魔法司書は賛同し、今まさに飛び出して行こうとしたことを説明した。
「仲間達の所を回るか……それは中々難しいぞ、行方の分からない者も多い上、世界はまだ完全に平和になった訳じゃない」
「えー、大丈夫だよー。だってわたしたち、強いもん」
確かにその通り、それは魔法騎士も同感だった。
見た目こそ十代そこらの少女である2人だが、格闘娘の拳は大の男を吹き飛ばし、蹴りの一撃はゴーレムにヒビを入れる。その時点でもうそこらの賊は敵では無い。
一方の魔法司書、腕っ節は年相応だが、それを優にカバーする魔法の腕があり、魔法の実力でみると格闘娘はもちろん実は魔法騎士よりも強い。仮に賊に捕まっても、逃げ出して一網打尽にすることも造作もないことだったりする。
言ってもこの2人、元勇者の仲間は、大陸でも強者の部類に入る人々だ。
「全員に必ず会える保障は無いんだろう? それでも行くのか?」
「もっちろん! みんなの今が気になるから、わたしから行くんだ」
「そうか……」
格闘娘の気持ちが変わらないことを、魔法騎士は理解した。
ならば、もう1人は?
「本当に、自分で決めたんだな?」
魔法騎士が視線を移した先には、魔法司書。彼女のことだから格闘娘にむりやり引っ張られて行こうとしているのではないかと思って訊ねると。
「はい……わたしも自分の意思で決めました。わたしも、皆さんの今が気になるんです」
「……そうか」
魔法司書の、しっかりとした意思を感じられる瞳と言葉で、魔法騎士は目を閉じて頷き、
「よし、ならば私も同行しよう」
目を開くと2人の旅に付いていくことを決意した。
「本当に!? わーい! これで3人旅だね!」
「ですが、良いんですか? お仕事とか」
「問題無いだろう。元より私はあの場に所属している訳ではないが、かなり貢献をしているのでな、その辺りの融通は利くんだ」
「それじゃさっそく…」
「待て待て、いきなり今日行くのはダメだ。いくつか旅に出ることを報告しないといけない場所があるし、準備も必要だ」
「えー、わたしは大丈夫なのに」
「私は大丈夫じゃない、いや、私達、か」
ちらりと魔法司書の方を見る。
「そ、そうですね、わたしも旅の準備をしたいです」
「そっかー、じゃあもう少し待つしかないね」
その日から、3人は旅支度を開始。
魔法騎士は、今お世話になっている場所にしばらく留守にすること、何か急用の場合は呼び出してほしいと告げ。
魔法司書は、屋根裏部屋を提供してくれている店の店主、自身の祖父母に旅に出ることを告げ。
格闘娘は、魔法司書の所にお世話になって。
そして、格闘娘の発案から三日後。
「それで、まずは誰の所に行くんだ?」
「まずは一番近いところかな」
「では、あの村でしょうか」
魔法騎士、格闘娘、魔法司書の3人は都市を出た。
まずは1人、ここから最も近い村に暮らす元仲間の所へ向かい、並んで歩いていく。
「しかし、現在の居場所を知っている仲間達全てに会った後はどうするんだ?」
「それは……その時になったら考えるよ!」
「全くの無計画か……まぁそうと知っていて付いてきたんだがな」
「もしかしたらですけど、これから会いに行く皆さんが、わたし達は行方を知らない方の現状を知っているかもしれません」
「そうか、全員が全員同じような面識があるわけじゃない。一応聞いてみるようにしよう」
ここは勇者と仲間達が魔王を倒した大陸。
魔物の脅威は去っても、まだまだ平和とは言えないこの大陸で、仲間達はそれぞれの暮らしをしている。
故郷に帰った者。
元の仕事に戻った者。
新たな生き方を見つけた者。
この3人は、そんな仲間達に会いに行く旅を始めた。
勇者と仲間達の物語が終わった後、仲間達を巡る物語が、ここから始まった。
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