拳法家編

元勇者の仲間である人々は数々の戦いを経験したことにより大陸でも強者の部類に入っている者がたくさん。中には特定の分野で言えば勇者を超えている者さえもいた。

そんな元勇者の仲間同士が戦った場合、例えば互いの得意分野の場合、どういった結果を迎えるのだろうか。





「はぁ……はぁ……」

「はぅぅ……」

四方を塀に囲まれた広々とした石畳の広場、そこで魔法騎士と魔法司書は息を切らして膝を付いていた。

「流石に……キツイな」

「はいぃ……こんなに、疲れた、のは、久しぶり、です……」

「ふぅ……しかし、あの2人は」

どうにか息を整えると、2人は揃って前へと視線を向ける。

そこには格闘娘と、格闘娘と対峙する少女の姿があった。

水色の髪はシニヨンでお団子にまとめられ、ある格闘技を使う人々が着る服に身を包んでいる。

一見寝むそうな半目で、前に立つ格闘娘を見て独自の構えを取っていた。

その格闘娘もまた、拳を前に構えて女性のことを見ている。

「あははっ、やっぱり楽しいね」

「うん、楽しい」

格闘娘の言葉に、少女は短く返した。別に怒っているわけではなく、こういう口調なのだと3人はもちろん知っている。

「じゃ、続き、やる?」

「うん! いっくよー!」

その瞬間、2人は前に飛び出して拳をぶつけ、そこから互いの力比べという名の、遊びがまた始まった。


格闘娘と同じく、彼女も格闘技で魔物と戦った元仲間である。だが何故か格闘家と呼ばれることを彼女は嫌い、自ら拳法家と名乗っていた。

ここは拳法家の少女が修行をしている道場の修練場。ここへ3人は訪れ、拳法家との再開を果たした。

互いの近況を話し合った後、拳法家が一言。

『今の、実力が知りたい』

4人で修練場へと移動し、武器と魔法を使わない格闘技のみでの力比べが、3人対拳法家という形で、始まったのである。

最初にリタイアしたのは予想通りというか、魔法司書。そもそも殴ったり蹴ったりしない彼女は五分と掛からずに力尽きた。

次にリタイアしたのが魔法騎士。騎士故に体力こそあるが、剣士である彼女が無手で拳法家に敵うわけもなく、十分で膝を付いた。

そして今、魔法騎士が抜けてから三十分。格闘娘と拳法家はまだまだ戦い続けていた。


「飽きずによくやるな、息すら切らしていない」

「わたし達より動いて戦うお二人ですからね」

殴り、蹴り、防ぎ、避け、ムリと覚ればあえて受ける。そんな攻防を続ける2人は、

「あはははっ!」

「ふふっ」

とても楽しそうに、笑っていた。

互いに実力は落ちていない、それどころか向上している。そんなこと話さずとも拳を介して伝わってくる。かつての仲間として、今は良き相手として、これほど嬉しいと思えるとは。

この時点でもう2人は感じていた。きっと勝敗による決着はつかない。何か別の介入が無い限りは止まることはないだろう。

例えば、お互いの体力が尽きるまで……


そこに、修練場全体に銅鑼の音が響き渡った。


『!!??』


急に耳を襲った轟音に格闘娘と拳法家はその場にうずくまり、魔法司書と魔法騎士は慌てて耳を抑えた。

「な、なんだこの音は……?」

「うぅ、耳が……」

響く轟音に互いの声は届いていない。代わりに音の現況を探して辺りを見回すと、すぐに見つけることが出来た。

修練場の入口に置かれていた銅鑼、その隣には拳法家と同じ服を着たここの生徒であろう人が、銅鑼を鳴らすバチを片手にこちらを眺めていた。

「わざわざ呼ぶために銅鑼を鳴らしたのか? 毎回これでは耳が保たないだろう」

「違う、これは別の合図」

うずくまっていた拳法家がすくりと立ち上がった。格闘娘も一歩遅れて立ち上がるが、まだ響いているらしく耳を押さえている。

「別の合図、とは?」

「ご飯が出来た、その合図。よかったら、どう?」

「いいの!? わーい!」

あっさりと復活した格闘娘が今にも走り出しそうなのを押さえ、その場でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。

「どうせたくさんある、3人増えても問題ない」

修練場の入口へと向かって4人は歩いていく。

と、拳法家は思いついたように歩いたまま後ろを付いてくる3人を見る。

「なんなら、もうひと勝負、する?」

表情の読みにくい半目のまま、口元だけがニヤリと笑っていた。

その表情を見て、いやそれ以前に言葉を聞いた時点で、

「いや……私はやめておこう」

「わ、わたしも……すみません」

魔法騎士と魔法司書は断っていたが、

「何の勝負するの?」

格闘娘一人だけ聞き返し、

「速食い」

その言葉だけで、魔法騎士と魔法司書にはこの後何が起こるか、大体の想像が出来た。


この、かつて共に過ごしていた時、仲間内でも大食いを誇ったこの2人の食事の光景を思い出しつつ……

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