魔物研究家編

魔物とは、魔王の魔力より産まれ魔王の魔力により生きていた生物。故に魔物と呼ばれていた。

魔王のいなくなった今、魔物は消滅し、その姿を見ることはなくなった。

だが……魔物の残した数々の爪痕、更には魔物に変わる新たな脅威の出現により、大陸は決して平和になったわけではなく、今もなお、人々は魔物のことを忘れられないのである。


しかしそれは、魔物に大切なものを壊されたから。だけでは、ない。





「よく来てくれた。また会えて嬉しいよ」

ある町の一軒の家、その地下室。そこには研究室が広がっていた。

地下故に薄暗く、天井より吊された灯りが照らし出すのは幾つかの紙の資料、様々な実験器具、そしてそれらを見る3人。

「すっごい数の資料だねー」

「全て魔物についてなのですか?」

「魔物はもういない筈だが、まだ研究を続けているのか」

格闘娘と魔法司書と魔法騎士の3人は部屋の中を見た感想を述べると、前に座る人物へと顔を向けた。

白衣に身を包み左目の前に片眼鏡をかけた、まさに研究者という姿をした女性。

彼女は個性的な人物の多かった勇者の仲間達の中でも殊更変わり者で、自らのことを、

「無論だ、何故なら私は魔物研究家だからね」

魔物研究家、と呼んだ。

付いていけば多くの魔物を見ることが出来るという理由で勇者の仲間となったが、戦闘力の低くかった彼女は迷惑をかけたこともある。だが彼女の観察眼はずば抜けており、瞬時に魔物の特徴や弱点を見抜き仲間の助けになったこともある。

そして魔王討伐後、魔物の消滅後もなお魔物研究家の魔物の研究は終わらずにこうして研究室を構えているのである。

「時に、3人に聞きたいのだが、良いだろうか?」

「うん、大丈夫だよ?」

格闘娘はこう言ったが、その横では魔法司書と魔法騎士は、始まった……と思っていた。

「では聞かせてもらえるかな、キミ達が戦った、魔物について」

魔物研究家は紙の束から三枚を引き抜くとそれぞれ3人へと渡した。

3人は紙に目を通す。紙にはそれぞれ魔物の名前が書かれており、名前を見ると、過去に戦った事を思い出す。

まず口を開いたのは、言い出した本人、格闘娘。

「ゴーレムかー。えっとね、大きくて、硬かったよ」

「それは分かっている。ゴーレムとは岩石のような身体を持ち、それが武器であり防具であった上級の魔物だ。そんな魔物に格闘技で挑んでいたキミだからこそ話を聞きたいのだ」

「でも、なんとかなったよ?」

格闘娘はゴーレムと対峙した際、特に考えず放った蹴りの一撃でヒビを入れ、それでバランスを崩したゴーレムを砕いて倒したことがある。

「あぁ……そうだったね」

かつて男の格闘家は相手に対して時に獲物を持って戦っていたこともあったが、格闘娘は変わらずに拳で殴っていたことを魔物研究家は改めて思い出した。

よくそれで身体が大丈夫なものだ、と魔物研究家は口に出さずに思いつつ、次に目を向けた。

続いては、魔法騎士。

「スライム……あの水の塊のような魔物か」

「そう、スライムとは水のような身体を持つ魔物。その正体は魔力の塊そのもので物理的攻撃をほぼ無効化する。まぁ勇者だけは特殊な力か普通の剣で切っていたがね」

「そうだな、勇者が簡単に切っていたから弱い魔物と思っていたが、実際には剣が全く通用しなかった……私の魔法剣は通じたがな」

魔法騎士はスライムと対峙した際、最初の一太刀が効いてないことを理解すると魔法を込めた剣で一閃。今度は効いたのでそのまま斬り伏せた。

「最初こそ驚いたが、知ってからは脅威ではなかったな」

「ふむ、ゴーレムとは対象的ながら互いに物理的攻撃に強かったのだけど……キミはそうだったね」

最後に魔物研究家が目を向けたのは、魔法司書。実は彼女の話こそ一番聞きたかった。

こう見えて強力な魔物と幾度も対峙している彼女の話は、果たしてどうだろうか?

「ダークドラゴン、ですか……」

「この世界にも竜種は存在しているが、それを模したかのような魔力の塊によるドラゴン。それがダークドラゴンだ。竜種の特徴たる硬い皮膚に魔法耐性を持つ魔物でも最強の部類であったダークドラゴンと、一人で対峙したことがあるキミの話が是非とも聞いてみたい」

「そう、ですね……あの時は皆さんとはぐれてしまって…」

魔法司書はゆっくりと語り出す。

それは、ダークドラゴンが率いる魔物の群れに占拠された渓谷の奪還作戦の時。5人一組で幾つかパーティを組んでの行動中に勇者達がダークドラゴンと遭遇、その咆哮が渓谷に岩雪崩を起こし、それにより魔法司書は1人分断されてしまった。

仲間との合流を急いでいた魔法司書は、すでに勇者達が戦っている筈のダークドラゴンを、もう一体発見してしまった。ダークドラゴンは二体存在していたのだ。

もちろんこのままにはしておけない、勇者達が一体を倒しても、このもう一体がいる限り渓谷は奪還出来ない。だが勇者達は現在戦闘中……

ならば、自分と他の仲間とで対応するしかない。

魔法司書は魔導書を開くと空へと光魔法を放った。自分の居場所を仲間達に示すために。

しかしそれは、近くにいたダークドラゴンにも自らの居場所を晒し……


その後、魔法司書は仲間達が来る間戦い続け、合流した仲間達と共にダークドラゴンの討伐に成功したのであった。


「……今思い出しても、自分がやったとは思えませんね」

「謙遜はいけないよ、魔法耐性のあるダークドラゴンに魔法で戦いを挑んだキミの勇気は誇っても良いものだ」

それから少しの間、魔法司書はダークドラゴンについてを魔物研究家へと話した。

やがて話が終わると。

「では……最後に一つ、聞いておきたい」

魔物研究家は3人を見回し、確認した後、口を開いた。

「今の大陸を、どう思う?」

「今の、大陸か……」

「それは……」

「えっーと、前とあんまり変わらない、かな?」

「それは、何故かな?」

「もちろん、魔獣がいるから」

魔獣。魔物のいなくなった大陸に新たに現れた脅威の総称。

その正体は……大陸に生息していた動植物が魔王の魔力により突然変異した生物である。

「総じて従来の生物より凶暴性を増し、植物でさえ攻撃的となった……魔物よりも数は劣り力で勝る生物達だ」

「だが決して悪いことばかりでもないようだな、元々魔物と戦うことで稼いでいた者達には変わらない獲物だ」

「それにあの人のように、魔獣と共に暮らす方もいらっしゃいます」

「襲ってくるのもいるけど、魔物みたいに全部が敵とは限らないよね」

「その通りだ、魔獣とは魔物以上に奥が深い……

魔獣も広く見れば、魔王の魔力を浴びた生物、魔物だ。故にワタシはまだ研究が出来る。ワタシの研究は、まだまだ役に立つ筈だからね」




魔王の消滅により、魔物はいなくなった。

しかし大陸には魔獣が残り、人々は未だ戦いの中に存在していた。

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